健康ポイントの運用もできる脳と体の健康維持アプリ
認知症基本法の成立に伴い、自治体にとって認知症施策の推進が一層の課題となっている。その中で、既存の健康ポイント制度を見直し、高齢者の健康支援を持続可能にする、八王子市の先進的な取り組みとは。
※下記はジチタイワークスVol.29(2023年12月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[提供]株式会社ベスプラ
コストがかかるアナログな運用では、いずれ制度の維持に限界がくる。
同市では平成20年度から、高齢者への健康支援施策として、ボランティアに参加するとポイントが付与されて商品券と交換できる制度を運用している。しかし、「この制度は紙の手帳で管理されていて、ポイント付与から集計、ポイント数に応じた交付作業などを全て職員が対応していました。金券の授受が発生するため、業務がかなり煩雑だったのです」と辻さん。
限られたリソースでは制度の運用が厳しく、さらに高齢者人口は増えつづけるため、施策を積極的に行うほどポイント原資がかさむという課題があったそうだ。そこで、持続可能な施策へ変貌させるべく、「ベスプラ」とともに「脳にいいアプリ」を用いた実証実験を開始。アプリでは、食事や体重・血圧の記録、目標歩数の達成、脳トレゲームのプレイなどでポイントがたまる。さらに、ボランティアや市のイベントへの参加でも付与される。
これは、社会参加を促すことで介護予防につなげるという施策の目的にもかなう。獲得したポイントは市内の協力店で利用でき、PayPayポイントにも変換可能。アプリ化で、職員の負荷が大幅に軽減される上に、高齢者が自ら健康を守る習慣づくりにも役立つそうだ。
高齢者と民間企業をつなぐ仕組みでポイント原資を外部から獲得できる。
令和3年の実証実験開始から3年目を迎えて、成果も順調にあらわれている。アプリ利用者の活動データには、平均歩数の増加や、歩行速度および脳トレ成績の向上といった健康効果が見られるという。また、ポイントによる行動促進効果も大きく、例えば1日1ポイント(1円相当)というわずかなインセンティブでも、ポイント付与を行っていない他自治体と比較して、脳トレ実施率、平均歩数などがそれぞれ5~7倍ほど高いそうだ。
アプリの累計登録者数は、令和5年7月末に5,000人を突破。紙ベースでは膨大な事務量になるポイント管理の手間がほぼゼロになるという運用面でのメリットも、非常に大きく感じているという。また、各所管課が実施するイベントをポイント付与対象にすることで、高齢者に届けたい情報を効果的に発信するハブとしても機能しているそうだ。
さらに、新たな施策も展開されている。その一つが「ウェルネスプラットフォーム」で、匿名化されたユーザーの健康・行動データを提携企業へ提供するものだ。企業はそのデータを活用し、健康づくりを支援する商品やイベント情報を、アプリを通じて高齢者へ発信できる。令和5年7月下旬から実験的に行われているイベントには、9月時点で延べ1,500人が参加し、集客に一定の効果が出ているそう。
こうしたメリットから、将来的には企業から広告掲載費を募り、ポイント原資を賄う仕組みを構築する計画だ。そうすれば、高齢者の人数と自治体の負担が比例しない、健康支援施策が可能になるという。
※ウェルネスプラットフォームについての過去記事はこちら
高齢者が自ら動き、生きがいと健康を獲得する自走システム。
業務負担と財政負担、この2つの軽減を目指し、着実に前進している同市。次なる目標は、高齢者が自らお金を稼ぎつつ、楽しく健康づくりができる社会の実現だという。「アプリで就業やボランティア参加のマッチングを行う、『ジョブ・ボラマッチングプロジェクト』も開始しています。高齢者の就労支援の課題は、高齢者側のニーズが高い割に求人数は少ないことです。
ユーザーに行った調査では、半数が“自分に合ったものであれば就業や参加を考えている”と回答しました。高齢者が働いて収入を得ること、社会貢献することは、健康と密接に関係しています」。
実現に向けてまずは、求人側のニーズや課題を探ることから始めている。数年かけて、個人のスキルや興味と、仕事やボランティアをマッチングできる仕組みの構築を目指すそうだ。「実証実験はまだ途中ですが、確かな手応えを感じています。定量的なデータを収集できる強みを活かして、介護給付費の減少などにつながるデータを示していく予定です。それが我々だけでなく他自治体にも大きなメリットになるはずです」。
八王子市
福祉部 高齢者いきいき課
主査 辻 誠一郎(つじ せいいちろう)さん
高齢者と自治体の双方にメリットがある健康アプリ
導入のメリット
1.職員の業務効率化につながる
従来、ポイントの付与や集計は手作業で行い、商品券の都度発行が職員の負荷に。アプリ化することで、それらの作業が不要になり、コア業務へ時間を割けるようになる。
2.高齢者が楽しめる健康施策に
八王子市で行ったアプリ利用者への意識アンケートでは、取り組みに対し好意的な回答が寄せられたという。高齢者自身が、楽しく健康習慣を身に付けることが可能に。
八王子市のデータでみる導入効果と登録者数の推移
■医療費の削減効果(想定)※
※八王子市の利用者データと、厚生労働省の国民医療費の概況などにもとづき、ベスプラにて算出
■利用者の健康効果
八王子市の利用者5,696人の内、1年間で数値が改善および維持された人数の割合
