全国の市区町村の創意工夫あふれる取り組みを表彰する、愛媛県主催の「行革甲子園2024」が令和6年11月8日、松山市で開かれた。1次審査を通過した7自治体の中から、北海道余市町の「産官学による広域防災連携が取り組むランニングストック方式による防災備蓄の推進」が審査員長特別賞に選ばれた。地元の大手ドラッグストアと提携し、災害時の備蓄食を自治体施設ではなく、民間の倉庫にバーチャルに保管する画期的な取り組みが評価された。担当者に仕組みを詳しく聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
北海道余市町 総務部 総務課
岡 欣司 (おか きんじ) さん
「倉庫なしで物資備蓄を」町長の提案で動き出す。
「審査員長特別賞を受賞できたことはとても光栄に思います。 私達だけの力ではなく、関係町村の皆さんと、調整に応じていただいた事業者さんのおかげだと思っています。今後は受賞を励みとして住民の防災意識の向上や、防災訓練などを重ねていきたいと考えています」。岡さんは受賞の喜びをこう話す。
取り組みのきっかけは齊藤 啓輔町長の一言だった。
「倉庫に保管がない状態でも、バーチャル上で備蓄100%を達成できる仕組みはできないものか?」
余市町では、想定される災害に対し必要量を設定し、中期的に防災備蓄を進めていたが、品目が多い点や所要量が膨大なこともあり、備蓄率は50%にも満たない状況だった。さらに、備蓄品を保管する場所についても、専用倉庫がなく、廃校になった小学校や公共施設の一角で保管していた。
▲自治体が自力で防災備蓄をしようとすると品目が多く量も膨大で、保管場所が慢性的に不足する状況になりがちだ。
町長の指示を受けた当時、岡さんは「イメージとして何となく理解はできましたが、どのように取りまとめて進めていけばいいのか、どのように現実に落とし込んでいけばいいのかということはイメージがつきませんでした」という。
そこでまず、様々なサブスクリプション的なサービスを調べたそうだ。「動画配信だったり健康食品だったりファッション系だったりと、ありとあらゆるものを調べました。定額を支払っていって継続的に利用ができ、欲しいものを確実に手に入れるにはこうすればいいんじゃないかとイメージを確立していきました」。
そして北海道のドラッグストア大手「サッポロドラッグストアー」に相談したところ、同社でも流通備蓄を活用したビジネスモデルと地域貢献の可能性を検討していたことから、北海道内初の試みとして実証実験の構想がまとまったという。
平時は民間のストック、災害時は自治体の備蓄物資へ転用。
新たな防災備蓄の基盤となったのが「北後志(きたしりべし)広域防災連携」だ。
余市町、積丹町、古平町、仁木町、赤井川村の5自治体とサッポロドラッグストアーなどの民間事業者、すでに包括連携協定を締結している北海道大学公共政策大学院の協力を得て、令和4年3月、産官学の連携協定を締結。備蓄物資の共同購入や調達物流の枠組みが決まった。
▲令和4年3月、余市町など5自治体と民間事業者、北海道大学公共政策大学院の連携協定が始動した。
そして「バーチャルな備蓄」実現のために採用したのが、平常時は物資を小売業者が保管して在庫として運用し、災害時は自治体に返還する「ランニングストック方式」だった。
(1)自治体側が備蓄食物資を共同購入し、所有権を取得する(2)物資は事業者が倉庫で保管し、自治体側は管理手数料を支払う(3)平常時は事業者が物資を販売用在庫として運用する(4)(5)災害時は自治体に物資が返還される、という仕組みだ。
これにより、備蓄食の賞味期限の問題や、保管場所の確保、自治体にとっての管理業務の負担などの問題が「一気に解決できます」と岡さんは強調する。
特に賞味期限の問題が解消することで、備蓄用の特殊な食品を用意する必要がなくなり、購入費用は従来の1人当たり1,000円から330円に削減。防災対策費が大幅に圧縮できるという。発災直後のための備蓄食は自治体で確保する必要があるが、その後の食事をこのランニングストック方式でまかない、発災2日後からは避難所ごとの炊き出しに移行する想定だ。
令和6年3月、レトルトのごはんとおかず、飲料水など、5町村分を取りまとめて備蓄食を購入。サッポロドラッグストアーの物流センターに預託する形で「バーチャルな備蓄」の実証実験を開始した。
「実証実験で得た結果を各方面で検証し、ノウハウを蓄積したい。その上で本格的な運用に向けてブラッシュアップさせていく構想です」と岡さんは話す。
備蓄品の拡大やDXを検討。ノウハウを発信へ。
岡さんによると、取り組みの実現にあたりもっとも苦労したのはコスト面の調整だそうだ。「自治体側から見ると多くのメリットがあって魅力的な方式ですが、民間事業者側から見たときにどのような利点があるのか、双方にとってWin-Winとなる取り組みでなければならない。その着地点を見つけるのが難しいですね」と振り返る。
そしてそのほかに課題となるのが、物資の保管場所から各自治体までの距離だ。
現在の備蓄場所であるサッポロドラッグストアーの物流センターは北海道北広島市に位置する。余市町役場まで約80kmの距離があり、輸送に陸路で通常2時間30分を要する。発災直後の備蓄在庫は自治体で用意するとしても「災害時は停電などによって交通が麻痺する可能性もある。そういった点を踏まえた運用面での確保も必要になるでしょう」と岡さんは話す。
▲サッポロドラッグストアーの物流センター。災害時はここから北後志の5町村に備蓄物資が供給される仕組みだ。
今後に向けて、「避難者のクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の向上を目指しています。避難者の年齢や性別などの属性に応じた食の充実や、アレルギーなどにもマルチに対応できる備蓄食を提供可能にしたいと考えています」。食品以外の備蓄品への拡大も検討していくという。
現在はアナログ的な運用となっている発注などのDXも推進するという。「将来的にはクラウド上で情報を共有して、発注などのオーダーや在庫管理ができるようなシステムを作り上げていきたいと考えています」。
「行革甲子園」表彰式ではほかの自治体から「まさに目からうろこの発想で、実際に役に立つ考え方だなと感じた」との声が聞かれた。すでに道外の自治体からの視察も続いているという。
「自治体側としては経費を節約し、廃棄ロス問題を解消できて保管場所の問題もなくなる。本当に有効な備蓄だと考えています。実証実験を通じて現実的有益性を確保し、ノウハウを蓄積することで外にも発信していきたいです」と、ほかの地域への横展開も呼びかけていく構えだ。
▲秋の余市川と余市町図書館。余市町は海産物に恵まれ、ワインやウイスキーの酒造業が盛ん。宇宙飛行士・毛利 衛さんの出身地としても有名だ。