山梨県小菅村

公開日:

【連載】ビールの基礎から地域活用まで!―公務員のためのクラフトビール講座<5>アップサイクルなビールづくり

息抜き
読了まで:6
【連載】ビールの基礎から地域活用まで!―公務員のためのクラフトビール講座<5>アップサイクルなビールづくり

お風呂上がりに仕事の後に、お酒好きにとっては欠かせないビール。近年のクラフトビールブームを経て、特産品を活かしたビールづくりも各地に定着し、地域活性化の主役にもなりつつあります。この連載では、ビールの基礎知識から地域での活用事例まで、ビールライターの富江 弘幸さんが分かりやすく解説します。最終回となる第5回は、廃棄されてしまうぶどうをビール醸造に活用した山梨県小菅村の事例をご紹介します。

※掲載情報は公開日時点のものです。

解説するのはこの方

富江 弘幸(とみえ ひろゆき)さん

ビールライター・ビアジャーナリストアカデミー講師

編集者。昭和50年東京生まれ。法政大学社会学部社会学科卒業。卒業後は出版社・編集プロダクションでライター・編集者として雑誌・書籍の制作に携わる。中国留学を経て、英字新聞社やDXコンサル会社などに勤務。ビール・飲食関連記事の執筆や、ビアジャーナリストアカデミー講師など、幅広く活動している。著書に『教養としてのビール』(サイエンス・アイ新書)など。

廃棄されるものに新しい価値を加えて再生

ビールには、主原料以外にも副原料を入れることができるという特徴があります。第4回でも地域の特産品であるさつまいもを使用したビールについて紹介しましたが、今回ご紹介するのは山梨県のぶどうをアップサイクルしたビールです。

アップサイクルとは、本来廃棄されてしまうものに新しい価値を加えて再生させることです。今回は、ワイン醸造には使われず廃棄されてしまうぶどうを、どのようにビール醸造に使うのかご紹介します。

※日本の酒税法では、麦芽重量の5%を超えて副原料を使用した場合は発泡酒となりますが、この記事ではビールとして表記します。

山梨の特産品を使ったビールで山梨を盛り上げる

山梨県はぶどうなどの果物が特産品として知られており、ワインの産地としても有名です。山梨県といえばワインというイメージをもつ人も多いと思いますが、ビールの醸造所も数多くあります。

山梨県小菅村にあるFar Yeast Brewingもそのひとつで、「Brewed with YAMANASHI」(以前は「山梨応援プロジェクト」)として、山梨県産の特産品を使ったビールをつくっている醸造所です。小菅村は人口620人という小さな村で、Far Yeast Brewingは平成29年から同村でビールをつくっています。

Far Yeast Brewingが山梨の特産品などを使用してビールをつくりはじめたのは令和2年のこと。元々、山梨県の特産品である桃の「はねだし品(B品)」の活用が生産者の課題としてあったことに加え、新型コロナウイルス感染症拡大により、イベントなどの中止が相次ぎ、観光客が減少するなど山梨県内の産業も大打撃を受けました。店頭には並ばないこれらの桃を使い、「山梨応援プロジェクト」というプロジェクトとしてビールをつくったのです。

「山梨応援プロジェクト」は、コロナ禍で売り上げなどが落ち込んでいる産業や生産者を応援しようという目的で始まったプロジェクトでした。新型コロナウイルス感染症が5類に移行してからは、応援するというよりも生産者やほかの事業者とともに山梨を盛り上げようという意識の変化もあり、「Brewed with YAMANASHI」という取り組みに変わっています。

「山梨応援プロジェクト」としての第1弾である、この桃を使ったビール「Far Yeast Peach Haze」は非常に好評で、令和4年からは春夏の定番商品として毎年販売されています。

ワインには使えない摘房したぶどうをビールづくりに

写真提供:Far Yeast Brewing
写真提供:Far Yeast Brewing

そんなFar Yeast Brewingが令和3年から行っているのが、同じ山梨県でワインをつくっているシャトー・メルシャンとの協業です。

その前年の令和2年には、韮崎市のぶどう農家で出荷できなくなったぶどうを使い、「山梨応援プロジェクト」の第3弾として「Far Yeast Grapevine」をつくっています。同年は、ぶどうの果実が腐敗してしまう晩腐病(おそぐされびょう)という病気が蔓延しており、黒系のぶどう品種に影響が出ていました。もちろん、病気になったぶどうは出荷できませんが、病気になっていない房を切り出してビールの原料として譲り受けたのです。

令和3年からは、Far Yeast Brewing従業員の個人的なつながりなどもあり、シャトー・メルシャンのぶどうを使って「Far Yeast Grapevine」をつくっています。

写真提供:Far Yeast Brewing
写真提供:Far Yeast Brewing

「Far Yeast Grapevine」をつくる際につかっているのは、摘房されたぶどうです。シャトー・メルシャンではもちろん、一般的にワイン用のぶどうを栽培する際には、一つひとつの果実の糖度を高めるために栽培の過程でぶどうの房を間引く摘房を行います。

この摘房を行うことで、残ったぶどうは糖度が高まっていくのですが、摘房されたぶどうは糖度が低いためワインづくりには使われません。そのため、摘房したぶどうはそのままぶどう畑の土に還していたのですが、ビール醸造には十分な糖度があるということで、Far Yeast Brewingがビール醸造に使うようになりました。

ぶどうだけでなくワイン醸造の手法も取り入れる

シャトー・メルシャンでは多くのぶどう品種を栽培していることもあり、ビールにつかう品種は毎年変わります。令和7年の「Far Yeast Grapevine」では、マスカット・ベーリーAとシラーを使いました。

「Far Yeast Grapevine」をつくる上で注目したいのは、摘房したぶどうを使うだけでなく、ワイン醸造の手法も取り入れていることです。

ワイン醸造では、発酵中のワインにぶどうの果皮や種子を漬け込むマセレーション(マセラシオン、醸し)を行います。漬け込むことで、ぶどうの色素などをワインにつける方法ですが、ぶどうを使わないビール醸造にはない工程です。このマセレーションを「Far Yeast Grapevine」にも取り入れ、麦汁を発酵させる段階でぶどうの果皮や種子を漬け込み、ぶどうの色素やタンニン感を出しています。

令和7年の「Far Yeast Grapevine」はペールエールというビアスタイルで、ぶどうの香りを出すネルソンソーヴィンというニュージーランドのホップを使用しました。ぶどうそのものの香りにホップも加えることで、ぶどうのフレーバーを感じられるビールに仕上がっています。

地域の関係性を広げられるビール醸造

「Far Yeast Grapevine」に限りませんが、ビール醸造は副原料を使うことができるだけでなく、ほかのお酒の醸造方法を取り入れられるのが特徴です。ワイン用のぶどうや日本酒の酒米、シードルのりんごなどの原料を使ったり、日本酒やワイン醸造に使う酵母で発酵させたビールもあります。また、ビールとビールをブレンドさせて、新しいビールをつくることもあります。

ビールのおもしろさ、楽しさはいろいろありますが、どんな原料や方法でも取り入れることができ、新しい味わいや関係性をつくりだしていけることもそのひとつです。地域の課題を解決する選択肢のひとつとして、ビールも考えてみてはいかがでしょうか。