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カスハラに公務員はどう対応すべき?実情や自治体の対応事例を詳しく解説

カスハラとは「カスタマーハラスメント」を略した言葉で、顧客や取引先から受ける嫌がらせや、過度なクレームなど著しい迷惑行為のことを指す。

カスハラ対策のため、民間企業の間ではマニュアルを整備する動きもあるが、明確な解決法はまだ確立されていない。カスハラの被害は民間企業だけではなく、官公庁や自治体で働く公務員にも及んでいることから、自分や同僚をカスハラから守る対応について考えておきたい。

本記事では、カスハラと正当なクレームの違い、公務員が受けたカスハラの実情、公務員のカスハラ対策が難しい理由、自治体の対応事例を解説する。

【目次】
 • カスハラと正当なクレームの違いとは?

 • 公務員の半数近くがカスハラ経験あり
 • なぜ公務員のカスハラ対策が難しいのか
 • 実際の自治体での対応事例をチェックしよう
 • カスハラ規制に関する法律や条例について考える

※掲載情報は公開日時点のものです。

カスハラと正当なクレームの違いとは?

カスハラはCustomer(客)”harassment(嫌がらせ)”を組み合わせた造語で、顧客である立場を利用して組織や従業員に不当で理不尽な要求をする行為を意味する。サービスなどの改善を目的とした正当なクレームがある一方で、過剰な要求や不当な言いがかりをつける悪質なクレームもあり、一般的に「行き過ぎたクレーム」がカスハラに該当する。

厚生労働省は民間企業でのカスハラ対策の一環として、令和4年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成した。このマニュアルの中で、妥当性が欠けている要求や、社会通念上不相当な言動があり、労働者の就業環境が害されるクレームをカスハラと定義している。

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さらに、厚生労働省が令和2年10月に全国の企業・団体を対象に行った調査によると、20~64歳の男女労働者のうち、過去3年間でカスハラ(顧客などからの著しい迷惑行為)を1回以上経験した人の割合は15%だった。カスハラの内容は「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度なもの)」が52%と最も多く、次いで「名誉棄損・侮辱・ひどい暴言」が46.9%となっている。(※1)

※1出典 「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」P8

公務員の半数近くがカスハラ経験あり

公務員の半数近くがカスハラ経験あり

カスハラ被害は民間だけにとどまらず、公務員が働く職場にも及んでいる。全国の地方自治体や、医療・福祉、公共サービスに関わる労働者の労働団体である、全日本自治団体労働組合(自治労)は、組合員を対象にしたカスハラに関する実態調査を令和2年10月に実施した。

過去3年間にカスハラを受けた公務員は46%

自治労による調査では、1万4,213人の組合員から回答があり、過去3年間でカスハラを「日常的に受けている」人は4%、「時々受けている」人は42%だった。この2つの回答を合わせると、全体の約半数を占める46%の公務員がカスハラを経験したという結果が出た。自分ではないが、職場でカスハラを受けている人を見たというケースを含めると76%となり、約4分の3の職場でカスハラが発生している深刻な実態が明らかになった。(※2)

公務員が受けるのはどのようなカスハラが多いのか

自治労の調査に寄せられた回答では、公務員が受けたカスハラの内容も明らかになっている。「暴言や説教」が最も多く約64%で、次いで「長時間の居座り」約60%、「複数回に及ぶクレーム」が60%となった。また、「暴力行為」が約14%、「金品の要求」が約13%など、刑法違反も発生している。さらに、迷惑行為は特定の住民が繰り返しているとの回答が約9割を占めた。(※3)

※2・3出典 全日本自治団体労働組合 総合労働局「カスタマーハラスメントのない良好な職場をめざして」

カスハラ被害を巡り裁判で争われる例も

カスハラを行った住民を相手取り、自治体が裁判に踏み切るケースも出てきた。令和4年3月に大阪市は、市内の男性が長年にわたって暴言や苦情を繰り返したとして、面談の強要禁止や対応にかかった時間分の人件費約70万円の損害賠償を求めて大阪地方裁判所に提訴した。

訴状によると、男性と大阪市は生活保護を巡ってトラブルになり、担当の職員らに侮辱的な発言や脅迫的な発言を繰り返し、職員らの業務を遅滞させたという。

なぜ公務員のカスハラ対策が難しいのか

なぜ公務員のカスハラ対策が難しいのか

行政のカスハラ対策が進まない背景には、自治体が公共の利益のために存在する組織であり、全ての住民をサービスの対象としている組織としての特性がある。地方公務員法では、服務の根本基準として「すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」(第6節第30条)と定めている。(※4)

