ジチタイワークス

新潟県長岡市

震災と合併で消えた村が、メタバースでよみがえる。

20年前の新潟県中越地震で被災し、「平成の大合併」で姿を消した村が、メタバース空間で復活を遂げた。新潟県長岡市の旧山古志村だ。地域の復興を目指す住民組織が、同市の支援を得て「仮想山古志村」を立ち上げ、世界の人々を引き寄せているという。自治体と住民組織の双方に話を聞いた。

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。

Interviewee

長岡市の橋詰さん、今井さんと、山古志住民会議の竹内代表
左:長岡市 地域振興戦略部 地域振興担当課長補佐 橋詰 亮彦(はしづめ あきひこ)さん
中央:長岡市 山古志支所 地域振興・市民生活課 地域づくり担当係長 今井 雅廣(いまい まさひろ)さん
右:山古志住民会議代表 竹内 春華(たけうち はるか)さん

「デジタル村民」拡大、現実を超える。

丘陵に棚田が広がり、空には特産の錦鯉が舞う。ここはかつての山古志村を再現したメタバース空間だ。

デジタル住民票を持つ「村民」が全国、全世界から訪問。自由に散歩し、会話を交わすこともできる。

村の重要事項はデジタル村民の「総選挙」で決められる。いわば仮想の自治体だ。

デジタル村民はいま1,740名ぐらいいらっしゃいます。国内は首都圏を中心に、北は北海道から南は沖縄まで、全国から参加していただいています。そして全体の2割は海外の方です」と竹内さんは説明する。

旧山古志村にあたる長岡市山古志地域の人口は、被災当時の約2,100人から、現在は700人ほどにまで減少。数の上では「デジタル村民」が現実を超えている

長岡市はこの取り組みを資金面、運営面で支えてきた。

橋詰さんは「過疎・高齢化が進む地域で、現実の人口を超える関係人口を獲得し、様々な可能性を広げてくれています。首都圏からも遠い中山間地域というデメリットを払拭し、全世界とのつながりをつくってくれました」と話す。

メタバース空間で交流するデジタル村民

メタバース空間で交流するデジタル村民。地元産の野菜など個性的なアバターも選べる。一連の取り組みは令和4年のグッドデザイン賞に選ばれた。

新潟県中越地震の被災が出発点。

出発点は、平成16年10月にこの地域を襲った新潟県中越地震だ。

当時、長岡市との合併を控えていた旧山古志村では震度6強を記録。断続的な余震にも見舞われた。村内の329カ所で地滑りが発生し、道路が寸断されて村は孤立。地震発生の2日後には、全ての村民がヘリコプターで長岡市内に避難する「全村離村」となった。

村内で5人が死亡、25人が負傷。家屋は全壊、半壊、一部損壊を併せ、ほぼ全世帯にあたる673棟が被災した。14の集落ごとに避難したことでコミュニティの崩壊は免れたが、その後、最長3年間の仮設住宅生活が続き、山古志地域は存続の危機に直面した。

「山古志住民会議」が発足したのは、地震から2年8カ月を経た平成19年7月のことだ。

「まだ仮設住宅での避難生活も続いていました。震災からの復興と地域振興を進めるため、住民と、地域を応援する方々とともにソフト事業・ハード事業を展開して活性化を目指す、という設立趣旨でした」。当時はボランティアの一員として関わっていた竹内さんは振り返る。

旧山古志村の職員だった今井さんは「道路や農地の復旧は行政が担いますが、生活やソフト面の復旧には住民組織の存在が不可欠。元の山古志に何とかして戻れるようにと、復興基金などを活用して様々な事業を進める上で、必要にかられた部分もあります」と話す。

新潟県中越地震で被災した旧山古志村。土石流に埋まった家屋も少なくない

新潟県中越地震で被災した旧山古志村。土石流に埋まった家屋も少なくない。

長岡市にとっても住民による自立の動きは重要だった。「行政の側にとって、住民主体で生活再建に取り組んでいただけたことは、大変ありがたかった。山古志のその後の再建にプラスに働いたと考えています」と橋詰さん。

