日本の人口は、2050年に約9,515万人(高齢化率39.6%)となり、現在から約3,300万人(25.5%)減少するとされている(総務省「我が国における総人口の長期的推移」)。人口減少・少子高齢化などの課題に“真っ先に”直面し頭を悩ませているのが、小さな「まち・むら」だ。
島国・日本は世界の未来の縮図といわれ、田舎や離島は都市の未来の縮図と表現される。つまり、世界最先端の“課題の先進地”というわけだ。 しかし見方を変えれば、都市が遠からず直面する課題に先んじて挑むからこそ、「課題を解くイノベーションが生まれる可能性」は大いにある。また、小まわりが利くからこそ先進のソリューションを学び、試し、実装させやすいのも強みだろう。まさに、“逆転思考”。
この企画では、47都道府県の公務員と省庁の官僚をつなぐ「よんなな会」とジチタイワークスがコラボ。脇 雅昭さんをインタビュアーに迎え、まち・むらの首長やキーマンに、“逆転思考による未来づくりのヒント”を聞く!
【まち・むらの逆転思考連載】
#01 “徹底して聞く”から全てが始まる。 ←今回はココ
#02 数多くある課題を“チャンス”へ。
#03 全国若手町村長会が発足!若手首長が連携し、持続可能な地域づくりに挑む!
#04 全国若手町村長会を立ち上げた町長5人のホンネ座談会。首長だって悩むし、弱さもある!
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです
県の人事課での採用業務が、ターニングポイントに。
自分の背中を見つめる若手のロールモデルでありたい。
脇: まずは、県職員時代のことから聞かせてください。37年の勤務の中で、印象深い仕事はありますか。
渡辺: まずはやはり、県庁舎建設課ですね。「課」になる前段階まで含めると8年ほど担当しました。計画に始まって庁舎建設が完了し、オープニングセレモニー、引越し、実際に利用してみた上でのクレーム処理まで、ずっと関わってきましたから。思い入れは、すごくあります。
次に挙げるとしたら人事課ですね。特に、職員採用。学生たちにとっては、すごく重要な「人生の選択場面」ですから、大きな責任を伴います。僕の説明を聞いて決断してくれた人には、入庁後もしっかりフォローしたいと思いましたし、僕が在職している間は、背中を見て歩んでもらいたいなと。自分自身が若手職員の見本(ロールモデル)として“偉くなる”ことを意識したのも、このときですね。その後、実際に管理職になったので、人事課は私の“ターニングポイント”ともいえます。
脇: 最近、離職する若手が増え、管理職になりたがらないという話をよく聞きます。その点をふまえると、渡辺さんが“偉くなることを意識した”という部分は、もう少し詳しく聞いて若手に伝えたいですね!
渡辺: 人事課時代に採用を担当した若手職員たちは、僕がどこに異動しても、そこでの仕事や結果を“よく見ている”ということが分かったんです。なので、偉くなりたいというよりは、彼らに見られているならば“ロールモデルであらねば”と。管理職になる(偉くなる)というのは、仕事を頑張った“結果”なわけですし、「あの先輩は、口だけではなく、本当に頑張っているんだな。自分も頑張ろう!」と、若手が追従したくなる職員でありたいと考えるようになりました。
当時、僕が採用に携わった職員たちは、すでに30代前半ぐらいで、まさに働き盛り。彼らが頑張っていることを聞くと、自分もよりいっそう頑張らなければと強く感じますね。
職員が意見をしにくい役場、住民と対話が生まれにくい町政。
その中で僕の経験と人脈が役に立つのなら……と決意した。
脇: “町長になる”という選択も、後輩たちに良い影響を与えているかもしれませんね。とはいえ、県庁で長年勤めていた中で、なぜいま辞めて御嵩町長に?
