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【連載】ビールの基礎から地域活用まで!―公務員のためのクラフトビール講座<3>ホップ栽培で地域を盛り上げる

お風呂上がりに仕事の後に、お酒好きにとっては欠かせないビール。近年のクラフトビールブームを経て、特産品を活かしたビールづくりも各地に定着し、地域活性化の主役にもなりつつあります。この連載では、ビールの基礎知識から地域での活用事例まで、ビールライターの富江 弘幸さんが分かりやすく解説します。第3回はホップ栽培で地域を盛り上げる岩手県遠野市の事例をご紹介します。
※掲載情報は公開日時点のものです。

解説するのはこの方
富江 弘幸(とみえ ひろゆき)さん
ビールライター・ビアジャーナリストアカデミー講師
編集者。昭和50年東京生まれ。法政大学社会学部社会学科卒業。卒業後は出版社・編集プロダクションでライター・編集者として雑誌・書籍の制作に携わる。中国留学を経て、英字新聞社やDXコンサル会社などに勤務。ビール・飲食関連記事の執筆や、ビアジャーナリストアカデミー講師など、幅広く活動している。著書に『教養としてのビール』(サイエンス・アイ新書)など。
ホップの栽培面積日本一の遠野市の課題は?
ビールの主原料の1つに、香りと苦味のもととなるホップがあります。ビールには欠かせない原料ですが、日本でのホップ栽培は年々減少傾向にあるのが現状です。そんな状況の中、ホップの栽培面積日本一の遠野市では、ホップ栽培の振興とともに地域を盛り上げる取り組みも行っています。
今回は、遠野市でのホップを活用した地域活性化の事例をご紹介します。
※出典:農林水産省「ホップの生産状況」

岩手県遠野市は、河童の伝承や遠野物語などで知られていますが、実はホップの栽培面積が日本一です。昭和38年からキリンビールとの契約栽培でホップ栽培を開始しており、もう60年以上続いています。
そんな遠野市での課題は、ホップ農家の減少です。ホップ栽培の最盛期から農家の戸数が10分の1くらいにまで減ってしまっており、さらにホップ農家の高齢化も進んでいるのが現状です。
そこで、遠野市とキリンビールが協働でホップを活用した地域活性化を行い、ホップ栽培を持続的なものにしていこうという取り組みが進められています。具体的には、ホップ農家の高齢化と後継者不足という課題に対して、下記3つの取り組みを行っています。
1. 遠野ホップ収穫祭、ビアツーリズムなどでの認知向上
2. 地域おこし協力隊を活用した就農に向けた研修
3. ふるさと納税を活用した寄附金募集
遠野ホップ収穫祭、ビアツーリズムなどでの認知向上

遠野市での課題に対しての解決策の1つは、遠野ホップ収穫祭やビアツーリズムなどでの認知向上です。
遠野ホップ収穫祭は毎年8月下旬に開催されているホップの収穫を祝うお祭りで、遠野市のホップを使ったビールや、地元の食材を使った料理などを味わえるイベントです。
遠野ホップ収穫祭の実行委員会には、遠野市役所やキリンビールなどが加わっており、遠野市が主体となって進めているプロジェクトといえるのですが、初めて開催された2015年の来場者は2,500人にとどまりました。
しかし、翌年以降もキリンビールや市内のホップ農家、地域おこし協力隊などと連携して認知を高めていき、平成29年には6,000人、令和元年には1万人を超える規模にまで成長したのです。令和7年の来場者数は1万6,500人で過去最高となりました。
また、遠野ではビアツーリズムも企画・開催しています。ビアツーリズムでは、ホップ畑で飲むビール、遠野の食材を使ったランチ、マウンテンバイクで巡る遠野の伝承など、遠野ならではのツアーを楽しめます。

遠野市では、行政・企業・農家・地域住民が一体となって、地域を活性化する取り組みが勧められているのです。
地域おこし協力隊を活用した就農に向けた研修
ホップ農家の高齢化と後継者不足という課題に対して、「地域おこし協力隊」という制度を活用した就農に向けた研修も行っています。
そもそもホップ栽培・収穫は重労働で、収穫時期には市内のホップ農家が総出でひとつの畑の収穫を手伝います。ほかの人の畑の収穫もホップ農家みんなで手伝っているのです。ホップの収穫は1人では難しく、トラックなどを使った高所作業が必要です。

また、ホップ栽培は一から始めてすぐ収益になるわけではありません。ホップは多年草植物ですが、1年目は収穫量が少なかったり品質がよくなかったりするため、3年目くらいまではなかなか望むような収穫量にならないことが多くあります。加えて、収穫は年に1回なので収入が入ってくる時期も限られます。
それを解決したのが、総務省の地域おこし協力隊を活用した、 就農に向けた研修です。3年間は地域おこし協力隊の収入があるため、新規就農者はその期間にホップ栽培での収入がなかったとしても生活費は確保できます。そして、地域おこし協力隊としての期間が終わったあとに、後継者がいないホップ農家の畑を譲り受けたり、新たに畑を整備したりして、農家として独立するという仕組みをつくっているのです。
ふるさと納税を活用した寄附金募集
最後は、ふるさと納税を活用した寄附金募集です。ふるさと納税で自治体に寄附をすると寄附金の使い道を指定できる場合がありますが、遠野市でもこの仕組みを活用しています。遠野市にふるさと納税をする際に「ビールの里プロジェクト」を使い道として指定すると、ホップ関連の様々な取り組みに寄附金の一部が使われるようになります。
例えば、遠野市でのホップ栽培は60年以上続いており、設備の老朽化が進んでいることも課題の1つです。ホップを収穫したら保存性を高めるために乾燥させるのですが、この乾燥施設の老朽化が進んでおり、改修するには高額な費用が必要になります。しかし、ホップ農家だけでは改修費用を賄うことが難しいため、ふるさと納税の寄附金を活用する仕組みを整えているのです。

行政・企業・農家・地域住民が一体となった活性化
遠野市では、ホップ栽培を持続的なものにしつつ、さらに地域を盛り上げていく取り組みが進められています。もともと遠野市には上閉伊酒造と遠野醸造という2つの醸造所がありましたが、令和7年4月には3つ目の醸造所であるGOOD HOPSが開業しました。
GOOD HOPSでは、元キリンビールの研究者で世界的にも有名なホップ博士の村上 敦司さんが醸造責任者として関わっており、ただビールをつくるだけでなく、新品種ホップの開発・栽培のほか、加工技術の研究も行っています。
遠野市の地域活性化の取り組みは、行政・企業・農家・地域住民が一体となっているのが特徴です。その上で、ふるさと納税を活用するといった仕組みを整え、持続的な地域づくりを目指しています。地域活性化の答えはひとつではありませんが、遠野市での取り組みはほかの自治体でも参考になるのではないでしょうか。
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連載第4回では、特産品のサツマイモを使った埼玉県川越市でのビールづくりをご紹介します。