■アプリ登録者数
導入実績
導入自治体の声:東京都渋谷区
高齢者の健康増進と地域の活性化を両輪でかなえる。
渋谷区が取り組む「高齢者デジタルデバイド解消事業」において、脳にいいアプリを活用した実証実験がスタート。導入背景やその目的について聞いた。
スマホ未保有の高齢者に対しデジタルに慣れる機会を創出。
65歳以上の4人に1人がスマホ未保有の可能性があることが判明した同区では、スマホを2年間無料で貸し出す実証実験を行った。取り組みの目的は、デジタルデバイドを解消するだけではなく、高齢者の健康増進につなげて、QOLの向上を目指すこと。そのため、貸与機には全て脳にいいアプリをインストールしたものを用意したそうだ。
「今回の実証実験を始めるにあたって、様々な健康アプリの情報収集を行いました。その際に重視していた点は、スマホ3,000台規模で運用できること、ポイント付与などの機能拡充ができることなどでした。脳にいいアプリは、それらをクリアしており、将来的に公費負担に頼らない仕組みづくりを重視している点などもニーズに合致し、採用に至りました」と丸山さんは話す。
実証実験には、約1,500人が参加してスタート。機器の操作方法からアプリの利用方法、キャッシュレスの実践などの講習会を複数回行ったそうだ。
「一般的に、高齢者のスマホ利用はハードルが高いという印象が強いと思います。実際に、電源の入れ方が分からず、教わってもなかなか覚えられないという方も多かったです。しかし、アプリがとてもシンプルで直感的な操作方法だったことと、講習会を定期的に開催して何でも質問できる機会をつくったことで、想像以上に皆さんが使いこなせるようになっていました」。
楽しみながら行う健康活動が、地域経済の振興につながる。
参加者の間では、脳トレの難度などを競い合う姿が見られ、脳トレスコアも向上傾向にある。平均歩数や歩行速度も右肩上がりで、健康増進の効果にも期待ができそうだという。「歩数がポイント獲得につながるため、スマホを持ち歩く習慣が身に付く副次的な効果も。また、講習会でポイント付与の説明をした後に、平均歩数が増加したことから、インセンティブの効果も感じています」。
実証実験は、令和5年9月で終了したが、アプリは継続して区民が利用できるという。さらに、令和6年からは、ポイントを地域通貨である「ハチペイ」へ交換できるようにする計画だ。「アプリの利用が、高齢者の健康増進につながるだけでなく、その健康活動が地域経済の活性化につながります。また、キャッシュレスの推進など、さらなるスマホ活用に広げられるのではと考えています」。
渋谷区
福祉部 高齢者福祉課
高齢者デジタルデバイド解消推進主査
丸山 陽子(まるやま ようこ)さん
■渋谷区での健康効果
■健康×地域経済活性化の施策
導入自治体の声:愛媛県松山市
コロナ禍で休止したポイント事業をアプリで復活。
高齢者の外出機会創出のために実施していた事業に、アプリを利用したデジタル運用を加えた松山市。アナログ運用からの転換について、話を聞いた。
イベントを自粛していても、個人の健康活動は支援できる。
同市では平成30年から、市のイベントに参加するとポイントがもらえて、道後温泉別館飛鳥乃湯泉の入浴券と交換できる「高齢者いきいきチャレンジ事業」を実施していた。高齢者の外出機会を創出し、温泉で健康寿命の延伸につなげる目的で、市民からは好評を得ていたそうだ。しかし、令和2年の新型コロナ感染症の拡大により、事業は休止を余儀なくされた。コロナ禍でも展開できる手段はないかと模索し、アプリ導入を検討することになったという。
その際、限られた人数で事業を行うため、紙でのアナログ運用を効率化できる仕組みが必要だったそうだ。「数社のサービスで比較検討する中で、決め手となったのは、高齢者が操作しやすいUIだったこと、食事やバイタル記録でもポイントが付与でき、個人単位で健康管理が行えること。さらに、利用料が発生せず、広告の掲出がないなど、総合的に判断しました。ジチタイワークスで八王子市の事例を知り、他自治体での導入実績があるという点も大きな要因でした」と田中さん。
令和5年7月の事業リニューアルから約2カ月で、アプリ登録者は400人を突破し、順調な滑り出しを見せているという。「リニューアル前は女性登録者が多数でしたが、今は男女比がほぼ同等となっています。健康施策は男性に届きにくいといわれている中で、良い変化ではないかと感じます」。
高齢者の適応力は想像以上でスムーズな移行が実現した。
アプリの周知に際しては広報部門と協力したほか、文書送付や民生委員による周知なども並行した。「当初はアプリ化に対して、少し不安がありましたが、混乱やネガティブな意見はほとんど見られませんでした。使いこなしている高齢者の様子を見ると、我々が心配しすぎたようです」と田中さんは笑う。
さらに、アプリを通してイベント情報を届けやすくなった上、活動データを収集できることで、事業の効果検証も行いやすくなった。また、アプリ上で利用登録ができることで、高齢者側も登録申請のための来庁が不要になり、利便性が向上するなど、双方にメリットがあるという。
当面の目標は、紙カード運用時と同等の1,000人まで登録者を増やすことだ。「日々の健康管理を楽しく無理なく続けられるため、介護予防や認知症予防の効果も期待しています」。
松山市
保健福祉部 高齢福祉課
主査 田中 隆浩(たなか たかひろ)さん
■既存ポイント事業をアプリ化