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【区長の本音<13>北区長・やまだ 加奈子さん】“区民起点”で社会の変化を取り入れる。

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【区長の本音<13>北区長・やまだ 加奈子さん】“区民起点”で社会の変化を取り入れる。

区長公選制復活から半世紀、基礎的な地方公共団体となって25年という大きな節目を令和7年に通過した東京23区。そんな日本の首都を支える区長の皆さんの素顔と“本音”をご紹介する連続インタビューの13回目は、北区のやまだ 加奈子さんが登場。危機管理への強い思いや“区民起点”の政策立案、職員とともに進める職場づくりについてお話をうかがった。

※記事の掲載情報は公開日時点のものです。

民間企業の営業で“ユーザー起点”を学ぶ。

ー まず区長になられた経緯をお聞かせください。

北区議会議員を13年間経験した後、東京都議会議員を2期務めました。それがちょうどコロナ禍の時期で、各区の取り組みを都議会から見て、区ごとの違いを強く感じました。東京都に対して要求するパワーが違う。北区は奥ゆかしいというか、こうすべきだ、こうしてほしいという主張をもっとできるはずだと感じました。

コロナや災害を考えたとき、都との連携をもっと活かすことができたらという思いで区長選に手を挙げました。刻々と変わる状況に即時反応して関係部署や関係機関と交渉し、区民の安全を守る瞬発力をどう確保するのか。自分が区長としてその仕事をやってみたいと思いました。

ー 北区ご出身です。故郷のためにという思いですか。

北区が大好きで、北区に住み続けてきて、北区の魅力を誰よりも理解していると思っています。その素晴らしさを活かしきれているか、逆にマイナスやリスクとなる部分を行政としてどうカバーするかという点でも、区議会・都議会の経験から理解している自信がありました。議員として提案できることと、首長として予算を持って実行できることは違います。そして今、権限を持つからこその責任の重さを感じています。

ー 大学卒業後、まず民間企業に進まれました。当時の経験で今につながる部分はありますか。

民間企業を経験して本当によかったなと思っています。行政や区役所って独特の文化があるんですよね。民間と求める価値観が違うというのは理解できますが、共通してやらなければいけないところがもっとあると思っています。

いつも言っているのが“区民起点”です。ユーザーである区民にどうすれば喜んでもらえるか、どうすれば北区に住んで幸せだと感じてもらえるか。民間企業であれば、ユーザーに求められるものがつくれなければ見捨てられ、選ばれなくなります。そこを徹底するのは民間企業にとっては当然のことです。その感覚を行政も持つべきだとずっと思っており、企業の営業として勤めた経験がすごく活きています。

ー お父様も区議を目指していたとお聞きしました。政治の世界に進まれたのはその影響もあるのでしょうか。

父は北区議会議員選挙に5回落ちています。自民党の公認候補としては異例ですね。その姿とともに、地域で困っている人から相談を受け、選挙に落ちながらも手伝っている姿を見てきました。バッジがなくてもできること、バッジがないとできないことの違いを強く感じました。

父は右腕が肩からなく、身体障害者1級でした。家業の電器屋さんをずっとやっていて、家族としては出馬に大反対なのですが、本人がやるといえば放ってはおけず、みんなで手伝います。そして父が落ちると私と母で「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げてまわりました。 このとき、ボランティアで応援してくれる人たちに接して、地域のために働いてくださる方々はなんてすごいんだろうと感じました。

ー 当初は政治家になる意思はなかったそうですが。

父が6回目の選挙に出ようとしたとき、自民党から公認をもらえなかった。本人は無所属で出るつもりでしたが、後援会の方々に説得されて「じゃあもう辞める。お前が出ろ」と私に言いました。

その時、なぜか何の迷いもなく「分かった」と答えました。自民党は父の対抗馬となる候補を探していたので、その公募に応募して選んでいただきました。障害者でも誰でも挑戦できて、幸せを感じて暮らせる社会にしたい、という思いがありました。

役割分担を明確にして区と都をつなげたい。

ー 議員時代、印象に残っている出来事は。

区議会議員に当選した時は34歳でしたが、途端に周囲の態度が変わって「先生、先生」と呼ばれるようになりました。これは勘違いしちゃいけない、私ではなく“区議会議員”に頭を下げているんだ、と自分に言い聞かせました。父の落選を見ていたから勘違いせずに済んだと思います。見ていなかったら、偉そうになっていたかもしれません。

議員時代に印象に残ったのは、区と都の立場の違いです。区議の時は区から「東京都がこういう方針です。だから区はできません」と言われます。都議の時は都から「区が対応してくれない。だから都はできません」と言われる。結局、マイナスの影響を受けるのは、区民であり都民です。

