埼玉県南西部に位置し人口約34万人を擁する所沢市。上下水道局は24時間365日、「市民の暮らし」と「産業」を、足元から支える縁の下の力持ちとして、業務に取り組んでいる。
所沢市の下水道事業は、平成25年度に一般会計から地方公営企業に移行され、その後の経営状況は、収益の減少。その一方、整備区域の拡張と施設の老朽化による経費の増加などにより、厳しい経営状況が続き、自主財源を確保し経営基盤の強化を図る必要に迫られているのも事実である。
そこで目を付けたのが下水道に使用されているマンホールの蓋。この蓋を有料の広告枠として民間企業に売り込み自主財源の確保を図るばかりか、新たな観光名所へと仕立て上げた所沢市の取組は、その斬新さが評価され「行革甲子園2020」において審査員特別賞を受賞するに至った。
ユニークで独創的な取組はあらゆる方面から反響が!
マンホールの蓋にデザインされた企業広告やアニメのイラスト。近年多くの自治体で同様の取組が行われているが、有料広告枠として地域や民間企業を巻き込んだ展開を行っているのは所沢市を含め極少数の自治体だけであろう。
所沢市上下水道局では平成30年度から本事業を自主財源確保事業として取り組んでおり、多種多様な広告を市内のあちこちで目にすることができる。
本事業の中心的役割を果たしている所沢市上下水道局 経営課 主幹 田島さんは「この事業は、平成30年度に所沢市の『有言実行発表会』において大賞を獲得し愛知県での全国大会に臨んだのを皮切りに、令和元年度には公益社団法人日本下水道協会における研究発表、令和2年には総務省管轄『地方公共団体における行政改革の取組』の優良事業(32事例)のひとつに選定されるなど、あらゆる方面から高い評価を得ています」と語る。
そして行われた行革甲子園2020にて、創(そう)・効(こう)・種(しゅ)※1 の3拍子がそろっていることが評価され審査員特別賞を受賞。以降、全国各地から問い合わせが絶えないのだとか。
しかし、本事業は最初から軌道に乗っていたわけではなく、いくつもの壁を乗り越えた結果であるとのこと。
「自治体が事業を行う上で大切なのは、趣旨や目的をお客様にきちんと伝えること。広報誌やホームページに記載しただけでは伝わりません。広告主となる企業に対し、1社1社しっかりと説明してまわることで初めて検討していただけるのです。もちろん、前例のない事業であるだけに広告効果はシビアに判定されます。また営業活動に関しては特定の部署だけでなく全職員が行うということでコンセンサスを得ました」。
自治体が営業活動を行うということに対するネガティブな声もあったという。
「広告主を開拓するにあたっては、飛び込み営業も辞さない覚悟でした。企業の方からは『まさか公務員に営業されるとは思わなかった』と言われることもあります。また他の職員からは消極的な声が上がったのも事実です。
ただ、いざ営業に出てみると、街の声をダイレクトに聞ける面白味を発見できるなど好意的に受け止めてもらえました。デスクワークではわからない地域の声や、民間のニーズなどを積極的に拾い上げることができるようにもなり、広告事業をブラッシュアップすることができ、上下水道局の他の事業にもいい影響を与えています」。
※1 創(そう)・効(こう)・種(しゅ)
創…創意工夫あふれる取組か、独創性・先進性があるか
効…費用対効果の高い取組か
種…ほかにアイディアに種を提供する取組か
(「行革甲子園2020開催にあたって」から引用)
所沢市上下水道局経営課 主幹 田島 幸雄さん
思わぬ副次的効果。実は全国にいるマンホール好き!
