取組概要
一般的なシンクタンクと言えば、行政組織外に専門知識を有する複数名の研究スタッフが配置されており、行政からの依頼にもとづいた調査研究を行っているイメージがあるかもしれない。本研究所では、西条市経営戦略部内に行政組織の一部として自治体シンクタンク機能を設置する「内在型」という方式を採用している。自治体シンクタンクとしての専門性を一定レベル担保するため、外部有識者となる政策形成アドバイザーとして、愛媛大学の西村勝志副学長と関東学院大学法学部地域創生学科の牧瀬稔准教授にご参画いただいているが、その他は専門スタッフを配置しておらず、西条市職員だけで運営している。そのため、大きな投資コストが生じることも無く、かつ調査研究活動を通じて得たノウハウも行政職員自身に蓄積されることで、結果として人材育成に繋がっている。
本研究所は、特定の研究テーマにもとづき調査研究活動を行う「調査研究機能」、主要データの収集、加工、分析などを行う「政策支援機能」、講座や研修などを通じた「政策形成能力向上機能」の3つの機能を有している。本研究所を設立した当初は、これらの機能を別々に捉えて取組を展開していたが、未来に向けて持続可能な仕組みづくりの重要性が高まる中、今後は自治体シンクタンク機能を活かした本市独自の次世代行政職員を育成する仕組みに発展させていくこととし、現在推進中である三層構造の階層別人財育成システムを確立するに至っている。
取組期間
平成29年度~(継続中)
※本記事は愛媛県主催の「行革甲子園2020」の応募事例から作成しており、本記事の内容はすべて「行革甲子園」応募時のもので、現在とは異なる場合があります。
背景・目的
本格的な人口減少時代を迎えて自治体を取り巻く政策課題が複雑多様化する中、多くの自治体が、いかに次世代を担う行政職員を育成するのかという悩みを抱えているのではないだろうか。本市においても例外ではなく、都市の未来を持続可能なものに転換していくためにも、直面する政策課題を解消しつつ、いかに有能な若手行政職員を発掘して育成するのかという点が重要な課題となっていた。
しかし、政策形成能力は短期間の研修や講座を通じて体得できるものではなく、長期間にわたって経験と学習活動を繰り返すことによって体得されるものであるため、どのような仕組みが将来に渡って人材育成の成果をもたらすのか大きな悩みとなっていた。
そのような中、本市では自治体シンクタンクに着目した。自治体シンクタンクは、かつて高度経済成長期における急速な発展を背景に、都市問題が複雑化していた大都市部近郊の自治体が取り組むものであった。近年では、人口減少問題をはじめ全国の自治体において政策課題が複雑多様化する中、本市のような地方都市が現状を打破するための手段の一つとして着目されつつある。そこで、本市としても自治体シンクタンクとしての活動を軸とした独自の仕組みを確立することで、研究成果の創出を図りながら、あわせて次世代の行政を担う人材育成の仕組みづくりを進めることとした。そのようにして中四国地方の都市として初めて設立した自治体シンクタンクが「西条市自治政策研究所」である。
取組の具体的内容
・本研究所が確立した階層別人財育成システムは、以下の三層構造となっている。
・本研究所では、20代半ばから30代後半までの行政職員を対象に、長期間にわたって体系的に政策形成能力を育成する仕組みを確立している。
(1)一層目「政策づくり基礎講座(入門編・基礎力編)」
本研究所では、入庁から4,5年目の行政職員(一般行政職、技術職、保健師)を対象に「政策づくり基礎講座(入門編・基礎力編)」を実施している。本研究所では、これまで受講希望者を募って実施する特別講座を開催してきたが、令和2年度から階層別人財育成システムを確立するにあたり、若手職員を対象とする「政策づくり基礎講座」として形を変えて実施している。
