千葉大学予防医学センター 疾患予防医学 教授
小野 啓(おの ひらく)さん
1995年に東京大学医学部医学科を卒業。朝日生命成人病研究所、アルバートアインシュタイン医科大学、埼玉医科大学、千葉大学大学院医学研究院内分泌代謝・血液・老年内科学などを経て、2025年1月より現職。
Q 肥満症とはどんな疾患なのか、概要とその現状を教えてください。
“肥満症”は単なる“肥満”とは異なり、BMI25以上かつ健康障害などの問題を抱えた疾患を指します。言葉は似ていますが、これらは別物です。また、混同されやすいものにメタボリックシンドローム(以下、メタボ)があり、自治体では特定健診を実施していますよね。一方、肥満症にはメタボの診断基準には含まれない、変形性膝関節症や睡眠時無呼吸症候群などの合併症があり、発がんリスクも高いとされています。特定健診はメタボを検出する仕組みなので、肥満症の患者が見逃されている現状があるのです。
近年、BMI35を超える高度肥満の人は男女ともに増加しています。BMI値が高いほど合併症のリスクも高まるため、早期の対策が欠かせません。肥満症に対しては医学的に適切な治療法があるものの、それを本人や周囲が知らず、改善を諦めてしまう人がいることが指摘されています。
まず必要なのは、肥満症の認知を拡大すること。そして理想は、地域の医療機関で診断を受け、治療が必要な人が専門医療機関につながる体制を整えることです。“肥満症”という病名を伝えることで、“自分はただ太っているだけではなく病気で、病院に通ってもいいんだ”と安心する患者も多くいます。“肥満”という言葉は差別的に受け取られることもありますが、必要以上に心配せず、病気としての“肥満症”をきちんと知ってもらうことが大切だと考えます。

Q 肥満症の患者が抱える課題には、どのようなものがありますか?
治療を受けている患者は40~50代が多く、糖尿病や高血圧の患者と比べると、比較的若い印象を受けます。そして特徴的なのが、肥満症患者には、精神的・心理的な問題を併せもつ人が多い傾向にあること。肥満症は“肥満”という外見的特徴を伴うため、患者が偏見や差別にさらされやすい点が、ほかの疾患と大きく異なります。加えて、“肥満は自己責任”だと捉える社会の風潮もある。しかし実際には、太りやすい体質や幼少期の環境が影響していることが多いのです。これらはいずれも、本人の意志で選んだものではありません。それでも“本人が悪い”という目で見られてしまうのです。
さらに、経済的な課題を抱える人も少なくありません。偏見の影響で就職が難しく、生活保護を受給している人もいます。こうした厳しい現実が悩みを深め、引きこもりがちになってしまう。おのずと、社会との接点が減り、自尊心が低下するという悪循環に陥るのです。
このように、肥満症は精神的な課題、経済的な困難、そして社会的偏見という問題を内包しています。医療機関だけで解決するのは難しく、地域が一丸となって取り組むべきものだと考えています。
Q 現状を改善するために、自治体にできることは?
まず大切なのは偏見をなくすことです。“肥満は自己責任ではなく、環境や遺伝、体質などが主な要因である”という理解を広める必要があります。同時に、“目指すのは健康づくりであって、標準体重そのものではない”と伝えることも大切です。つい数値にとらわれがちですが、様々な体型の人がいたとしても、健康かどうかが最も重要なのです。
こうした周知・啓発活動は自治体の得意分野ではないでしょうか。ポスターやホームページでの広報をはじめ、イベントなども実施できるでしょう。例えば、体重が多くても活躍している芸能人を招き、前向きなロールモデルを示すような活動も有効かもしれません。
ほかにも、特定健診を、肥満症も含めた取り組みに発展させることも可能だと思います。メタボによる動脈硬化以外にも深刻な合併症があり、突然死のリスクが高いものもある。こうした事実を伝え、対象者に受診勧奨を行うことが、治療へ踏み出す一歩につながるのではないでしょうか。

Q 地域の健康づくりに取り組む自治体職員へメッセージを!
まずはイベントでも健診でもいいので、地域社会に正しい理解を広め、交流を生んでいきましょう。肥満症の人が社会に出る後押しとなり、それが治療や就労のきっかけになるかもしれません。
また、こうした活動は国や自治体にもメリットをもたらします。川に例えると、肥満症は上流にあり、がんなどの様々な病気が下流にある。この上流で流れを止めることが、健康寿命の延伸につながり、長期的に見れば医療費の抑制にも寄与するはずです。
とはいえ、自治体の皆さんは多忙なので、新しいことを始めるのは難しいかもしれません。予算や人手不足といったハードルもあるでしょう。そんなときには、他自治体の事例が参考になります。例えば千葉県千葉市では、産官学連携で協定を締結し、「ほっとかない!プロジェクト」を発足しました。これは、肥満・肥満症に関する環境を整備し、健康な社会の実現を目指す活動です。まずは現状を“放置しない”という姿勢から始めることが大事だと考えています。こうした取り組みが広がっていくことを期待しています。
