広島県福山市のペルソナマーケティング(一定の属性を持った個人の類型に即したマーケティング手法)を活用した人口減少対策について、効果的な施策のポイントを明らかにするため、産学官連携により、AIを活用してペルソナの一つである「子育て中の共働き女性」の未来シミュレーションを実施。
ワークショップやアンケートなどからペルソナの意識や考えの因果関係モデルを構築し、30年後に起こり得る2万通りのシミュレーションを実施。
このうちペルソナの満足度を高めるための最適なシナリオに導くために、現在より上昇・改善しておくべき要因を導出し、必要な施策を検討。ペルソナの未来予測分析を踏まえて人口減少対策を強化した。
※本記事は愛媛県主催の「行革甲子園2022」の応募事例から作成しており、本記事の内容はすべて「行革甲子園」応募時のもので、現在とは異なる場合があります。
背景・目的
広島県福山市では、2015年に福山市総合戦略を策定し、雇用や新しい人の流れを創出することに向けた施策を実施してきたが、各施策に関連して設定した数値目標に対する実績は、特に人口増減に関連する項目について、目標を下まわる状況になっていた。
また、行政の施策は総花的になりやすいため、目標の実現に向けて選択と集中ができていないケースが多く、期待する効果につながっていない危機感があった。客観的なデータ分析により取り組みの方向性を見極め、部局横断的に実行していく必要があると感じていた。
こうした認識のもと、取り組みに民間の視点を取り入れるため、当時、自治体で初めて兼業・副業限定で市の戦略推進マネジャーを採用し、2018年に全国で初めて人口減少対策にペルソナマーケティングの考え方を導入した。
進学・就職や結婚・出産など人生の転機ごとに9つのペルソナを設定し、その満足度を高めるための強化策を構築してきた。
そして、取り組みの効果を高めるためには、新型コロナなどによる住民の意識・行動の変化を捉え、ペルソナを的確に変化させていくことが重要である。
そのために、アンケート調査や窓口での声など最新の定量的、定性的なデータ収集のほか、AIも活用し、分析力を高めたいと考えていた。
そこで、京都大学と株式会社日立製作所(日立京大ラボ)が開発を進めていた、AIを活用した未来シミュレーション手法を活用し、広島県福山市のペルソナと組み合わせることで、個人の価値観や行動レベルに注目しつつ客観的な未来予測を行うことができるのではないかと考えた。
人口減少対策を強化するため、ペルソナという個人目線で未来を予測する全国初の試みとして、京都大学と株式会社日立製作所との共同研究が始まった。
取り組み事例
「AIを活用したペルソナ未来予測分析などによる人口減少対策の強化」
ホームページ | 「人口減少対策アクションプラン2021」の策定について
取り組み期間
2019年度~
取り組みの内容
【シミュレーションの全体フロー】
【情報収集】
9つのペルソナから、重点ペルソナであり、人口減少対策の指標である「出生率」への影響が大きい「子育て中の共働き女性」を対象に、理想の子育てや暮らしの実現に向けた情報収集のワークショップを実施し、ペルソナの意識や考え(キーワード)を抽出した。
そして、それぞれの相関に強度と遅延(時間遅れ)、不確実性(ばらつき)のパラメータを設定し、キーワード間の因果関係モデルを構築した(143のキーワードと、443の相関を設定)。
なお、データの信頼性を確保するため、広島県福山市が実施したアンケートのほか、子育て世代などを対象とした民間企業や国のアンケート調査結果から各相関に係数を付け、ペルソナの意識の強度に根拠を持たせている。
【選択肢検討】
構築したモデルによるAIシミュレーションを30年後(2050年)に向けて実行し、約2万通りの未来予測シナリオを出力。最終的に8つの類似シナリオグループに分類した。
8つに分類したシナリオグループについて、シミュレーション結果をもとに、保育・教育、家族、人間関係、地域などの分野で、重要と思われる指標の動きや全体的な傾向などを総合的に評価した。
その結果、対象ペルソナの「子育て中の共働き女性」の満足度向上につながると考えられるグループ(出生数が増加する、男性の育児参加が進む、女性が活躍するなど)を最も望ましいシナリオと判断した。
【戦略選択】
ペルソナにとって満足度の高い未来の実現に向けて、最も望ましいシナリオに導くために、短期(10年)・中期(15年)・長期(25年)の分岐点までに、それぞれ現在よりも上昇・改善しておくことが必要な要因を分析した。
短期、中期、長期で上昇・改善すべき要因を達成することで、ペルソナの理想と子どもの実数の上昇と満足度の高い子育て・働き方をともに実現することが可能となる。
短期では、経済的な余裕の実感、男性の家事・育児参加の定着や三世代・地域での子育て支援体制の充実などを上昇・改善させる必要があり、達成できないと30年後に出生率が上がらないとの予測がされた。
