厳島神社が平成8年にユネスコの世界文化遺産に登録され、世界的な観光地となった広島県廿日市市の宮島。コロナ禍からの回復とともに世界から多くの観光客が訪れ、島の対岸の市街地では交通渋滞などの問題が発生している。こうしたオーバーツーリズムに備えるため、同市は令和5年に独自の自主財源である「宮島訪問税」を創設。フェリー業者や地元観光業界と連携してスムーズな制度導入に成功したという。市の担当者に話を聞いた。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。
Interviewee
廿日市市 宮島企画調整課
児玉 剛樹(こだま つよき)さん
コロナ前の水準に回復、交通渋滞が課題に。
「日本三景」のひとつとして、昭和の時代から年間200万人前後が訪れていた観光名所・宮島。世界遺産登録によるブームを経て、平成15年以降はさらに入り込みが増加。令和元年に過去最高の465万7,000人を記録した。
来島者数はコロナ禍で一時は落ち込んだが、令和5年には465万2,000人と、ピーク時並みの水準に回復した。令和6年も「450万人は超え、過去最高に匹敵する水準までいくのではないかとみています」と児玉さんは話す。G7広島サミットの会場になったことや近年の円安で、外国人観光客の入り込みも加速しているようだ。
来島者数が回復するにつれ、フェリー乗り場が位置する対岸の市街地では交通渋滞が深刻化。その地域に暮らす住民の通院や買い物などといった日常生活にも支障が生じ始めているという。
一方、宮島では「観光客のマナー・トラブルや生活環境悪化など住民のネガティブな感情が顕在化しているような状況ではありません。現時点では、オーバーツーリズムまでには至っていないという状況です」と児玉さん。ただ、その兆しは少しずつ出てきているという。
コロナ後の観光客の増加に加え、以前とは観光における消費行動が変わったことで、「コロナ前と比べて、ごみの量が多くなってきている課題があります」。食べ歩きなどの観光スタイルが定着したためと推測できる。
そもそも宮島では住民約1,400人に対して、観光ピーク時には1日に4万人もの観光客が入島する。持続可能な観光地を維持するには財源も必要だ。そのために同市が長く検討を続けてきたのが「宮島訪問税」の徴収だった。
▲宮島の厳島神社参道のにぎわい。1日に4万人もが訪れる中、持続可能な観光の維持には財源も必要だ。
「受益者負担」の障壁、16年越しで解消。
同市では過去、平成20年と平成27~28年の2回にわたり、訪問税の導入を検討してきた経緯がある。いわば16年越しの懸案で、今回は3回目の挑戦だった。これまで宮島の住民や島に通勤通学する人を、課税対象から除外できるかどうかが最大の論点の一つだった。
地方自治体が島に入る人から徴収する税としては、沖縄県の伊是名村など4村の「環境協力税」などの前例がある。ただこの場合、島に入る誰もが等しく行政サービスを受けることができるとして「受益者負担」の考え方により、住民にも課税されている。「4村の住民は沖縄本島などの域外に出入りする頻度が低く、税額も1回100円程度と低額なため、住民の合意も得られ制度として成立したのだと思います」と児玉さんは話す。
しかし宮島の場合、「広島市内など島外に通勤、通学する方が大勢います。仕事や学校の帰りにその都度税を納付するとなると、ひとり年間数万円単位の負担になる。これでは宮島地域住民の生活に大きな影響が出てしまうという判断で、過去2回は検討途上で断念したものです」。
今回は、大学の教授ら学識経験者等で構成された「宮島財源確保検討委員会」からの助言を得て、行政サービスの受益者が税を負担する「応益者課税」の考え方から、行政需要を発生させる原因者に課税する「原因者課税」という考え方に転換。総務省とも何度も協議を重ねて、宮島の住民が課税対象外となる現在の制度の理解を得たという。
