「何でこうなってるの?」「もっとこうならいいのに」毎日仕事をする中で、頭をよぎる疑問や悩み…そんな「モヤモヤ」を、一歩先ゆく公務員の皆さんに解決して頂く企画。
第10回は、昨今のトレンドの一つである「自治体DX」と財政の関係について、福岡市役所の今村寛さんに寄稿いただいた。
【今回のモヤモヤ】
自治体DXで財政は改善されるのでしょうか?
コロナ問題のさなか、自治体財政はさらに苦しい状況になっています。昨今盛り上がっているDXは、自治体財政を救う一助になりえるのでしょうか?
自治体DX=業務効率化?
ここ数年盛り上がり始めたDX(デジタルトランスフォーメーション)の波がいよいよ地方自治体にも押し寄せてきました。地方自治体の取り組むDXを「自治体DX」と呼び、それを推奨する世論も高まってきていますが、今日はこの「自治体DX」が厳しさを増す自治体財政にどのような影響を与えるのか、ということにお答えしようとと思います。
ところで、「自治体DX」ってそもそも何のことでしょうか。
「DX」=「デジタル技術による業務やビジネスの効率化、生産性向上」と解釈されていますが、これをそのまま自治体の業務に置き換えると「ICT(情報通信技術)の活用による業務の効率化」のことだと考えますよね。
地方自治体はこれまでも、住民基本台帳の電子化やその情報基盤に連携した税や福祉などの行政サービス提供・管理のためのシステムを開発・運用することで手作業、紙媒体でやっていたデータ連携を効率化、省力化する、といった取り組みを進めてきました。
昨今話題の自治体DXとは、この流れを推し進めさらに作業が省力化、効率化され、事務コストを低減させることなのでしょうか。
DXが目指すのは付加価値の向上
少なくとも、民間企業で今取り組まれているDXは単なる業務効率化ではありません。効率化、省力化はDXの成果の一つですが、DXの真の目的は「生産性の向上」、つまりコストを抑えるだけではなく、生み出される商品、サービスの付加価値の向上をも実現しなければならないのです。
民間企業のDXの例としてよくAmazonのECサイトのことが取り上げられます。
利用者の購買履歴と過去の利用者データを掛け合わせ、利用者に新たな商品の推奨を行うことで顧客の潜在的なニーズを掘り起こし、顧客がもともと欲していた商品購入以上の満足を創造するというのは、まさにDXの先駆的事例です。
この例に倣えば、自治体DXでもデータやシステムの力で事務の効率化や省力化を図るだけでなく、市民が求める以上の満足を与える“付加価値の向上”が必要になりますが、行政サービスにおける付加価値の向上とは決してサービスそのものの高度化、高質化だけを意味するものではないと私は考えています。
厳しい財政状況だからこその付加価値向上
今、全国の自治体で、厳しい財政状況のなかで何を選び、何をあきらめるかという議論が行われていますが、市民の行政に対する満足度というのは決して予算投入の規模に比例するものではありません。どれだけ市民福祉のためにお金をつぎ込んでいたとしても、その事実を知らなければ市民は当たり前のことと受け止めて特に何も感じませんし、ニーズの高い施策が実現できない際に、その背景や理由について丁寧に説明しているのとしていないのでは市民の納得感は雲泥の差です。
また、施策や事業に関する満足とは別に、職員の市民への対応や不祥事の有無、自治体と市民との距離感や風通しのよさなど、好感度、信頼度、親密度といったいわゆる“人間味”の視点から評価されることも往々にしてあり、毎年度の予算執行による政策の実現以外に、住民が市政に満足する要素は多岐にわたります。
それならば、お金のない今こそ、我々自治体職員はもっと「お金でないもの」で市民の満足を実現し、自治体そのものの付加価値を高めることに注力していくべきではないでしょうか。
付加価値向上と自治体DX
私の考える自治体そのものの付加価値とは、具体的には、市民と接する際の笑顔、市民の声を傾聴する真摯な態度、丁寧に説明を尽くす誠実さ、仕事の正確さ、公平さ、迅速さなど、仕事をするうえで付加する品質です。あるいは、考えや行動のわかりやすさ、隠し事をしない公明さ、気軽に相談できる敷居の低さなど、組織としての態度や行動もこれに当たります。こういった仕事の品質は市民の行政に対する満足度や信頼感に直結しています。
「自治体DX」もこの考えの延長線上に置き、まず市民の満足度や好感度の向上を図るために昨今のデジタル技術を活用するという視点が必要です。
行政サービスのオンライン化や、SNSを活用した自治体と市民とのコミュニケーションなど、たくさんのアイデアがすでに実現していますが、その目指すべき到達点は業務の効率化、省力化ではなく市民に喜んでもらえる、好感を持ってもらえるための付加価値の提供。
財政状況が厳しく市民のニーズに応えきれない今だからこそ、市民に満足を与える、不満を抱かせない業務遂行はいかにあるべきかをまず考え、それを実現するために市民と接する業務フローや体制、サービス水準、提供方法などについてあらゆる改革を同時に行う。その中でデジタルの力を最大限に活用し、自治体そのものの付加価値を高めていくことが「自治体DX」の真の狙いです。
そうすることで市民からはお金では買えない満足や信頼が得られ、結果的にお金がなくても市民満足度が維持できる自治体経営になるのではないか、それこそが「自治体DX」の果たす自治体財政への貢献だと私は思っています。
今村 寛(いまむら ひろし)
福岡市交通局総務部長
1991年福岡市入庁。産業廃棄物指導課、都市計画課、企画課等を経て、2012年4月より務めた財政調整課長時代の経験を元に「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として、「出張財政出前講座with SIMULATIONふくおか2030」を携え全国を飛び回るほか、福岡市職員を中心メンバーとするオフサイトミーティング「明日晴れるかな」を主宰。2016年、経済観光文化局創業・立地推進部長、総務・中小企業部長を経て2020年から現職。
著書「自治体の”台所“事情 "財政が厳しい”ってどういうこと?」2018年12月発刊。
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