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【区長の本音<18>江東区長・大久保 朋果さん】支援が必要な人々に寄り添い、調和あるまちを目指す。

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【区長の本音<18>江東区長・大久保 朋果さん】支援が必要な人々に寄り添い、調和あるまちを目指す。

区長公選制復活から半世紀、基礎的な地方公共団体となって25年という大きな節目を令和7年に通過した東京23区。そんな日本の首都を支える区長の皆さんの素顔と“本音”をご紹介する連続インタビューの18回目は、江東区・大久保 朋果さんが登場。児童福祉・障害者福祉に寄せる信念や、地下鉄の延伸に併せたこれからのまちづくりの展望についてお話をうかがった。

※記事の掲載情報は公開日時点のものです。


娘の言葉に背中を押され“清水の舞台”を飛ぶ。

― まず大久保さんが区長を目指した理由をお聞かせください。

理由は3つあります。まず、祖母が政治家の市川 房枝(※)さんとともに婦人参政権運動に関わっていたのです。そのため、女性活躍の推進を自分の使命のように感じていました。次に、教師だった両親の影響もあって教員免許を取り、児童相談所でアルバイトやボランティアを務めたこと。その経験から、どんな家庭のお子さんも将来に夢を持てる世の中にしたいと思うようになりました。

そして最後が娘2人の言葉です。小さい頃は母心から「2人がいて幸せ。2人もいつか結婚して子どもをもってね」と話していて、娘たちも「はいはい」という反応でした。ところが高校生・大学生になったとき、「今の時代、私たちが結婚や出産に簡単に希望を持てる世の中じゃない」と反論されたのです。ショックでした。

当時は都庁で子育て支援を進める側にいましたが、若い世代に届いていないんだなと気づかされました。ならば直接、メッセージや支援を届けたい。そう考える中で区長選に出ないかというお話をいただいたのです。直接的に世の中を変えるという意味で、政治家は選択肢の一つでしたが、娘のひと言に背中を押されたという感じです。

― 前任区長が公職選挙法違反をめぐり辞職するという異例の状況での出馬でした。

お話をいただいたその日に決断を求められる状況で、ためらっている余裕はありませんでした。清水の舞台から飛び降りる気持ちでチャレンジしたというのが正直なところです。

― 大学卒業後、都庁に入庁された経緯を教えてください。

若い頃から友人関係などを通じて、家庭環境で悩む子どもや若い人が多いと感じていました。“子どもは親を選べない”とよく言いますが、経済的な格差にせよ、両親との行き違いにせよ、子どもに罪はない。そんなことから児童福祉に興味を持ちました。

学生時代は心理学を専攻しました。都立の児童相談所に子どもたちの支援をする心理職というポストがあり、最初はその道を考えていたんです。ただ心理職は枠が少なく、倍率もすごく高い。大学の教授から「一般職でも児童福祉に携われるよ」と助言をいただき、一般職で都庁に入りました。

最初は衛生局(現・保健医療局)で保健医療関係の仕事に就き、その後は主に福祉保健局で働きました。管理職試験に受かってから政策企画局で長期計画の策定に携わり、知事秘書室にも勤務。29年余りの都庁勤務で、福祉保健と政策企画の両分野を行ったり来たりしていた感じです。

― 都職員として、最も印象に残っている出来事は。

係長時代、ずっとやりたかった児童福祉の仕事に初めて携わりました。障害者施策推進部で、重度とされる子どもたちの支援を担当しましたが、当時は障害児に関するサービスが発展途上。そのため、お母さんたちが付きっきりで介護にあたっており、緊急アラームが鳴る中で介護に使う器具の準備に追われるような状況でした。

それでも、話すことが難しい子どもが見せるふとした表情から、“いま喜んでいるんだろうな”“すごくうれしいんだな”と伝わってくる。どんなに障害が重くてもその命は輝いている、大切な存在である、と実感しました。とても印象に残っています。

― 都庁での経験は、区長としての業務に活きていますか。

都が23区向けの補助事業を策定し、それを各区が提供するというケースも多いので、都庁での経験は非常に活きています。私はじっくり考えるというよりも、自ら動いて現場を見たいタイプ。制度をつくる側の都庁から、区民の皆さんと触れ合い、直接届ける区役所に来たことは、必然だったと感じています。

※市川 房枝 女性参政権運動の先駆者。戦前から婦人参政権の実現に尽力し、戦後は参議院議員として政治の腐敗防止や女性の政治参加に取り組んだ。昭和56年没。

混乱の中で就任。信頼回復が最初の課題に。

― 区長就任から約2年半になります。“区長の仕事”とは何でしょうか。

まず“動くこと”だと思います。待っているだけで来てくれる人は限られるので、自分から区民の皆さんのところに行く、事業者のところに行く、ということ。そして、自分が強い思いを持って区政を“動かすこと”ですね。やはりトップが動くことで政策が進み、区政が動くのだと思います。

