ジチタイワークス

北海道美瑛町

オーバーツーリズムをAI技術で抑制する。

コロナ禍が落ち着きインバウンドが回復するとともに、人気の観光地に訪問客が殺到して地元住民の生活に負担がかかる「オーバーツーリズム」が問題化している。かねて交通渋滞と観光マナーの問題に頭を悩ませていた北海道美瑛町では、国や道とも連携し、AIなどのデジタル技術も活用して問題解消へ成果を挙げているという。担当者に話を聞いた。

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。

オーバーツーリズム対策を担当する美瑛町商工観光交流課の成瀬弘記さん

 

 

Interviewee

北海道美瑛町 商工観光交流課
課長補佐兼観光振興係長
成瀬 弘記(なるせ ひろき)さん

インバウンド回復で渋滞と観光マナーが課題に。

美瑛町への観光客の入り込みは、コロナ禍前の令和元年度、過去最多の年間約240万人を記録。その後はコロナの影響で減少したが、令和5年度には約239万人とコロナ前の水準に並んだ。

「令和6年度は、コロナ前と同程度か少し増える見通しです」と成瀬さん。インバウンドの急速な回復で、過去最多を更新する可能性があるという。

美瑛が観光地として注目されたのは、丘陵地帯の畑が色鮮やかに織りなす風景を、写真家の前田 真三さんが作品に取り上げたことがきっかけだ。昭和62年には町内にフォトギャラリー「拓真館」が開設。「パッチワークの丘」として国内の高齢者層を中心に人気を集めた。

その後、町内の白金温泉の成分と美瑛川の水が生んだ「白金青い池」の神秘的な光景がApple社のデスクトップの壁紙に選ばれて世界が注目。近年は、農地に点在する「セブンスターの木」「クリスマスツリーの木」が韓国などで“映える”スポットとして人気を呼び、ツアー客が急増しているという。

Apple社のデスクトップの壁紙にも選ばれた「白金青い池」の神秘的な光景

▲Apple社のデスクトップの壁紙にも選ばれ、美瑛を世界に知らしめた「白金青い池」の神秘的な光景。

それとともに顕在化したのがオーバーツーリズムの問題だ。

青い池は、白金温泉の温泉街に向かうルート上に位置する。そこに観光客の車両が殺到したことで、「駐車場の空き待ちの車やバスが渋滞して温泉に向かう車が進めない。何よりも緊急車両の通行に支障をきたすという問題が発生しました」と成瀬さんは説明する。

交通渋滞は「セブンスターの木」などの観光スポット周辺でも常態化している。特定の時間帯に大型バスが集中し、周辺の道路が観光客で埋め尽くされて地域住民の車が通れない、トラクターなども通れず農作業に支障が出ているという。

観光マナーの問題も深刻だ。観光スポットの多くは私有地である農地の中に位置するが、写真撮影のために無断で立ち入る観光客が後を絶たない。「海外からの観光客も多いので、もともと地元にはない植物の種子や病原菌が持ち込まれる可能性もあります。そうなると作物の生育にも影響が出かねない」と成瀬さんは懸念する。

青い池でも、立ち入り禁止区域や池の水の中に入る観光客が続出。こうして交通渋滞と観光マナーの2点で、オーバーツーリズムの状況が生まれているという。

観光シーズンの「白金青い池」の混雑

観光シーズンの「白金青い池」の混雑。立ち入り禁止区域に立ち入る姿も少なくないという。

道と協力、渋滞車両の動線を変える。

同町の取り組みは、コロナ禍以前から始まっていた。令和元年には、観光ルールの確立などを目的とした条例制定の検討に着手。令和5年4月に「美瑛町持続可能な観光目的地実現条例」が施行された。町、町民、観光事業者、そして観光客となる訪問者が協力して、観光資源でもある地元の農業や地域環境を維持することをうたった内容だ。

「それぞれが相互協力して美しい美瑛町を守っていきましょうという条例です。訪問者の方には対策に協力していただく役割の中で、何らかの形で負担をいただき、観光振興の財源に充てていこうという趣旨です」

令和5年度からは観光庁の補助を活用し、渋滞対策を本格化させた。まず市街地の中心部にパークアンドライドのための駐車場を整備した。「駐車場に車を停めていただき、そこから公共交通機関や美瑛町観光協会が運行する周遊バス、レンタサイクルなどで観光スポットに向かっていただくねらいです」と成瀬さん。

そして令和5年12月には、AIカメラによる混雑状況の可視化システムを導入した。

町内の観光スポット4カ所にカメラを設置。AIが車の台数や訪問客の人数をカウントして、混雑状況を判断する仕組みだ。今年2月からはインターネット上の「観光地混雑状況マップ」に混雑状況を表示し、訪問客の分散を促している。

「周知はまだこれからですが、マップの閲覧は順調に伸びています。観光スポットはまだたくさんあるので、今後さらに増設して選択肢を広げたい」と成瀬さんは手ごたえを語る。