責任の所在や役割分担を明確にして、区民の思いを達成する仕事を首長がやらなければいけないと思いました。区と都をつなげていく役割、最終的に折り合うところを首長がつくらなければいけない。それぞれの立場を経験して実感しました。

ー 就任されて3年。区長とはどういう仕事でしょうか。

二つの面があると思います。ひとつは自治体のPRやトップ営業など、区のやっていることを広く発信する役割。一方ですごく地道な仕事があって、区が目指していくことを職員の皆さんに伝えて、一緒にチームづくりをする作業です。

政策を実現するには、それがなぜ必要でどんな効果があるのか、区民の方々や職員の皆さんと意見交換しながらつくり上げていかねばならない。基礎固めをしないと、一度は実現しても砂の城のようなもので、長続きしないんですね。いかに地道に組織や制度にしていくか。それができれば職員や区民の熱量と能力で自走していきますが、基盤づくりは区長の仕事と思っています。

自分が率先して動き、意見交換や勉強を重ねて皆さんの考えを理解する。そうして初めて同じ目線で会話ができるようになるのだと、この3年間で学びました。

ー 現在、23区の区長のうち7人が女性です。その点についてお考えはありますか。

全国の女性首長が集まる会で話を聞くと、やはり東京23区はベースが違います。ほかの地域の首長さんからは、女性だから議案に反対されるとか、いつの時代の話だろうと思うような話を聞きます。23区では社会も議会も職員も、女性がトップになることが普通になっているので、その違いを感じます。

私自身は、女性でラッキーだったと感謝することの方が多いですね。以前は弱みとされてきたことを強みと捉えて活動すればいいと思います。本人が選ぶのであれば専業主婦も起業家もどんな働き方も、望むものが叶えばいい。選択肢がたくさんあることを行政として発信する役割は、女性首長ならではの仕事かもしれません。

豪雨の経験から危機管理システムを刷新。

ー 区長就任以降、一番印象に残っている出来事は何ですか。

就任直後の令和5年6月2日に大雨が降りました。区を横断して流れる石神井川が夜中に氾濫するかもしれないという時に、避難指示を出した経験がとても印象的です。

大きな被害はありませんでしたが、避難指示をもっと早く出すべきだったという反省点が残りました。もし氾濫していたら、避難が可能な人は限られていた。区民の命を守るって本当に深刻なことなのだという感覚が残りました。

その時、危機管理室で災害対応にあたりました。気象庁や東京都のアドバイスを受けながら避難指示を出すのですが、最終責任を負う立場として、判断するための情報収集ができていなかった。その後、危機管理システムを最新の設備に変えて、デジタル配信できる仕組みをつくりました。あの経験がなければ危機管理態勢を見直すことはできなかったと思います。

ー 北区は令和9年に区制80周年を迎えます。特に力を入れている政策をお教えください。

“みんなで創る。北区新時代!”という言葉を掲げています。“みんな”とは区民であり、区内事業者であり、もちろん職員です。

ユーザーに良かったと思ってもらえる政策を実現するためには、ユーザーである皆さんに何が必要なのかを聞くべきだと思います。もし国や東京都や法律との間にギャップがあれば、そこを調整して最終的な政策にしていくのが区役所の仕事です。そのプラットフォームをつくって、公民連携・協働でやっていく。これが区制80周年のタイミングに打ち上げていくポイントです。

今までは区役所がつくったものを民間に下ろすという感覚でしたが、これを真逆にしていきたい。区役所の制度を区民の価値観でつくっていく。それが全てのベースで、その上に子ども、高齢者、経済、防災などの政策がつくられていくという発想です。

ー “きたいを超える東京北区”というキャッチフレーズや“BEYOND_K”(ビヨンドケー)のロゴマーク、公式キャラクター制定など、ブランディングも重視されています。

北区って何のイメージがありますか?区名に特色がないこともあり、北区といえばこれだよね、というイメージがあまり湧かないのではないでしょうか。ほかの区の教育施策がすごいと言われるのに、北区が同じことをやっても「へぇ」で終わってしまうことがある。区のイメージを改めてつくっていくのが“きたいを超える東京北区”というブランディングです。

区民も区外の方も職員も当たり前だと思っていた北区の個性が、実は魅力だったよね、というものを言語化して発信する作業です。地域コミュニティがあって外からの人たちを受け入れる寛容性がある。東京の北の玄関口でもある。そんな区の魅力を発信していく。

