取組概要
国登録有形文化財である木造校舎「旧長井小学校第一校舎」について、耐震性能を確保する工事を行った上でリノベーションし、「まなび」と「交流」をテーマとする地方創生の拠点施設として活用。
取組期間
平成28年度から平成30年度(事業の検討・施設の整備)
平成31年度から(継続中)(施設運営)
※本記事は愛媛県主催の「行革甲子園2020」の応募事例から作成しており、本記事の内容はすべて「行革甲子園」応募時のもので、現在とは異なる場合があります。
背景・目的
【長井市立長井小学校の校舎としての第一校舎】
旧長井小学校第一校舎は昭和8年に地元の有志によって建設された、木造2階建て、延べ床面積2,300㎡、長さ約93m、幅約11m、高さ約12mの現存する木造校舎としては最大級の大きさを誇り、平成27年まで長井小学校の現役の校舎として使用されてきた。赤いスレートボードと瓦葺屋根が特徴の外観で、建築当初からそのままの廊下や階段はピカピカに磨き上げられ、大切に使われてきたことを物語っている。
昭和50年代後半に建て替えの動きもあったが、当時の校長をはじめ学校一丸となった保存への強い思いにより、修復しながら継続して使用されてきた。長井市教育委員会においても第一校舎について、昭和62年と平成21年の2回、先人から受け継いだ貴重な建物を今後も保存、活用することが議決されており、市を挙げて保存され、その貴重さから歴史的建造物として平成21年に国の登録有形文化財として登録された。
一方で東日本大震災以降、公共施設の安全性が重視されるようになり、平成25年に耐震診断を行ったところ耐震基準に満たないことが確認された。その後は児童の立ち入りを制限し、平成27年夏には82年の長きに渡り児童の成長を見守り続けてきた第一校舎は閉鎖となり取り壊しの危機を迎えた。しかし、貴重な建物を何とか保存していきたいという市民の思いを受け、市では今後も第一校舎を残す方法を検討することとした。
改修前の校舎と中央階段
【保存に向けた課題、検討の方向性】
長井小学校は、第一校舎の北側に3階建ての第二校舎、さらにその北側に第三校舎とグラウンドがあるため、第一校舎にある管理棟から第三校舎とグラウンドの様子がわからないといった学校管理上の課題があった。また、保存するにあたり文化財である木造校舎の意匠を壊さずに耐震性能を確保するためには、免震装置の設置に加え耐震補強や傷んだ部分の修復が必要となり、工事費が非常に高額となることも課題であった。
他方、市の社会的な課題として、郊外への大型店舗の進出による中心市街地の空洞化があった。第一校舎は中心市街地に位置しており、観光の拠点として整備した「道の駅 川のみなと長井」に近接して立地していることから、第一校舎の持つレトロな雰囲気を活かしながら中心市街地の賑わい創出や交流人口の拡大、市内経済の活性化等に資する施設としてリノベーションすることとし、観光客も含めた誰もが利用できる施設として日常的に活用することで、保存を図る方針で検討を進めることとした。また、利活用の検討や校舎の整備、運営に当たっては、国の地方創生推進交付金と地方創生拠点整備交付金の採択を受け事業を実施することとなった。
取組の具体的内容
【リニューアルに向けた検討】
旧長井小学校第一校舎の利活用に向けて、市では民間シンクタンクと協力し、全国の廃校活用事例を調査したほか、市内各団体や民間企業へのニーズ調査、シンポジウムの開催による市民意見の集約、PTA等学校関係者への説明に取り組んだ。また、卒業生や歴代校長らによる『旧「長井小学校第一校舎」の保存・利活用を推進する会』も設立され、意見書をいただくなど全市的に検討を進めた。
活用の方針については、市民や各団体、民間企業からの意見と他施策との関わりを踏まえ、元々の学び舎の雰囲気を活かしながら、また面積も大きく部屋数も多いことから用途を限定するのではなく、「学び」と「交流」がテーマの複合的な施設として活用することとした。
平成30年3月に「旧長井小学校第一校舎活用基本計画」を策定し、各部屋の活用イメージや主な事業内容をまとめた。計画の中では、子どものキャリア教育や大人の学び直しなどの学びの機能、市の歴史・文化・産業の資料展示等の市の良さを知る機能、飲食や交流スペースの設置、部屋の貸し出しなど誰もが利用できる機能といった校舎の活用イメージを示した。
シンポジウムの様子
【第一校舎の整備】
活用方針の検討と並行し第一校舎の改修工事を実施しました。特に免震基礎工事は大変大掛かりなものとなり、建物重量約500t、幅約90mの巨大な校舎を70台の油圧ジャッキで持ち上げ、建物を約5か月間持ち上げている間に、建物の下で基礎工事及び免震装置の設置を行うという全国的にも極めて稀な手法で工事を行った。