― 区長は区民の負託を受けると同時に職員のトップでもあります。

区民と職員で立場は違いますが、全員がそろってこそ江東区。職員の約4分の1は江東区民でもあり、重なり合うベン図のような関係です。区民と職員が一緒になって江東区を前に進める。そのための核として“動く・動かす”ことが区長の仕事だと考えています。区役所は都庁と比べて、職員が現場で直接ふれあう機会が多いので、特にそう感じますね。

― 区長として印象深い出来事や力を入れてきた政策を教えてください。

前区長辞職という混乱の中で始動したので、最初の課題は信頼回復でした。事件自体は個人の問題でも、区長室への家宅捜索や議会での追及を通じて職員も巻き込まれます。真面目に働いている職員にとって本意ではなかったはずです。クリーンな区政を取り戻すことはもちろん、職員がもう一度前を向き、一丸となって頑張れるようなマインドチェンジを何よりも意識しました。

その後1年間を経て、自分の思いを入れた“令和7年度予算”は印象に残っています。例えば、流産を経験した人を対象としたカウンセリング事業があります。流産の経験はなかなか表に出せず、当事者にしか分からない部分があります。私自身も当事者なので、その経験を伝えたいという強い思いがありました。議会で答弁した際には思わず涙がこぼれてしまったほどです。

支援を必要とする人々への支援が行政の基本的な役割の1つだと思うので、子どもや高齢者への支援や福祉施策に力を入れてきました。私自身が義理の両親を在宅で介護し、都庁でも福祉関連の業務に携わってきたので、今後もその経験を活かしていきます。

女性職員が区の事業を女性視点で見直す「プロジェクト・スマイル」という試みも実施しました。管理職の女性比率向上にはより一層力を入れていきたいですよね。

地下鉄延伸が契機。調和のある再開発を模索。

― 現在、最も力を注いでいる政策について教えてください。

首都直下地震の懸念に加え、江東区は海抜ゼロメートルの地域も多く、防災は極めて重要なテーマです。近年は国や都による調節池や地下貯水施設の整備が進み、冠水するケースは減ったのですが、逆に油断を招く懸念もある。行政だけで全区民の避難を支援することは困難なので、自助・共助が非常に重要です。令和8年度は全区民を対象に携帯トイレを1人15個配布しています。これを機に、区民の皆さんが災害への備えについて改めて認識し、各家庭での備えをしてほしいというメッセージでもあります。

次に子育て支援です。経済的負担の軽減に加え、子育てが楽しいと思える環境づくりが大事だと考えています。いつでもすぐに相談できる「子ども家庭支援センター」をすでに8カ所に設置。ベビーカーで行ける1キロ圏内に必ず配置する計画で、今後2カ所を増設します。また、経済状況による子どもたちの“経験の格差”の解消もテーマです。区立の小・中学生に体験型英語学習施設「TOKYO GLOBAL GATEWAY(TGG)」の利用や、「劇団四季」が運営する「有明四季劇場」での観劇、区内辰巳の「田中貴金属アイスアリーナ」でのスケート体験の機会を提供しています。

また、区内の中小企業の多くが悩む物価高騰・人材不足などの課題への対策も重要です。物価高騰対策として、エネルギー対策補助金や各種融資。人材不足への対応としてDXによる効率化があるので、中小企業のDXを支援する「コトックス(Koto-DX推進支援センター)」を新たに開設しました。コトックスでは、まだ手書きが多い会計書類のデジタル化など初歩的な相談から資金助成の申請までを支援し、産業活性化につなげます。

― 中長期的なまちづくりの展望と課題について教えてください。

東京メトロ・豊洲駅から住吉駅まで江東区内を南北に結ぶ「地下鉄8号線(有楽町線)」の延伸事業は2030年代半ばの開業が予定されています。区役所の新庁舎も建設に向けて検討を進めており、区にとって大きな節目となります。

地下鉄沿線各駅、豊洲・(仮称)枝川・東陽町・(仮称)千石・住吉に加え、門前仲町の再開発や、亀戸・大島・砂町・辰巳エリアでの大規模団地・都営住宅の建て替えなど、区内全域で新たなまちづくりが動いています。ここ20年ほどで東京湾の臨海部が発展し、これからはそれ以外の地域も盛り上がっていきます。物価高騰や資材・人手不足などの懸念材料があるので、影響を最小限に抑えるように事業者と連携して進めます。

まちづくりを進める上で、防災は重要なキーワードです。災害に強いまちをつくるためには、ある程度集積された広い空き地の確保が望ましく、再開発等のまちづくりを通じて、災害に強く、人が集まれるまちを目指していく必要があります。

8号線延伸で誕生する、新駅(仮称)千石駅周辺には、東京メトロが出資してチョコレートブランドのファクトリー&カフェを誘致するなど、新たな風が吹き始めています。一方で区民の皆さんが求めるまちの姿もあるので、区が一緒になって企業に働きかけ、調和のあるまちづくりを進めたいですね。