「住民と行政だけではなく、竹内さんのように災害ボランティアとして関わってくれた外部の方が、山古志をどうしようと車座になって取り組んでいただき、注目を置かれる存在になった。このことが山古志の皆さんの現在の誇りや愛着につながっています」。

住民会議は平成20年から22年まで、3回にわたって住民自治のプランを策定。特産品開発やツーリズム事業、交流拠点の整備など「やれることからトライアルを続けました」と竹内さん。しかし人口減少は止まらなかった。

これだけやっても、どんなに頑張っても、やっぱり人って減るんだな、というタイミングがありました。そのときに自分たちが策定してきた地域自治プランを、もう一度振り返ってみようという話になりました」。

そして浮上したのがデジタル技術の活用だった。

特産の錦鯉、NFT販売で世界へ。

まず検討したのがメタバースだった。しかし当時は、空間をつくるだけでも2,000万~3,000万円。イベントごとに数百万円の追加経費も必要で、断念せざるを得なかった。その後、山古志村を舞台とするゲームソフトの開発や、地域型ファンクラブなど、2年間にわたって様々なアイデアを模索したという。

そんな中で「山古志に住んでいるかどうかに関わらず、山古志を思ってくださっている人を村民として認め、地域をつないでいけないか。そこからNFTを活用しようと考えました」。

NFTとは非代替性トークン(Non-Fungible Token)の略で、固有の識別子で偽造やコピー、改ざんを防いだデジタルデータのこと。絵や音楽などが唯一無二の「本物」であることを証明できる技術だ。

旧山古志村は、江戸時代に紅白の色鯉の飼育が始まった「錦鯉発祥の地」とされ、現在も世界中からバイヤーが訪れる。そこで錦鯉のデジタルアートを「Nishikigoi NFT」として販売。これを「電子住民票」とし、購入者をデジタル村民として認める試みが始まった。

販売された「Nishikigoi NFT」の作品

販売された「Nishikigoi NFT」の作品。左:raf's work"Generative patterns NISHIKIGOI" 右:Okazz’s work "Colored Carp"

令和3年12月にまず350点を販売した。するとその直後、購入した首都圏の男性が「山古志に帰省します」とSNSで発信。ここから、デジタル村民が現実に山古志を訪問する「帰省」が次第に定着した。

その後2回の販売を経て、デジタル村民は昨年までに1,740人に拡大。現実の山古志に「帰省」した村民もこれまでに500人を超えているという。

海外から帰省する人もいて、台湾からは10人ぐらいの団体も来ました。英語や中国語で、世界に山古志を発信してくれています」

NFTの売り上げは、デジタル村民による「総選挙」で使途を決める。そのひとつが、メタバース上にかつての山古志村を再現する「仮想山古志村」のプロジェクトだった。

「当初はやりたくてもできなかったことが、デジタル村民の方からの提案で実現しました」。この間、メタバースの市場が広がり、必要経費が下がったことも追い風となった。

メタバース空間では、山古志の伝統の祭りを中継して屋台村を展開したり、「帰省」したデジタル村民も参加したジャズのイベントなどを同時開催。現実と仮想空間のハイブリッド型で地域を盛り上げる。総選挙で決まった別のプロジェクトで、仮想山古志村の共同保有財産として購入した世界中のNFTを展示する企画も実施した。

長岡市はこういった取り組みを、資金面で支えてきた。

システム構築には、総務省の過疎地域等集落ネットワーク圏形成支援事業の補助金を活用。その後の運営には、令和3 ~4年度の2か年にわたり、年間200万円の補助金を市単独で支援した。令和5年度には総務省の過疎地域優良事例に推薦し、総務大臣賞を獲得している。

