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【区長の本音<10>杉並区長・岸本 聡子さん】区民との対話で未来をデザイン。

令和7年は、東京23区の区長公選制が復活して半世紀、都区制度改革により「基礎的な地方公共団体」と認められて25年の節目にあたる。日本の首都を支える区長の皆さんの素顔と「本音」をご紹介する連続インタビュー10回目は、杉並区長の岸本 聡子さんが登場。研究者としての国際的な活動から区長選に出馬した背景や、区民参加型の区政を追求する意義などについてお話をうかがった。
※インタビュー内容は、取材当時のものです。
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令和7年は、東京23区の区長公選制が復活して半世紀、都区制度改革により「基礎的な地方公共団体」と認められて25年の節目にあたる。日本の首都を支える区長の皆さんの素顔と「本音」をご紹介する連続インタビュー10回目は、杉並区長の岸本 聡子さんが登場。研究者としての国際的な活動から区長選に出馬した背景や、区民参加型の区政を追求する意義などについてお話をうかがった。
※インタビュー内容は、取材当時のものです。

― 区長になられた経緯をお聞かせください。
私が区長になったのは令和4年です。直前まで海外で仕事をしており、家族とともに暮らしていました。その年の区長選挙を控えて、色々なネットワークでつながっている区民の方々からお話があったのが出馬のきっかけです。
当時は海外で生活していたので、環境も随分違ったところにいました。数年のうちに日本に帰ることは考えていましたが、その時とは思っていませんでした。ただ軸足は常に日本にあり、自分の生まれた国で、民主主義のために自分の力を発揮したいという思いはありました。
その後、杉並区の課題を短期間に凝縮して知り、考えるうちに期待をしっかりと受け止めなければならない、このチャンスに挑戦しようと思いました。ある種、瞬時の調整でしたね。
― それまでは政治の世界とは無縁だったと思いますが。
私は政治というものをかなり大きく捉えています。民間のシンクタンクの研究員として、社会課題に取り組む財団で20年以上、仕事をしてきました。そこでやってきたのは、困難な状況の方たちの抵抗とか葛藤とか思いといった“課題”と、大きな意味での“公共政策”をつなげていくことだったんです。
研究者は地方自治体から国際政治まで、色々なところを行き来できる存在です。政治とは社会に広く存在するもので、そこにどれだけ多様な人々が関われるかが政治の質を左右すると考えています。そういう意味では、学生時代からずっと政治に関わってきたなと思います。

― 研究者としての活動と、区長としての仕事はどうつながっていますか。
私にとっては直結しています。研究者としてエネルギーを費やしてきたのは、公共サービスと公共財(コモンズ)(※)の社会化と民主化でした。都市において公共財と公共サービスをどう形成し、その管理、所有、運営にどれだけ民主性・社会性をもたせられるかというテーマです。この経験を杉並という具体的な場所で活かすことができると思いました。
ただ大きく違うのは責任の範囲ですね。研究者や住民にとっては、自分の関心領域や自分の生きている場所でのコミットメントですが、行政組織は執行機関であり、権力を行使する存在なので、全く違う責任が生じます。説明責任や執行責任が生じる役割は自分にとって当然初めてなので、大きな緊張感を持って日々を送っています。
― 区長になるにあたり、ジェンダーギャップへの問題意識はありましたか。
日本の女性が置かれている環境には強い問題意識をもっています。私が20年間過ごしたオランダとベルギーでは、自分のキャリアと、家族・子ども・教育に関わることを“てんびんにかける”という場面がなかったんです。それは社会全体に、人生設計に対する裁量があり、また、それを支える社会制度があったからだと思います。例えば、子どもを産んだ後、子育てが忙しい期間は週4日勤務にしていましたが、その間も処遇は全く変わりませんでした。ライフイベントに合わせて働く時間を調節できる制度が整っていたんです。
― 日本でもその実現を目指したいという思いはありますか。
当然あります。今、労働力が足りないという大きな課題に社会全体が直面していますので、個人の能力が発揮される仕組みをつくらなければ、社会全体にとっての損失が多すぎます。労働者を支えていく社会制度と文化が必要です。杉並区では、男性職員の育児休暇の取得率が6割を超えています。こういう社会変化はすごく早いという一つの例だと思います。
※共有財(コモンズ) 共同体・コミュニティが共有し、特定の人が排除されず、一人の利用が他者の利用を妨げないような性質をもつ資源やサービスのこと。

