鳥取県は令和5年、全国に先駆けて「メタバース課」設立とAIアバター職員の採用を発表して注目を集めた。その1年後には県と関わりのある若者の交流の場となる新たなメタバース空間を開設。地元情報の発信による関係人口創出の取り組みを加速させている。担当者に聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
鳥取県
左:東京本部 販路開拓・メディア連携・交流支援担当 係長 中村 大樹(なかむら ひろき)さん
右:輝く鳥取創造本部 とっとり暮らし推進局 人口減少社会対策課 主事 杉田 大輝(すぎた だいき)さん
わずかなコストで、13万人がアクセス。
ここは鳥取県メタバース課が手塚プロダクションなどと共同でオープンしたメタバースミュージアム。ネット上につくられた3次元の仮想空間だ。壁には「鉄腕アトム」のキャラクターたちが県内の観光名所をまるで旅しているかのようなデジタル画像が並ぶ。来場者は、自分の分身となるアバターの姿で部屋を自由に散策でき、チャットで会話することも可能だ。
▲メタバース課のミュージアム。画像をタップすると鳥取砂丘などの観光情報が表示される ©TEZUKA PRODUCTIONS / XANA
「鳥取県はメタバースに進出すると腹を決めました。メタバースを砂バースにするんです」。県知事の平井 伸治さんは令和5年2月の記者会見でこう宣言し、AIアバター職員「YAKAMIHIME(ヤカミヒメ)」の採用も発表した。
この様子がテレビやWEBメディアで報道され、メタバース課にはその後1年間で13万人がアクセスしたという。中村さんによると「県の負担は限定的。基本的には民間の事業で、県は協力している形です」。わずかな予算で話題づくりに成功した。
きっかけは令和4年、WEB3.0を活用した地方創生事業を手がけるJ&J事業創造(JTBとJCBの合弁会社)、手塚プロダクション、XANAが立ち上げた「ASTROBOY × JAPAN NFT(ご当地アトムNFT)」プロジェクトの最初のパートナーとして同県に声がかかったことに始まる。
NFTとは非代替性トークンの略で、固有の識別子で偽造やコピー、改ざんを困難にするブロックチェーンを活用したデジタルデータのこと。絵や音楽などの知財が唯一無二性をもつ(本物である)ことを証明でき、保有者同士がマーケットを通じて売買もできる。
第1弾に選ばれた理由について中村さんは「鳥取県は、鳥取砂丘に月面を再現する鳥取砂丘月面化プロジェクトに取り組んでおり、宇宙産業に補助金も出しています。県内各地で天の川や流れ星が見える『星取県』としてのブランディングも進めている。そういった点が鉄腕アトムの世界観と合致したと聞いています」と話す。
鉄腕アトムの魅力あふれるキャラクターと同県の観光名所が描かれたNFTカードは、トレーディングゲームカードとして35種類が作成された。令和4年5月に発売されると、日本国内のほか世界90カ国から購入エントリーがあり、計2万7,000枚が即完売。もともとコロナ禍で苦しむ地域経済に貢献したいという思いから立ち上がったプロジェクトとして、売り上げの一部である138万円が同県に寄付された。
この成功を関係人口の創出につなげるため、架空の組織として自治体初となるメタバース課を創設。前述の通りご当地アトムのNFT画像が展示された仮想ミュージアムをメタバース「XANA」上で24時間常設している。専用アプリやWEBブラウザから入場し、画像をタップすると、それぞれの観光地の情報が表示される仕組みだ。
AIアバター職員の「YAKAMIHIME」の名前は、同県が舞台の神話「因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)」で、大国主命と日本最古のラブストーリーを演じた「八上姫(やかみひめ)」に由来する。専用サイトにアクセスすると、チャットや⾳声でやりとりができる。多言語に対応し、感情表現もできるという。
現在はまだ鳥取の情報を学んでいる段階で、画像は2Dだが、今後は3Dアバターへの発展も検討しているそうだ。
▲AIアバター職員「YAKAMIHIME」。鳥取県の情報を学習中だ。 ©XANA / J&J事業創造
地元を離れた若者たちをメタバースでつなぐ。
メタバース課の創設から1年。関係人口のさらなる創出を目指し、同県は令和6年3月、メタバース上の新たな交流スペース「バーチャルとっとり」を開設した。仮想空間で若者同士が交流でき、観光や暮らしに関する情報が入手できる。
「今は鳥取を離れていても、忘れないでいてくれる人々に継続的に交流していただき、関係人口につなげたい」と杉田さんはねらいを説明する。
同県はこれまでも、公式アプリ「とりふる」を通じて、若者向けに地元の旬な情報や就活情報を配信してきた。しかしコロナ禍で現実の交流が絶たれたこともあり、双方向で交流できる場としてメタバース空間を選択。デジタル田園都市国家構想交付金などを活用して立ち上げた。
来場者は18万通りのバリエーションから顔や髪形、服装などを選んでアバターを設定できる。砂丘をベースにしたメインスペースや、大人数が交流できるイベント会場、少人数でリラックスして話せるコミュニティルームを設けている。
▲新たなメタバース空間「バーチャルとっとり」を訪れ、アバター姿で交流する参加者。
令和6年3月3日には、県にゆかりのある20代前半から30代後半の人々を対象とした交流会「バーチャル同窓会『33祭』」を開いた。県内外から36人の若者が参加。事前にカレーセットや、らっきょうなどが自宅に届けられ、鳥取の味を楽しみながらトークショーや「とっとり〇×クイズ」で交流を深めたという。
この成果を踏まえ、今後もメタバース空間の周知を図っていくという。「若者向けに機能を向上させ、長期にわたって愛されるコンテンツにしたい。県内でもメタバースを活用する自治体が出てきているので、連携も視野に入れたい」と杉田さん。
令和6年夏以降は、小規模の移住イベントや就活イベントも予定する。「関係人口から、ゆくゆくは県内への移住やUターンにも結び付けたい」と期待する。
利用は急速に拡大、導入への説得がカギ。
総務省によると、国内のメタバースのユーザーは令和4年の年間約450万人から、2030年には約1,750万人まで拡大するとの予測もある。
急速に拡大しつつあるメタバースの活用。あまり詳しくないまま担当となったという杉田さんは「最初は専門用語など分からない部分もあったが、次第に自分が思い描く空間に近づいていき、だんだんと出来上がっていくところにわくわく感がある」と魅力を語る。
「地元と関わりのある人々につながり続けてもらう意味で、全国各地、世界各地から気軽にアクセスできるメタバースは有効だと思います」。より使い勝手がよく、県民に喜ばれるツールとなるよう改善を続ける考えだ。
中村さんも以前はスマホのゲームにすら縁がなかったという。「メタバースはそもそも楽しむためのもの。初めはとっつきにくいかもしれませんが、実際にやってみれば分かりやすいはずです」と強調する。
「人口が減り続ける中、特に地方はどれだけ関係人口をつくっていくかが重要。どの自治体も情報発信など工夫していると思うが、メタバースは不特定多数に365日24時間宣伝できる利点がある。都会に出ていった人を取り込むこともできると思います」。
導入の課題として指摘するのが、庁内の理解をどう取り付けるかという点だ。「いざやりたいというとき、デジタルが苦手な人にも分かってもらえるように、なるべくかみ砕いて伝えるのがポイントですね。メタバースの可能性は無限大。やり方次第で何でもできると思うので、頑張ってほしい」と、導入を目指す自治体にエールを送った。
▲バーチャル同窓会「33祭」の参加者は「とっとり〇×クイズ」などで交流を深めた。
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