全国の市区町村の創意工夫あふれる取り組みを表彰する、愛媛県主催の「行革甲子園2024」が令和6年11月8日、松山市で開かれた。1次審査を通過した7自治体の中から、新潟県湯沢町の「デジタル技術を活用した労働環境提供・効率化事業」が審査員長特別賞に選ばれた。1日単位や短時間勤務の「ギグワーク」を紹介する求人サイトを自治体公式として開設。人手不足の解消と多様な働き方の確保を同時に実現した試みが評価され、オンライン投票の最多得票も獲得した。担当者に詳しく聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
湯沢町 企画産業観光部 企画観光課
笛田 利広 (ふえだ としひろ) さん
慢性的な人手不足を“多様な働き方”で解消。
「輝かしい賞をいただき光栄です。オンライン投票で最多得票と聞き驚きましたが、人手不足という同じ課題をお持ちの自治体の方々に共感していただけたのかなと思います。経費がさほどかからず、ゆくゆくは自走できる取り組みという点も大きかったかと思います」。笛田さんは受賞についてこう語ってくれた。
対象となった「ゆざわマッチボックス」は、1日単位や短時間で働ける町内の求人をスマホで探せる自治体公式サイト。デジタル技術を活用して、町内の事業所と働きたい人をマッチングし、就業機会の最大化と人手不足の解消を実現するのがねらいだ。
スノーリゾートや温泉など観光を主要産業とする同町では近年、宿泊業やサービス業を中心に働き手の確保が課題となってきた。一方で人口の移動をみると、若い世代、特に女性の転出超過という問題があった。湯沢町では、就職後、数年で離職して転出してしまうケースが多いとみていた。
▲湯沢町の主要産業である観光を支えるホテルなどでは近年、働き手の確保が大きな課題となっていた。
そんな中で令和3年、町の子育て支援課に保護者から「コロナ禍でパートが減ってしまった。町内のパート情報をまとめたものはないか」との問い合わせがあり、当時の観光商工課に相談がまわってきた。これをきっかけに、単なる労働力不足解消ではなく、子育てや介護など家庭の事情で長時間働くことができない人でも手軽に働くことができる地域づくりを目指す取り組みが始動したという。
当初は大手求人サイトの活用も検討したが、新潟県新潟市のスタートアップ企業「Matchbox Technologies(マッチボックステクノロジー)」が短時間勤務をマッチングするアプリを手がけていることから、ギグワークに照準を定めたそうだ。
「ゼロからシステムを構築できるところを探していましたが、知り合いから既存のシステムに乗ったほうがいいとアドバイスを受け、同じ新潟県内の事業者を教えてもらい、お客様問合せ窓口にメールしました。マッチボックス社のシステムならば長期で働くことができない人でも仕事を探せる。子育て世代、シニア世代が柔軟に働ける環境を整備するのに最適でした」と笛田さんは振り返る。
応募1万件。事業者の9割から「よかった」の声。
子育て相談課から話があった令和3年度の半ばから検討を開始し、令和4年度の予算要求に向けて準備。令和4年7月に「ゆざわマッチボックス」の運用を開始した。自治体による公式ギグワークサイトの開設は全国初の試みだったという。
発想からおよそ1年でのスピーディな実現には「小規模自治体という事情に加え、国からの交付金が決まったことが大きかった。新規事業で、デジタルという要素もあり、コロナ対応という意味でもマッチしていました」。当初は新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金、その後はデジタル田園都市国家構想交付金を活用しているそうだ。また、導入時には新潟県からの支援も受けた。
サイトの開設に向けて大手ホテルやスキー場など地元の事業所を訪問し、求人の確保を進めた。「非常に積極的な事業者もあれば、全く話を聞いていただけないところまで、反応は両極端でした。その後は役場でも説明会を開いて登録事業者を確保しました」。運用開始時までに約20の事業者の求人を集めたという。
「ゆざわマッチボックス」の利用者は、スマホのアプリを使って、湯沢町内のパート情報を検索し、スマホ上で応募できる。利用料は無料で、自分が働ける時間に応じて、柔軟な働き方を選ぶことが可能だ。契約形態は業務委託ではなく、直接雇用を前提とし、労働者保護に配慮した。
事業者側も、アプリで採用から勤怠管理、給与の支払いまで全て対応できる。採用情報の掲載は無料で、採用実績に応じて課金する。採用が一定数を超えると、行政としての支出なしでも自走できる仕組みだ。
この結果、導入から令和6年5月末までに1,265人が利用者として登録。掲載企業は75社86事業所、求人の掲載件数は33,847件に達した。延べ応募件数は10,390件、延べ採用件数は6,065件と順調にマッチングが進んでいる。単発雇用から長期雇用につながった例も51人を数えるという。
令和5年3月に実施したアンケートでは「ゆざわマッチボックスがあってよかった」と感じている事業者が89%を占めた。募集した事業者の93%超で応募の実績があり、高確率で働き手を確保できることが高い満足度につながったとみられる。
“自治体公式”の安心感が成功の決め手に。
▲「ゆざわマッチボックス」の掲載業種は宿泊など観光関連に加え、令和6年3月には保育士まで広がった。
アナログだった求人情報の提供をデジタル化し、スマホでマッチングできる手軽さに加え、「自治体公式という点が一番大きかったと考えています。働く側にとって安心感がある。『自治体公式だから登録した』との声をよく聞きます」と、笛田さんは成功の要因を分析する。
利用者からは「単発バイトの経験は今までなかったが、ゆざわマッチボックスで初めてチャレンジした」などの声があるそうだ。県外出身の移住者から「最初はリモートワークで働いており、湯沢に住んでいる実感が薄かったが、ゆざわマッチボックスを使って働く中で『湯沢町民になった』と感じることができた」との反応もあるという。
湯沢町での運用を受け、新潟県が補助を実施したこともあり、その後、県内の3つの自治体に同様のサービスが導入された。全国放送のテレビニュースで取り上げられ、関西、中部、九州など全国の自治体にも広がりつつあるようだ。
湯沢町にも他の自治体からの問い合わせが相次いでおり、笛田さんによると「行政としてどういう効果をねらったのか、予算立てはどうしたのかといった質問をよく受ける」そうだ。
湯沢町では今後、従来のギグワークの提供に加え、事業者と求職者の中長期的な接点づくりとして活用していく考えだという。「人手不足は今後さらに拍車がかかると思うので、このシステムで早期にいい人材を見つけて働き手の確保につなげていただきたい」と笛田さんは期待する。
最後に導入を検討する他の自治体へのアドバイスを聞いてみた。
「正規雇用につなげるという面を押し出しすぎると、うまくいかない例もあるようです。それでは“この朝に3時間だけ働きたい”といった多様なニーズを拾い上げられません。単なる人手不足解消の手段ではなく、多様な働き方ができる地域づくりのツールとして活用するのが重要だと思います」。
▲「ゆざわマッチボックス」のトップページ。町外、県外からの登録が多く、移住への効果も期待されている。