2022年11月、岸田文雄首相の所信表明演説で登場した「リスキリング」という言葉。「キャリアアップのために興味がある」人もいれば、「公務員には関係ない」と思っている人もいることだろう。
そこで本企画では、公務員の働き方に関する多数の執筆経験を持つ埼玉県さいたま市職員の島田正樹さん(国家資格キャリアコンサルタント)に、リスキリングについて「大人の学び直し」という観点から、公務員にとっての必要性や向き合い方を深堀りしていただく。
第3回のテーマは「自分らしいキャリアをつくっていくリスキリング」。様々な書籍における指摘などを踏まえ、リスキリングで本当に大切なこととは何か考えていこう。
【連載|公務員のリスキリング】
(1)リスキリングって何?公務員にも関係あるの!?
(2)公務員個人としてリスキリングにどう取り組めばいいの?
(3)リスキリングで人生のハンドルを自分の手に! ←今回はココ
自分らしいキャリアをつくっていくリスキリング
第1回では、「リスキリング」という言葉が職業能力の再開発・再教育という意味であることを確認し、私たち公務員にとっても重要な概念であることをお伝えしました。
第2回では、リスキリングに取り組む個人の立場から、実際にどのように取り組んだらいいのか一緒に考え、業務の中で必要性に気づいたことや自分が強い関心を持てるものを学ぶことと、学んだことを自ら活かすことの大切さをお伝えしました。
第3回はいよいよ最終回です。今回は、自分らしいキャリアをつくっていく方法の1つとしてのリスキリングについてお伝えしたいと思います。
自分らしいキャリアと学ぶ力
キャリア形成や働き方改革などの専門家である高橋俊介氏は、著書『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)の中で「いま何を知っているかよりも、新しいことを学ぶ能力が大切」だと指摘しています。
同著の前後の文脈も踏まえて私なりに補足すると、変化の速い今の時代は知識や情報があっという間に陳腐化してしまうことから、今持っているスキルや知識だけに頼っているとキャリアの選択肢が限られてしまうということ、そして、そこに陥らず自分のスキルを継続的に高めていくことが自分らしいキャリアの形成には重要だということです。
また、この連載の第1回で、主体的なキャリア形成には学ぶ力が必要であるとお伝えしました。
組織の中にいても直面する新しい課題に向き合うために今まで以上に学び直しが求められ、組織から飛び出して「公務員後」のキャリアを踏み出すためにも学び直しが求められるのがこれからの時代です。
新型コロナウイルス感染症への対応で顕著になったように、公務員の仕事も今後ますます時代の変化に対応することが求められます。
変化の激しい時代の中で自分らしいキャリアを築くためには、変化する環境に適応できることが大きな強みになります。そして、環境に適応する際に重要なパートナーになるのが学ぶ力です。
学ばなければ子どもに逆転される時代
学ぶことの必要性について、もう1つ異なる切り口からお伝えします。
臨床心理学者の河合隼雄氏は『大人になることのむずかしさ』(岩波現代文庫)の中で、「社会Aが(中略)変化してゆくとき、(社会Aで大人になった)彼がそのままでいると、大人としては認められない存在となってくる」と語っています。
また、同著を参照する形で、立教大学経営学部教授で人材開発・組織開発が専門の中原淳氏も、著書『働く大人のための「学び」の教科書』(かんき出版)の中で、今の時代を「大人になっても時代が変わると、次世代の子どもに逆転されていく時代」と表現しました。
これらは簡単に言えば、「学び続けていなければ後からやってきた若手に負けてしまうよ」ということです。
変化が速くなるほどルールも知識もすぐに更新され陳腐化しやすくなるので、、その時点での習熟度や知識の量だけでいつまでも優位性を保つことはできません。ルールがコロコロと変わる競技に参加しているようなものです。
従前身につけた戦術にこだわらず、新しいルールにおいて有利になる戦術をいかに早く身につけるかが、得点できるか否かの分かれ目になります。
後進に追い抜かれても構わないというのも1つの考え方ですが、学び続けることでいつまでも“お荷物”にならずに互いに貢献し合いながら働くというのは、人生100年時代における健やかな労働観ではないでしょうか。
いくらルールと慣習の影響が強い地方公務員の仕事といえども社会の変化と無関係ではいられません。
変わりゆく環境の中で自分らしく働くためにも、何歳になっても組織や地域に貢献し続けるためにも、状況に応じた大小様々なリスキリング(職業能力の再開発、再教育)が大切なのです。
大切なのは「リスキリング」という言葉ではなく
ここまでテーマに掲げておきながら元も子もないことを言うようですが、本当に大切なのは、リスキリングという言葉が何をあらわすのかでもなければ、自分が取り組もうとしていることがリスキリングに該当するか否かでもなく、私たち一人ひとりがなりたい(ありたい)自分に近づくために学び続けることです。
ただ、世の中がリスキリングに注目しているのは間違いありません。
今後、ますます市場には働く人(働こうとする人)のための学びの機会が提供され、国・自治体からはそこに様々なリソース(お金も人手も)が投じられるはずです。そういう意味では、学ぶ意志のある人にとってはチャンスかもしれません。
辞められる人材になる
今なお公務員を「安定した職業」だと考える人がいるようですが、私はそう考えていません。
例えば、皆さんは1年以内に公務員を辞めなくてはいけないことになったら、困りますか?