渡辺: 僕は、故郷である御嵩町に在住しながら県に勤務していました。なので、住民の一人として町政の状況は見えていましたし、同世代の有志たちが「どうにかしたい」と悩んでいるのも知っていました。そんな中、「町長になってくれないか」と声をかけられたわけですが、だからといって、自分がまちで起きている問題を”解決しよう”と最初から意識したわけではありません。
そもそも僕に民間経験はなく、政治家タイプでもないと考えています。僕にあるのは、県での行政経験や、県職員たちとのネットワーク(つながり)のみ。だから当初は、「僕には無理でしょう」と伝えていたのですが、「いや、今は、そういうことが御嵩町に求められている。それをもっているのは、貴方しかいない。だから、ぜひやってほしい」と。
そんなやりとりの中で、「自分の経験が少しでも役立つのならば……」という思いが強くなっていきました。もちろん、いつか地元に恩返しを……という気持ちはもっていたので、その思いが一致したともいえます。
立候補を決心したのは、前町長が引退を表明するより前、今年の1月頃でした。定年まで5年ほど残っていましたし、同僚たちからは「無謀だ」「何を考えているんだ?」と言われました。ただ、町役場の中では、職員たちが自由闊達に意見を述べにくい環境があると聞いていましたし、住民との対話もほとんどない状態。なので、何とか住民や職員の皆さんのために……という思いが強く働き、立候補を決めました。
脇: 対話がなかったというのは、一体なぜ、そうなったのですか。
渡辺: 長年にわたる町政方針が影響した部分はあると考えています。御嵩町は、平成9(1997)年に“産業廃棄物処理施設設置に関する住民投票”を日本で初めて行ったことで知られています。それがきっかけで、産廃施設設置問題に対する“賛成派”と“反対派”でまちが分断してしまった。
そういった歴史的背景もあって、現在起きているリニア残土処分の受け入れに“賛成か反対か”、新庁舎問題に関して“賛成か反対か”……という二分構造が生まれやすくなりました。賛成か反対か、どちらかに決めて、どちらかに烏合する。すると必然的に、それが“町のためになることかどうか”という本質が見えにくくなるのです。
脇: 賛成と反対の間に、コミュニケーションや対話が生まれなくなったということですね。そんな状況下での選挙活動は、いかがでしたか?
渡辺: 選挙活動をする中で聞こえてきたのは、「とにかく平穏な町に戻してほしい」とか「豊かに暮らせればいい」といったこと。町に人口を増やしてほしいとか、次を担う人たちが“夢を持てる町にしてほしい”という意見が大半でした。
実際、僕が立候補するにあたって重きを置いたのも、その部分です。 御嵩町をどう魅力づけしてPRするのか、住民が誇りをもって暮らせるようにするには何をすればいいのか。まだゴールが見えているわけではありませんが、とにかく「一緒に創っていきましょう」という協働・共創のスタンスで臨むことを伝えていきました。
脇: 当選が確定したときは、どんな思いでしたか。
渡辺: うれしさはありましたが、責任の重みを痛感したというのが本音。有権者数が1万4,541人、投票率が57.49%ですから、約8,350の母票の中で約5,900票の付託を受けた。一票一票の積み重ねの重みを真っ先に考えてしまいました。 人事課時代の経験から「ロールモデルでありつづけようと決めた」という話をしましたが、支援する対象が、“職員”ではなく“住民”となると、やはり裾野がすごく広いですからね。
いろんな考えの人がいるということも含め、責任に圧倒される部分はあります。でも、萎縮してばかりはいられません。周囲からも「あなたらしくやればいい」と言っていただけることが多かったので、リーダー論的なことはさておき、“自分らしい町政運営”をしていこうと考えています。
住民と“直”のやりとりが、小さなまちならではのリアル。
前向きに巻き込み合い、高め合える関係づくりを。
脇: 実際に、岐阜県から人口約100分の1という小規模自治体の首長になってみて、どうですか?