課税の根拠を、「行政サービスからの受益」から「行政サービスを提供するに至った原因」に改めたことから、「最初は市役所内部も市議会でも課税の根拠の理解を得るのも大変でした。総務省とも何度も打ち合せを重ねてようやく“これならわからなくもないですね”という感触を得ました」
令和元年9月に検討に着手し、4年間の調整を経て令和5年10月、「宮島訪問税」の徴収が始まった。
▲宮島に向かうフェリーの券売機。往路運賃200円に訪問税100円を含めた300円の乗船券を購入する仕組みだ。
税額は1人1回100円。宮島と宮島口を結ぶフェリーで入島する際、往路運賃200円に訪問税100円を含めた300円の乗船券を購入する。交通系ICカードならば自動改札を通る際、運賃と訪問税が併せて引き去られる。
一方、通勤や通学でフェリーに乗る人には、QRコード付きの課税対象外証明書を発行。券売機にかざすと、税が含まれていない運賃だけの乗船券が買える。交通系ICカードの場合も有人改札で運賃のみで乗船できる仕組みだ。
観光客には導入前にアンケートを実施して、9割近くが賛成という結果を得ていた。徴収開始後1カ月間は現地事務所を開設して導入不安に備えたが、大きな混乱なく約1年が経過した。「最初は乗船時の証明書の提示に手間取る場面もありましたが、今はスムーズ。外国人も含めて、観光客からの否定的な意見も耳にしません」と児玉さんは話す。
導入前は関連業界の一部から観光客が減るのではないかという不安の声もあったが、負担が100円ということもあり、観光客数の推移にも悪影響は出ていないという。
そして今は「その税を活用して、宮島がどのように良くなるかに皆さんが注目されていると思っています」と児玉さんは話す。
税収を活用。“持続可能な観光地域”確立へ。
宮島訪問税の税収は、令和5年度は10月からの半年間で1億6,700万円。令和6年度は3億5,000万円を見込んでいるという。観光客の入り込み回復で、予想を上回って推移している。
この税収はまず、オーバーツーリズムを未然に防ぐための交通渋滞対策やトイレの維持管理、ごみ対策等に活用される。
交通渋滞対策では、宮島口の道路に要員を配置して周辺の駐車場への案内や交通整理を実施。また、市街地の周辺に車を置いてもらい、そこからシャトルバスで観光客を宮島口に輸送するパーク・アンド・ライドの社会実験も進めている。
宮島では、ごみを自動的に圧縮する「スマートごみ箱」の実証実験も進んでおり、「成果が見えれば、本格導入に宮島訪問税を活用することになると思います」。
▲宮島に設置されたスマートごみ箱。宮島訪問税の税収は、増えつつあるごみの対策にも充てられる見通しだ。
このほか、宮島の歴史的なまち並みの保全や無電柱化などの観光地域づくりに活用。また安全・安心な観光地を維持するため、休日・夜間の救急には消防艇により対岸の医療機関へ搬送するか、修学旅行シーズンの夜間は島内に医師が待機し、児童・生徒の容体急変に備えているという。
「観光客がたくさん来られている中、観光客のおもてなしや受け入れ環境を整備する上で財源が先に確保されていることは、行政にとって大きい。安定的な財源を確保した上で、持続可能な観光地域づくりを積極的に進めることが重要。訪問税の徴収で、観光振興にもプラスの影響が出てくるだろうと考えています」と児玉さんは強調する。
宮島訪問税は、5年に一度の検証が条例で規定されており、必要に応じて税率も見直されることになる。
「先人から受け継がれてきた宮島の普遍的価値や魅力を国内外に発信し、観光客自身も島の守り人の一員として、宮島の文化を理解して帰っていただきたい。こうしたレスポンシブルツーリズムを積極的に展開して、オーバーツーリズムを未然に防いでいきたいと思っています」。児玉さんは力を込めた。
▲たそがれの中に浮かび上がる厳島神社。宮島訪問税は修学旅行シーズンの夜間の医療体制確保にも役立てられる。
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