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東京都町田市

【石阪 丈一さん】サービス・マーケティングから学ぶ、市役所の価値提供とは?

「もっと何かできないか…?」「仕事にやりがいはあるけど、思うように成果が出せない...」「このままでいいのか...?」仕事をしていると、誰しも一度は迷いを抱いたり、もしくは立ち止まったりすることはあるだろう。きっと首長も同じ。何度も迷ったり、立ち止まったことがあっただろう。

そんな時に出会った本を軸に、現状を打破した、もしくは感銘を受けたエピソードから明日の仕事へのヒントになる話を聞いた。

町田市長
石阪 丈一(いしざか じょういち) さん

プロフィール

1947年(昭和22年)6月29日生まれ、東京都町田市出身。横浜国立大学経済学部卒業後、横浜市役所総務局に入庁。
その後、企画財政局や総務局緊急改革推進本部理事、横浜市港北区長などを経験し、2006年(平成18年)から
町田市長に就任(4期目)。

「すべての世代の方々に生活の質の向上を実感していただく」こと、「市民目線で行政経営改革を進める」こと、2つの
志を持って市政運営に取り組む。
2018年の市制60周年を契機に市民の皆様や事業者の皆様がやってみたかったことを叶えていく「まちだ〇ごと大作戦18-20+1(じゅうはちにじゅうプラスワン)」を実施し、まちへの愛着・誇りの醸成、未来に残る新たな価値をつくり上げるため邁進中。


#紹介したい本

「サービス・マーケティング ~サービス商品の開発と顧客価値の創造~」
近藤隆雄/生産性出版 

自治体の仕事はサービス業である


― まずは石阪市長がこの本をオススメされる理由を教えてください。

石阪市長:私は、市役所の仕事は市民に対する‟サービス業“であると考えています。この「サービス・マーケティング」は、官民を問わず、サービス業の基本を学べる良書です。特に、顧客目線を理解するのに大いに役に立ちます。
 

― なるほど、自治体はサービス業ですか。この本をどのように活用されているのでしょうか?

石阪市長:横浜市金沢区の総務部長になり、区役所でサービス改善運動を行いました。その際、この本に書いてあるエピソードを紹介したり、自分の経験を話したりしたことで、成果に結びつきました。単に1人の総務部長がいっても説得力に欠けるので、本に書いてある内容だと伝えることで、説得する材料として使いました。

最先端のサービス業界と役所の格差を実感


― 改善運動をされたということは、当時、横浜市のサービスに課題感をお持ちだったのでしょうか?

石阪市長:その通りです。金沢区に着任前、私は日本最大級の複合MICE施設「パシフィコ横浜」の運営に4年間携わっていました。コンベンション業界は、国内の大阪や福岡、京都などはもとより、海外のシンガポールや香港など、グローバルな激しい競争があります。国際会議や国際展示会を運営する会社は、常に競争にさらされて、ものではなくサービスを売っています。そこでの経験は、まさにサービス業の基本から学ぶ毎日でした。当時、横浜市役所や区役所との格差を実感して、区役所に戻ったときに「何とかしなければ」と思いました。
 

― パシフィコ横浜にいらっしゃったとき、サービス面で特に印象に残っていることは?

石阪市長:パシフィコ横浜はヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテルの建物の貸主です。国際ホテルも競争が激しい業界で、スタッフは一流ホテルで学ばれていました。サービスとしての1番のポイントは、顧客に対する注意力。例えば、ホテル1階のレストランにお客さまが入って2、3歩歩いたときに、お客さまを見ているスタッフがいるかどうかでサービスの質は決まります。誰も見ていなくて視線を感じなければ、お客さまは踵(きびす)を返して帰ってしまうかもしれません。そこが会社やお店の成績に関わっていて、訓練が必要だと知りました。ひるがえってみて、役所にそういう雰囲気はないですよね…。

「お客さま=住民」とのファーストコンタクトを重視


― そこでサービス改善運動をされたのですね。

石阪市長:2000年当時、370万人ほどの住民がいる横浜市で運動をするのは難しかったかもしれませんが、金沢区は人口20万人ほどで取り組みやすいサイズだったので、できることをやってみようと考えました。その結果、予想を超える成果が上がったと感じています。
例えば、ワーキンググループを立ち上げて、窓口でのトラブルをなくすためにどうするかと議論を重ねて、「まごころ宣言」をしました。顧客目線で考え、「親切に対応します」「素早くやります」「正確にやります」という3つを公言して、みんなで取り組みました。
また、役所の玄関を入ったところに毎朝各課の課長が交代で30分立って、来られる方にあいさつをして、必要に応じてご案内をするという取り組みを始めました。役所の窓口に来るお客さまが何を求めているかという勉強会も行いました。とにかく最初の顧客接点を大切にするということです。
金沢区での取り組みは、CS(顧客満足)とES(従業員満足)をくっつけておくことを意識しました。職員が満足できないCSは結局ダメになるんですよね。職員が率先してやっていて、やらされ感がないところがポイントでした。
 

