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静岡県藤枝市

豊かな市政を実現するために人財育成で大切にすべきポイントとは?

総務省「地方公共団体における人材育成・能力開発に関する研究会」等によると、人口減少が加速する2040年頃にかけ、地方公務員の人材確保が一層困難になると予測されている。そんな中、多様な人材の確保や幅広い能力の向上が求められており、各自治体における人材育成の重要性はますます高まっていると言えるのではないだろうか。

そこで、豊かな市政を実現する「人財」育成の戦略に迫るべく、人財育成センターにおいて独自の取り組みを実施している静岡県藤枝市を取材した。センター設置の背景や、人財育成をより効果的にする制度、市として掲げる人財育成の展望などを掘り下げていく。

藤枝市
左:理事兼人財育成センター長 山梨 秀樹(やまなし ひでき)さん
右:総務部 人財育成室 北川 雄一(きたがわ ゆういち)さん

INDEX

市長の想いから実現した「人財」育成の理念

人財育成と働き方改革の統括本部として設置された「人財育成センター」

新採の育成をより効果的にする「OJTサポーター」制度

職員の主体性を育む「職員寺子屋」

「行政作品」を誇れる職員の育成へ
 

市長の想いから実現した「人財」育成の理念

ーー まず、藤枝市では「組織を経営していく上で、最も重要な行政資源は何よりもヒト」という考えにもとづき、人財育成に特に力を入れていると伺いました。その考え方は、どういった背景から生まれたのでしょうか?

山梨さんこの考え方には、北村正平市長の想いが非常に強く反映されています。私を含め、市長の考えに感動した職員がそれに呼応して、施策をスピーディに進めてきたという経緯があります。その点ではトップダウンだったと言えますね。

 

ーー 北村市長は、どんな経歴をお持ちの方なのでしょうか?

山梨さん市長は、もともと静岡県職員で、部長職を歴任した後、市長に就任しました。しかも県職員時代、静岡県で国民体育大会が開催された平成15年には、総括責任者として「国体局長」という要職も担いました。役所内外の膨大な人員を束ねなければならない大変な仕事です。そこで、人を資産として大切に扱ってチームワークの取れた仕事をしていくことの重要性をあらためて実感されたようです。

 

ーー 北村市長の経験を踏まえた理念だったのですね。

山梨さん市長に当選して初めての議会から、「常に市民の身近にいる市職員が明るく元気に働くようになれば、地域、ひいては市全体が元気になる」と述べ続けています。これは市政トップの言葉として非常に影響力があったと思います。人財育成という中長期的な仕事は、ボトムアップだけでできるものではなく、組織を実際に切り回すことのできる人の理解が不可欠です。

ただ、トップダウンが必ずしも成功するとは限りません。その想いに職員が呼応し、組織として実行するシステムを構築していく必要があるからです。つまり、はじめはトップダウンだったとしても、それを職員と組織がうまく受け止めた結果、早い段階で人財育成システムを形にすることができたのだと思います。

 

ーー 市長の想いが大きな成功要因になったということですね。

山梨さん現市長の就任当時(平成20年)は、全国的に”切る・削る”の改革が一般的で、「職員が元気でなければ地域は活性化しない」と言っている首長さんはほとんどいませんでした。北村市長の主張に最初は議会も驚いたようですが、「よく考えてみればそうだ」ということで理解が広がっていったのだと思います。我々は基礎自治体ですから、職員の士気や仕事ぶりがストレートに市民の生活に反映されます。この点が非常に重要です。

 

ーー 市長のご就任当時、庁内の士気はどんな状態だったのでしょうか?

山梨さん正直なところ、当時の庁内は今ほど元気がありませんでした。そういう状況は市民も見ているので、市長の考え方に対してある程度の理解を得られたのだと思います。また、職員は早くから市長の考え方に感化されたので、内部の取り組みはスピーディでした。

 

ーー 現在の人財育成方針を築く上で、印象的だったエピソードはありますか?

山梨さん実は私も、もとは県職員で、平成20年秋に本市に就任しました。それで歓迎会を開いていただいた際、当時の市の幹部の方が私に「来てくれてありがたいけれど、市の職員がやれることはこの程度だ」とおっしゃったんです。当時の役所内には、一部の職員に、やや自嘲的な雰囲気さえ漂っていたように感じました。

 

ーー 職員の士気が落ちていたということですね。

山梨さんしかし、彼らはとても熱心に、しかも丁寧に仕事をしていて、一切手を抜きません。こうして真面目に努力している人たちの士気に影響が出るのは気の毒だと思い、私も問題意識を持つようになりました。「どうすれば明るく元気に仕事に励めるようになるのか」ということを市の仲間と一緒に議論して、みんなのボトムアップで今の形に積み上げていきました。
 

人財育成と働き方改革の統括本部として設置された「人財育成センター」

ーー 次に、人財育成センター立ち上げの背景について教えてください。

山梨さん令和元年度から試行し、正式にスタートしたのは令和2年4月です。現市長の就任から12年、市を挙げて「人財育成が大切だ」と言い続けて取り組んできましたが、今後、さらにこれに注力するため、育成全般を取り仕切る統括本部をつくろうということで、人財育成センターを設置することになりました。今は市の行政組織規則にもとづき、正規の市組織として位置づけられています。

 

ーー 山梨さんは人財育成センター長を務められていますが、どんな経緯だったのですか?