免震基礎の施工後は、建物をおろして基礎に接続、校舎上屋の耐震補強工事を実施し、床や腰壁、天井材等を復旧するといった流れで改修を行った。
工事の設計や施工にあたっては地元、山形県内の業者が担当した。特に、曳家を専門とする地元業者の協力がなければ今回の工事は不可能であった。校舎のジャッキアップはバランスを見ながら、1日数ミリから十数センチずつ慎重に行い、およそ10日間かけて1.2m持ち上げるという熟練の技が必要であった。
外観については極力以前のデザインや質感などを引き継ぐよう配慮した。元々の校舎に使用されていたスレートボードと同じ物が生産されていないことから、以前のものとデザインや質感などが似ている外壁材を使用した。塗装色についても現存する古い卒業アルバムなどを参考に、卒業生や歴代校長、教職員、PTA関係者、文化財保護協会など多くの方から意見を伺い、昭和8年当時にできる限り近いような、独特の木造校舎の雰囲気を醸し出す色を選定した。内装についても、廊下や階段など建築当時からの材料が使用されている部分については、一度はがした床材を元に戻すことで、可能な限り元々の校舎に近い形で保存した。工事現場の見学会も行っており、市内外から延べ435名の見学者があり注目を集めた工事となった。
工事については国の地方創生拠点整備交付金の他にも、ガバメントクラウドファンディングやふるさと納税などで、卒業生をはじめ大変多くの方からあたたかいメッセージとともに5068万3千円もの寄附をいただき、実施することができた。
基礎から持ち上げられた校舎
改修後の中央階段
【開館までの作業】
旧長井小学校第一校舎活用基本計画の策定後、平成31年度からのオープンに向けた準備作業に着手した。校舎の管理運営に当たっては、指定管理者制度により校舎の維持管理だけでなく民間の発想やノウハウを取り入れた「学び」と「交流」に関する事業を展開することとし、条例や規則の制定、指定管理者の選定、貸室の受付オペレーション等運営の詳細検討といった作業を行った。
指定管理者の選定に当たって、本市の地方創生の重点が「教育・子育て」であることから、特に子どもの学びの事業についてはこだわった。指定管理者募集の仕様書の中でも、子どもの学びに関する事業については実施を必須とし、将来の市を担う人材の育成につなぐことを重視した。応募があった中で、指定管理による公共施設の運営実績が豊富であり、成田市の公津の杜コミュニティセンター「もりんぴあこうづ」で、子ども向けのキャリア教育イベント「こどものまち」の実績もある「アクティオ株式会社」を選定した。指定管理者を指定した後は地元の人材を雇用していただき、ともに開館に向けた準備を進め、平成31年4月27日にリニューアルオープンした。
【まなびの拠点として】
旧長井小学校第一校舎の最大の特徴は、元々校舎であることを活かした「学び」の提供である。子ども向けには豊かな想像力や長井への郷土愛を育み市の未来を担う人材育成に貢献する事業を、大人向けには心豊かな生活を送れる地域を目指して多様な生涯学習の機会を提供している。これまで山形県内では初めてとなる、小学生が社会の仕組みを学ぶイベント「こどものまち」を開催したほか、ファシリテーション講座や終活講座など大人向けの講座も開催した。
「こどものまち」は、疑似社会を通して仕事をする楽しさや社会の仕組みを学ぶ取組で、来場した小学生たちは会場にあるお店で働き、報酬をもらって買い物などを楽しんだ。市内の児童約10名がコアスタッフとなりイベントの立ち上げに携わり、子ども自らまちの名前や通貨、お店の種類などを話し合って決めた。当日はスタッフ以外の大人は立入禁止で、起こった問題も自分たちで解決するなど自主性を育んだ。またポップコーンを販売する店では声を張り上げて呼び込みをする姿もあり、実社会さながらの活気があった。近隣の自治体の子どもも含めて約200人が来場した。
こどものまちの様子
他にも、地域で活躍する事業者を講師として招く「お仕事なりきり体験会」や起業家精神を育む「起業体験ワークショップ」の開催など、教育機関とも連携しながら手厚く取り組んでいる。また、このような取組は、将来の市を担う子どもたちの育成だけではなく、人材育成に関する保護者の理解深化を図り、ひいては地域全体がキャリア教育を後押しする機運の醸成にも役立っている。
【交流の拠点として】
第一校舎は、市の入口となっている道の駅川のみなと長井から、中心市街地に来訪者を誘導することで、にぎわいを生む活動の核としての役割を持っている。幅広い年代の市民の居場所や来訪者の休憩場所となる、だれでも気軽にくつろげるスペースに加えて、地元の団体から寄贈されたグランドピアノを設置するなど用途の幅が広がった。また令和2年7月には、カフェ機能と市の歴史や産業を学ぶことができる展示室を整備し、さらに機能が充実した。
