2022年11月、岸田文雄首相の所信表明演説で登場した「リスキリング」という言葉。「キャリアアップのために興味がある」人もいれば、「公務員には関係ない」と思っている人もいることだろう。
そこで本企画では、公務員の働き方に関する多数の執筆経験を持つ埼玉県さいたま市職員の島田正樹さん(国家資格キャリアコンサルタント)に、リスキリングについて「大人の学び直し」という観点から、公務員にとっての必要性や向き合い方を深堀りしていただく。
第1回のテーマは「リスキリングの基本知識」。島田さんはリスキリングをどう捉え、公務員にどんな関係があると考えているのだろうか。早速見ていこう。
【連載|公務員のリスキリング】
(1)リスキリングって何?公務員にも関係あるの!? ←今回はココ
(2)公務員個人としてリスキリングにどう取り組めばいいの?
(3)リスキリングで人生のハンドルを自分の手に!
「リスキリング」の本当の意味
最近「リスキリング」という言葉をよく目にすると感じませんか?
岸田首相は所信表明演説で「個人のリスキリングに対する公的支援については、人への投資策を『5年間で1兆円』」などと表明※1しました。
また、官邸に設置された「新しい資本主義実現会議」(議長:内閣総理大臣)が掲げる総合経済対策においては、重点事項の柱の1つである「人への投資と分配」の具体的な施策として、リスキリングを支援していくことが明記※2されました。
日本経済新聞の一面※3も飾り、経済誌では特集が組まれ※4、あっという間に私たちのまわりに広がっていったこの言葉は、2022年の新語・流行語大賞にもノミネートされています。
これだけ世の中が騒ぐと、自分と関係があるのかどうか気になってくるのがひとの性(さが)。
ところで、この「リスキリング」は、私たち公務員にとってどの程度関係がある言葉なのでしょうか?
国が支援をしていこうとするリスキリングは「成長分野に移動するための学び直し※2」と書かれています。
これを見ると、昨今増えてきたとはいえ、まだまだ転職がそれほど一般的ではない公務員にとっては関係が薄そうです。
自分事になりそうなのは、デジタル分野を中心とした成長分野への転職を目指す公務員くらいでしょうか。
とはいえ、これは公務員に限らず言えることですが、国など大きな権力を持つ何かであったり、著名人など影響力を持つ誰かであったりが大きな声で語ることを真に受けて、慌てて評価をしても良いことはありません。
リスキリングという言葉も同じ。
まわりで頻繁に目にするようになったときこそ、新しい言葉とは落ち着いて向き合いたいところです。
「リスキリング」とは?
そもそも「リスキリング」とは、職業能力の再開発、再教育という意味合いで使われてきた言葉※5で、必ずしも成長分野やデジタル人材について語る際にだけ用いられるわけではありません。
国が支援しようとしている成長分野への移動、つまり転職時に必要になると言い切れるものでもなさそうです。
純粋に職業能力の再開発、再教育という意味で「リスキリング」との関係を改めて考えたとき、私たち公務員にとってこの概念はどういう価値や意義を持つでしょうか?
本稿では、そういった切り口で、世の中で騒がれているリスキリングという言葉よりも、もうひと回り広く一般化した「大人の学び直し」という意味での「リスキリング」について、私たち公務員にとっての必要性や向き合い方について3回に分けて考えてみたいと思います。
公務員にとってのリスキリングの価値
「職業能力の再開発、再教育」という意味で考えたとき、公務員にとってリスキリングは大きく2つの場面で必要になると考えられます。
1.組織の中で成果を出し続けるための“学び直し”
最近では、コロナ禍におけるオンラインミーティングへの対応、感染を防止しながらの事業の推進、管理監督職にとっては在宅勤務などを活用した分散出勤の中での組織マネジメントなどで、多くの公務員(実際は官民問わずですが)が、新しいスキルや価値観を、半ば強制的に身につけざるを得なかったのではないでしょうか。
もちろんリスキリングが求められるのはコロナ禍での働き方の変化にとどまりません。
最たるものは、やはりDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応でしょうか。
行政における代表例としては、東京都や大阪府などがDX対応のため、職員のリスキリングに取り組んでいくことを表明しています。
ほかにも社会の変化や新しい課題という点では、LGBTQ 、新興感染症、官民連携、ウェルビーイングなど、分野を問わず、組織内で先輩たちが培ってきた既存の知識やスキルだけでは解決できない課題と向き合う機会がどんどん増えています。
2.「公務員後」のキャリア形成のための“学び直し”
もう1つは、組織の外、つまり「公務員後」のキャリア形成のための学び直しです。
私たちがキャリアについて考えるとき、もはや「人生100年時代」という言葉を抜きにして語ることはできません。
