合掌造り集落が日本の原風景として人気を集める岐阜県白川村。平成7年に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」がユネスコの世界文化遺産に登録されて以降は世界各国からの観光客が急増し、オーバーツーリズムの課題に直面している。人気イベントの予約制導入で成果を挙げる一方、ネットを通じて「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」を呼びかけ、住民と観光客、双方の満足度向上を目指しているという。担当者に話を聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
岐阜県白川村 観光振興課
観光担当課長補佐
小瀬 智之(こせ ともゆき)さん
人口1500人の村に170万人が来訪。
白川村の観光客入り込み数は世界遺産登録以降、右肩上がりで増加。令和元年に過去最高の215万人を記録した。アジアなどからのインバウンドが最大の要因で、同年の入り込みの47%を占めた。その後、コロナ禍で落ち込んだが、令和5年に約170万人まで回復。令和6年は過去最高に迫る勢いだという。
「世界遺産登録から注目度が高まり、平成12年頃から“ちょっと混雑してきたぞ”“何か対策が必要だぞ”という状況になりました。その後も入り込みは上昇傾向です」と小瀬さんは説明する。
合掌造り集落がある荻町地区では、住民が昭和46年に「白川郷荻町集落の自然環境を守る会」を設立。地域内資源を「売らない・貸さない・こわさない」の3原則を柱とする住民憲章をまとめ、伝統的建造物を守ってきた。現在も約500人が暮らす生活の場だ。
村全体でも人口は約1,500人(※)。そこに年間200万人に及ぶ観光客が訪れる。一人当たり1,000人以上を迎えている計算で、次第に様々な問題も表面化してきた。
※令和6年9月1日現在1,483人
▲ライトアップされた合掌造り集落を展望台から撮影する観光客。車両の集中が交通渋滞などを引き起こしてきた。
小瀬さんによると、同村におけるオーバーツーリズムの課題は3点ある。道路の渋滞など交通の課題、人気イベントの混雑対策、そして観光客のマナーだ。「オーバーツーリズムが必ずしも年中発生しているわけではありません。事業者からはまだまだ観光客に来て欲しいという声もある。ただ、やはりマナーの問題を中心に課題があります」と話す。
「合掌造り集落は住民にとっては生活空間ですが、観光客の中にはテーマパークと勘違いしてしまう人もいる。村役場にも『何時からやってますか』といった電話が来ます。どこにでも入れるのだと思ってあちこちに立ち入り、住民が我慢できずに注意するケースもあります」
このため同村では、オーバーツーリズムという言葉が話題になる以前から、様々な対策を講じてきた。「一般的な観光地にはない独自のルールがあります。集落内への車の乗り入れをご遠慮いただくこともそうですし、夜の観光を受け入れていない」と小瀬さん。
住民にとって夜間は家族との生活があるため観光客への対応はできない。このため、集落内の民宿に宿泊する場合を除いて、駐車場の営業は午前8時から午後5時までに限定。路線バスもおおむね午後5時半を最終便としている。
ごみ対策も重要だ。白川村はごみ焼却施設が無いため、隣接する高山市に処理を委託している。そこに人口の千倍を超す観光客が訪れるため、住民が出す量を遥かに上回るごみが出てしまう。
「ほかの自治体で処理してもらっているので、住民はごみをなるべく少なくしている。そこに観光客が圧倒的な量のごみを出すとなると矛盾が生じます」。そこで集落内にはごみ箱を置かず、原則として持ち帰りを求めているという。ただし、テイクアウトなど集落内で出たごみは、お互い様の精神で観光事業者が受け取るようにしているそうだ。
▲合掌造り集落に向かう車列。地元住民らが「荻町交通対策委員会」をつくり、早くから対策をすすめてきたという。
人気イベントの予約制、チケット制で成果。
渋滞対策では、世界遺産登録から5年後の平成12年に「荻町交通対策委員会」が組織され、住民と村、関係団体が早い段階から連携してきた。「白川村のいいところは、人口が少ないので住民と村との距離が近く、合意形成が図りやすいことです。委員会の場でしっかり議論をした上で進めています」
