全国の市区町村の創意工夫あふれる取り組みを表彰する、愛媛県主催の「行革甲子園2024」が令和6年11月8日、松山市で開かれた。全国から寄せられた97事例の中から、7件の最終選考事例の1つに選ばれたのが、福岡県北九州市の「ローコードツールを活用した全庁的DXの推進」だ。時としてハードルの高いデジタルツールの導入を、充実したサポート体制により全庁規模で成功させた取り組みが評価された。同市の担当者にポイントを聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
北九州市 デジタル市役所推進室 DX推進課
左: DX推進担当課長 須山 孝行 (すやま たかゆき) さん
右: 中田 直希 (なかた なおき) さん
構想数カ月で試行開始。10万時間削減を目指す。
「全職員でがんばって導入したので、入賞はシンプルにうれしいです。手段からではなく問題解決から考えていこうという内容が響いた、刺さったという反応をいただき、伝えたかったことが伝わったなと感じました」。
中田さんは受賞の喜びをこう話す。表彰式では「職員全員の努力の賜物で賞」も贈られた。
▲自治体DXへの取り組みが始まると現場から「紙の業務が非効率なので業務改善したい」との相談が寄せられたという。
北九州市では令和3年にデジタル市役所推進室を創設し、自治体DXへの取り組みを始動した。するとまもなく現場から「紙の業務が非効率なので“デジタルツール”を使って業務改善したい」という相談が多く寄せられたという。
かといって、各課のシステムを外部に委託して一から開発するとなると時間も経費もかさんでしまう。そこで浮上したのが、素早く、低コストでのシステム開発が可能な「ローコードツール」の導入だった。
「個別のシステムをつくるには費用がかかる上、導入に向けた庁内での審査や手続きもあって、実現するのに2年ぐらいかかったりします。それがローコードツールであれば汎用性があるため、導入が早い上に金銭的にも安くあがります」と須山さんは説明する。
3~4種類のローコードツールを検討し、コストや使い勝手などから「kintone(キントーン)」の導入を決めた。目指す姿として「職員一人ひとりがイノベーター」を掲げ、全職員8,000人が活用することを想定。年間作業時間を10万時間削減する目標を設定した。
「明確な根拠はありませんが、市職員の残業時間が延べ50万時間ほどなので、その20%はとにかく削減したいと考えました」と須山さんは振り返る。令和3年の8月頃にローコードツールの検討を開始し、10月には試行導入というスピード感で準備を進めた。
▲ローコードツールの導入を記者会見で発表する武内 和久市長。
“5つの仮説”を設定。成功事例が続々と。
ただ、ツールを導入するだけで大きな効果が得られるとは限らない。
目標の実現には何が“本当の問題点”となるのか明確にするため、(1)職員に知ってもらえるか(2)職員が扱えるようになるか(3)途中であきらめないか(4)職員間で引き継げるか(5)成果や効果を可視化できないか、という5つの“仮説”を設定。これらに対する取り組みを通じて目標実現を目指す方針を立てたという。
(1)については、ローコードツールとは何かという基本や内製化事例を紹介する「kintone通信」を配布。簡単な動画も作成して広報した。(2)に対しては職員研修を実施。全庁で約750人をDX変革リーダーとして選任し、実務で使える知識を持ち帰って所属課で実践する“キーマン”として育てた。
(3)は最も重点的なポイントとして、デジタルコンシェルジュによる相談、市内業者への委託でSEが常駐する「ヘルプデスク」設置、本格運用に向けた対面での伴走支援と、手厚いサポート体制をつくった。
(4)はシステム管理台帳を作成し、原課が作成したシステムが作業を何時間削減したかなどを管理。収集した情報をBIツールで“見える化”して(5)につなげたそうだ。
この管理台帳が最初のアプリとなった。つくったのはデジタル市役所推進室だ。
「海のものとも山のものともわからず、最初から使ってみようという人は推進室にもいませんでした。でもほかの課に使いましょうと訴えていく立場なので、まず隗(かい)より始めよでつくりました」と須山さん。