山梨さんこれは私事になりますが、本市への派遣人事の年限が来て県に戻った後、ちょうど定年退職を迎える年にセンター立ち上げの話が持ち上がったんです。職員育成には私自身、大いに関心があったので、市長からのお声がけに乗じて、このセンターに関わらせていただくことになりました。

 

ーー センター立ち上げの裏話があれば、ぜひ教えてください。

山梨さん全国の一般市や町村で、「人財育成センター」を立ち上げているところはほとんどなく、しかも研修のみならず「ヒトの育成」に戦略的かつ体系的に取り組んでいる機関は、どうもないようです。「それなら!」ということで全国でも珍しい本格的な育成センターにしようとの想いで設置に至りました。

 

ーー 全国初の取り組みになるかもしれないわけですね。

山梨さんそうです。それに加えて働き方改革の推進も必要だと私は考えました。職員は士気が上がると次々に新しい戦略を打つので仕事が増えていきます。古いものをスクラップして新しいものをつくっていけるのが一番良いですが、一度つくった制度は現に事業の対象市民もいるわけですから、なかなか簡単にはやめられません。

士気が高くて一生懸命に仕事を頑張っていても、健康を損ねてしまってはいけません。私はそれを心配して、「働き方改革も視野に入れましょう」と強く主張しました。その結果、人財育成と働き方改革の統括本部としてセンターをつくり、より実効性のある戦略を推進していこうということになりました。
 

新採の育成をより効果的にする「OJTサポーター」制度

ーー それでは、人財育成センターが取り組まれてきた施策についても教えてください。

北川さん本市では、「鉄は熱いうちに打て」ということで、特に新規採用職員(以下、「新採」)のOJTに力を入れて取り組んでいます。まず、入庁前の2月頃に事前研修を行い、市政に対する熱い想いや新採に期待するメッセージを市長自ら伝えていただきます。特に昨今、若者が就職先を選ぶ上で「いかに成長できるか」を重視する傾向にあり、年々それは高まっていると感じているので、入庁前にモチベーションを高めてもらうためにも実施しています。

 

ーー 藤枝市では「OJTサポーター」を選任されていると伺いました。

北川さん新採に年齢が近い若手職員に担当していただいています。通常業務の相談やサポートだけでなく、プライベートな内容も日頃から相談できる存在です。3月の内示直後に各職場から選出していただき、4月上旬には、OJTサポーターと係長、課長を対象としたOJT研修を行っています。「新規採用職員指導の手引き」にもとづき、それぞれの役割や指導内容の研修を行うことで、育成の方向性を共有しています。

 

ーー 新採の育成においては「OJTシート」を活用されているそうですね。

北川さん新採を着実に育成していくためのツールとして、OJTシートを作成し、活用しています。シートの内容ですが、市職員として身につけるべき「仕事の進め方」「ホウレンソウ」「コミュニケーション」といった基礎的な共通指導点検項目があらかじめ記載されています。

これに加えて、職場ごとに、新採・課長・係長・OJTサポーターの4者で話し合って、個別目標を年度当初につくっていただきます。四半期ごとに各項目の点検・振り返りを行い、その内容を記載していくことで、1年間かけてOJTシートを作成し、目標の達成を図っていきます。

 

ーー OJTを行う上で、特に重視していることは何ですか?

北川さん1対1の対話です。新採と、課長・係長・OJTサポーターそれぞれによる毎月1回10分程度の「1on1ミーティング」の場を設けてもらっています。そこで1カ月の業務の振り返りを行うとともに、体調の変化や困りごとはないかなど、普段はしないような話もしてもらっていますね。7月ぐらいには新採と人事課職員による面談も別途行うなど、きめ細やかで寄り添った対応を心がけています。

 

ーー OJTサポーターの方にも多少の負担感はあるかと思うのですが、選任にあたってスムーズに引き受けてもらうための工夫は何かされていますか?

北川さんまずは、年度当初に行うOJT研修で、OJTサポーターの役割、活動を通して成長できること、「OJTサポーターをやって良かった」という過去に担当された職員の感想などをしっかり伝えています。また、誰にOJTサポーターになっていただくかも非常に重要なので、基本的には内示が出た直後、人財育成室が配置状況を見て、適任と思われる方をリストアップした上で、最終的に各課で選任いただいています。

 

ーー この制度を導入する際、否定的な意見は出なかったのですか?

