国内の水道管路の多くは高度成長期に布設されたもので、いずれの自治体にとっても、管路更新が急務となっている。そのため、正確かつスムーズな管路更新を目指し、水道管路マップの電子化に踏み切る自治体が増えているが、一方で、システム導入コストなどが“障壁”となり、いまだ管路情報を紙媒体のままで、管理・運用している自治体も少数ではないようだ。
そんな中で福岡県苅田町は、職員たちが自ら管路情報の入力作業を行い、「GIS(地理情報システム)水道管路マップ」を構築。導入コスト削減だけでなく、大幅な業務効率化を実現している。愛媛県が開催した「行革甲子園2020」で、グランプリを獲得した取り組みについて、同町上下水道課水道工務担当の佐村有人係長に聞いた。
グランプリの授賞を町長に報告する職員の皆さん(佐村さんは右から3人目)。
業務効率化と技術伝承のため電子化が急務に
福岡県北東部に位置し、臨海部には自動車関連を中心とする工業地帯が広がる苅田町。水道事業は昭和26年に創設され、現在は1日最大給水量2万3200㎥を安定供給している。佐村さんが水道課(現「上下水道課」)に配属された平成21年度当時は、庁舎内で様々な業務の電子化が始まっていたが、水道管路マップは紙媒体のまま。配水管はA1サイズ24枚、給水管は台帳1万8000件、配水管に関する詳細情報は過去の工事設計書1000冊…と、各種情報が別々の文書棚に保管されている状態だった。
そのため、住民や工事業者などから問い合わせが入った際、回答までにかなりの時間がかかったり、回答内容に個人差が生じたりすることも少なくはなかったそう。「地下には、水道以外にもガス、電気などの設備が埋設されています。道路拡張工事や他業種の配管工事などの問い合わせがあった際、バラバラの資料と地図とを照らし合わせるのに手間取り、20分以上お待たせすることもありました」(佐村さん)。
業務改善のため電子化が検討されたこともあったが、約4000万円の導入コストが必要であることが判明し、費用対効果の面から採用には至らなかった。そうした中、平成20年のリーマンショックの影響を受け、同町の実質単年度収支は7年連続で赤字化。福岡県内では唯一の不交付団体である同町だが、財政縮減策の一環として職員数削減が進められ、水道課でも平成27年度までに職員数が3割以上削減された。「当然ながら、職員1人あたりの業務負担が増大し、特にマンパワーが必要な漏水事故発生時などには、休日や夜間も休めない状況が増えました」。加えて、団塊世代の退職や人事異動などに伴う技術者減少などの問題もあり、管路マップの電子化は、もはや“待ったなし”の課題になっていた。
将来にわたって管路の維持・管理を図る上で、管路マップの電子化は急務となっていた。
日常業務のかたわら「手作業」でのデータ移行
管路マップ電子化が本格的に始動するきっかけとなったのは、北九州市が中心となって発足させた『北九州地区電子自治体推進協議会(KRIPP)』の活動。同市は平成23年からGIS導入に着手しており、苅田町を含む近隣5市町を巻き込んで『GIS広域勉強会』を実施していた。「地域が抱える行政問題の解決やGISライセンスの調達コスト削減、技術情報の共有、同市内に本部を置くゼンリンの住宅地図利用促進などを目指した活動で、当町も大きな刺激を受けました」。
各種業務でアナログの紙地図を用いていた苅田町も、全庁での情報共有やライセンス費の削減が可能となることから、平成25年に『ArcGIS自治体サイトライセンス』の導入を決定。「当初、はっきりした用途は決まってなかったのですが、水道管路マップの電子化に踏み切る絶好のチャンスとなりました」。ただし、紙媒体からGISへのデータ移行を業務委託すると、前述のように初期コストが電子化を阻む障壁となる。そこで翌年度より、職員4人が日常業務のかたわら、入力項目や表示方法等の照査を行いながらGISヘの入力作業を行うことにした。