住民側も公僕、すなわち「公衆に奉仕する者」といった認識を公務員に対して持っているため、要求がエスカレートしやすいと考えられる。

※4出典 昭和二十五年法律第二百六十一号 地方公務員法

実際の自治体での対応事例をチェックしよう

ここからは、カスハラへの対策を始めた自治体の対応事例を見ていこう。

【北海道札幌市】ポスターでマナーを周知

北海道札幌市では令和5年6月に、カスハラ防止啓発ポスターを作成し、同年7月から市役所本庁で掲示を開始した。暴言、時間拘束、過度な要求、SNSへの投稿といった、カスハラの具体的な内容をイラストでわかりやすく表現している。

【北海道札幌市】ポスターでマナーを周知

画像提供:北海道札幌市「カスタマーハラスメント防止啓発の取り組み

また、市役所本庁の「市民の声を聞く課」では、暴言などのカスハラ行為の予防を目的に、通話の録音も試験的に行ってきた。こうした取り組みがカスハラの抑制につながったことを踏まえ、令和6年1月から各区総務企画課広聴係で通話の録音を開始している。

それと併せて、「広聴部門におけるカスタマーハラスメント対策マニュアル」の運用も開始し、統一的な基準で電話や窓口対応を行っている。マニュアルでは、世間話など市政と無関係の話題で長時間拘束が発生した場合、30分から1時間を目途に対応を打ち切ることや、脅迫や強要行為が発生した場合、警察などの関係機関に連絡することなどが記されている。

【奈良県奈良市】悪質なケースは対象者氏名を公表

奈良県奈良市は平成19年に「奈良市法令遵守の推進に関する条例」を施行した。こうした条例の整備と併せて、悪質なカスハラを行った対象者の氏名を市のホームページで公開する制度を設けている。また、警察OBを市の職員として雇用し、奈良県警との連携も強化している。

【京都府京都市】仕事の支障になる行為の概要を公表

京都府京都市では平成19年に「市職員の公正な職務の執行の確保に関する条例」を制定した。職務を妨げる不正な要望や言動には、市から警告や警察機関への告発を行うこととして、カスハラに対して毅然と対応する方針を示す条例だ。また、市民や事業者からの要望は全て書面に記録し、件数や概要を毎年公表している。

【佐賀県佐賀市】名札をフルネームから名字のみに変更

【佐賀県佐賀市】名札をフルネームから名字のみに変更

佐賀県佐賀市では令和6年4月から、全職員の名札をフルネームから名字のみに変更した。これまで職員がSNSなどで氏名を検索され、プライベートの外出先について声をかけられたり、SNS上でメッセージが送られてきたりなどの事例もあったという。名字のみの名札は令和3年から窓口業務を行う一部の部署で試験導入し、職員から「安心できる」といった声も上がったことから全部署での導入に踏み切った。

【愛知県豊明市、瀬戸市など】名札をフルネームから名字のみのひらがな表記に変更

愛知県豊明市ではフルネームの名札を廃止し、令和4年10月から名字のみのひらがな表記の名札を導入している。読みやすい名札にすることで、市民から親しみを持ってもらいたいという目的もあるが、税や許認可に関わる部署の職員から、カスハラ被害への不安の声が上がっていたことも理由の一つにあるという。豊明市の取り組みを参考に、瀬戸市も令和6年4月から名字のみ、ひらがな表記の名札を導入。誰にでも読みやすいユニバーサルデザインのフォントを使用し、高齢者や日本語を読むことが難しい外国人への配慮も示した。利便性と同時に、カスハラから職員を守ることも導入の目的だ。

【愛媛県伊方町】独自の対策条例を制定、名札の表記を変更し防犯カメラを設置

【愛媛県伊方町】独自の対策条例を制定、名札の表記を変更し防犯カメラを設置

愛媛県伊方町では、令和5年にカスハラ被害を受けた職員がうつ病になり退職に追い込まれた。窓口で激しい苦情を訴える町民に対応したところ、自宅に呼びつけられ数時間にわたって叱責されるなど言動がエスカレートしたという。職員の被害を重く見た伊方町は、令和5年7月にカスハラ対策として「伊方町不当要求行為等対策条例」を制定。さらに、職員のプライバシーを守るため、名札の表記を名字のみに変更したほか、窓口の様子を記録する防犯カメラを9台設置している。

カスハラ規制に関する法律や条例について考える

過剰なクレームや脅迫、強要などのカスハラは民間企業だけではなく、自治体の窓口などいたるところで発生しており、職場環境をおびやかす社会問題となっている。しかし、国内ではカスハラを直接的に規制する法律がまだ整っていないため、対応にバラつきがあるのが現状だ。

顧客と企業、市民と自治体、全ての人が対等な立場で良好なコミュニケーションをとるためにも、顧客の立場からのハラスメントを規制する法整備が待たれる。

多くの人が訪れる自治体の窓口は、カスハラの温床にもなりうる環境だ。カスハラ被害の実情について理解を深め、職員を守るための対策を行いたい。暴言や暴力、脅迫行為などの刑法違反が見られるケースでは警察の介入も必要だ。また、地域独自の条例を制定して、不当な要求に屈しない体制を整備することも検討しよう。
 

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