― 研究者としての活動と、区長としての仕事はどうつながっていますか。
私にとっては直結しています。研究者としてエネルギーを費やしてきたのは、公共サービスと公共財(コモンズ)(※)の社会化と民主化でした。都市において公共財と公共サービスをどう形成し、その管理、所有、運営にどれだけ民主性・社会性をもたせられるかというテーマです。この経験を杉並という具体的な場所で活かすことができると思いました。
ただ大きく違うのは責任の範囲ですね。研究者や住民にとっては、自分の関心領域や自分の生きている場所でのコミットメントですが、行政組織は執行機関であり、権力を行使する存在なので、全く違う責任が生じます。説明責任や執行責任が生じる役割は自分にとって当然初めてなので、大きな緊張感を持って日々を送っています。
― 区長になるにあたり、ジェンダーギャップへの問題意識はありましたか。
日本の女性が置かれている環境には強い問題意識をもっています。私が20年間過ごしたオランダとベルギーでは、自分のキャリアと、家族・子ども・教育に関わることを“てんびんにかける”という場面がなかったんです。それは社会全体に、人生設計に対する裁量があり、また、それを支える社会制度があったからだと思います。例えば、子どもを産んだ後、子育てが忙しい期間は週4日勤務にしていましたが、その間も処遇は全く変わりませんでした。ライフイベントに合わせて働く時間を調節できる制度が整っていたんです。
― 日本でもその実現を目指したいという思いはありますか。
当然あります。今、労働力が足りないという大きな課題に社会全体が直面していますので、個人の能力が発揮される仕組みをつくらなければ、社会全体にとっての損失が多すぎます。労働者を支えていく社会制度と文化が必要です。杉並区では、男性職員の育児休暇の取得率が6割を超えています。こういう社会変化はすごく早いという一つの例だと思います。
※共有財(コモンズ) 共同体・コミュニティが共有し、特定の人が排除されず、一人の利用が他者の利用を妨げないような性質をもつ資源やサービスのこと。

― 就任から3年を経て、区長の仕事とはどのようなものだとお考えですか。
一義的には多様な区民と向き合う仕事だと思います。私を含む行政職員が、多様な区民と向き合い“色々なチャンネルをつくる仕事”です。そして、それと同じぐらい重要なのが組織にかかわる仕事ですね。今は縮小の時代であり、全く新しい課題に直面しています。こういう社会のダイナミクスに直面しながら組織を組み立てていくのは難しい仕事だと思います。
― その中で求められるリーダーシップとはどういうものでしょうか。
行政には、計画をしっかり執行する責任がある一方で、新しい課題が日々出てくるという難しさがあります。これを“辛い”ではなく、“やりがい”だと感じてもらえるようにすることです。自分たちの仕事が、生活の最先端で社会をデザインしていくことと、一人ひとりを救っていくことの両立だということを職員に伝えられるか。それがリーダーシップかなと思います。
― 職員に求める資質や公務員のあるべき姿についてお聞かせください。
一番弱い人たちに寄り添い、不正に厳しく、そして未来の社会をデザインしていく。これを全部できる人はなかなかいないと思いますが、やはり地方公務員はこういうことを求められている、誇り高い仕事だと思っています。
これを実現するために、職員には柔軟性が求められます。特に今の地方自治体職員は人数が限られる中で、現場から離れている現状があります。とても大変なことですが、できるだけ地域に入っていって“現場力”の肌感覚を取り戻していく作業が必要です。
私が目指すのは、職員にとって働くことで成長でき、それが自分のウェルビーイングにもつながると思える組織をつくることです。その環境を整えるようなリーダーでありたいですね。

