益城町の戸上さんは、熊本県から同町に転職して3年。イベントなどを通して町民と近い距離で関わりながらも、県全体をよくしようという俯瞰的な視点をもつ。 “自分たちの手で変える”主体的なまちづくりを通し、そのエリアならではの充実した暮らしを模索しつづけている。
※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです
プロフィール
戸上 雄太郎(とがみ ゆうたろう)さん
熊本県熊本市出身。
2021年、益城町に入庁。
県庁職員時代に、震災の復興計画のため、同町に派遣される。高校生など若者を主体にしたまちづくりに取り組み、派遣終了後も“もっと貢献したい”思いから転職。
戸上さんが所属する九州公務員ネットワーク
自治体を越えてつながり、ワクワクするまちをつくる「WAKUSU LABO.」。
熊本市のベッドタウン・益城町を“暮らして楽しい”場所に。
今、特に力を入れているのは、図書館や広場などの公共空間のうち遊休化している場所を活用し、地域の人たちが時間を過ごせる場所をつくることです。益城町の最も重要な課題は何だろうと考えたときに、隣にある熊本市の“ベッドタウンすぎる”ことだと思ったんです。仕事や学校、遊びなど、どれも町外が拠点になってしまうことで、地域の中で町民の暮らしが見えないし、地域経済も循環しない。この構造が続けば、全国的な人口減少傾向の中でジリジリと衰退していくのではと危機感を抱きました。好循環をつくるためには“町内で余暇を過ごせる空間”が必要との考えにたどり着き、活動を始めました。
地域で楽しめる場所づくりとして、図書館とその敷地にある芝生広場で「terrace(テラス)」というマルシェを開くようになりました。図書館は地域の知的インフラなので、来る人が増えれば社会的な素養も上がって一石二鳥です。ただ“図書館に行きましょう”と呼びかけるだけでは人は来ないので、マルシェを通して楽しく過ごせる空間をデザインし、足を運ぶきっかけにしたいと思ったんです。
益城町の図書館は立派な施設なのに、来訪者が少ない場所でした。しかし、マルシェでは幅広い世代の人が訪れ、楽しそうにくつろいでくれました。その姿を見たとき、“このまちでつくりたかった風景や、地域の人達が求めていた暮らし”が広がっているように感じました。すると徐々にほかの団体が同じ場所でマルシェを開く機会も増えてきて、取り組みが広がっている印象があります。これまではほとんどイベントなどは開かれない敷地だったのが、使い方を示すことで、まねしてくれる人があらわれて、稼働率が上がっていくという流れを見て、やってよかったなと感じます。
最初は若手の職員を集めたワーキンググループの活動として実施しました。町役場主催という形で2回実施してから、その後は民間の実行委員会主催に切り替えています。
行政主体でイベントを開くと、様々な制約から出店料が取りにくくなるなど、どうしても税金頼みになりがちです。本来は自走できるようにならなければ長くは続かないし、行政依存体質になってしまいますので、ゆくゆくは税金に頼らない自立した運営をすることをイメージしていました。今では地元のカメラマンや民間企業経営者など、何人かとチームを組んで公務外の自主的な活動として運営しています。自分にない力をもっている仲間に集まってもらい、力を貸してもらっているので、うまくイベントを開催できています。
▲図書館の芝生広場で開いた「テラス」の様子。親子連れなど、多くの町民が訪れる場所になっている。
様々な人と力を合わせることで、やれることは何倍にも発展する。
2月に活動を始めた九州公務員ネットワーク「WAKUSU Labo.(ワクスラボ)」の立ち上げメンバーでもある、熊本県の村橋さんや、佐伯市の後藤さん・河野さんと一緒にイベントを行うこともあります。
村橋さんとは、地域で活躍する人を呼んで講演してもらうイベント「boosterz local kumamoto」を不定期に開催しています。地方は都会に比べると不便さや制約を感じることもありますが、そのようなデメリットをあえて前向きに捉え、知恵や工夫を凝らしながら楽しく暮らす“ローカルマインド”を参加者みんなで共有することを目的にしています。ゲストとして話してくれた人に次のゲストを決めてもらう“数珠つなぎ方式”で、行きあたりばったりの企画として楽しんでいます。
別の企画では後藤さん・河野さんにもトークイベントをしてもらいました。二人の取り組む“リノベーションまちづくり”は益城町でも参考にしています。
▲村橋さんや、後藤さん・河野さんとのトークイベント。新たな出会いやアイデアが生まれる場になる。
ほかの地域での実践事例は、とてもありがたいヒントになります。事例の中にある本質的な要素を見つけて自分たちの地域に当てはめると、新しい考えが生まれてくることがあります。自分たちの地域でオリジナルのまちづくりを進めるためには、色々な地域を訪れて、たくさんのヒントに出合うことが大事だと思います。