一方、青い池周辺の渋滞緩和には、道と連携して車をう回路に誘導するアナログな手法で成果を得た。

青い池に向かうアクセスとしては、道道と並行する町道も整備されていたが、従来は車が道道に集中していた。そこで道に協力を要請し、町道に誘導する看板を分岐点の1キロ手前から設置。これにより「道道の渋滞はほぼなくなるぐらいの効果がありました」。

令和6年4月には美瑛町観光協会がレンタル電動キックボードのLUUPを新たに導入。国土交通省の旭川開発建設部と連携してカーシェアリングを増車するなど、各方面と協力して渋滞緩和に取り組んでいるという。

インターネットで公開している「観光地混雑状況マップ」

インターネットで公開している「観光地混雑状況マップ」。観光客を分散させ、渋滞などを防ぐねらいだ。

農地への立ち入り、AIカメラで劇的に改善。

観光マナー改善では、令和5年12月に導入したAI侵入検知カメラが大きな効果を生んだ。

青い池とクリスマスツリーの木の2ヶ所に計4台を設置。設定したエリア内に人が入り込むとAIが判定し、画像を撮影して町と観光協会に送信する。同時に現地では、日本語、英語、中国語、韓国語の警告音声がスピーカーで流れるという。

「青い池は冬季間、氷が張ってその上に雪が積もり、観光資源として町でライトアップしています。その水面に降りて歩きまわる方がたくさんいて、無数の足跡がついて景観が台なしになってしまう。それが侵入検知カメラをつけたことで劇的に減りました

クリスマスツリーの木は農地に位置するが、近くで写真を撮ろうと侵入するケースが後を絶たなかった。それがカメラ設置後は「エリア内に入る人はいても、警告音声が流れるので奥まで行かない。近隣の農家からも、農地に入っていく人が減ったとうかがっています」。

侵入検知カメラは観光庁の補助対象外だが、混雑状況監視のシステムに付加する形で導入することでコストを節減。計4台の設置経費は20万円程度で済んだという。

JR美瑛駅など町内5カ所の観光拠点にデジタルサイネージを設置し、マナー向上の啓発も進めている。観光地混雑状況マップも併せて表示し、混雑の分散にもつなげるねらいだ。今後3カ所を増設して計8カ所に拡大する計画。併せてAI侵入検知カメラも増設を検討しているという。

現地に行かずに状況がわかるのは重要です。これまでは観光地を巡回していましたが、やはり目が届かない時間がある。皆さんがどんな観光マナーで行動しているのか、どういった違反が起きているか把握できませんでしたが、カメラを設置することで現状が把握できる。そういう面でも効果は大きかったですね」。

道路状況を監視するAIカメラも11カ所に増設する想定で調査を重ねているという。デジタル技術でオーバーツーリズムを抑制する構想だ。

青い池の近くに設置されたAI侵入検知カメラ

青い池の近くに設置されたAI侵入検知カメラ。禁止エリアへの立ち入りをAIが判定し、4カ国語の警告音声が流れる。

基幹産業を守ることが観光にもプラスに。

美瑛町にとってはオーバーツーリズムと同時に、観光客の滞在時間が短く、消費行動につながらないことも大きな課題となってきた。

「観光客のうち宿泊される方の割合は1割に満たず、滞在時間も長くないので消費額もあまり増えない。この点は町にとって長年の課題でもありました」と成瀬さんは説明する。

近年は外国からの観光客が増え、広い範囲を急ぎ足で回るツアーもある。「韓国からのツアーなど、札幌を大型バスで朝に出発し、旭川から美瑛や富良野方面を回って、夜にはまた札幌に帰っていく日程も多いようです」。

その行程が似通っているため、同じ時間帯に観光スポットに大型バスが集中し、消費額は増えないままオーバーツーリズムの問題を過熱させている側面があるようだ。

このため同町では令和5年度から6年度にかけ、観光庁の高付加価値化事業を活用し、白金温泉の宿泊施設4カ所や観光牧場、観光農園の大幅改修を支援。付加価値を高めて滞在型観光への転換を図っているという。

体験型の観光メニューの開発も進めている。「農業体験や収穫体験など、普段は入れない農地に入るプログラムや、冬季間に雪に覆われた畑をスノーシューを履いて歩く体験が人気だと聞いています。そういうプログラムを充実させて滞在時間を伸ばし、町内での宿泊につなげたい。なぜ農地に入ってはいけないのかということも、そこで学んでいただければ」。滞在型観光への転換と、観光マナー向上を併せて前進させる構想だ。

同町の場合、農業が生んだ景観の美しさこそが、観光地としての人気の原点でもある。「まず農業の営みがあってこその観光資源。その基幹産業を守ることが観光振興にもつながるはずです」と成瀬さん。

「例えば町内のペンションなどに宿泊していただければ、地元の人から観光についての知識が得られる。あれは全部農地なんだよ、といった話も聞けたりする。そういう機会をもっと増やしていきたいですね」。

美瑛観光の原点となったパッチワークの丘

美瑛観光の原点となったパッチワークの丘。基幹産業の農業を守ることが観光振興にもつながると成瀬さんは話す。

 

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