― 区長就任以降、もっとも印象に残っている出来事は何ですか。
この3年間、地域の方たちとの対話の場・ワークショップに何度も参加してきました。最近では、下井草駅の鉄道連続立体交差事業や、杉並第一小学校移転後の跡地活用に関する対話の取り組みの中間地点に立ち会うことができました。
その時、学識者の方が「区民の皆さんが話していることは、過去と未来の両方を見ている。対話には虫の目と鳥の目の両方が必要だが、それを自然にやっている。対話は民主主義の基盤です」とおっしゃっていたのが印象に残っています。
そして、意見を集約して示していくために、職員が一生懸命に模型をつくったり、話し合いの振り返りをしたりという“可視化”の技術がすごく上がっていることに感動しました。区民と一緒に考えていく、収れんさせていく力と言えばいいでしょうか。
― 「区民参加型予算」の取り組みも進めています。
区民参加型予算の最大の狙いは、区民が選挙だけではなく、区政に直接参加して自分たちのまちを形づくっていく参加型民主主義の実現です。今年度は「健康ウェルネス」をテーマに区民提案を募りました。超高齢社会の中、健康づくりやスポーツを通じて自己肯定感を高めることが重要です。ただ、そこに興味をもたない人も多いので、関心を高めるためにもこのテーマを選びました。
今回は143件もの提案が寄せられており、すごく大きな熱量を感じます。自分たちが払っている税金がこのように地域に還元されるんだ、ということを“見える化”したり体験できたりする機会を増やしていくことが、この取り組みの目標かなと思います。
― 区長選の公約「さとこビジョン」の達成状況を定期的に検証してきました。
「さとこビジョン」は、組織の中のことを分からずに外からつくった公約でした。それを組織内でも整理して、どう進んでいるかを区民に示そう、と提案してくれたのは職員だったんです。この“可視化”がまず最初のチャレンジでした。行政として客観的に見て、昨年度の時点で一度、達成状況を数値で評価しています。ただ今年度に関しては、区民の皆さんや議会の皆さんの価値判断に委ねる形としています。
― 新年度予算編成で特に力を入れている点は。
今まさに予算編成中ですが、気候危機が進行する中、区民と職員の命を守る「暑さ対策」を横断的に取り組んでいきます。
介護、保育、障害福祉などの担い手「ケアする人をケアする」を政策の柱としています。今年度の補正予算でも事業者の基盤支援を盛り込みました。新年度はこれを拡充していきたいです。事業所だけでなく、ケアワーカーの方たちをどう支援していけるかが重要な課題です。

― 区長就任以降、もっとも印象に残っている出来事は何ですか。
この3年間、地域の方たちとの対話の場・ワークショップに何度も参加してきました。最近では、下井草駅の鉄道連続立体交差事業や、杉並第一小学校移転後の跡地活用に関する対話の取り組みの中間地点に立ち会うことができました。
その時、学識者の方が「区民の皆さんが話していることは、過去と未来の両方を見ている。対話には虫の目と鳥の目の両方が必要だが、それを自然にやっている。対話は民主主義の基盤です」とおっしゃっていたのが印象に残っています。
そして、意見を集約して示していくために、職員が一生懸命に模型をつくったり、話し合いの振り返りをしたりという“可視化”の技術がすごく上がっていることに感動しました。区民と一緒に考えていく、収れんさせていく力と言えばいいでしょうか。
― 「区民参加型予算」の取り組みも進めています。
区民参加型予算の最大の狙いは、区民が選挙だけではなく、区政に直接参加して自分たちのまちを形づくっていく参加型民主主義の実現です。今年度は「健康ウェルネス」をテーマに区民提案を募りました。超高齢社会の中、健康づくりやスポーツを通じて自己肯定感を高めることが重要です。ただ、そこに興味をもたない人も多いので、関心を高めるためにもこのテーマを選びました。
今回は143件もの提案が寄せられており、すごく大きな熱量を感じます。自分たちが払っている税金がこのように地域に還元されるんだ、ということを“見える化”したり体験できたりする機会を増やしていくことが、この取り組みの目標かなと思います。
― 区長選の公約「さとこビジョン」の達成状況を定期的に検証してきました。
「さとこビジョン」は、組織の中のことを分からずに外からつくった公約でした。それを組織内でも整理して、どう進んでいるかを区民に示そう、と提案してくれたのは職員だったんです。この“可視化”がまず最初のチャレンジでした。行政として客観的に見て、昨年度の時点で一度、達成状況を数値で評価しています。ただ今年度に関しては、区民の皆さんや議会の皆さんの価値判断に委ねる形としています。
― 新年度予算編成で特に力を入れている点は。
今まさに予算編成中ですが、気候危機が進行する中、区民と職員の命を守る「暑さ対策」を横断的に取り組んでいきます。
介護、保育、障害福祉などの担い手「ケアする人をケアする」を政策の柱としています。今年度の補正予算でも事業者の基盤支援を盛り込みました。新年度はこれを拡充していきたいです。事業所だけでなく、ケアワーカーの方たちをどう支援していけるかが重要な課題です。