さらに地元の山古志支所では、地域づくり団体を支援する施策の一環として、運営面でも住民会議の活動を支えている。

「住民会議といっても現実世界で動けるのは実質的に竹内さんだけなので、私も一緒に活動することが多いですね」と今井さん。令和5年以降だけでも800件に及ぶ全国の官民の視察には、住民会議と山古志支所が共同で対応。総務省への申請書類なども共同で作成してきた。

「山古志は観光地としても一次産業でも県内有数のポテンシャルを持っている。その一方で人口は毎年3%から4%ずつ減っている。生活基盤を維持しながら地域資源をどう活かすのか。行政としてのビジョンを示していくとともに、住民会議中心に取り組む山古志での試みが、少しでも他の地域のモデルとなれば」と橋詰さんは強調する。

山古志に「帰省」したデジタル村民の大交流会

山古志に「帰省」したデジタル村民の大交流会。これまでに500人以上が現地を実際に訪ねているという。

自走できる「村」を目指して。

山古志は令和6年10月、新潟県中越地震から20年の節目を迎える。

「10年目のとき、復興が達成されたとして持続可能な地域づくりへと転換していく総括をしました。その後は震災を知らない世代も増えてきています。そこで今回は能登半島地震も踏まえて、防災の意識を高めるイベントを充実させようと考えています」と橋詰さんは説明する。

山古志地域では例年、交流施設「おらたる」で被災状況を伝える展示が行われてきた。最新のデジタル技術の導入にはデジタル村民も協力している。

「展示の主体は地元のNPOですが、実際の地震の様子がわかるAR(拡張現実)の作成にデジタル村民も加わっています。山古志の地元の団体とデジタル村民が徐々に交じり合ってきている実感があります」と今井さん。

毎年10月23日の追悼式典では、メタバース上にも現実と同様の会場が設けられ、犠牲者を悼んできた。20周年の今回も設営される予定だ。

「アイデアの段階ですが、20年間お世話になった人たちからメッセージをいただき、顔写真やアバターとともにメタバースに展示しようかと考えています。今日まで山古志をつないでくださったことへの『ありがとう』の意味を込めて」と竹内さんは構想する。

新潟県中越地震が発生した10月23日の追悼式典はメタバースでも中継

昨年10月23日に行われた新潟県中越地震の追悼式典はメタバースでも中継され、デジタル村民が犠牲者を悼んだ。

仮想山古志村は今後、どこへ向かうのだろうか。

「一番優先したいのは、リアルとデジタルの融合のさらなる推進です。そのためにもきちんと法人格を備えて、一個の村としてのコミュニティを確立したい」と竹内さん。

NFT購入を「村民税」と位置づけ、納めると特定の権利が与えられる仕組みや、デジタル技術による近所付き合いやおすそ分けを通じて「山古志ファンが可視化できるようなシステムをつくろうと話しています」。

長岡市にとっても、山古志地域への全国からの支持と関係人口の広がりは貴重な財産だ。長期的な持続のため旧山古志村が自走できる姿を描く。

「住民会議も人手は少なく、次のことを始めようとするとお金もかかる。デジタル村民を通して各方面とつながり、知恵と力を借りながら自走できる形が理想的です。地域の課題解決を少しでも担っていただけるよう、行政としてサポートしていきたい」と橋詰さんは力を込める。

今井さんも「NFTを販売すれば収入がありますが、それが常に入ってくるわけではありません。ある程度、給与が出せる体制にするために、持続的に収入を生み出せるシステムに移行する必要がある。その手助けができればと考えています」と口を揃える。「住民会議が自走することで、お互いウインウインになると思うので、見守っていきたいですね」。

デジタル技術を活用した地域の活動を、行政が下支えする新たなモデルケースとして育てていきたい考えだ。

山古志村の棚田

旧山古志村の丘陵に広がる棚田。特産の錦鯉も棚田のため池で養殖が始まったという。

 

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