誰でも利用できるフリースペースは様々な人が様々な形で利用している。親子連れや小学生が遊ぶ脇で、中高生が勉強し、地域の若者が自前のPCで仕事をする傍ら、年配の方の井戸端会議に花が咲く。このように幅広い世代で日々賑わっている。最近では新型コロナウイルス感染症の影響でリモート学習となっている大学生の利用も見られるようになった。カフェ機能の追加により、食事を楽しみながら談笑する若者の姿も増えてきた。
また、多世代が参加しやすくかつ市民の利活用の幅を広げるため、市内在住のサックス奏者を招いたライブイベントや、約93mの長い廊下に敷いた長い紙に参加者が思い思いの絵を描くアート体験イベントなど様々な取組を実施し、多様な交流の機会を創出している。また、最上川沿いを中心に市内を歩いて回る「ながいフットパスウォーク」では、第一校舎にも立ち寄るなど、まち歩き観光との連携も図っている。今後は整備した展示室で市の歴史の概要を学び、現地でまちの歴史を感じてもらうようなまち歩きとの連携も期待される。
本市は来る2020年東京オリンピック・パラリンピックで、タンザニア連合共和国とリヒテンシュタイン公国のホストタウンとして、両国の選手団や関係者を受け入れる。この機を捉え、両国の特産品や地理を紹介するなど、世界との繋がりが身近に感じられる場づくりも実施している。
【その他の活用】
貸出している部屋は多様な活用がされています。市民や企業の会議、書道などの教室、芸術団体によるギャラリー、地元の音楽やダンスサークルの練習など、様々な人に様々な方法で利用していただいている。
また、2階の一角を事業者利用ゾーンとして整備したことでICT系事業者などが活用を始めた。事業所としての活用だけではなく指定管理者とも連携し、子ども向けのプログラミング教育イベントなど本業と関連するコラボ企画も実施している。
特徴(独自性・新規性・工夫した点)
旧長井小学校第一校舎は地域に残る歴史的建造物を有効に活用した取組である。建物の保存・活用に当たっては、これまでの学校施設としての活用から転換することとし、市民とともに丁寧に検討を進めてきた。
元々の学び舎の雰囲気を活かしつつ、地方創生の拠点として将来の本市を担う人材育成につながるようキャリア教育や地元への愛着を育てる「学び」の取組を実施していることが最大の特徴である。また、歴史的建造物は資料館などの施設として活用されがちだが、第一校舎は延床面積2000㎡を超える広さを活かし、誰でも気軽に利用できるフリースペースや様々な用途に活用できる貸室、事業者の利用スペース等を設けたことで、日常的に人が集まる施設として活用され、建物の保存を図ることができている点も特徴である。
施設の管理運営に当たっては、指定管理者制度により民間事業者の持つノウハウを活用することで、分野にとらわれない多彩な事業を実施している。市の課題を共有しながら、市内の民間事業者や学校、施設の利用者等とも連携して事業を展開することで、老若男女幅広く人が集まっている。
取組の効果・費用
【中心市街地における歩行者通行量】
256人/日(平成30年度) → 439人/日(平成31年度)
【まちなか観光客数】
1,111千人(平成30年度) → 1,525千人(平成31年度)
【旧長井小学校第一校舎利用者数】
0人 → 72,744人(平成31年度)
【整備方針の検討、活用基本計画策定支援】
4,000万円(平成28年度から平成29年度)
【設計及び整備費】
8億8,000万円(平成29年度から平成30年度)
【指定管理料】
4,300万円(平成31年度)
取組を進めていく中での課題・問題点(苦労した点)
取組を進める上で特に苦労した点は、文化財のため外観を大きく変えられない等の制約がある中で、市民の意見を丁寧に聞き取り、現実的に可能な活用方法を見出していくことと、建物を現行法規に適合させるために特殊な整備手法を取らなければならなかったことである。
市民からの意見の聞き取りについては、基本構想の策定段階から卒業生や教員OBの思いを丁寧に聞き取り、市内団体や民間事業者からも意見を聞きながら進めた。各者と意見交換の場を設け、市で想定している活用方法を提案しつつ、意見をいただき、市民向けにはシンポジウムを実施し事業への理解促進も図ってきた。活用のアイデアとして図書館や宿泊施設など実現するのが難しい意見もあったが、世代間の交流や学びの場として活用してほしいといった現在の活用につながる意見や、使用料収入等で投資コストを回収すべきといった意見もあった。また学校関係者からは同じ敷地内にある長井小学校の児童の安全に、配慮を求める意見があった。さらには指定管理を引き受けていただけそうな民間企業のニーズも聞き取り、これら様々な意見を集約したうえで歴史的建造物としての制約にも合わせながら基本構想や基本計画を取りまとめることは大変な作業となった。