その後は、空き家の取り壊しに対する補助金の審査の手続きを、現地での入力だけで会議資料までできるように簡略化するアプリや、コロナ陽性者の発生届など紙で管理していた情報をデジタル化し、業務効率化とペーパーレス化を実現するアプリなど、各部署で続々と成果が上がり始めた。
「導入して数カ月でこういった事例が積み重なったので、皆さんもキントーンって使えるのかな、という感じになったと思います。いま振り返れば、よくスピーディにできたなと感じます。仮説を立てて取り組んだ効果がやはり大きいと思います」と須山さんは振り返る。
▼デジタルコンシェルジュによるDX相談の変化
2年足らずで全庁展開を実現。71億円を節減。
この結果、令和3年10月に30人で始まった運用は、令和4年度に500人、令和5年度には8,000人に増加。目標のひとつだった全庁展開が実現した。運用されているシステム(アプリ)の数は、令和6年9月末時点で422システム。令和5年度の年間作業削減時間は40,355時間に達したという。
同様のシステムを個別に開発した場合と比較して、節減された経費は約71億円と試算されている(令和6年9月末時点)。
「10万時間削減はハードルとして高いと思っていましたが、そんなに悪くない結果が積み上がってきました。もしかしたらできるかも、という感じですね」と須山さんは手ごたえを語る。
一方、中田さんは「全庁で導入するには、やはり秩序が必要だと思いました。運用のルールづくりなどについて、あれはどうなんですか、これはどうなんですかと次から次に聞かれます。量が多く流れも読めないので、現場レベルでは苦労しました」と振り返る。ただ「疑問が挙がるたびに、これはそのままマニュアルに入れればいいよねという形で進みました」とのことで、苦労の集積が運用ルール確立につながっているようだ。
導入後の現場の反響はどうだろうか。
「はじめはログインの仕方がわからない、といった問い合わせが多かったのですが、いざやってみたらシステム作りが楽しくなった、リテラシーが上がった、などの声を聞きます。最初から100%を目指さなくていいと伝えているので、50%から70%の状態でつくっていただいて、それをブラッシュアップして本運用に進むやり方が良かったのかもしれません。ネガティブな声は聞きませんね」と中田さん。
取り組みの究極の目的である市民サービスへの還元にも効果が出ている。
介護保険の手続きで、ケアマネージャーのケアプラン確認の予約をアプリ化した「らくらく予約システム」は、導入により区役所窓口の対応時間が約2,000時間削減。浮いた時間を介護サービス利用者の相談に充て、十分なヒアリング時間の確保につながったという。
▲システムの本格運用に向けた対面での伴走支援。手厚いサポートで全庁へのスピーディな導入を実現した。
働き方が「根本的に変わります」。
最後にローコードツールの導入を検討している他自治体へのアドバイスを聞いた。
「まずローコードツールで何をしたいのかをしっかりと考えることですね。本当の困りごとは何なのか、その困りごとをなくすには何をするのか、それをすれば本当に困り事が解決するのかという深掘りがポイントです」と須山さん。
中田さんは「北九州市では5つの仮説を立てましたが、ほかの自治体では違う問題が存在するでしょうから、その問題から考えてどんな仮説が生まれるかというのがポイントの一つです。そして仮説が正しいかどうかを検証するには効果把握の仕組みが必要です。われわれでいえばシステム管理台帳で成果を把握しているので、そういう仕組みをきちんとつくることがもう一つのポイントでしょうか」と話す。
北九州市では今後も、作業時間10万時間削減の目標に向けて、ローコードツールの活用を進めていく方針だ。「ローコードツール導入で情報共有プラットフォームができると、管理職も含めて関係者みんなに情報が共有されます。誰が何をやっていて、この人がいないときには誰がフォローするのか、仕事のやり方が変わります。さらに在宅勤務とか、フリーアドレスの職場でも普通に仕事ができる。働き方が根本的に変わると実感しています」。須山さんは力を込めた。
▲令和3年にDX推進計画を策定した北九州市。「デジタルで快適・便利な幸せなまち」の実現を目標に掲げている。