災害復興に向けて、若者と一緒にまちを盛り上げる活動に尽力。
もともと県庁職員として、平成23年から勤務していました。益城町との関わりは熊本地震が起きた平成28年からになります。県内で特に被害が大きかった益城町に、臨時で派遣されることになったのです。派遣は突然決まりましたが、地元である熊本が大変なときに、被害の甚大な自治体の復興に関われるのは大事なチャンスだと感じました。
まずは、復興計画の策定に向けて地域の人たちと意見交換会を始めました。そこで、ある高齢男性から「これからの益城町のことを考える計画なら、将来このまちを背負っていく若者の意見を盛り込んでほしい」と言われました。若い世代のまちづくりへの参画が希薄なままだと、若者視点でのまちづくりが難しく、都市部への流出が続いてしまうと危機感を抱いていたところだったので、すごく響いた言葉です。
そこから若者の声を聞こうと意見交換会を続けるのですが、普通にやっていてもほとんど若者は来てくれません。そこで土日に、10代後半~30歳を対象としたワークショップを開きました。すると高校生や大学生、社会人の100人近くが参加して、まちへの思いを語ってくれたのです。
これをきっかけに、若者が自分たちで考えた復興のアイデアを実践するプラットフォームとして「益城町未来トーーク」という活動を始めました。未来トーークでは、特産品のジェラートづくりや、プレハブのコミュニティスペースのDIY、野外シネマの開催などたくさんの取り組みが生まれました。若い人たちが活躍すると、地域の皆さんが応援してくれるということも貴重な発見でした。活動を継続していくと、初めのうちは遠慮して発言が少なめだった人も、堂々と意見を伝えられるようになるなど、若者がまちづくりに参画して成長していく、そんな場をつくれたように思います。
▲未来トーークから生まれたイベント。まちづくりを通して学生が成長する姿がみられたという。
約3年間で派遣を終え、活動途中で益城町を離れることになり、“もっと貢献したい”という思いや寂しさがありましたね。県庁に戻ってからは業務の傍ら試験勉強をし、2年後に益城町職員になりました。町では現場に近い距離で、職員発信で具体的なアクションを起こせることが大きなやりがいにつながっていますね。
住民の主体性を引き出す関わり方で、その地域ならではの暮らしを見つける。
主体性をもってもらえるように、というのは意識しています。最初から活発にアイデアが出ることは珍しいので、こちらから問いかけたり、待ってみたり。そしてせっかく出てきたアイデアはしっかり拾うということも大事にします。
今は行政サービスがあって当たり前なものになっているでしょう。その思考から抜け出すことは簡単ではないはず。そのためにも個々が、自分たちで自分たちのまちをつくるという気持ちで試行錯誤することが大切です。
ほかの地域でやっている事例をそのままもってくるのではなく、その地域に適したものにオーダーメイドした方が結果として豊かな暮らしにつながると思います。
大型ショッピングモールやチェーン店を誘致するのもいいですが、それは自分たちの地域に合っているのか……という視点も大切です。地域で頑張っている地元資本のお店に焦点を当てるなど、地域のオリジナルを重視することで、まちをよくすることだってできるのではないでしょうか。
また、“近くの市町にできた施設と同じものが欲しい”という考えはありがちで、例えば隣のまちにサッカー場ができたら、うちにもサッカー場を…など。でも、競い合うよりも連携し、都市圏としてバランスを取るという発想がこれからの時代は大事になるかと思います。
そうですね。町単位で考えずに、熊本県全体を俯瞰してまちづくりを考えるのは、県庁にいたからこそだと思います。エリアのバランスを考えながら、益城町はどんなポジションにいるのが最適なのか……。近隣の市町村にないものを補った方がいいし、広い都市圏単位で捉えた方が有意義だと思っています。
どんなライフスタイルのまちにしていくかというイメージを地域全体で共有していきたいです。テラスの実施後に、「今まで益城町にこんな雰囲気の場所はなかったからうれしい」「こんなイベントが欲しかったんです!」などの電話が職場にかかってきました。やってよかったと感じるし、こういう取り組みを続けることが大事だなと。
地域の人たちと引き続き主体性をもったまちづくりを一緒にしてきたいです。そして、多様な人が共存できるまちにしたいですね。
▲戸上さんの目指す“若いファミリー層が楽しく過ごせるまち”。テラスを中心に、実現へと近づいているようだ。
「WAKUSU LABO.」の仲間【村橋 友介さん】
地域に飛び込み、人とつながる“レンタル公務員”の面白さとは。