「文章を書くことに対して苦手意識がある」「資料をつくっても、伝えたいことが伝わらない」......。
公文書、報告書、予算要求資料など、文章を書くことが多い自治体で働く中で、こういった悩みを持つ人は少なくないのではないだろうか。
本企画では、国・都・区、3つのステージでキャリアを積み、職員採用試験・管理職試験にも携わる工藤勝己さんに、「公務員の文章力アップ」について執筆していただく。
最終回のテーマは「文章との付き合い方」応用編。
工藤さんは「読み手を説得するために文章を書こうとするなら、感情移入させる工夫が必要」と述べている。どうすれば読み手に感情移入してもらえる文章を書けるのか、早速学んでいこう。
感情移入してもらえる文章を書く
私たちが書いた文章に読み手が感情移入すると、そこに「共感」が生まれます。つまり、読み手を説得するために文章を書こうとするなら、感情移入させる工夫が必要です。
例えば、皆さんが人事課の採用担当者になったとします。職員採用試験の受験対象者に向けてメッセージを発信するとしたら、どのようなことをアピールするでしょうか?
ほとんどの人は、自らの自治体の魅力や強みを「これでもか!」というほど書き連ねるはずです。
実際に、いくつかの自治体のホームページをのぞいてみると、受験対象者向けのページには魅力や強みが満載で、アピール合戦の様相を呈しています。
優秀な受験者の争奪戦を制するために、熱烈アピールしたい気持ちも痛いほど分かりますが、あまりにも完璧すぎる内容だと感情移入する余地がなく、読み手の共感も得られなくなってしまいます。
分かりやすい事例を挙げてみましょう。
皆さんのお子さんが中学受験をすることになったとします。オープンキャンパスで学校を訪れた際、生活指導の先生が「本校にはイジメはありません!」と断言したなら、どのように感じるでしょうか?
私なら「本当かな?」「把握できていないだけじゃないの?」と勘ぐってしまい、学校側の説明に感情移入することはできません。
しかし、次のように説明されたとしたら、印象はガラリと変わるはずです。
「本校でもご多分に漏れずイジメは確認されていますが、早期に把握して適切に対処するようにしています」「全教員が生徒に寄り添いながら指導していく風土が醸成されていますので、安心してお子さまをお預けください」。
このように「イジメはある」という弱みを見せてから、「適切に対処する風土がある」という強みをアピールすれば、この強みが引き立って学校の指導方針に対しても素直に感情移入することができます。
職員採用試験の受験対象者に向けたメッセージも、魅力や強みだけを並べてページを飾ろうとするのではなく、読み手が感情移入できる余地を残してあげた方が効果的な文章になるはずです。
例えば、「本市の魅力は、若者に大人気のおしゃれなまちが多く活気に溢れていることです。水と緑が豊かな恵まれた環境の中に特色のある公園も多く、共働きで子育てしやすいまちランキングの全国第2位を獲得しています。
一方で、幅員4m未満の狭い道路に面して古い木造家屋が密集している地域も多いため、防災対策が喫緊の課題となっています。本市の強みをさらに伸ばして弱みを克服するために、若いあなたの力が必要です!」。
このように欠点や弱みを包み隠さずに伝えるようにすれば、そこに共感が生まれて「よし!ひと肌ぬいでやるか」と思ってもらうことができます。
文章の良し悪しは推敲で決まる
「画竜点睛を欠く」という故事成語があります。「がりょう てんせいを かく」と読みます。
立派な竜の絵を描いたにもかかわらず肝心の目が描かれていないことを意味しており、仕上げの段階で大切なことが抜け落ちて台無しになっていることの例えとして使われます。
中国の有名な画家が、寺に飾る壁画を描くように頼まれて、白い竜を4頭描いたそうです。
それを見に来た人たちが画家に尋ねました。「どうして目が描かれていないの?」。
すると画家は、次のように答えたそうです。「目を描くと竜は飛んで行ってしまうんだ」と。
そんな話を人々が信じるはずもなく、竜に目を入れるよう画家に強く迫ります。そして、画家が渋々筆を動かすと、目が描かれた竜はスルリスルリと空に舞い上がり、本当に飛んで逃げて行ってしまったそうです。
つまり、画家が竜に目を入れるという行為は、「魂を入れる」という総仕上げの作業だったのです。
この故事成語は、私たちが書く文章にも重ねることができます。
画家が竜を描いたように、私たちも言葉を紡いで文章を書き上げます。
そして、画家が竜に目を入れたのと同じように、私たちが総仕上げとして行う作業は「推敲」です。これは、文章に魂を入れるために欠かすことのできない大切な作業なのです。
しかし、残念なことにまともに推敲することもなく「えいやー」と発信されている文章が少なくありません。本当に推敲された文章であれば、誤字・脱字・衍字(えんじ)などがあるはずはないのに、このような初歩的なミスを日常的によく目にします。