渡辺: まず、立ち位置が全然違いますよね。県はどちらかというと、県民の意見を間接的に吸い上げながら政策を打つことが主。一方、市町村は住民との距離が近く、様々な意見や要望が“直”で入ってきます。
規模が小さいほど、直接的かつ“個人的”に入ってくることも多々。その内容も、ゴミ問題や雑草の処理、鳥獣被害など暮らしに関わる困りごとです。総合計画が云々ということより、身近な問題を吸い上げて解決に動くことに重きが置かれるので、とにかく“リアル”だと感じますね。
ただ僕は、御嵩町に長く住んでいて、自治会のボランティア活動をしたり、母校である中学校のバレーボールの指導を行ったりしてきました。つまり“落下傘”でまちに入ったのではなく、もともと長く地元の“中”にいて、そこから町政に携わることになったので、違和感めいたものは全く感じないですね。
例えば、自治会の苦労や担い手不足などの問題についても分かっているし、何とかしないと、おじいちゃん・おばあちゃんたちがどれだけ困るかも分かる。これまでの地域でのボランティア活動などと結びついているからこそ、「町長になってくれないか」の声にも自然と気持ちが動きました。そうでなければ、町長をやってないかもしれないですね。
脇: 渡辺さんが考える“自分らしさ”とは?
渡辺: “らしさ”といえるかどうかは分かりませんが、信条としているのは“自分の存在や言動が、自分と関わりをもつ人々にやる気や自信、前向きなきっかけを与える”ということですね。 “enroll(エンロール)”という言葉がしっくりくると思います。
これは、人事課で気づきを得て以来、意識的にやっていることの一つです。 例えば、ここで僕と誰かがいて打ち合わせをするとします。打ち合わせを終えてその場を去るとき、相手が「すごくやる気になった」「明日から頑張ろう」という状態になってくれることが、僕の喜び。お互いに巻き込み合い、高め合うことができ、前向きに動き出せたら最高だし、そうあり続けたいと思っています。
まちに暮らす皆さんが“誇りをもてる御嵩町”を目指して。
まずは一人ひとりの話を聞き、対話を積み上げていく。
脇: 町長として、住民とも職員ともエンロールできるといいですね。
渡辺: はい。ですから、「車座懇談会」という形で住民の皆さんと会うように努めています。1回の懇談会で10~20名程度。皆さんに「言いたいことを言ってもらう」ために、僕は「聞くこと」に徹しているんです。また、僕だけではなく役場の職員たちにも、まちに出て住民の声を聞くという姿勢をもってもらうように伝えています。 ただ、これって、規模の大きい自治体だと難しいですよね。
今回のテーマである“まち・むらの逆転思考”でいうと、車座懇談会で住民の声を吸い上げるのは、“小さい町だからこそできること”といえそうです。例えば、職員が予算要求で「来年こういうことやりたい」という話をもってきたら、僕は必ず「住民はどう思っているの?」と聞くんです。「ちゃんと住民のニーズをつかんで考えてね。ニーズがあることを実践していかないとダメだよね」と。
脇: 住民との対話をとても大事にしているということですね。職員とのコミュニケーションはどうですか?
渡辺: 職員に対しても同様ですね。約150人いる全職員との1オン1面談を進めているところです。面談は持ち時間を決めずに、自己PR票を作成してきてもらい、私に対して自己PRをしてもらう手法です。その中で、「業務上の困りごとはありますか」「プライベートで何か困りごとはありますか」といった会話をフランクにするようにしています。そこから、いろんなアイディアが生まれることもあるので、面白いですよ。
ただ、これまで職員たちは“指示を待つ”のが基本だったと思います。「こういう問題が起きていますが、どうしましょう?」と上に指示を仰ぐ姿勢ですね。また、“ミスしてはいけない”という考え方で事を進めるのが日常だったわけです。
だけど今は、僕から「どうしましょうではなく、あなたはどう考えるの?」と返ってくる。しかも、「どうすればできると思う?」「やりたいことがあるなら、やってみたらいいじゃない」と言われるので、最初は驚きや動揺もあったんじゃないかなと思います(笑)。
※前編はここまで
インタビュー後編では、渡辺さんが少しずつ感じている“変化”や、小さなまち・むらだからできること、挑戦すべきことや、生み出せる価値についてお聞きしています!
(左)鬼岩公園(中央)大智山愚渓寺 石庭(右)中山道 謡坂石畳
御嵩町ホームページ https://www.town.mitake.lg.jp/