「こそだてアガるLAB」で若手職員の意見を発掘。

― 職員を率いる組織のトップとして心がけていることはありますか。

まず議論してほしいですね。職員一人ひとりが自分の意見を言い、みんなで方向性をつくり上げてほしい。思いが形になれば仕事は楽しくなり、前向きに取り組めると思うので。そのためにも風通しの良い明るい職場をつくりたい。私自身が偉そうだったり、機嫌が悪かったりすると職員が萎縮すると思うので、率先して明るく前向きに接するよう心がけています。

― 職員の積極性を引き出すための施策などはありますか。

今年度は少子化対策に本腰を入れており、部局を横断した部長級の会議体をつくる一方、若手職員だけのワークショップを令和8年6~7月に実施しました。「こそだてアガるLAB(ラボ)」という名前で、おおむね30歳代以下の若手職員に少子化対策に資するアイデアを提案してもらいました。若い世代の観点で自由に提案してもらうことが狙いで、風通しの良い議論につなげられればと考えています。

― 大久保区長が描く“理想の公務員像”とは。

公務員の仕事の醍醐味は、東京都だったら都民のため、江東区だったら区民のために、一歩でも二歩でも前に進めたときの喜びだと思います。公務員になる動機は様々でしょうが、誰でも気持ちの中に“区民のため”という思いはあるはず。それを大事にして、区民の皆さんのための仕事に喜びを感じる職員になってもらいたい。それが職員自身にとっても幸せだと思うんです。

都庁時代、障害児福祉の予算要求の際に査定担当者から「障害のある子どもを持つ親がどれだけ大変なのかを数値化してください」と言われ、カチンときた経験があります。感情ではなく理屈を求める立場は分かりますが、現場の思いや痛みは数値化できません。その点、区役所は現場により近く、思いをストレートに反映できる職場だと思いますね。

― 社会の変化の中で、今後職員に求められる資質は何でしょうか。

DX関連、特にAI技術は進歩が急速で、新しい技術に追いついていかないと仕事にならない状況です。職員がそういった環境に慣れることができるように、適切な研修体制やDXの環境を整えていかなければいけません。

加えて今は人材不足なので、他自治体だけでなく民間や外資、海外も含めた獲得競争になっています。ライバルが本当に多い。そこで先日、初めての試みとして、4階のオフィスを1人1台の固定机からグループアドレスに変えました。テレワークなどもそうですが、内向きの視線だけでは、気づいたら取り残されていたということになりかねません。

職員にとっても、今後は外向きの視線と柔軟性が必須になりますね。すごく真面目で勤勉で頑張り屋の職員が多いので、プラスアルファでそういった姿勢を持ってもらえたらなと思います。

ベランダ菜園が癒やし。あきらめない心で未来へ。

― 休日の過ごし方を教えてください。

丸1日の休日はほぼありませんが、時間があれば犬の散歩やベランダ菜園を楽しんでいます。知人からもらった苗を、何か分からないまま育てたら、10倍ぐらいの高さになりました。調べてみると「マンジェリコン」という植物。食べるとものすごく苦いのですが、乾燥させてハーブティーとして飲むといいとか。朝晩水やりをしていて、成長を見るのがささやかな癒やしです。

また、都庁時代に習っていたフラダンスは江東区でも盛んで、区民の皆さんと「一緒にやりましょう」と話しています。近いうちに実現させたいですね。

― 座右の銘はありますか。

上杉 鷹山の言葉「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」です。区のホームページなどには分かりやすく“なせばなる”とだけ書いていますが、実はその先が重要だと思っています。

“なせばなる”だけだと“やればできる”みたいですが、“やらなかったらできないよ”という点が本質ですね。困難に直面したとき、もう無理だと思いがちですが、本当にやりたいことであれば、最後まであきらめてはいけない。漫画「スラムダンク」に出てくる言葉ですが、「あきらめたらそこで試合終了」なので。職員とも共有したい信条です。

― 最後に、江東区の魅力と区役所の自慢についてお聞かせください。

最大の魅力は“なんでもある”ところでしょうか。時代の最先端を走る臨海部エリアがあり、江戸っ子・深川っ子が暮らす下町の深川エリアがあり、大島・砂町など地域のつながりが深い城東エリアがあります。一つの区の中に色々な地域、様々な個性を併せ持つのが江東区の魅力ですね。

区役所の自慢は、真面目で前向きで頑張り屋の職員。すごく“まっすぐ”です。地元出身で町会に入っている職員も多く、それぞれの地域の気質を共有し、区民の心を持って働いています。

臨海部には居住者が少ない地域もあり、自動運転や空飛ぶ車の実証実験も盛んです。令和8年2月には、区の魅力をより多くの方に伝えるためのプロモーションメッセージとして「トーキョーの、ちょっと東。すごく今。」を発表しました。どの瞬間を切り取っても「すごく今」と感じられるような江東区を目指しますので、ぜひご期待ください。