― 休日はどのように過ごされていますか。
休みがない、というのは多くの区長さんと同様です。ただ職員も休まなければいけないので、私も休みをちゃんとつくらなければいけないと意識しています。
休みの日は、家の整理整頓から始まり、余裕があると読書をして過ごします。エンターテインメント小説も好きですが、最近読んで良かったのはカナダの作家、マーガレット・アトウッドの作品です。代表作「侍女の物語」の続編で、分厚くてヘビーなディストピア小説ですが、非常に興味深かったですね。
― 空手とジョギングがご趣味とお聞きしました。
日本に来るまでは日課で、生活の重要な部分でしたが、区長になってからはほぼできていませんね。ただ、若い頃から体を鍛えてきているのでその名残はあります。今は最低限、ストレッチと筋トレをなるべく朝、仕事に行く前に20分でもやろうと心がけています。
― 座右の銘は何かありますか。
いわゆる座右の銘ではありませんが、文化人類学者のマーガレット・ミード(※)が残した言葉を大切にしています。「思慮深く、献身的な少人数の市民が世界を変えるということを疑ってはならない。実際に世界を変えてきたのはそんな人たちなのだ」という言葉です。
小さな主張が最初は受け入れられなくても、それが原動力となって社会が少しずつ変わっていくという考え方です。これは社会に関わっていく上での信念として大切にしています。
杉並区には「自治基本条例」というものがあり、私が区長になろうと決意した原点でもあります。地方自治体にとって「住民自治」の意味は、住んでいる人が自らの生活、自らの社会を、自分たちが関わって決めていくことにあるので、区長としてもその精神を大切にしたいと思っています。
― 最後に杉並区の魅力と区役所の自慢をお聞かせください。
最近「地球の歩き方 杉並区」という本が発行されました。なかなかのボリュームで引き出しが多い内容です。それをつくった方たちとお話をした時、美味しい店とか文化的な史跡ももちろんですが、なによりも「杉並区に住んでいる人たちの地域に対する愛をすごく強く感じた」と言ってくださいました。
この地域の自然を愛する人たちがたくさんいるということが、杉並区の一つの魅力なのかなと思います。東京23区の中でも“青空が見える”まち。区民の人たちと話していると「青空が広い。私たちはそこが好き」という話はよく出てきます。
区役所の自慢は職員のひたむきさです。本当に謙虚にまっすぐに頑張るところ。今の時代、真面目に頑張ってもなかなか美徳にならない、それだけでは済まないこともたくさんありますが、組織の基盤となる大きな力だと思っています。そして、その力を引き出すのは、やはり組織のマネジメント、トップの仕事だと考えます。
私のように異色というか、想像できない存在がトップになるのは職員にとって不安だと思いますが、それでも偏見なく支えていこうと思ってくれる人がいるからこそ、ここまで来られました。新しい時代の風を感じ、そこに希望を見いだしてくれている職員もたくさんいるんだなと感じています。
※マーガレット・ミード 20世紀を代表するカナダの文化人類学者。オセアニア地域の伝統文化に関するフィールドワークなどで知られる。1978年(昭和53年)没。
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