
役所の食堂と聞くとどんなイメージが浮かぶだろうか?「安い」「早い」「地味」「職員専用」……。そんな従来のイメージが、いま大きく変わろうとしている。
役所の食堂は、経営の厳しさやコロナ禍の影響で減少傾向にあるものの、職員を支えつつ地域と行政をつなぐ新たな役割が期待されている。この記事では、庁舎食堂を取り巻く状況から職員のランチ事情、さらには先進的な事例までを紹介する。読み終える頃には、あなたの「役所の食堂」に対するイメージは覆され、きっと足を運びたくなるだろう。
【目次】
• 市役所の食堂ってどんな場所?
• なぜ増えた?庁舎食堂の閉店
• 役所によって異なるランチ事情
• 先進自治体の取り組みは?
• 変わりゆく食堂を有効に活用しよう
※掲載情報は公開日時点のものです。
市役所の食堂ってどんな場所?
そもそも市役所をはじめとする自治体庁舎の食堂とは、どのような場所なのだろうか。その運営形態や役割は、時代とともに変化している。
多くの場合一般にも開放。複数店舗で役割分担も
入庁時に手続きが必要なケースもあるが、職員専用はむしろ少なく、自治体庁舎内の食堂の多くは一般市民にも開放されている。例えば、東京23区で本庁舎に食堂がある区役所は、いずれも一般利用が可能だ。ランチタイムには職員だけでなく、用事で訪れた住民や近隣で働く人々で賑わう光景も珍しくない。
政令指定都市や都道府県庁、あるいは大規模な区役所の本庁舎などでは、食堂が複数設置されているケースもある。その場合、高層階にあって眺望がよいレストランと、低層階や地下にある職員利用が中心の食堂などといった形で役割が異なることも多い。前者は市街地の民間レストランに近い価格設定で観光客や来庁者をもてなし、後者は手頃な価格の定食や麺類を提供して、職員の多忙な昼食時間を支えるといった棲み分けがなされているようだ。
かつては直営。いまは民間委託が主流
庁舎食堂の運営形態も変化してきた。かつては自治体の直営や、職員互助会などが運営主体となることが多かった。しかし平成15年の地方自治法改正により指定管理者制度が導入された。食堂には専門的なノウハウや効率的な経営が求められることもあり、現在ではその多くが民間の給食会社や飲食事業者への委託となっている。
観光地化や政策発信の場にも
近年、庁舎食堂は単に食事を提供するだけの場所ではなく、新たな価値をもつ場へと進化している。その象徴的な例が東京都庁の食堂だ。地上32階にある食堂からの絶景は有名で、多くの観光客が訪れる。名物の「都庁ラーメン」は人気メニューとなり、視察や観光で訪れた人々の楽しみの一つとなっている。
また、自治体の政策を発信するアンテナショップとしての役割を担う例もある。東京都足立区では、区の名物施策である「おいしい給食」で提供されたメニューを、区役所庁舎内の食堂で味わうことができる。これにより、食育への取り組みを区民に広く知ってもらうことができる。
このように役所の食堂は、その自治体ならではの魅力を発信する重要な拠点にもなりつつある。
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なぜ増えた?庁舎食堂の閉店
新たな役割が期待される一方で、各地の自治体庁舎から食堂が姿を消しているという厳しい現実もある。その背景には、複数の要因が複雑に絡み合っている。
多様化で利用者減、人件費など経費が増大
庁舎食堂が閉店に追い込まれる最大の理由は、経営の悪化だ。職員のランチ事情が多様化したことで、食堂の利用者が減少しているのである。庁舎周辺にはコンビニエンスストアや弁当店、キッチンカーなどが進出し、職員の選択肢は格段に増えた。
利用者減に反して、人件費や食材費といった運営経費は年々増大している。もともと低価格での運営を前提としてきた食堂にとって、このダブルパンチは非常に大きい。
例えば福島県福島市役所の食堂は、約半世紀にわたり市民や職員に親しまれてきたが、食材価格と人件費の高騰により令和7年3月の閉店が決定した。
特に、老朽化した庁舎の建て替えは、運営事業者が撤退する大きなきっかけとなりやすい。建て替え後の新庁舎では、コスト削減やスペースの有効活用という観点から、そもそも食堂スペース自体が設けられないという例も増加している。
厳しい経営にコロナ禍が追い打ち
厳しい経営環境に追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスの感染拡大である。感染対策として一時閉鎖を余儀なくされた食堂が、そのまま再開することなく閉店に至るケースが相次いだ。
また、コロナ禍は職員の働き方や意識にも変化をもたらした。「密」を避けるため、同僚と連れ立って食堂で食事をするのではなく、自席で弁当などを一人で食べる「黙食」が定着した自治体も少なくない。
こうしたライフスタイルの変化が、食堂の利用者をさらに減少させる一因となった。滋賀県草津市役所の最上階にあった食堂も、コロナ禍による利用者減などの要因により、令和4年1月に営業を終了している。地域に愛された食堂が、時代の波の中で静かに幕を下ろしていく例は後を絶たない。
役所によって異なるランチ事情
ひと口に「役所のランチ」と言っても、その実情は自治体の規模や立地条件によって大きく異なる。職員はどのような昼食時間を過ごしているのだろうか。
地方の役所では?