私自身が率先して“BEYOND_K”のジャンパーを着て「北区の魅力を皆さんで発信してください」と伝えています。

“BEYOND_K”のロゴマーク入りジャンパーを手にブランディングの構想を語るやまだ区長
“BEYOND_K”のロゴマーク入りジャンパーを手にブランディングの構想を語るやまだ区長

社会の感覚を役所に持ち込むマインドを。

ー 職員2,700人のトップとして心がけていることは何ですか。

最終的な目的は、区民や事業者が北区に関わって本当に幸せだと感じられる政策や取り組みを実現すること。そのためには、まず職員が北区で働いていて本当によかったと思える職場にすることが使命だと思っています。

働き方改革や健康経営、ウェルビーイングの取り組みをこの3年間進めてきました。従来の区役所の感覚ではなく、一般社会の時間軸やお金の使い方、価値観に変えていく。そのために、働き方のプロジェクトチームやDXプロジェクトチームを立ち上げました。職員から直接意見を上げてもらう“区長へのはがき”にも1件ずつ本気で取り組んでいます。

一番多かった意見がテレワークの実現です。最初は総務と政策経営部だけでやってみるという案が出てきたのですが、やりやすい部署だけではなく、やりづらい区民部とか窓口職場も含めて試行した上で、令和8年度から全庁で導入しました。執行部が制度をつくって「やってください」では使いづらいと思うので、部ごとに運用ルールを考え、変更しながら導入してもらっています。

庁舎が23区の中でも特に古いので、職場環境に関してはできる限り意見に応えます。休憩スペースをつくったり、地下の食堂につながる廊下を明るくしたり、できるものは全面的にやっています。一部職場をフリーアドレスにして、紙をデジタル化したのもその一環です。

もう一つ、職員のメンタルには特に気を配っています。休職している人については、復職できるまでのリズムづくりを仕組み化する。職場に来てはいても悩みを抱える人に対しては、匿名で相談できる窓口をつくりました。誰かに話すことで少しでもラクになってもらいたい。段階的に元気になるための仕組みです。今はメンター制度について協議しています。夢を持って入ってくれた若い人たちが、思っていたのと違うと感じて諦めてしまうことを防ぎたいですね。

ー これからの時代、公務員や職員に求められる新たな資質についてはどうお考えですか。

変化に対応できる職員ですね。国や東京都が示すルールに従うのはもちろんですが、社会の変化をいかに役所のルールに置き換えていくことができるか。社会が当たり前に求めている感覚を役所に持ち込むこと。変化を失敗だと捉えずにチャレンジしていいというマインドを発信しており、小さいことでもとにかくやってみる姿勢を求めています。

地域コミュニティを仕組み化して区の魅力に。

ー 休日や空いた時間の過ごし方は。

家族とご飯を食べるのが一番好きですね。夫と息子と実の母と暮らしていますが、食事の時間がずれがちなので、余裕があるときに一緒に食べに行ったり、家で食べたりする時間が癒しです。

ー ご趣味は何かありますか。

なんでしょう。仕事かもしれません(笑)。区民が何をしたら喜ぶかを考えるのがめちゃくちゃ好きなんです。こういう風にやったら受けるだろうな、とか考えるのが楽しいので。家族の誕生日にどんなことをすれば喜ぶかなと考えるのと同じです。

あとは、唯一好きなアーティストのコンサートに行くことですね。安全地帯の玉置 浩二さんが大好きで。これだけは年に複数回行かせていただいています。

ー 座右の銘は。

「為せば成る」ですね。できない理由を考え出すときりがありませんが、どうしたらできるかを考えるのが「為せば成る」だと思っています。「ありがとう」という言葉もすごく大切にしています。自分に余裕がなくなると「ありがとう」の単語が減っていることを自分で感じているので、ゆとりを測るバロメーターにしています。

ー 最後に、北区の魅力と区役所・職員の自慢をお聞かせください。

区の魅力の一つは、交通の便がめちゃくちゃいいこと。区内どこでも10分圏内にJRや地下鉄の駅、バス停があります。それと同時に、4つの川や自然に囲まれていて、王子駅前には飛鳥山公園という大きな公園がある。都心でありながら自然が豊かです。

そして一番は人ですね。地域コミュニティが残っていることが最大のポイントです。町会加入率が23区で第2位、商店街の数も人口比で上位です。温かさや豊かさを感じられる、こういったコミュニティを仕組み化して、区の魅力として感じてもらえるように育てていきたいですね。

区役所の自慢は堅実なところです。これまで23区の真ん中を目指してきたというベースがあります。職員は基礎的な能力が高く、リスク回避能力に優れている。やらなければならないことを着実にやっていくのが特徴です。このベースができているので、これからはトップを目指せます。そのチャレンジができることが、今の北区役所の魅力だと思っています。