平成30年4月に、下水道使用料の値上げを決定。費用に対し収入の比率を示す「経費回収率」を96%にとどめ、残り4%は、少しでも利用者の負担を軽減しようと、自主財源の確保に努め、経営基盤の強化を図る必要に迫られていた。
そんな中でスタートした本事業だが、赤字を補填するという当初の目的の他に思わぬ副次的効果を発揮しているという。田島さんと同じく本事業を推し進めている経営課 主事 河野さんは、全国にいるマンホール好きなマニアの存在が大きいと話す。
「私は入庁して2年目なのですが、マンホールカード※2を収集したり写真撮影の旅を行ったりするマンホールマニア、通称”マンホーラー”と呼ばれる人たちの存在が印象に残っています。
また、年に1度行われるマンホールサミット※3に集う皆さんの熱いマンホール愛を目のあたりにすることで、地域の活性化や職員のモチベーション向上につながると確信しました」。
実際、マンホーラーたちは全国各地のデザインされたマンホールを訪ね歩く、いわゆる聖地巡礼を行うことで知られており、観光を通した地域活性化につながっているという。
「その影響で”魅せる”マンホールも最近増えてきています。所沢は、(株)KADOKAWAが『ところざわサクラタウン』という拠点を設けた関係で機動戦士ガンダムのイラストをデザインしたマンホールを作成しました。そうしたところ、全国からそのマンホールを見に来るファンが後を絶ちません。JR東所沢駅から『ところざわサクラタウン』へと続く道のりにある日本初のイルミネーションマンホールは、夜間に内側からライトアップされる最新デザインのものであり、地元の方にも観光客にもかなり好評です」と河野さんは語った。
※2 マンホールカード
デザインされたマンホールの写真と所在地を記したカード。ご当地ものやキャラクターものなど全国各地のマンホールカードを収集するのがひそかなブームとなっている。
※3 マンホールサミット
マンホーラーたちが集まり、マンホールの実物展示やトークショー、グッズ販売、下水道見学などが行われる特化型イベント。毎年全国から5000人前後が参加し盛り上がる。
令和2年度は所沢市で開催される予定であったがコロナ感染拡大に伴い延期となった。
所沢市上下水道局経営課 主事 河野太郎さん
令和6年度までには市内70か所に設置し広告収入600万円を目標にする
今では多くの自治体が魅せるマンホールの効果に気づき始めているが、マンホールの蓋を有料広告枠にするという発想はどのようにして得たものなのだろうか。
「そもそもマンホール蓋のデザインはGKP(下水道広報プラットホーム)が中心となり全国的に取り組んでいるものです。その想いは、下水道を身近に感じてほしいということ。
マンホールの蓋が魅力的になることで、街の景観が明るくきれいになる。そしてキャラクターやスポーツ団体とコラボすることで街のイメージも向上しますし、地域の活性化にもつながると思います」。
「『マンホールを使って自治体が有料広告事業を行う』という前例がなかったため、日本下水道協会や埼玉県等の行政機関と調整し、所沢商工会議所などからもアドバイスもいただきました。
その上で規定を整備し、実証実験を重ね、実現させることに成功しました。また、広告主となる民間企業が企画したマンホールを使ったキャンペーンにより、北海道や中部、近畿地方などの遠方から所沢市を訪れる方も増えてきました」。
今のところ順調に推移している下水道マンホール蓋広告事業だが、今後の展開はどのように考えているのか、あらためて田島さんに聞いてみた。
「令和2年度の見込み収益は29か所270万円と、自主財源の確保に向け順調に推移しています。これを令和3年度は40か所に設置し目標300万円、そして令和6年度までには70か所に設置して600万円の収益となることを目標にしています」。
「市内には歩道上にあるマンホールが現在1,500か所ほどあります。その中で、それぞれのスポットの通行量や景観、またマンホールの耐用年数などを参考に広告効果の高いスポットをピックアップして候補地の選定を行っています。まるで民間企業のマーケティング活動のような感じです。広い視野をもって我々も自らの立場を冷静に見つめなおし、さらにアクセルを踏んでいきたいです」。
取組のポイント
1.地域に根差した事業展開を意識し職員全員で営業活動を実施
2.熱狂的なファンに支えられ継続して事業に取り組む
3.住民の動線をリサーチし広告効果を見極める
※行革甲子園2020での久万高原町の発表資料はこちら
https://www.pref.ehime.jp/h10800/shichoshinko/renkei/documents/tokorozawa.pdf