これからは実質的な「引退」が70歳台、場合によっては80歳台まで遅くなり、働く期間は長いひとでは50年間を超えることもあり得ます。
その結果、若い頃に培った知識やスキルだけで長い職業人生を生きていくよりも、新しい知識やスキルを身につけた方がキャリアの選択肢も増え、教育、就労、引退という従来の3ステージからマルチステージへ人生のモデルが移行すると言われています※6。
マルチステージモデルでは、新卒で就職した職場で引退まで働き続けることが標準ではなくなり、転職や独立、パラレルキャリアが珍しくなくなります。
そのために専門的な講座を履修したり、資格を取得したり、大学院に通ったりして、職業能力の再開発=リスキリングに取り組むひとも増えていくでしょう。
公務員も今は多数派ではないとはいえ、転職や独立の話を仲間内から聞くことも増えていますし、業界としても若手の離職に対する危機感は年々強くなっているように感じます。
いずれは公務員からの転職や独立もごく普通のことになるのかもしれません。
そうなれば必然的にリスキリングの重要性は増していきます。
主体的なリスキリングを通じ、自分の手でキャリアを創造していく
同時に考えておきたいのは、たとえ定年まで公務員として勤め上げても、定年後に何をして生きていくのかという問題からは逃れられないということです。
70代半ばまで何かしらの仕事をするとすれば、「公務員後」の職業人生がまだ10年間残されています。
そのときに、公務員として真面目に働いてきただけでは選択肢が限られてしまいます。
ここでも主体的に学び直すことで、自分のキャリアを自分の手で創造していくことがポイントになるのです。
リスキリングとキャリア自律
これまでの行政組織は「OJT」「Off-JT(研修)」「自己啓発」に定期的な人事異動を組み合わせて人材を育成してきました。
そして、組織の中で従順に育成され「公務員として」若手、中堅、管理職と段階ごとに求められる知識やスキルを身につけていけば、「公務員後」を考えることなく安心して引退することができました。
この環境は終身雇用が当たり前で身分保障が確かであれば、安定した環境として機能していたかもしれません。
同時に、そこは居心地の良さと引き換えに、自ら学んで知識やスキルを身につけて主体的にキャリアを創造する必要がないために、その動機付けが働きにくい環境でもありました。
しかし、組織の中にいても直面する新しい課題に向き合うために今まで以上に学び直しが求められ、組織から飛び出して「公務員後」のキャリアを踏み出すためにも学び直しが求められるのがこれからの時代です。
そこでは、組織から与えられる安定ではなく、自らのキャリアを主体的に選び、時には自らの手で創造することもできる「キャリア自律」の実現こそが、安定感と豊かさにつながります。
だからこそ、私たち公務員にとってもリスキリングの重要性が高まっているのです。
第1回はここまでです。
第2回では、公務員のリスキリングの具体的な取り組み方についてお話します。次回もぜひご覧ください!
参考資料
※1 第210回 臨時国会 岸田内閣総理大臣所信表明演説
※2 新しい資本主義実現会議(第10回)資料「「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の実施についての総合経済対策の重点事項(案)」
※3 日本経済新聞 2022年10月4日朝刊
※4 週刊東洋経済 2022年10月22日号特集「学び直し全ガイド」
※5 リクルートワークス研究所「リスキリング 〜デジタル時代の人材戦略〜」(2020年)
※6 『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット/東洋経済新報社)
プロフィール
島田 正樹(しまだ まさき)さん
2005年、さいたま市役所に入庁。内閣府・内閣官房派遣中に技師としてのキャリアに悩んだ経験から、業務外で公務員のキャリア自律を支援する活動をはじめる。それがきっかけとなり、NPO法人二枚目の名刺への参画、地域コミュニティの活動、ワークショップデザイナーなど、「公務員ポートフォリオワーカー」として、パラレルキャリアに精力的に取り組む。
また、これらの活動や、公務員としての働き方などについてnote「島田正樹|公務員ポートフォリオワーカー」で発信するとともに、地方自治体の研修や「自治体総合フェア」等イベントでの講演を行う。2021年に国家資格キャリアコンサルタントの資格を取得し、個別のキャリア相談にも対応している。
『月刊ガバナンス』(ぎょうせい)や『公務員試験受験ジャーナル』(実務教育出版)をはじめ、雑誌やウェブメディア等への寄稿実績多数。ミッションは「個人のWill(やりたい)を資源に、よりよい社会・地域を実現する」。目標はフリーランスの公務員になること。
著書
『仕事の楽しさは自分でつくる!公務員の働き方デザイン』(学陽書房)