北川さんOJTサポーターから、「私でいいのかな」と不安がる声が一部からあったので、「新規採用職員指導の手引き」をしっかりつくった上で、研修で生の言葉で伝えるようにしました。あとは毎年、年度末にOJTサポーターと係長に結果報告書の提出を依頼して意見等を集約し、その内容を次年度に反映させていくことで、少しでも負担感なく前向きに取り組んでいただける工夫をしています。
 

職員の主体性を育む「職員寺子屋」

ーー OJT制度と並行して実施されている「職員寺子屋」についても教えてください。

北川さん職員自らが講師となって希望者を対象に講座を行う、藤枝市独自の職員養成体制になります。それまでの研修は、外部講師による研修がほとんどでしたが、内容によっては「実務を踏まえて職員自らが講師となった方が、より効果の高い研修ができるのでは」と考え、平成25年度にスタートしました。講座項目は、①自治体職員としての常用知識、②自治体職員の仕事術、③自治体における実務、④藤枝市の注目事業の4つがあります。

 

ーー 具体的にはどんな講座を行っているんですか?

北川さん税や予算の知識、伝票のつくり方など、どの部署でも必要となる実務的な内容はもちろん、前向きに仕事に取り組むためのマインドセットやタイムマネジメントに関する講座を持っている方もいらっしゃいますね。テーマを定めて演習形式で政策をつくってみる講座もあります。

 

ーー 「④藤枝市の注目事業」については、どんな講座を実施されているのでしょうか?

北川さん本年度で言うと、例えば、藤枝市・静岡市で共同申請した『日本初「旅ブーム」を起こした弥次さん喜多さん、駿州の旅~滑稽本と浮世絵が描く東海道旅のガイドブック(道中記)~』が令和2年度の日本遺産に認定されたので、この内容や直近の取組について学ぶ講座を実施する予定です。

 

ーー そういった多種多様な講座を、どのように企画されているんですか?

北川さん受講者からのリクエスト、人財育成室からの依頼、講師からの提案、この3手法があります。最近は提案型の講座が増えているので、寺子屋の文化が定着してきつつあると実感しています。

 

ーー 何か人気の講座があれば、ぜひ教えてください。

北川さん例えば、今年は本市独自の「文書事務の手引き」を総務課で作成予定なので、これを活用して「補助金交付要綱における作成の勘どころ」という講座を実施します。ほかでは受けられない、かつ職員が課題感を持っている内容をキャッチアップした結果なのか、募集を開始してから約3時間で20人以上の応募が来て、定員が不安になりました(笑)。

 

ーー 人財育成室として、職員寺子屋のメリットは何だとお考えですか?

北川さん3つあると考えています。1つ目は、受講が挙手制なので、通常の研修以上の効果が望めること。2つ目は、講師となる職員のスキルアップ。3つ目は、双方向性の研修なので、職員のコミュニケーションに役立っていることですね。

 

「行政作品」を誇れる職員の育成へ

ーー 最後に、市としての人財育成の展望を教えてください。

北川さん時代が変わっても「組織を経営していく上で、最も重要なのは何よりも"人"である」というスタンスは変わりません。むしろ、時代が変わる中だからこそ、人財の重要性はより際立ってくるのだと思います。それを踏まえて、人財育成担当としては「より自発的な学びを促していきたい」という展望があります。具体的には、前例踏襲ではなく、試行錯誤しながら、魅力ある新たな研修や学びの場をどんどん取り入れていきます。

また同時に、様々な場での登壇や全国誌等への寄稿、プロジェクトチーム等における政策提案など、多くの人財が強みを活かして、いきいきと活躍できる場を積極的に提供していきます。この両輪によって、職員がより輝き、市がさらに活気づけばいいなと思っています。
 

山梨さん市としての人財育成の展望は、こちらの絵(※下図)に集約されています。定年などを迎えて職業人生を振り返ったとき、自分の頭で考え、自分で実行していく政策、私はこれを「行政作品」と呼んでいますが、そうした「作品がいくつ残せた!」と誇れる職員をさらに多く育む仕組みづくりに向け、今後も検討や改良を進めていきたいと考えています。

※引用:「藤枝市の人財育成センターの設置~人を大事にする組織経営~」4ページ

 


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【連載】「公務員のキャリアデザイン」を学ぶ

「仕事にやりがいを感じられない」「これからのキャリアが思い描けない」......。自治体で働く中で、誰もが一度は“キャリアデザイン”で悩んだことがあるだろう。本企画では、静岡県庁職員や藤枝市副市長などのキャリアを積み、現在は藤枝市理事兼人財育成センター長を務める山梨秀樹さんに、「公務員のキャリアデザイン」について執筆していただく。

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