政策づくり基礎講座は、全対象者が受講する入門編2回(令和2年度は新型コロナウイルス流行の影響を受けて1回の開催)、入門編終了後に引き続いて希望する職員が受講する基礎力編7回に分かれている。令和2年度は、入庁から4,5年目の職員を対象として実施しているが、令和3年度には入庁から3,4年目の職員に対象を引き下げる予定としている。
政策づくり基礎講座の目的は、若手行政職員に対して政策形成に係る基礎知識を提供するとともに、将来的に政策形成に関係する業務に携わりたいとの意欲がある人材を発掘することにある。若手職員の意欲を確認する機会が1回限りになることに加え、難解である政策形成に係る知識を面白おかしく伝え、若手職員に引き続いて受講しようという前向きな意欲を抱いてもらう必要があることから、本講座の講師は専門性に秀でる牧瀬稔政策形成アドバイザーに担当していただいている。
令和2年度の入門編終了後、引き続き基礎力編を受講する意欲があるかどうかを問うアンケート調査を実施したところ、全対象者45名のうち、引き続き基礎力編を受講したいという前向きな意欲を示した職員が15名となったことから、意欲ある人材発掘という観点からは一定の成果を創出していると考えている。
政策づくり基礎講座(入門編)の様子
(2)二層目「政策研修実践研修(通称:プレ研究)」
政策形成能力を体得するためには学習に加えて経験が必要であるが、経験の乏しい若手職員にとってはいきなり特定研究員としての兼務発令を受けて調査研究活動を行うにはハードルが高く、活動に慣れるまでに多くの時間を要してしまうという課題があった。そこで、それらのギャップを解消することを目的に、一層目の「政策づくり基礎講座」から三層目の「特定研究員による調査研究活動」までを繋ぎ合わせる役割として令和2年度から開始したのが「政策形成実践研修(通称:プレ研究)」である。
プレ研究は、主に30歳未満の若手職員(一般行政職、技術職、保健師)を対象として5名でプレ研究チームを結成している。プレ研究員の活動期間は1年間で、概ね1か月に1回半日程度研究所に参集し、政策形成アドバイザーの指導や講義を交えながら、市長が選定した特定の研究テーマにもとづく調査研究活動を行っている。また、プレ研究員は、必要に応じて先進事例調査を行うことが可能である。
プレ研究は、若手行政職員が調査研究活動に対する興味関心を深めるとともに、調査研究活動を含む一連の政策形成の過程を体験することが主目的であるため、成果創出に重点を置いていないことも特徴である。
(3)三層目「特定研究員による調査研究活動」
特定研究員による調査研究活動は、主に30代の職員(一般行政職、技術職、保健師)を対象として、3名でチームを結成している。活動期間を2年間(1年間で1テーマの調査研究活動×2回)で、概ね1週間に1回半日程度研究所に参集し、市長が選定した特定の研究テーマにもとづく調査研究活動を行っている。特定研究員の活動は、自分たちで工程管理を行うことができるなど、プレ研究と比較して自由度が高くなる一方で、兼務発令を受けたことで成果創出に対する責任が生じることが特徴である。
特定研究員が2年間で異なる2つのテーマから調査研究活動に取り組む理由としては、異なるメンバーで異なる役割から異なるテーマの調査研究に携わることで、多様な考え方や成果を創出する方法論を学び、よりレベルの高い応用力を身に付ける点にある。
特定研究員による調査研究活動の様子
特定研究員は、プレ研究員と同様に、必要に応じて先進事例調査を行うことが可能である。ただし、特定研究員が行う先進事例調査は、訪問先の選定、訪問依頼、事前調査、ヒアリング項目の設定、報告書作成などの一連の流れをすべて特定研究員自身が行うこととしている。
特定研究員が先進事例調査を行う場合、最低1か所は1人で訪問することとしている。その理由としては、チームとしての役割分担や団結力を学ぶことのみならず、行政職員個人としての視野を広げるとともに、最初から最後まで責任を果たしてやり遂げる行動力を醸成する点にある。
特定研究員による先進事例調査の様子