短期で必要な要因を達成するため、関連する取り組みを強化し、「人口減少対策アクションプラン」として取りまとめ、事業展開している。
取り組みを進めていく中での課題・問題点(苦労した点)
AI分析の前提条件設定にあたって、ペルソナの意識や考え(キーワード)の相関に設定するパラメータの信頼性をどう確保するかが課題となった。
143のキーワードと443の相関という多量のパラメータに対して、広島県福山市のアンケート調査だけでは、強度の差をつけることが難しかったため、子育て世代を対象とした民間企業や国のアンケート調査結果で補うことで、ペルソナの意識の強度に根拠を持たせた。
特徴(独自性・新規性・工夫した点)
広島県福山市の人口減少対策は、民間で活用されているマーケティング手法を導入し、定量的、定性的なデータから仮説を立て、サービスを利用する象徴的なユーザー像を明確に描き、その満足度を高めるための強化策を構築するものである。
そして、この強化策を的確に構築していくためには、アンケート調査などの結果を表面的に見るだけでなく、そこに至る意識や考えの相関を分析することが有効である。
この分析作業に、大学・民間企業の知見や技術を活用し、AIを導入することで、人力では処理しきれない量の、子育て世帯の未来予測分析を行うことができた。
広島県福山市の人口減少対策は、AI分析より得られた客観性を持った資料をもとに、最適なシナリオを検討し、そのシナリオに導くために達成していかなければならないことを整理したものである。
行政、大学、民間企業それぞれの強みを結びつけることで、従来の行政単位での検討する幅を超えた、新たな発想が生まれ、子育て世帯の未来予測分析から必要な施策を構築するという全国初の取り組みにつながった。
効果・費用
人口減少、少子高齢化が進む地方の自治体では特に、税収減と社会保障関係費の増加によって、政策経費などの予算要求にあたり、前年度からマイナスの上限額が設定されるなどの状況がある。
地方創生に向けた施策や人口減少対策など、地方自治体に求められる取り組みが拡大する中、各部署は、拡充・強化する取り組みと縮小・廃止する取り組みの「選択と集中」が求められている。
ペルソナマーケティングやAIを活用した未来予測分析を導入することで、広島県福山市が重点的に強化していく取り組みの方向性が明確化し、事業の見直し、再構築の視点として活用できた。
【参考】
<施策の強化>
男性の育児参加促進…男性の育児休業取得支援、子育てパパ活躍ウィークの実施
地域における子育て支援の充実…子ども食堂やフリースクールの活動支援
子どもが健やかに成長できる環境づくり …ネウボラ相談窓口「あのね」と「えほんの国」を商業施設で再開 など
<既存事業の見直し・再構築>
人口減少対策アクションプラン2019策定に向けた既存施策の検討結
(ペルソナマーケティング導入時)
今後の予定・構想
分析したシナリオ全体を通じて、「仕事でのしあわせ」が良好であるシナリオがあまり見られなかった。これは、福山市に住む女性は未来の人生について、仕事で幸せを感じられるような選択肢が少ないことを意味していると解釈できる。
シナリオ分析は現状を前提としたものであり、これまでになかった新たな政策によって、未来の選択肢の幅が広がる可能性がある(「仕事と子育て」の両立の概念が変わるなど)。
また、市民の意識や考えは、新型コロナの感染拡大など、社会の変化などによって、常に更新されており、子育て世帯とのワークショップなどから最新の定性的なデータも収集し、市民のニーズ、実態に合ったペルソナに変化させていく必要がある。
まずは、今回のAI分析により整理した、短期で改善が必要な要因を達成するための取り組みを強化する。そして、指標の動きや最新のデータ、市民のニーズを把握しながら、中・長期的に改善が必要な取り組みに着手していく。
なお、効果的な人口減少対策を打ち出していくため、人口減少対策アクションプランについては毎年度更新する予定である。
他団体へのアドバイス
人口減少・少子高齢化は、自治体が抱える大きな課題で、その対応策は自治体によって様々で正解はありません。その中で取り組みの効果を高めるためには、行政だけではなく、大学・民間などの知恵や技術を積極的に取り入れていくことが重要です。
広島県福山市では、各種施策の推進にあたり、行政だけの「自前主義」から脱却し外部の新しい発想を取り入れるため、行政では日本で初めて高度専門人材を「戦略推進マネジャー」として兼業・副業で採用するなど、外部人材に重点施策のアドバイスをいただいています(これまでに延べ11名を外部人材として採用)。
また、AIの導入は、人力では処理しきれない膨大な分析を行うことができるものであり、長期的な将来予測が必要な施策構築を効果的に進めるために有効な手法です。
外部視点・技術を積極的に取り入れ、新たな発想や施策構築につながるヒントを得ることが、取り組みの幅を広げ、効果を高めることにつながると考えています。