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地域固有の伝統芸能をメタバースで再現し、全国に魅力を発信。

地域の文化をメタバースで発信するサービス
全国にはまだ広く知られていない文化や伝承が存在する。江津市で受け継がれる「石見神楽(いわみかぐら)」もその一つ。長い歴史をもちながらも、全国的な知名度が低い“地域の宝”を、臨場感はそのままに仮想空間で再現したという。
※下記はジチタイワークスVol.41(2025年12月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[PR]大丸松坂屋百貨店

江津市
政策企画課
創造力特区デザイナー
福山 賢一(ふくやま けんいち)さん
江津市に赴任して驚かされた、知られざる伝統芸能の魅力。
同市は、首都圏からのアクセスに時間がかかるため“東京から一番遠いまち”と呼ばれることがある。そうした逆境の中でシティプロモーションの強化を目指し、企業版ふるさと納税の人材派遣型を活用。令和5年から福山さんが外部人材として着任した。このまちに来て驚いたのは、地域の伝統芸能「石見神楽」に対する住民の愛情だったという。「文字通り老若男女、誰もが神楽好きです。毎週どこかで石見神楽が上演され、舞も衣装も本当に素晴らしいんです。それなのに全国的な知名度は低い。もっと強力にアピールする工夫が必要だと痛感しました」。
有効な施策はないかと考えていた頃、あるプロジェクトで「大丸松坂屋百貨店」のDX担当者と話す機会があった。そのときに聞いたのが、江戸時代に実際に着られていた重要文化財の着物をメタバースで再現したという話。画面を見せてもらい、そのレベルの高さに圧倒されたという。「これなら石見神楽の衣装や動きも再現できると思いました。そもそも当市では、SNSをはじめとしたデジタルプロモーションをうまく活用できていない課題があったんです。そんな中で、神楽の魅力を損なわない表現手法と出会えたのは幸運でした」。こうして、同市の新しいプロジェクトが始動した。
地域の人たちを巻き込みながら石見神楽の舞をデータ化する。
令和7年1月、福山さんは同社との協業に向けて動きはじめた。まずは庁内での合意形成、そして神楽の演者に対する説明と協力要請だ。「演者には年配の人も多いので、取り組みについて説明するのは苦労しました。私物のゴーグルで体験もしてもらいましたが、何よりも新しいことへの挑戦が大切だと伝え、それに共鳴した若い人たちがベテラン勢を説得してくれたのです」。また、庁内でも新しい挑戦に対する意欲が旺盛で、合意はスムーズに進んだそうだ。
地域の神楽団から協力を得て、人気の演目「大蛇(おろち)」の撮影を実施。人の動きを記録するモーショントラッカーで演者の舞を詳細に捉え、仮想空間上に再現していった。同時に各方面へのPRも開始。令和7年5月には“メタバース石見神楽”のβ版が完成し、動画を同社のYouTubeチャンネルで先行配信。その後、メタバースを公開した。
「同じ頃、大阪・関西万博の地方創生SDGsフェスに出展しました。また、メタバース内でもイベントを開催。石見神楽の中でも特に華やかな『鍾馗(しょうき)』の衣装を3D化して、ユーザーに無料で配布しています」。こうした動きに対し、市内外から予想以上の反響が寄せられるようになったという。
伝統芸能を発信する熱意を庁内でも継承しつづけていく。
メタバース石見神楽を公開後、1週間で約1万人がアクセス。これは同市の人口の半数に相当する。また、実施したアンケートでは満足度が95%以上という結果が出た。「予想以上の反応でした。これほどの関心をもってもらえるのは、そうそうないことです。SNS上でも、この取り組みをきっかけに訪れたというコメントが見られ、手応えを感じました」。
同時に、地域住民や同市を離れた人たちからも“先進的で素晴らしい”“ぜひ続けて”といった声が寄せられた。こうした結果を踏まえ、今後も活動を続けていく道筋が見えてきたという。「結果は十分に満足がいくものでした。同社も地域の伝統芸能と真剣に向き合ってくれた。その姿勢がうれしかったです」。
伝統芸能は、人を楽しませるためのもの。だからこそ職員も楽しみながら、その魅力を広めていくのが理想的だ。今後については「長期的な運用を目指して調整を進めています。何より、庁内でこの事業をしっかり継承していくことが大切です」と福山さんは語る。
現在、この取り組みについて他自治体から問い合わせが相次いでいるという。同市は“東京から一番遠いまち”ではなく、メタバースで“いつでもアクセスできるまち”に生まれ変わっているようだ。