・年度末にかけて、特定研究員はPowerPoint形式による発表資料に加え、簡易論文形式による概要報告書、論文形式による最終報告書の3点を作成している。通常、行政職員はPowerPoint形式で報告書を作成する機会が多い。しかし、PowerPointは相手に対して要点をわかりやすく伝えることができる長所がある一方で、その背景にある数値や根拠などのエビデンスを見落としがちになる傾向がある。そこで、本研究所では、EBPM(Evidence-based Policy Making、エビデンスに基づく政策形成)を推進するための人材を育成する観点から、特定研究員には論文形式での最終報告書を含む3点の報告書作成を必須としている。
・本研究所で取り組まれた調査研究は、年度末に開催する職員向けの活動報告会で成果を発表することとしている。令和元年度は、新型コロナウイルス流行の影響から限られた人数での開催となったが、平成30年度に開催した活動報告会では市職員ほか83名が参加して盛大に開催することができ、組織内において若手職員が取り組む調査研究活動の注目度が上昇している様子が伺えた。
平成30年度西条市自治政策研究所活動報告会の様子
特徴(独自性・新規性・工夫した点)
・当該事業の特徴は、中四国地方の都市として初めて自治体シンクタンクを開設したことのみならず、体験と学習が連鎖する調査研究活動の特徴を活かし、実践の中から課題を解消しながら、三層構造となる人財育成システムを確立した点にある。これらの取組を個別に実施している自治体は見受けられるが、自治体シンクタンクを軸として重層的な人材育成システムとして有機的に連携させ、人材発掘から育成までの長期にわたる一連の流れを確立している事例は珍しいと思われる。
・一方で、人材育成に視点が偏り過ぎると、調査研究の質の低下を招き、結果として人材育成の質の低下を招く可能性も否定できない。そこで、調査研究活動の基準の維持を図ることも重要となるが、本市においては、外部有識者に政策形成アドバイザーとしてご参画いただいている他、研究所のスタートアップ時には大学院博士後期課程を修了している職員を主任研究員として配属させ、円滑な研究所運営と基準の維持に努めてきた。
取組の効果・費用
・これまで平成30年度には9名の特定研究員が3つのテーマにもとづく調査研究に取り組み、令和元年度には12名の特定研究員が4つのテーマにもとづく調査研究に取り組んできた。
・令和2年度には3名の特定研究員が1つのテーマにもとづく調査研究に取り組むとともに、5名のプレ研究員が1つのテーマにもとづくプレ研究に取り組んでいる。具体的な調査研究テーマは以下の通りである。
・前述したとおり、平成30年度末に開催した活動報告会は市職員ほか83名が参加して盛大に開催した。参加者を対象に実施したアンケート調査の結果によると、特定研究員の活動が他の職員にとっても刺激となっている様子が伺えた。詳細は以下のとおりである。
取組に要した経費としては、平成30年度が6,427千円(決算ベース)、令和元年度が5,437千円(決算ベース)、令和2年度が3,749千円(予算ベース)と、組織内にノウハウが蓄積されるにつれて年々低下傾向にある。
本市では、令和元年度に第2期西条市総合計画後期基本計画(第2期西条市まち・ひと・しごと創生総合戦略)を策定したが、本研究所において人口推計や目標設定をはじめ、第32次地方制度調査会答申に盛り込まれている2040年頃を見据えたバックキャスティング思考からの未来予想を行ったため、当初予算に盛り込んでいた外部コンサルタントへの委託費を執行しなかった。将来的には本研究所に携わった多くの職員が政策形成能力を体得して行政経営に携わることで、専門スキルの組織内蓄積が進展することのみならず、行政コスト削減に繋がると期待している。
取組を進めていく中での課題・問題点(苦労した点)
