山梨県では、「人材育成による地域企業の持続的な成長と働く人への還元」について、労働団体や経済団体、教育機関などが一堂に会し議論する「豊かさ共創会議」を令和4年度に設置した。リスキリングを通じて働く人の能力開発を行い、企業の収益向上と労働者の賃金向上の好循環を生み出すことを目的としている。
この会議の目指す姿や同県が実施する地元企業へのリスキリング支援について、山梨県知事政策局と山梨県産業労働部の担当者に聞いた。
Interview
知事政策局
政策主幹 小林 孝恵(こばやし たかえ)さん
DX推進グループ DX推進監 入倉 由紀子(いりくら ゆきこ)さん
産業労働部
労働雇用課 課長 渡辺 正尚(わたなべ まさなお)さん
産業人材育成課 総括課長補佐 川﨑 健司(かわさき たけし)さん
「人への投資で企業の収益向上と労働者の賃金向上の好循環を生み出す仕組み」について話し合う場を設ける。
「豊かさ共創会議」は令和3年度末から準備をはじめ、令和4年5月に第1回目の会議を開催した。「働く人のスキルアップにより生産性が向上して企業の収益が上がる。その収益を働く人に還元する。この好循環をまわし続けることで県全体が豊かになっていく。という考えが根本にあります」と小林さんは話す。
これまでの3回の会議では、第1回会議での多摩大学大学院 田坂広志名誉教授からの提言をもとに、働く人の能力開発のためのプラットフォームの構築などについて議論してきた。
「現在、デジタル化が私たちの生活に大きな影響を及ぼし、新たな成長分野も続々と出てきているときなので、新しい時代に求められる人材やスキルをしっかりと見極めて、養成や育成をしていくことが重要です。そのため『豊かさ共創会議』にて、皆さんの意見を集約しながら新しい仕組みを作り出そうとしているところです」。
この仕組みのカギは、経営者と労働者が人材育成の目的を共有することだという。お互いのメリットを認識することでモチベーションのアップや取り組みの広がりにつながるためだ。とはいえ、両者が同じ認識を持ち、実行に至るまでの道のりは一筋縄にはいかない。特に中小企業が多い山梨県においては、経営者の人材育成に関するマインドを変えていくことが大きな課題だという。そこで県は、昨年12月に経営者向けセミナーを開催するなど、意識改革を促す取り組みを進めている。
▲「豊かさ共創会議」中の様子[提供:山梨県]
講座開設により労働者のスキルアップと企業収益の向上をねらう。
山梨県では「豊かさ共創会議」の設置以前から、地元企業へのリスキリング支援として在職者訓練を実施していた。3次元CADや基本情報技術者試験対策講座、国内旅行業務取扱管理者試験対策講座など、専門的な技術の習得を目指す講座のほかにも、ExcelやWord、語学講座などの一般的な技術の習得を目指す講座もある。またそれ以外にも、企業の要望に応じたオーダーメイド型の在職者訓練も行っているという。約90コースあり、延べ定員は約2200名だ。
豊かさ共創基盤の構築を目指し、前述の経営者向けセミナーに加え令和5年1月からは短期講座をモデル的に開催している。「講座はAIリテラシー、経営マネジメント、観光おもてなしの3種類です。参加している方の業種はその講座によって傾向が分かれており、観光おもてなし講座は旅館やホテル関係の方が大半ですが、経営マネジメント講座は企業の取締役などの経営者層に、AIリテラシー講座は様々な方に参加していただいています」と川﨑さん。「新たな仕組みにもとづく講座は、『労働者のスキルアップにより企業収益を高め、それを賃金アップや処遇の改善につなげる』という趣旨に賛同いただいた企業を中心に提供したいと考えています。中小企業が多くを占める山梨県では、取り組みの全県的な波及に向けて、賛同する企業をいかに増やしていくかが、重点的に解決すべき課題であると感じています」。
DX人材育成も積極的に行っていく。
すでにリスキリングについてアクションを起こしている同県は、DX人材育成の面でも積極的に動いていく予定だという。入倉さんは「業務効率化や生活の利便性アップなどを進めていくためには、まずは県民や企業などの間にDXとは何か、DXのメリットやその進め方についての理解が広がっていく必要があると考え、マインド醸成をベースに人材育成に取り組んでいます」と語る。
多くの県民がDXを自分ごととして一歩を踏み出してもらえるよう、受講しやすい研修内容としているのも山梨県の特徴だ。「受講者の皆さまがそれぞれ自分に合った講座を選択できるように入門レベルの講座を4コース開設し実施しています。この入門講座を受講していただいた後で、さらに自分たちに必要なDXの知識を身につけてもらうため、在職者訓練を受講するなどステップアップにつなげてもらえればと思います」。具体的には、身近なDXを考える入門編オンライン講座や、DXに必要となる思考法や推進方法を体験するワークショップなどのラインナップで実施している。
今後の展望について渡辺さんは「まずは働き手と企業双方に共通認識を持っていただくことを起点として、双方にアプローチする必要があると感じています。働き手については、リスキングによってスキルアップすることで、自身の賃金アップにつながる点を十分認識していただく。一方企業の皆さんにとっては、働き手の貢献が企業の生産性向上や収益向上につながることを、自分ごととして認識していただくことが最も重要ではないかと考えています」と語る。
この取り組みを県内に広げていくためには、行政がサポートしつつ、関係者が主体的に役割を果たし、一丸となって取り組んでいくことが重要である。そのためにどのような戦略を立てて進むのか。今後の山梨県の動きに注目したい。