300年以上の歴史をもつ百貨店が地域の伝承を丁寧に紡ぐ。
なぜ百貨店がメタバース事業に進出したのか
江津市の取り組みは、大丸松坂屋百貨店との協業があってこそ成立したものだ。同社の前身となる大丸と松坂屋は、ともに江戸時代に呉服屋として創業した背景をもつ。老舗ならではの発想で取り組む自治体支援について、メタバース事業の担当者に聞いた。

大丸松坂屋百貨店
DX推進部 メタバース事業リーダー
福澤 滉也(ふくざわ ひろや)さん
初めて手がけた領域での驚きとそこで得た貴重な気づき。
令和7年版の情報通信白書によると、国内のメタバース市場は令和5年度で約1,863億円、その5年後には1兆8,700億円まで拡大すると予測されている。安定的に成長を続けている分野だが、百貨店を主な事業としている同社がこの領域に着手したのはなぜか。きっかけはコロナ禍のダメージだったと福澤さんは語る。「百貨店を全国各地に展開しているのが当社の強みですが、コロナ禍では店舗営業が困難になりました。これを機に、店舗に依存しすぎない顧客との接点を模索。デジタル領域で、当社ならではのビジネス開発に注力することを決め、その手段の一つがメタバースだったのです」。
専門部署を立ち上げた同社は、まず世界最大級のVRイベント「バーチャルマーケット」に出展。初年度は小規模なものから始め、回を追うごとに規模を拡大。その活動の中で大きな発見があったという。それは、メタバース空間には“生活者”がいる、ということだ。「例えば“V呑み”と呼ばれるアバター同士の飲み会や、ゴーグルを着けたまま寝落ちする“V睡”という文化があるなど、プライベートな時間を過ごす人も多くいます。つまり、もう一つの“生活空間”だといえるのです。百貨店の使命は生活を彩り豊かにすること。それはこの世界でも同様だと考えました」。こうした気づきのもと、本格的にサービスを展開していくことになった。

※1 総務省「令和7年版 情報通信白書 日本のメタバース市場規模(売上高)の推移と予測」より
※2 市場規模はメタバースサービスで利用されるXR(VR・AR・MR)機器の合算値
現実を再現してデジタルで彩るメタバースならではの試み。
福澤さんは、メタバース事業の訴求方法にもポイントがあるとアドバイスする。「広く浅くではなく、数万人規模の関心の高いユーザーを対象に、きちんと面白さを伝えていくことが大切。これを無視すると失敗しますし、理解していれば一定の成果を引き出せます」。こうした特性を踏まえると、石見神楽のような伝統芸能は非常に親和性が高いのだそうだ。
実際、メタバース石見神楽には最後まで鑑賞したくなる臨場感や迫力、緊張感がある。しかも、ここでなら演者のそばに行くといった非日常体験も可能。こうした“没入感”を体験できることで、演目の魅力がより伝わりやすくなるのだという。
ただし、ここまで完成度を高めるのには、つくり手だけでなく、自治体、演者との連携が必須だったと振り返る。「伝統芸能は簡略化してはいけない、ということを念頭に置いていました。“本物の価値”を長く扱ってきた百貨店として、職人やクリエイターへの敬意を大切にしてきたからです。現地を訪れて演者の話を聞き、実際の演奏を取り込むなど、一次情報にもとづいた再現にこだわりました。それでも現実を超えることはできませんが、“大蛇の口から炎を吐かせる”など、実現が難しいことも表現できるのです」。
伝統芸能を地域で完結させず積極的なアピール活動を。
伝統とテクノロジーを融合させ、シティプロモーションに風穴を開けようとする同社の試み。今回の事例についても、「成果には満足しています。こうした成功事例を全国に生んでいきたい」と力を込める。「どのまちにも、自慢できるものがあるはずです。それを“一度見に来てほしい”と訴えても、その“一度”の壁が高い。メタバースにはその壁をなくす力があると考えています」。そして、体験した人たちの中から現地を訪れる人が出てきて、結果として関係人口が増えていく、というストーリーを描いているそうだ。
また、“使いつづけられる資産”であることも価値の一つだという。まちのデジタルコンテンツとして公開し、メンテナンスやアップデートを行いつつ、SNSでのマーケティングなどと合わせてPRを続けていくことで、継続的に効果を出すことが期待できる。そうした強みを踏まえ、福澤さんは今後の展望について以下のように話してくれた。「地域の伝統芸能には、多くの可能性があると感じています。全国の自治体が、その魅力を積極的に発信する際の一助となれるよう、私たちも取り組みを進めていきます」。


VRの“没入感”を体験するチャンス
同社では、日本全国を対象に無料の出張VR体験を実施している。会議室などの個室とコンセントがあれば体験可能で、資料のみの請求も受け付けているという。詳細は問い合わせを。
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