2020年秋、一気に気運が高まった「ハンコレス化」。
その先陣を切った福岡市は、申請書など約3800種類について、ハンコレス化を完了したと発表し、話題になった。
ハンコレス化を実現した「福岡方式」とは一体どんな方法なのだろうか?福岡市に取材した。
「正当な理由がない行政手続きについては、『ハンコをやめろ』ということを押し通そうと思う」。
「ハンコレス」の大号令が河野太郎・行政改革担当大臣から飛び出したのは9月25日のこと。安倍内閣時代も押印廃止の議論はあったが、担当大臣が「押し通す」という強い表現を使ったこともあり、ハンコレスの流れは一気に現実化した。
そんななか、9月28日に福岡市が発表した「市役所での手続きハンコレス完了」というプレスリリースが大きく注目を集めた。福岡市が単独で見直し可能な申請書、約3800種類について、すべて押印不要としたという。ほかの自治体に比べて大きく先行した事例で、河野大臣は10月7日「福岡市などの事例を参考に、ほかの自治体向けのマニュアルを作成する」と述べて、「福岡方式」を全国の模範にする考えを明らかにした。
では、この「福岡方式」とは実際にはどのような取り組みなのだろうか。福岡市総務企画局総務課の中川原敬子さんにお話をうかがった。
その申請書、本当にハンコは必要?
ゼロベースで見直して実現したハンコレス
―― このハンコレスの取り組みは、いつからスタートしたのでしょうか。
中川原さん(以下、敬称略):平成31年1月から、押印の見直しをスタートしました。当初は令和3年3月末を目標にしていました。しかし新型コロナウイルス感染防止の観点から期日を前倒しして進めることにし、9月末で完了となりました。
従来から進めていた申請・手続きのオンライン化と合わせ、市民の皆様にとってより便利で快適に申請や手続きを行っていただけるようになりました。
―― ハンコレスを進めるなかで、最も重視したのは何でしょうか。
中川原:職員の意識改革です。申請書に押印が必要だという認識は、市の職員も当然のことだと思っていました。『印鑑なしで、本当に大丈夫なのか』と戸惑った職員も多かったと思います。実際、職員の間からは『要綱の改正や関係部署との調整が大変だ』『今現在、大きな問題が起きていないのに、わざわざ見直すべきなのか』など見直しのコストに関する疑問や、『印鑑なしで、どうやって市民の方の申請意志を担保するのか』『本人からの請求であることの確認には、印鑑が最適ではないのか』など押印が持つ意味合いについての疑問や不安の声が上がりました。
―― 行政に出す申請書に限らず、「書類には押印が必要だ」という固定観念は誰もが持っていました。
中川原:そうですね。でも、どこででも買うことができるハンコを捺すことが、本人確認の手段として有効かと改めて考えると、どうでしょうか。
市の職員のあいだにさえ、押印をなくしてしまうことに漠然とした不安はありました。だからこそ、ゼロベースで本当に押印が必要かどうかを問い直す必要があったのです。
もちろん、法で印を捺すことが定められているもの、実印が必要なものは別です。これは今回のハンコレス化には含まれていません。ですが、それ以外で押印を求めていたものに、はたしてどれだけの必要性があったのか。対象となるすべての申請書を、ゼロベースに立って見直すことが必要でした。
それと、今回のハンコレスは『ハンコを捺してはいけない』ということではありません。例えば、これまで『署名・捺印』だったものであれば、自筆による署名のみか、もしくはこれまでどおり『署名・捺印』とするか、このどちらかでよいという形が基本です。ゴム印と押印の組み合わせなど、柔軟な対応も実施しています。高齢の方や身体が不自由な方など、様々な事情で自筆の署名が難しい方もいらっしゃいます。そういう方にとって、かえって不便にならないようにしています。
すでに、ハンコレス化による好影響も出ています。市役所の窓口では、これまではハンコを忘れたという市民の方に『申し訳ないですが受理できません』と対応せざるを得ませんでした。ハンコレス化でそんな心苦しいことがなくなった、と窓口業務を担当する職員から喜びの声も上がっています。
