ジチタイワークス

島根県海士町

マルチワーカー制度で良好な労働環境を構築。

様々な地域活性化モデルを打ち出し、成功させてきた“挑戦の島”海士町が、今度は“働き方をデザインする”ことに挑んでいる。令和2年11月に「海士町複業協同組合」を設立。同年12月には、「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」にもとづく「特定地域づくり事業協同組合」として、国内で初めて認定された。協同組合を媒介し生まれる相乗効果について、話を聞いた。

※下記はジチタイワークスVol.15(2021年8月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。

移住のハードルを下げる「マルチワーカー制度」を策定。

海士町複業協同組合について語る上で外せないのが、約10年前から同町が取り組んでいたマルチワーカー制度。当時、全国で地方移住フェアが開催され、Iターンへの興味が高まりつつあった。地方は人手不足に悩んでいるため、一見すると需要と供給がマッチしているように思える。しかし、第一次産業が主となる島の事業は、時期による業務量の差が大きく、通年雇用が難しいため、実際移住するには高いハードルがあったという。

そこで同町では、働き方を根本から見直し、季節ごとの需要を掘り起こしてつなぎ合わせるマルチワーカー制度を提案。夏はビーチの管理、秋から冬にかけてイカの収穫・加工と、いくつかの事業所をリレーしながら、通年で安定収入を得ることができる仕組みだ。

しかし、「意外な落とし穴もあった」と、マルチワーカー制度の第1号でもあった同組合の太田さんは振り返る。「本職の方にとっては年に1度の繁忙期ですが、ワーカーは1年中ハードな環境で働き続けることになり、これでは心身ともに疲弊してしまいます」。同制度は労働力不足の解消に成果を上げた一方で、労働環境の整備という新たな課題を生むことになった。

マルチワーカーの視点がオペレーションの改善に寄与。

そんな課題を改善すべく取り組んだのが、派遣先を決める際の優先順位の変更だ。人手不足の事業所に同町主導でワーカーを派遣する形から、本人の希望をヒアリングし、なるべく選べるようにした。その結果、想定外のうれしい効果が生まれたという。

「定置網漁で働き、そこで獲れた魚に興味を持ったワーカーが、次の工程となる加工場や漁協へ渡り歩いて働くケースがあらわれました。すると、これまで単なる派遣だったのが、島内の事業者をつなぐ、貴重なハブ人材に変貌したのです。例えば、定置網漁の現場で感じとった漁師の思いや魚の魅力を加工業者に伝え、商品開発に活かしてもらうといった具合です」と、太田さん。これらは、ワーカーのやりがいにつながるとともに、事業者側も、雇用によって得られる新たな価値に気づくきっかけになったという。

■採用された職員の声

「漁師になりたい!」との思いで応募し、現在は希望通り定置網船に乗っています。実はこの業種への女性の参入は初めて。挑戦的な取り組みを行っている海士町だから、私も携わることができたと思います。職員はそれぞれ異なるバックグラウンドを持っているため、多角的な視点が集まり常に何かが生まれそうな予感がします。率直に楽しく、やりがいがありますよ。

海士町複業協同組合 職員
山郷 志乃美(やまごう しのみ)さん
埼玉県出身 2021年3月移住

■職員(マルチワーカー)の待遇

マイナスを補う存在からプラスを生む挑戦的な派遣へ。

このマルチワーカー制度を継承し、組合員(事業所)5社と、新規採用した職員(マルチワーカー)1名で新たにスタートしたのが海士町複業協同組合だ(現在、組合員16社、職員6名)。宮原さんによると、「この事業は人手不足の解消が目的ですが、これからは“派遣した人がいることで、できることが増える”プラス思考の人材派遣も考えています。例えば、人手は足りているけど、ITのプロを派遣することでECサイトを強化するといったイメージです」。

こういった攻めの派遣は、すでに現場に変化をもたらしており、これまで男性社会といわれてきた定置網漁に、女性職員が島で初めて挑戦。しかも、その仕事ぶりが評価され、“閑散期”という理由から本来は受け入れを行わないスタンスだった夏の定置網漁で、人材受け入れが可能になった。「離島での選択肢はどうしても少なくなりがちですが、これまでの常識にとらわれない派遣、魅力的な働き方の創出を通して、いずれは職員を20名程度まで増やすことを目指します」。

離島のイノベーターである同町の果敢な挑戦は、まだまだ続いていく。

■事業者をつなぐマルチワークの実例

<春>漁業
岩ガキの養殖や、地元で「白いか」と呼ばれている剣先イカの定置網漁など。     

<夏>観光業
ジオパークの景観を求めて訪れる観光客をおもてなし。ホテルなど。 

<秋冬>水産加工業
全国的に知られる「いわがき春香」や「寒シマメ」の出荷と加工作業など。 

 

 

左:
海士町 交流促進課 外貨創出特命担当
宮原 颯(みやはら はやて)さん
右:
海士町 複業協同組合 事務局長
太田 章彦(おおた あきひこ)さん

“働き方のデザインができる地域”として、日本のフラッグシップになることを目標にしています。

課題解決のヒント&アイデア

1.自治体が本気で取り組み、移住者の生活を安定させる

国の補助金の活用に加え、自治体も予算を投入。さらに、労働面における制度設計を確実に行うことで移住者を呼び込む。安心した生活の提供が何より大切。

2.派遣という雇用形態が持つ負のイメージを打ち消す

人手を埋めるといった“マイナス解消”の派遣ではなく、そのワーカーがいることで、“事業がプラスに転じる”派遣を徹底。ワーカーのキャリア積み上げも意識。

3.人と仕事の相性を見極め、やりがいを実感できる環境に

トライアル的な短期雇用であっても、活躍の場を提供し、やりがいを感じてもらうことが大切。住民や移住者が満足していれば、おのずと人が人を呼ぶ展開に。

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