委員会は従来おおむね年4回だったが、令和6年度は年6回に拡大。世界遺産集落内の観光車両の侵入抑制対策や私有地の無断駐車などの交通対策を広く検討している。さらに同年度、観光庁のオーバーツーリズム対策の補助金を使い、交通渋滞の状況を観光客に伝える情報サイトの開設も予定する。混雑予測を事前発信し、車両の集中を分散するねらいだ。
次に大きな懸案として浮上したのが、人気イベントである冬季間のライトアップの混雑だ。
「白川郷ライトアップ」は、昭和の時代から続く恒例行事。雪に覆われた合掌造り集落が闇に浮かぶ幻想的な光景が、日本のみならずアジアからの観光客も魅了する。夜の白川郷を観光できる貴重な機会でもある。
▲ライトアップで浮かび上がる合掌造り集落。日本のみならず各国の観光客を魅了する。
ところが平成27年頃から外国人観光客に注目されるようになると、約2時間のイベントに7,000人から8,000人が殺到。駐車場に車が入りきれずに渋滞が起き、ツアーバスが路上で客を降ろして交通上の危険が生じるなどのトラブルが発生していた。
そこで観光入り込みがピークに達した令和元年、イベント時の駐車に完全予約制を導入。渋滞の発生が緩和されるなど、一定の成果を得たという。
さらに令和5年には、新たにチケット制を導入した。駐車場を予約したマイカー訪問者やバスツアー参加者に人数分のチケットを渡し、集落の入口4カ所に入場ゲートで確認する方法だ。チケットを持たない来訪者は入場を認めない厳しい対応を取ったことで、路上駐車などのルール違反が減少したという。
小瀬さんは「観光客の入り込み人数はおおむねコントロールできており、具体的なアクションができたと思います。ただ、どうすればイベントに参加できるかといった問い合わせが非常に多く、その対応は考えていきたい」と話す。
そして次に目指すのが、オーバーツーリズムの解消につながる観光客の行動変容だという。
「レスポンシブル・ツーリズム」を海外にも呼びかける。
「観光立村」を掲げ、観光業者も多い同村では、「地元住民や観光事業者は観光客を大切なお客様と認識しています。ただマナー違反などで、受け入れモチベーションが低下しているのが現状です」と小瀬さんは指摘する。
同村では令和4年度から、村民の観光に対する意識を把握するため「観光満足度調査」を実施している。令和5年度は125人が回答したが、観光に対して肯定的に捉えている回答が36%だったのに対し、否定的な回答が35%と拮抗していた。
「村民の受け入れモチベーションを上げてもらえるように、少しでも課題を減らしていかなければならない」と小瀬さんは強調する。
令和5年12月には観光庁の「サステナブルな観光に資する好循環の仕組づくりモデル事業」の助成を活用し、特設サイト「白川郷レスポンシブル・ツーリズム」を開設した。合掌造り集落を今に伝えた住民の助け合いを指す「結(ゆい)の精神」を紹介。村の暮らしと観光を両立するマナーを、日本語、英語、中国語など5言語で呼びかけている。
きっかけは令和4年12月に実施したモニターツアーで寄せられた海外の専門家の声だった。
「白川に来ると、ピクトグラムや看板であれはダメ、これはダメと書いてある。さすがにそんな看板ばかりだとうんざりする、と指摘されました。なぜ禁止しているのか理由をしっかりと示し、理解してもらい、共感してもらうことにこそ、村として注力すべきだという意見です。なるほど、と思いました」。
特設サイトへのアクセス数は、開設から約9カ月の時点で英語版が39,000件、日本語版が19,000件超と好調だ。「年間の観光客の2割程度、30万アクセスぐらいは目指したい」と小瀬さんは期待する。
この間、タイやシンガポール向けにFacebook広告を出したところ、サイトのアクセス数が大幅に増えた。両国では観光情報の取得にFacebookが使われているとの下調べが活きた。その後は台湾向けにWEB広告を出稿。今後は中国向けにも、現地のSNSの利用状況を調べた上でレスポンシブル・ツーリズムを周知していくという。
「オーバーツーリズム対策というと、課金など経済的にメリハリをつけるか、なんらかの規制をするか、あるいは問題が起きる前に情報発信するか、方法は三つだろうと思います。白川村としては積極的に情報発信をして、観光客の皆さんの行動を変えていきたい」と小瀬さん。
「観光客の満足度を上げ、かつ受け入れる村民の満足度もしっかり上げていきたい。両方のバランスを取っていきたいですね」と力を込めた。
このシリーズの記事
▶ 【広島県廿日市市】「宮島訪問税」でオーバーツーリズムに備える。
▶ 【北海道美瑛町】オーバーツーリズムをAI技術で抑制する。
あわせて読みたい