全国の自治体にメタバースの活用が広がっている。中でも注目を集めているのが“メタバース婚活”だ。見た目に左右されない仮想空間の利点を生かし、カップルの成立を手助けして、地元への人口定着につなげようというねらい。いち早く導入して成果をあげてきた山梨県北杜市の担当者に導入までの経緯と成果を聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
山梨県北杜市 こども政策部 子育て政策課 総務企画担当 主任 佐々 友里恵(ささ ゆりえ) さん
内面にフォーカス、マッチング率は7割超。
ここはインターネット上の3次元の仮想空間“メタバース”。北杜市が令和6年6月の婚活イベントのために用意した会場だ。
参加者はパソコンなどを操作し、自分の分身となる“アバター”の姿で会場に集まる。それぞれが自己紹介し、一対一で対話し、ダンスで交流するなど、現実の婚活パーティーさながらのプログラムを体験する。
▲メタバース婚活の会場。令和6年6月のイベントでは北杜市名物ひまわりの花が壁を彩った。 画像提供:パーソルマーケティング@GAIA TOWN
気の合った同士は後日、メタバースで二人だけのデートに進む。うまくいけばさらに、現実世界で対面することになる。
「リアル婚活と違って容姿が見えないので、会話を重視した交流になります。話す内容、人の内面にフォーカスがあたる。視野から情報が入ってくると、見た目で“この人はもうないかな”と対象から外れてしまうこともありますが、そういう要素に左右されないので、マッチングにつながるのかなと思います」と佐々さんは話す。
実際、この日参加した8人のうち、3組6人がカップルとして成立。これまでのイベントでもマッチング率は毎回7割を超えているそうだ。
「リアル婚活のマッチング率は通常4割ぐらいと言われていますから7割はすごいと思います」と佐々さん。令和6年度中にさらに2回の開催を予定しているという。
コロナ禍がきっかけ、リアルから仮想空間へ。
北杜市は以前から、人口の地元定着と移住促進を目指し、婚活支援に力を入れてきた。
平成29年には結婚応援ポータルサイト「ほくと縁結び」を開設。リアル婚活のイベントを積極的に展開し、一定の成果をあげてきたが、コロナ禍で転機が訪れた。
「リアルの婚活がなかなか思うように開催できず、何か新しい切り口の婚活はないか、と考えていました。リモートでの婚活を試行する中で、メタバースと出合った」と佐々さんは振り返る。
当初は庁内でもメタバース自体への理解が広がっておらず、婚活への導入には「市役所の中にも衝撃がありました」という。
顔が実際に見えない中で出会ってそのあとどうするのか。不安の声の一方で「逆にどうなっていくんだろうという期待感や面白さ、わくわく感もありました」。
令和4年12月の初回のイベントは、隣接する長野県富士見町、同県原村との3市町村でつくる「八ヶ岳定住自立圏」として実施した。これまでリアル婚活や移住支援などでも連携してきた広域的な枠組みだ。
このときの参加者は、男女計23人。このうち8組16人が一週間後のメタバース空間でのデートに参加。うち7組が現実世界でのデートまで進んだという。
初回の成功を受けて令和5年には2回開催。マッチング率はそれぞれ7~8割に達し、北杜市の継続的な取り組みとして定着した。
リアル婚活と比べて年齢層が低いのも特徴だ。
同市の場合、従来のリアル婚活の参加者は30代から40代が中心だった。それがメタバース婚活では若い世代の参加が増え、「20代から40代まで、ほぼ均等に参加していただけている」という。
「メタバースならばどこからでもアクセスできる。アバターで参加するので、メークもおしゃれも必要ない。若い人ってタイパ、コスパを大事にされるので、その手軽さがいいんだと思います」。
▲メタバース婚活の最後は参加者全員がダンスで交流した。 画像提供:パーソルマーケティング@GAIA TOWN
参加者のおよそ2割は首都圏など遠隔地からの参加だという。
プライバシーを尊重するため、現実世界でのデートに発展した先の動向全てを調査はしていないが、「この地域への移住に少なからず興味を持って参加してくれているので、良い方との出会いがあれば、移住促進への効果も期待できると思います」と佐々さん。
「地域の中だけでは出会いの選択も限られてくる。子育て世代の移住者も増やしたい。ならばメタバースで婚活していただき、北杜市に移住して結婚していただく形を目指しています」。北杜市は結婚支援に加えて子育て政策にも力を入れており、出会いから結婚、子育てへとつなげたい考えだ。
地元企業の協賛を得て、マッチングしたカップルに地元レストランの食事券や、そば打ちなどの体験チケットをプレゼント。参加者全員に名物のソフトクリームの無料券を配布するなど市の魅力を伝えているという。
「イベントだけで終わってしまうと残念なので、現実のデートではぜひ北杜市に足を運んでもらいたい。こんなところが北杜市にあると知ってもらうことで、将来的に移住につながっていけばいいなと思います」。
まちのブランディングにも効果を期待。
同市のメタバース婚活は昨年、多くのメディアで報道されるなど話題を呼び、他自治体からも10件ほどの問い合わせがあったという。
「メタバースといえば北杜市、といってくれる方もいます。今では庁内の職員も全員が知っていて、外部とのスモールトークに使える話題性もあります」。
地元での認知度も高まり、母親世代から“上京して離れて暮らす息子に参加させたい”との相談を受けることもある。これまでデジタルとは縁が遠かった人たちにとっての入口にもなっているという。「このまま定着して、市民の誰もが不安を感じずに活用できる形になるといいですね」。
一方で、従来型の婚活支援も継続している。
出会いサポートセンターという結婚相談所を開設。市内在住の結婚サポーターがボランティアを務め、登録者同士の紹介や、見合いの仲介などの支援にあたっている。年間300件以上の相談に応じており、例えば昨年は5組が結婚まで至ったそうだ。
「昔でいうお世話焼きおばちゃんのような存在がいる相談所があり、新しい切り口のメタバースもありと、ハイブリッド型でいろいろやらせてもらっています」と佐々さんは笑う。
「若い世代は結婚してもメリットがないと感じている人が多いと聞きますが、良い出会いさえあれば、この人と結婚したいと前向きに考えてくれるのではないでしょうか。メタバースをそういう人たちが気軽に参加できる出会いの場にしたい。一人でも多くの人に出会いを提供して、未来につなげていきたいですね」。
「北杜メタバース婚活」開催のお知らせ 北杜市「ほくと縁結び」サイト
https://www.city.hokuto.yamanashi.jp/konkatsu/info/27790.html
このシリーズの記事
▶ 【新潟県長岡市】震災と合併で消えた村が、メタバースでよみがえる。
▶ 【山梨県甲府市】ひきこもり当事者と行政をメタバースでつなぐ。
▶ 【鳥取県】メタバースからの情報発信で、関係人口を創出する。
あわせて読みたい