また、旧長井小学校第一校舎の整備については、耐震性能を確保することや、元々の校舎になかった防火壁を設けなければならない点が課題となった。第一校舎は壁に筋交いを入れるといった一般的な耐震補強では必要な耐震性能を確保できず、外観を変えずに耐震性能を確保するには免震装置の設置が必須となった。既存の建物に免震装置を設置するには、建物をジャッキアップで持ち上げる手法を取らなければならず、そのような手法ができる業者は全国でも限られていましたが、幸いにも県内に曳家を専門とする業者があり工事を行うことができた。校舎を持ち上げるにあたって、バランスを崩せば校舎が壊れてしまうため、熟練の職人による慎重な作業が行われ、少ないときには1日数ミリ、多いときでも十数センチと少しずつ校舎を持ち上げていった。
防火対策については、建物の東西2か所に防火壁を設けなければならなかったが、木造における防火壁は原則、土台から屋根上まで一体化した不燃の界壁を、外壁面と屋根面から突き出した形状で設置することが必要で、外観に大きな影響を与えてしまうことがネックとなった。設計業者に相談し、類似事例を調べ、防火壁に直交する両側約2mの壁を石膏ボードで二重張りにして防火性能を確保する工法を採用することで、外観に大きな影響を与えることのないよう配慮した。また、内装についても防火対策が必要で、本来ならば内装のほとんどを不燃材料とし、窓は不燃サッシへの交換が原則となるが、従前の床や腰壁、天井や木製サッシを継続使用してレトロな内観の雰囲気を残すために、停電・断水時でも稼働可能な消火用スプリンクラーを設置することで内装の制限をクリアし、内観の維持についても配慮した。
旧長井小学校第一校舎は大変多くの方に利用していただいており、好意的な意見も多く寄せられているが、現場で常に運営を工夫し対応していることはもちろん、構想段階から丁寧に意見を聞きながら活用方法を検討してきたこと、大変な整備に関わってくださった様々な方の知恵や技術により建築当時とほとんど変わらぬ形で保存できたことが現在の好況につながっていると考える。
今後の予定・構想
旧長井小学校第一校舎は開館からこれまで、市民に多様な学びの機会を提供するとともに、中心市街地の賑わいを創出する拠点としての機能を果たしてきた。特に子ども向けの学びのプログラムについては、民間事業者等とも連携し、プログラムの目標である「豊かな創造力」、「地域への郷土愛」、「職業観の育成」を促す、多様な事業を進めることができた。また市民や民間事業者等の様々な活動に利用され、平成31年度の来館者は当初想定のおよそ1.5倍となった。
一方でまちなかの入り口である道の駅から第一校舎へ、第一校舎から商店街や他施設へ人を誘導する、人の流れを生み出し交流人口を拡大する取組については、今後強化していきたいと考えている。こうした機能の強化については、市内外の各団体や施設とも連携し、第一校舎と各施設が持つ資源を組み合わせることで、中心市街地の活性化や交流人口、関係人口の拡大につながるように取り組んでいく。
他団体へのアドバイス
本事業を検討するにあたって、文化財である建物を残すためには活用していかなければならないという考えを伝え、構想段階から市民の意見を聞き取りながら進めてきたことがポイントだったと考えている。市の考えに対して賛否含め様々な意見はあったが、機会を設けて説明し意見を聞き取る作業を丁寧に行ってきたことが、大掛かりな整備を要する本事業への市民理解を促進し、また活用の方針に市民の意見が活かされた点は同様の事業を検討している自治体の皆様に参考にしていただきたい点でである。
また、民間事業者のアイデアを参考にすることも重要だ。市内外の事業者からも構想段階から意見を聞いた。どのような利活用が考えられるか、採算性も含め行政にはない柔軟な発想からの意見を引き出すことができた。意見聴取に協力していただいた事業者には、指定管理者の公募にも応じていただくなど継続的な関係性を築けたことも大きな財産となった。現在の指定管理者も意見聴取に参加していただいたおかげで事業内容をよく理解しており、開館後の運営もスムーズに進んだ。整備にあたっても、設計業者や建設業者に市の希望を伝えて話し合い、知恵をお借りすることで難しい整備もやり遂げることができた。
取組について記載したホームページ
お問い合わせ先
山形県 長井市 総合政策課総合戦略室
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