カスハラとは「カスタマーハラスメント」の略語である。近年、多くの企業がカスハラに頭を悩ませているが、対応に苦慮している自治体も多いのではないだろうか。
カスハラの定義を改めて確認し、発生する原因を理解していこう。また、カスハラ行為をする住民への対応方法や職員を守る仕組みづくりなど、発生を想定して何ができるのかも考えていく。職員の働きやすい環境づくりのためにもぜひ参考にしてほしい。
【目次】
• カスハラとは?カスハラの定義を確認しよう
• なぜカスハラが起こるのか?
• カスハラの具体例とは
• カスハラに対応しないとどうなる?
• カスハラを想定した事前準備
• ハラスメント行為別、カスハラへの対応例
• カスハラに屈しない、従業員が安心して働ける職場環境の整備を
※掲載情報は公開日時点のものです。
カスハラとは?カスハラの定義を確認しよう
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(※1)によると、カスハラ(カスタマーハラスメント)とは、「顧客からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」とされている。
なお、ここでいう「顧客」には、実際の利用者だけでなく、今後利用するかもしれない人も含まれている。これを自治体に当てはめて考えてみると、当該自治体に居住する住民だけでなく、現在、居住していない人もカスハラを起こす可能性があるといえるかもしれない。
なぜカスハラが起こるのか?
カスハラが起こる原因にはどのようなものがあるのかを確認してみよう。
過剰サービスによる消費者の期待の高まり
日本は顧客サービスのレベルが高い「おもてなしの国」といわれている。また、民間企業の場合、店舗などで購入する商品や受けるサービスについては、製造物責任法(PL法)や消費者基本法などで、消費者の権利も守られている。
このような背景もあり、顧客側が企業などのサービスする側に寄せる期待は非常に大きく、少しでも期待が外れると、不満が必要以上に大きくなるという現象が起きやすい。
SNSの普及により簡単に個人がアウトプットできる時代に
サービス側の不備が発生した場合、以前であれば、直接サービス側に伝えることしかできなかった。しかし、現在はSNSの普及により、誰でも目にする場所で一個人が簡単に不満を表現できるようになっている。注目を集めることで承認欲求を満たせるため、模倣型のクレームが増加した。
また、SNSでは不特定多数の人と感情を共有できるため、同じような不満をもつ人やそれに同調する人が集団でサービス側に不満を伝える組織型クレームも増加している。
カスハラの具体例とは
前出の厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によると「カスハラ」とされるものには次のような行為がある。
・身体的な攻撃(暴行、傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
・威圧的な言動
・土下座の要求
・繰り返されるしつこい言動
・拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
・差別的な言動
・性的な言動
・従業員個人への攻撃、要求
「身体的な攻撃」はカスハラの範囲を超え、犯罪行為に該当するものだ。また、上記にはないが、場合によっては、次のような行為もカスハラとされることがある。
・商品交換の要求
・金銭補償の要求
・土下座を除く謝罪の要求
カスハラに対応しないとどうなる?
自治体が組織としてカスハラに対応しない場合、どのような事態が起きるのかを考えてみよう。
職場環境が悪化し、精神的ストレスによる離職者が増える
職員個人にカスハラ対応が委ねられた場合、精神的なストレスが重なり離職してしまう可能性がある。また、職場環境の悪化から離職者が増え、結果的に一人ひとりの業務負担が大きくなるおそれもある。
業務遅滞によってほかの住民がサービスを受けられない
カスハラ行為をする住民の対応に人手を取られることも予想される。通常業務を行う職員が減ると業務遅滞が発生し、ほかの住民が適切なサービスを受けられなくなる場合もある。
被害を受けた職員から責任を追及される可能性がある
職員がカスハラを受けたにもかかわらず、自治体が事業主として適切な対応をしない場合、被害を受けた職員から責任を追及されることも想定される。
例えば、平成30年11月、甲府地裁では、児童の保護者から理不尽な言動(カスハラ)を受けた市立小学校教諭が、その場を収めるために校長により保護者への謝罪を求められ、多大な精神的苦痛を受けたと訴える裁判が行われている。
この裁判で甲府地裁は「謝罪を求めたことは不法行為」とし、小学校のある市と給与を支払う県に損害賠償責任があるという判決を下している。
このように、一職員のカスハラ被害が自治体への損害賠償請求に至る可能性も大いにあるということを覚えておこう。
カスハラを想定した事前準備
自治体では、カスハラが起こることを想定し、事前に次のような準備をしておくことをオススメしたい。
カスハラへの対応方法を決め、マニュアルを作成する
事前にカスハラ行為への対応体制や対応方法を決め、対応マニュアルは必ず作成したい。具体的には以下について決めておくことをオススメする。
・どのような行為がカスハラにあたるかをはっきりさせておく
・基本的に住民への対応は複数名で行う
・カスハラ行為が深刻な場合は、対応者を一次対応者から現場監督者に変える
組織としての基本姿勢を明確にし、職員に周知する
防犯カメラの設置やボイスレコーダーの準備など、カスハラから職員を守るという姿勢を明確に示しておこう。また、職員に対し、カスハラへの対応方法を周知し、教育することも重要だ。
職員のための相談体制を準備する
カスハラ発生をゼロにすることは難しい。職員が対応に困ることも想定し、上司や現場の管理責任者に相談できる体制や相談窓口をつくっておきたい。
ナッジを利用したカスハラ予防策はいかが?