私は正直、困ります。住宅ローンはありますし、子どもたちはこれからお金がかかる時期です。
だからといって「辞めさせないでください」と組織にしがみつくような気持ちで働くようになってしまえば、自分の心身や家族を大切にできなくなったり、上司や組織に阿(おもね)るような働き方になったり、ルールを守るという冷静な判断もできなくなってしまうかもしれません。
そういったリスクを抱えた状態は、もはや安定とはいえません。所属する組織がどんなに強固でも、それと個人のキャリアの安定とは別の話なのです。
そういった問題意識もあって私は「市役所を辞められる人材」になることを目標にしています。
私が考える「辞められる人材」とは、今所属している組織を辞めても食べていけるけれども、今は自分の意志でその組織にいることを選び、そこで自分らしく働くことができている人材です。
そういう人材になるのに大切なのがリスキリングを含めた大人の学びです。組織を辞めて食べていける人材になるためにも、今いる組織で自分らしく働くためにも、学びは欠かせません。
人生のハンドルを自分の手で握る
私たち地方公務員は、転職のような異動を数年おきに繰り返しています。そして、そのたびに新しい転職先であるかのような未経験の業務をその根拠となる制度やマニュアルから学び、短期間のうちに何とか一人前になります。
そう考えると地方公務員というのは、新しい仕事のために学ぶことが得意な人たちなのかもしれません。
そうであるなら、組織の都合で異動させられるたびに発揮している学ぶ力を、自分のキャリア形成のために発揮するという考え方があってもいいのではないでしょうか。
誰もが辞められる人材になる必要はありませんし、実際に定年まで地方公務員として勤め上げるひとは多いのかもしれません。それでも、そうせざるを得なかった人生と、それを自らの意志で選択した人生とでは、振り返ったときの想いは大きく異なるはずです。
選べるということは自由だということ。学ぶ力、つまりはリスキリング(職業能力の再開発・再教育)によってその自由を手に入れ、人生のハンドルを自分の手で握ろう、それがこの連載で私がお伝えしたかったことです。
地方自治体が組織の内外に多くの課題を抱えるこの時代に、1人でも多くの住民を幸せにできる行政の実現のために、そして1人でも多くの皆さんが職業人として幸せになるために、学び続けていただければと願っています。
そして、私自身はそれをキャリアコンサルタントとしてこれからも支援し続けていきたいと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。この3回の連載が皆さまのお役に立てばうれしく思います。またどこかでお会いしましょう。
プロフィール
島田 正樹(しまだ まさき)さん
2005年、さいたま市役所に入庁。内閣府・内閣官房派遣中に技師としてのキャリアに悩んだ経験から、業務外で公務員のキャリア自律を支援する活動をはじめる。それがきっかけとなり、NPO法人二枚目の名刺への参画、地域コミュニティの活動、ワークショップデザイナーなど、「公務員ポートフォリオワーカー」として、パラレルキャリアに精力的に取り組む。
また、これらの活動や、公務員としての働き方などについてnote「島田正樹|公務員ポートフォリオワーカー」で発信するとともに、地方自治体の研修や「自治体総合フェア」等イベントでの講演を行う。2021年に国家資格キャリアコンサルタントの資格を取得し、個別のキャリア相談にも対応している。
『月刊ガバナンス』(ぎょうせい)や『公務員試験受験ジャーナル』(実務教育出版)をはじめ、雑誌やウェブメディア等への寄稿実績多数。ミッションは「個人のWill(やりたい)を資源に、よりよい社会・地域を実現する」。目標はフリーランスの公務員になること。
著書
『仕事の楽しさは自分でつくる!公務員の働き方デザイン』(学陽書房)