紙媒体をスキャニングしてデスクトップGIS上に貼付け、それをなぞりながら入力…という、まさに手作業でのデータ移行。『苅田町の水道管路を維持管理してきたノウハウを、今のうちに職員の力でGIS管路マップに叩き込む』との決意の下、約1万4千戸に給水する総延長242kmにおよぶ配水管と、仕切弁5201件、水道メーター1万4219件の情報を、力を合わせて入力した。「膨大な情報や資料を整理・統合するのに苦慮しましたが、マニュアルを作成して入力ルールの明確化を図ったこと、水道経験者への聞き取りを行いながら複雑な配管箇所の情報を得たことなどで、何とか1年半で完成にこぎ着けられました」。現在も、新規布設された管路や給水工事情報の入力作業は継続中だが、導入コスト削減と、業務の効率化・高度化という当初目標が達成できたわけだ。
管路マップを契機に全庁的なGIS活用が始まる
水道管路は、浄水場を中心とした幹線管路(大口径の管路)から支管、給水管の順で伸びている。GIS管路マップの作成にあたって同町職員は、誰でも簡単に入力できるよう、そして新たに配属された職員でもマップ情報を理解しやすいよう、管の口径ごとに色分け表示。仕切弁の回転機能、消火栓、空気弁、接続の有無を表現する継手などの、9種類のシンボル(アイコン)で構成するなどの工夫を施し、管路の維持管理に必要な特記事項(漏水履歴やバルブの開閉状況)なども入力した。また、水道に先んじて業務委託による独自システムを構築していた下水道マップのシェイプファイルも、管路マップ完成に合わせてGIS上に移行。保守コストやシステム入れ替え等による支出を抑えられる体制とした。
GIS管路マップの完成に合わせ、平成28年3月から上下水道課窓口に端末を設置。管路マップ背景にゼンリン住宅地図を採用し、住民などが問い合わせのために窓口来訪した際、迅速に対応できる設定とした。また、GISデータを庁内データベースに接続することで、情報に変更・追加が生じた場合でも、リアルタイムで情報更新される体制が整った。
現地からスマホで情報確認できるようにしたことで、大幅な業務効率化が実現した。
電子化前は、突発的な漏水事故などが発生した際、現地調査を行った上で庁舎に戻り、紙媒体で管路情報を確認するなどの二度手間を余儀なくされていたが、GIS管路マップの実現に伴い、技術者1人あたりの業務時間が年間120時間も短縮できると見込んでいる。ArcGISの専用アプリをダウンロードすれば、個人のスマホでも管路情報の確認ができるので、災害時には技術協定を締結している管工事協同組合と情報共有し、誤接合防止や破損事故防止に取り組めるようにしている。
なお、上下水道情報のGIS化を契機に、他部署での活用も一気に進み始め、生涯学習課の遺跡管理、防災・地域振興課の防犯灯・反射鏡管理、農政課の林地台帳及び農地管理など、現在、28のコンテンツをGIS情報として統合。これらが導入された平成28年から4年間の全庁合計の業務経費削減効果は、7600万円にのぼると推計されている。
同町は一連の取り組みを、平成31年初頭に内閣府が開催した「公共サービスイノベーション・プラットフォームin九州・沖縄」で事例発表を行い、同府HPでも公開。それがきっかけとなって「行革甲子園2020」にもエントリーしたわけだが、「自治体職員だけで、ここまでのことが出来るのですね」という意見が多数寄せられたそう。「行政サービスにとって地図情報は欠かすことのできないもの。統合型GISは様々な用途で利用でき、独自システムからの移行も可能なため、業務の見直しに最適です」「今回の取り組みが業務の効率化はもとより、職員のスキルアップやモチベーション向上による組織活性化につながりました」(佐村さん)。同町は引き続き、職員の力を合わせて働きやすい職場づくりに取り組んでいく構えだ。