ナッジ(nudeg)とは「そっと後押しする」の英訳だが、行動経済学の分野では「強要せずに相手の行動を変更させる」という意味で使われている。ナッジを利用し、カスハラ発生を抑制させることを考えたい。
特に自治体の窓口では待ち時間が長くなり、来訪者からクレームを受けることもある。以下のようにナッジを利用し、クレーム削減を試みてはいかがだろうか。
・癒やされる動画や見入ってしまう動画(クイズなど)を放映する
・リラックスできる香りを漂わせる
・鏡を置き、自分の姿を見られるようにする(身だしなみや自分の行動に目が向きやすくなる)
防犯カメラを設置し、その案内を目に入りやすくするだけでも、自分を客観的に見るきっかけになるだろう。
近隣の自治体でまとまり、対応を決める
民間企業の中には、業界団体が一体になり過剰なサービスを辞めるといった統一ルールをつくっているところもある。これに倣い、近隣の自治体でまとまり、カスハラ対応についてルール作りを行うのもよいだろう。また、ほかの自治体の対応例を見ることで参考になる部分も多いはずだ。
ハラスメント行為別、カスハラへの対応例
カスハラには様々な行為がある。行為別にどのような対応をすべきか見ていこう。
【時間拘束型】長時間にわたって職員を拘束する、居座りを続けるなど
まずは、対応できない理由と要求には応じられない旨をはっきり伝えることが重要である。居座りが一定時間を超える場合はお引き取りを願う、など毅然とした対応をしよう。それでも帰らない場合は、警察に通報することも検討したい。
【リピート型】理不尽な願望について繰り返し電話で問い合わせる、または面会を求める
繰り返し電話や訪問がある場合は、その場で注意し、理不尽な要求には応じない旨をはっきり伝えよう。その後も連絡がある場合は、窓口の一本化と通話・会話の記録を行い、同じような内容での連絡を止めるよう対応する。それでもやまない場合は警察への相談も考えたい。
【暴言型】大きな怒鳴り声をあげる、「ばか」などの侮辱的発言、人格の否定や名誉を毀損する発言をする
その場にいるほかの住民や職員の迷惑にもなるため、大声を出すことを止めるよう要求する。名誉毀損や人格否定にあたる発言がある場合は、事実確認ができるよう録音をオススメする。また、発言がひどい場合はその場からの退去を求めよう。
【暴力型】殴る蹴る、物を投げつけるなどの行為を行う
被害にあわないよう、一定の距離を保ち安全を確保しよう。また、警備員やほかの職員の協力を得ながら、すぐに警察に連絡する。
【SNS/インターネット上での誹謗中傷型】ネット上で名誉を毀損する、プライバシーを侵害する情報を掲載する
誹謗中傷が掲載されているサイトの運営者に削除依頼をする。削除依頼時に迷わないよう、事前に依頼方法を確認しておこう。また、投稿者への処罰を求めたい場合は弁護士や警察に相談も検討する。
【セクシュアルハラスメント型】職員の体にさわる、待ち伏せする、つきまとうなどの性的な行動、食事やデートに執拗に誘う
証拠を残すため、加害者の言動を録音や録画で残しておく。また、被害者と加害者双方に事実確認を行い、加害者への警告を行おう。また、行為がやまない場合は、出入り禁止を通告し、警察への相談・通報も検討したい。
カスハラに屈しない、従業員が安心して働ける職場環境の整備を
発生を抑えるためには、住民側の意識改革も必要だ。度を越えた要求がカスハラにあたることを認識してもらい、どの行為がカスハラになるのか、自治体としてカスハラにはどういった対応をするのかについてポスターや自治体の広報紙などを利用して啓発活動を行うことも考えよう。
また、カスハラ対応マニュアルの作成と職員間での周知徹底を行い、特定の職員に負担がかからない仕組み作りも重要だ。全ての職員に心身ともに健康な状態で執務にあたってもらうためにも、カスハラには毅然とした対応を心がけたい。