― 課長が毎朝入口に立つというのは、思い切った発想で素晴らしいですね。2006年に市長に就任されてから、サービスの観点でこだわられたことがあれば教えてください。

石阪市長:町田市の市庁舎は10年前に新しくなりました。私としては、住民の方がいつも暮らしているまちと同じような雰囲気でリラックスできることが大事だと考えていて、入口を入って左にコンビニ、右にカフェがあります。
例えば、ある住民が、急いで住民票を取って会社に出さなければいけないと焦って来庁されたとします。まず庁舎に入り、いつも見慣れたコンビニやカフェがあれば、テンション(精神的な緊張)が和らぎますよね。そして3階までの吹き抜け空間でリラックスして、総合案内受付のところに行きます。ここには数人の職員がいて、「急いでどこかに向かって歩いている人には声をかけない」「歩きが止まりそうな人やまわりを見回している人には声をかける」というルールを徹底するように私から伝えています。

勤務時間を変更して顧客満足と組織のあり方を向上


― 市長自らサービスに関する指示を出されているのですか?

石阪市長:そうですね、来庁者は入口でテンションが下がり、どこに行けばいいかなと迷っていたらタイミングよく職員が寄ってきて、スムーズに目的のところに行ける。これが大事なんですよ。そうすれば窓口の職員は、落ち着いてリラックスした状態のお客さまと対面できる。焦っている状態のお客さまに比べてトラブルになる確率はずっと下がり、対応がラクになりますよね。住民票は一般的な例ですが、もっと複雑で難しい相談で来庁される方もいらっしゃって、最初にテンションを下げることが目的です。つまり、サービス業では最初のコンタクトポイントが最も大事だと、この本にも書いてあるのです。
 

― ほかにも市庁舎での事例はありますか?

石阪市長:勤務時間を変更しました。就業規則を改正して、8時30分始業を8時20分に、17時15分終業を17時5分にしました。それまで職員の始業が8時30分で、その時間に営業開始だったため、少し早く来られたお客さまと職員が一緒にエレベーターやエスカレーターに乗ることがありました。我々は公務サービス業で、職員とお客さまが一緒に玄関から入ってくるのではなく、お客さまを迎え入れなければいけませんよね。
そして、8時20分から全職場で朝礼を始めました。これまで始業と営業開始の時間が一緒だったから、できなかったんです。朝礼を始めたことで、前日の会議の内容をすぐに伝えられますし、意思疎通を図りやすくなりました。
もう1つ、「〇〇課はこちら」というような貼り紙を庁舎内のあちこちにベタベタと貼ることをやめました。お客さまのほとんどは掲示物を見ていないのではないか。職員も掲示物を貼るだけで説明した気になっているのではないか。そのような背景から、必要なところには目立つようにスタンドを出し、職員がきちんとお客さまを対応するという方針にしました。
 

― 職員さんの意識を根元から変えていますね。

石阪市長:形から入ることが大切です。出勤時間や貼り紙の例は、環境を変えることが意識を変えることにつながっています。

‟地域独占型の公益企業“と自覚して行動しよう


― サービス業として、市民のニーズを把握することも大切だと思います。その点は何か工夫されていますか? 

石阪市長:毎年開催する町内会や自治会といった住民組織の会合に、私や部長が出て行って、直接意見交換をしています。もう1つは、部長を経験したOBを再任用職員として雇用し、担当地域を決めて活動してもらっています。もちろん市長への手紙やメールもいただきますが、ダイレクトに地域の方々の声を聞くことが1番早いのかなと感じています。


― 最後に、現状を打破したい全国の自治体職員にメッセージをお願いします。

石阪市長:市役所が民間企業と大きく違うのは、顧客を選べないことです。反対に、住民から見るとサービスの供給先を選ぶことができない。ですから、私は市役所を‟地域独占型の公益企業“と呼んでいます。
競争相手がいなければつぶれないので、ややもするとサービスの質が下がってしまいます。我々はそこをしっかり自覚した上で、別の役所の同じような課がどんなサービスをしているのか調べて研究して、ベンチマークして、負けないようにやっていこうと伝えています。
市民から何を求められているのか、まわりの職員にどう働きかけていくか。そのバックボーンとしてサービス業の本質を理解して、ぜひ改革の重要なプレーヤーになってほしいと思います。

 

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