推敲とは、自らが紡いだ言葉たちと真摯に向き合いながら、読み手に対して礼節を重んじる行為です。
私は、文章を書くために費やした時間の何倍も、推敲に時間を捧げています。そして、書き上げた文章は、あえて何日も寝かせてから推敲するようにしています。
その方が客観的な視点でチェックできるということが、経験上分かってきたからです。
皆さんも文章を書き上げたら、白い竜のお話を思い出してみてください。しっかりと魂を吹き込んでから発信すれば、その文章は驚くほど献身的に働いてくれます。
感性を磨くと表現力が光る
「豊かな表現力を身につけたい」「深みのある文章が書きたい」。そう思っている人は少なくありません。表現力と感性は極めて密接な関係にあると私は思っています。
そして、豊かな表現力を養うには、感性を磨く必要があると確信しています。そのために、いくつか実践していることがあるので、ご紹介したいと思います。
まず、名曲の歌詞に感情移入してみるということです。名曲の歌詞には心に刺さるフレーズがたくさんあります。
例えば、中島みゆきさんの「帰省」や松任谷由実さんの「ノーサイド」などの歌詞を、音楽を流さずにじっくりと味わい、感性を刺激してみると良いでしょう。
三行詩をつくるのも効果的です。
たった3行の限られた文字数で読み手を惹き込むためには、感性をフル稼働させる必要があります。
三行詩には細かいルールはありません。3コマ漫画にセリフをはめ込んでいくようなイメージで、誰でも簡単に実践することができます。
ここでは、私がつくった三行詩「愛犬レオ」をご紹介しましょう。
雨の日も風の日も僕を散歩に連れ出してくれる。
どこまでもまっすぐで深く澄んだ瞳。
気分屋なのは、いつも人間だけ。
感性は使わないとさびついてしまいます。そして、いざという時に働いてくれません。
豊かな表現力を涵養して深みのある文章を書くために、感性を眠らせないようにしたいものです。
書くことを習慣化する
「したい人10000人、始める人100人、続ける人1人」。
これは、『面接の達人』(通称・メンタツ)でも有名な中谷彰宏さんの名言です。
10000人の「したい人」がいても、「始める人」はたった1%の100人です。残りの9900人は「したい」と思っても行動が伴いません。
そして、「始めた人」100人のうち、「続ける人」はたった1%の1人。つまり、「したい人」のうち始めることができて続けられるのは、たった0.01%の限られた人なのです。
続けることの難しさを痛感した経験は誰にでもあるはずです。ダイエットやジョギングなどで三日坊主に終わったという人もいるのではないでしょうか。
一人前の僧侶になるために出家したものの短期間で脱落してしまう修行僧が多く、「三日坊主」という言葉の由来になったとされています。
文章力をアップさせるための近道は存在しません。書くことを習慣化することが、文章力をアップするための最も良い方法だと私は思っています。
日記やブログ、エッセーなど何でも構いませんので、とにかく書き続けてほしいと思います。
たった0.01%の「続ける人」になることができれば、いつか量が質に転化する日が必ずやってくるはずです。
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「文章を書くことに対して苦手意識がある」「資料をつくっても、伝えたいことが伝わらない」......。
公文書、報告書、予算要求資料など、文章を書くことが多い自治体で働く中で、こういった悩みを持つ人は少なくないのではないだろうか。
本企画では、国・都・区、3つのステージでキャリアを積み、職員採用試験・管理職試験にも携わっておられる工藤勝己さんに、公務員の文章力をアップさせるポイントを教えていただく。
プロフィール
工藤 勝己(くどう かつみ)さん
葛飾区 総合庁舎整備担当部長
1985年運輸省(現 国土交通省)入省、港湾施設の地震防災に関する研究に従事。その後、1989年葛飾区役所入庁。東京都庁派遣、特別区人事委員会事務局試験研究室主査、区画整理課長、道路建設課長、立石・鉄道立体担当課長、立石駅北街づくり担当課長、都市整備部参事を経て、2022年4月より現職。道路及び下水道施設の設計、橋梁の架替え、土地区画整理事業、都市計画道路事業、連続立体交差事業、市街地再開発事業に携わる。
特別区職員採用試験及び特別区管理職試験の問題作成・採点・面接委員、昇任試験の論文採点を務める。
また、都政新報の連載記事「文は人なり」の執筆、実務研修「文章の磨き方」の講師を務める。著書に『公務員の伝わる文章教室』(学陽書房)がある。技術士(建設部門)、技術士(総合技術監理部門)、土地区画整理士。
著書
『公務員の伝わる文章教室』(学陽書房)