当該事業は派手さを伴わないため、自治体シンクタンクの設立当初は、他の自治体シンクタンクを設置している自治体との共通課題でもある組織内認知の低さに直面した。研究所開設当初は「何をやっているのかわかりにくい」「組織的に余裕の無い中で取組を実施する意味があるのか」という声もあった。そのような声を払しょくしたのは、特定研究員自身が懸命に取り組んできた調査研究活動の軌跡そのものであった。平成30年度末に開催した活動報告会では、多くの職員が、若手職員が取り組んできた調査研究活動のレベルの高さと成長を知ることとなり、その後、組織内認知度は急速に高まったと感じている。
また、本市では多くの職員が身近に感じている政策課題をテーマとして設定することを大前提としており、職員自身が研究成果を受け入れやすいことも特徴ではないかと考えている。
今後の予定・構想
人材育成には安定性と継続性が重要となるため、現在の取組を安定化させていくことが重要だと考えている。そのために重視しているのは以下の2点である。
一点目は、本研究所の活動を可能な限りマニュアル化するとともに、そのノウハウを研究所内で引き継いでいく点である。本研究所は兼務となる特定研究員を除くと、政策企画課の限られた人材で運営している。運営コストを抑制する観点から不必要な職員を配置しないことは重要ではあるが、ノウハウが蓄積されにくい点ではデメリットとなる。そこで、特定研究員による調査研究活動やプレ研究では「研究の進め方マニュアル」を作成するなど研究フレームのマニュアル化を進めており、人事異動を伴う行政組織においても、その理念とノウハウが引き継がれていく環境づくりに努めている。
二点目は、研究所OB人材を中心とする緩やかなコミュニティ形成に努めていく点である。前述したとおり、本研究所はノウハウを安定的に引き継ぐ点に課題がある。そこで重要となるのが、研究所OB人材の活用である。幸いなことに、本研究所で調査研究活動に携わった職員は、本研究所での活動を卒業した後においても、本研究所に対する帰属意識を一定レベル継続的に有していただける傾向にあると感じている。そこで、同じ帰属意識を有する者がコミュニティを形成することで研究所の活動を間接的に支える存在になるとともに、卒業後も継続的に切磋琢磨し合う環境を継続させることで、将来的には次世代をともに支え合うことができる緩やかな職員コミュニティが形成されると考えている。
他団体へのアドバイス
行政職員の政策形成能力向上に向けた取組は明確な答えが無いものであり、悩みを抱えている自治体も多いのではないかと感じる。勿論、普段の業務を通じていかに学ぶかという点が最も重要ではあるが、今日的に自治体業務が多忙を極める中、日々の経常業務に追われてしまう部署も多くなってきているのでは。そのような環境の中においても、若手行政職員が自らの可能性を見出していくためにも、本市のような仕組みが有効ではないだろうか。
また、自治体業務は大半が経常業務であり、若手行政職員が日々の業務の中で政策形成に携わるチャンスが少ないのも実情。企画業務に興味関心が高く、将来的には政策形成に携わってみたいという志を抱いて入庁してきたにも関わらず、その思いが組織の中で汲み取られることがなく放置されてしまうと、いつかはその思いは薄くなってしまい、学ぶ意欲も低下してしまう。そうなる前に、若手行政職員自らが手を上げることができる仕組みを有することも効果的ではないかと思う。
一方で、人材育成には答えが無いことから、外部コンサルタントや人材研修の会社に政策形成研修を依頼することで、専門家の指導を仰ぎたくなるかもしれない。また、焦って成果を求めてしまうこともあるかと思う。仕組みづくりを視野に入れながら試行錯誤を繰り返すことは大切だと思うが、このような答えの無い取り組みだからこそ、互いのノウハウを学び合いながら、自治体同士で切磋琢磨できる環境づくりも大切ではないか。
もし本市の取組を参考としてもらいながら、焦らず長々と仕組みづくりを進めていきたいと思われる自治体があれば、共に切磋琢磨させてもらえればありがたく思う。
取組について記載したホームページ
https://www.city.saijo.ehime.jp/site/saijo-jichiken/
問い合わせ先
愛媛県 西条市 政策企画課
電話番号 0897-56-5151