郊外や中山間地域に立地する地方の役所では、職員の多くがマイカーで通勤している。そのため、昼休み時間に一度帰宅し、自宅で昼食をとる職員も少なくない。庁舎周辺に飲食店が少ないこともこの傾向に拍車をかける。庁舎内に食堂があれば重宝されるが、ない場合は持参した弁当を自席で食べるのが主流となる。
都会の役所では?
一方、都市部の役所ではランチの選択肢が豊富だ。庁舎の周辺にはコンビニやスーパー、多種多様な飲食店が軒を連ね、場所によってはキッチンカーも出店する。選択肢が多いため、庁舎内の食堂も魅力的な日替わりメニューや新鮮な野菜を使ったサラダバーなどを提供し、利用者をひきつける工夫を凝らしている。また、フレックスタイム制の導入など、業務時間の柔軟化に伴い、職員が昼食をとる時間も分散化する傾向にある。
庁舎食堂はコミュニケーションの場にも
庁舎食堂は、単に食事をとるだけの場所ではない。普段は接点のない部署の職員と顔を合わせたり、同僚と雑談を交わしたりすることで、気分転換やリフレッシュができる貴重な空間でもある。こうした何気ない交流が、円滑な業務連携のきっかけになることもある。
その一方で「昼休みぐらいは上司の顔を見ずに気楽に過ごしたい」という声があるのも事実だ。食堂に行くか、外に出るか、自席で食べるかは、その日の気分や業務の状況によって職員一人ひとりが選択している。
食堂の営業時間は自治体によって様々だが、おおむね午前11時頃から午後3時頃までというのが主流だ。特に正午から12時30分までの時間は最も混雑するピークタイムとなる。業務に支障がなければ、この時間を避けて「時差ランチ」をすることで、ゆっくりと食事の時間を楽しむことができるだろう。
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先進自治体の取り組みは?
閉店が相次ぐ厳しい状況下でも、庁舎食堂に新たな価値を見出し、再生させようとする先進的な自治体も現れている。ここでは3つの事例を紹介する。
1. 千葉県野田市
閉店中の市役所レストランを市内の「野田鎌田学園高等専修学校」の生徒たちが担う “高校生レストラン”として再開へ
千葉県野田市では、令和6年3月末で閉店した市役所8階のレストランスペースを、市内の野田鎌田学園高等専修学校調理高等科の生徒たちが運営する「高校生レストラン」として再開させる計画を進めている。
これは、生徒たちに実践的な学習の機会を提供すると同時に、市役所に新たな賑わいを生み出す画期的な取り組みだ。地域教育と行政が連携し、未来の料理人を育てながら庁舎を活性化させるこの試みは、全国的にも注目を集めている。
※出典:野田市「市長フォト日記」
2. 東京都中野区
新庁舎への建て替えにあたり、従来の食堂に代えて「地域とつながるカフェテリア」をオープン。区役所の取り組みや地域イベントを店頭のデジタルサイネージで配信
東京都中野区では、令和6年5月に開庁した新庁舎において、従来の職員食堂に代わり「地域とつながるカフェテリア」をコンセプトにした食堂をオープンさせた。
このカフェテリアは食事を提供するだけでなく、店頭に設置したデジタルサイネージを通じて区役所の取り組みや地域のイベント情報を発信するなど、情報発信拠点としての機能も担う。開放的で誰もが利用しやすい空間は、職員と区民が自然に交流する場となることが期待されている。庁舎の建て替えを機に、食堂の役割を再定義した好例といえる。
※出典:中野区「本庁舎1階カフェテリア『ナカノヤ NYAcafe』のご案内」
3. 東京都武蔵野市
障害者の就労支援などを行う社会福祉法人が運営するレストランを市役所最上階に開業。障害者も従業員として働き、近郊食材や友好都市の特産品を使ったヘルシーなメニューを提供
東京都武蔵野市では、障害者の就労支援などを行う社会福祉法人が運営するレストランが市役所最上階で営業している。ここでは、障害を持つ人々も従業員として生き生きと働き、接客や調理補助を担っている。提供されるメニューは、近隣で採れた新鮮な野菜や、市の友好都市から取り寄せた特産品をふんだんに使ったヘルシーな定食が中心だ。
このレストランは、職員や市民に健康的なランチを提供するだけでなく、障害者の社会参加と自立を支援するインクルーシブな拠点としての重要な役割を果たしている。
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変わりゆく食堂を有効に活用しよう
市役所の食堂は、もはや単なる職員向けの福利厚生施設ではない。地域との新たな接点となり、健康施策や自治体の魅力を発信する拠点へ、そして多様な人々が集う交流の場へと、その姿を大きく変えつつある。
従来型の食堂が採算性の問題から減少傾向にあるのは紛れもない事実だ。しかしその一方で、紹介した先進事例のように、新たな機能を備えて再生する食堂も少なくない。職員にとっては、安価で栄養バランスのとれたランチを提供してくれる食堂は、多忙な業務を乗り切るための心強い存在であり、いざという時の食の備えとしても重要だ。
庁舎食堂が置かれた厳しい経営環境を理解し、感謝の気持ちを持って利用していくことが、その存続につながる。そして運営を担う担当者には、コストや効率だけでなく、地域連携や福祉、情報発信といった多角的な視点を取り入れた、柔軟な発想が今後ますます求められていくだろう。