―― ハンコレスは、総務課が主導して進めていったのでしょうか。
中川原:総務課が判断基準を示し、その基準にもとづいてそれぞれの部署で見直しの判断をしていただきました。申請書には複数の部署が関わるものもありますが、この場合も当該の部署同士で直接すり合わせを行いました。
それから、各部署の上層部への連携策として、各部局の局長が集まる会議を活用し、ここで声かけを行って各部署に下ろしていくという働きかけを行いました。進捗については6カ月に1回照会をかけ、取り組み状況を公表する形で進めていきました。
実現のカギは「特例規則」
網羅的なハンコレス化の実現に成功
―― ところで、福岡市役所内の業務ではハンコはどうなっているのでしょうか。お役所というと、起案した文書を係長から順番に回覧して、ハンコをもらうという印象があります。
中川原:今回のハンコレス化とは別に、福岡市では従来から市役所内部の意思決定手続きの電子化を進めてきました。現在、起案から決裁にいたるまで、すべての手続きをペーパーレスで完了できる文書管理システムを運用しています。かつてのように、ハンコをもらうために書類を持って回る必要はなくなりました。
電子化の恩恵は業務にもはっきり出ています。例えばある調査への回答依頼がきたとき、『以前同様の調査があった際にどう回答したか』を調べなければいけません。以前は分厚い書類綴じをめくって過去の事例を探していましたが、今ではシステム上で検索すれば事足ります。業務の効率は大いに上がりました。
―― これからハンコレス化を進めようという自治体は、全国にたくさんあります。推進のためのポイントを教えてください。
中川原:福岡市の場合、申請書の様式を『規則』で定めているものが関門になりました。要綱や要領で定めているものは各所管部署の裁量で変更することができますが、規則の場合は法制部門の審査を受ける必要があるなど、変更のハードルは低くはありません。
そこで福岡市では、『福岡市規則で定める申請書等の押印の特例に関する規則』を新たに定めました。ここで『福岡市規則で定める申請書等のうち、市長が別に定めるものについては、当該規則の規定にかかわらず、押印の義務付けを廃止するものとする』と定めたことで、規則で定めた申請書についても、個々に規則改正をするのではなく、一括して押印を廃止することができました。
―― 今後の見通しや方向性についてお聞かせください。
中川原:国や県などの動向を見ながら、より一層ハンコレス化を進めていきたいと思います。市民の皆様にとっては、市役所に提出していただく申請書が国や県に関係するものか、福岡市だけのものか、区別はありません。国や県などでハンコレス化が実現した申請書については、福岡市側でもすぐ対応して、市民の皆様にご利用いただけるようにしていきます。
『押印』は、市民の皆様にとっても職員にとっても当たり前のことでした。これを改めるのは簡単ではありませんが、それまで当たり前だったことを 『それは本当に必要なのか?』とゼロベースで問い直すことで、ハンコレス化を実現することができました。
次のステップは『行政手続きのオンライン化』です。こちらについても、引き続き力を入れて取り組み、市民の皆様にとって、更に便利で住みやすい福岡市を目指していきます。
「福岡方式」実現までのステップ
〇押印廃止の基準を作成
→実印を求めるもの、法的に根拠があるもの、国・県など第三者が関わるもの等以外、すべての申請書で押印を廃止する
〇総務課から各部署へ声がけ
→部局長以上が集まる会議でハンコレス化の取り組みを周知し、各部署への働きかけを依頼する
〇押印に関する特例規則を制定
→申請書の書式を定めた規則を一括して変更するため、特例規則を定める(要綱・要領で定めているものについては不要)
〇進捗確認
→6カ月に一度、全部署に対して照会をかけ、ハンコレス化の進捗を確認
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