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【セミナーレポート】ちょっとした工夫で人は動く!無関心層への行動変容アプローチ【DAY1】

厚生労働省が主導し、各地の自治体も様々な取り組みを進めている「誰一人取り残さない健康づくり」。最大の課題は「無関心層」への働きかけです。しかし、実は「ちょっとした工夫」で行動変容を促し、健康増進につなげることができます。
そんな工夫の一例として、心理学やナッジ理論、デジタルツールを活用したアプローチの事例を2日にわたってご紹介します。
概要
■テーマ:ちょっとした工夫で人は動く!無関心層への行動変容アプローチ
■実施日:令和7年10月6日(月)
■参加対象:無料
■申込者数:461人
なぜあの人は行動しない?~ナッジで健康行動へ促す~
第1部に登壇したのは、ナッジを研究テーマにしている青森大学の竹林正樹先生。「人は、なぜ頭でわかっていても行動につながらないのか」「どうすればナッジ理論を有効に使えるのか」といった内容をわかりやすく解説してもらった。

【講師】竹林 正樹氏
青森大学 客員教授
ナッジ理論とは
世界では、人を自発的に動かす手法の研究が進められています。その一つが、2017年にリチャード・セイラーが提唱した「ナッジ」。直訳すると「肘で軽くつつく」といった意味をもっています。近年では管理栄養士・保健師の国家試験にもナッジが出題されるようになりました。その背景には国家戦略「健康寿命延伸プラン」があります。ナッジは一過性のブームではなく、国の戦略の一つなのです。

では、人を動かすにはどうしたらいいのか。大きく分けて「情報提供」「ナッジ」「インセンティブ」「強制」の4段階があります。

まずは正しい情報を提供し、納得した上で動いてもらう。普及啓発などがこれに該当します。第2段階は「ナッジ」で仕組みや環境を整えます。それでも動かない人にはインセンティブを設定し、最終手段として強制的に動かすという流れです。
健康増進の場面では、これまで第1段階の「情報提供」で人を動かすことに注力してきました。しかし、実際は多くの人は頭でわかっていても、その通りの行動ができていないのです。さらなる情報を加えても、相手はなかなか受け取ってくれません。このように支援する側が一生懸命発信(アウトプット)しても、相手の健康行動(アウトカム)につながらない状態を、経済学では「労働生産性が低い」と表現し、早急な対策が必要になります。
なぜ人は行動しないのか
人は正しい情報を得てもその通りの行動ができない理由として、認知バイアス(直感のもつ習性)の影響が挙げられます。私たちの判断の90%以上は直感が担当しています。直感は力強く、本能的で暴れ出したらコントロールが難しいため、よく「象」に例えられます。

直感は自分のことが大好きで、面倒くさがり屋さん。そのため、自分に都合よく解釈する習性を持っています。これが「認知バイアス」です。
認知バイアスのうち、特に健康行動の阻害要因となるのが「現在バイアス」です。例えば、目の前のジャンクフードを食べるときの快楽を100、20年後に糖尿病になって目が見えなくなり足を切断するときの苦痛を1億と見積もったとします。「100と1億、どちらを選びますか」と言われたら、ほとんどの人は1億を避けるはずですが、現在バイアスが強いと目の前の「100」を過大評価し、衝動的に飛びつきたくなるのです。その結果、将来に関わる重要なことでも面倒だと感じた瞬間に先送りにしてしまいます。

促進要因となる認知バイアス
しかし、認知バイアスは良い方向に働かせることもできます。では、問題です。以下の図を見て、青森県と秋田県、どちらの面積が広いかお答えください。

ほとんどの人は「青森県」と答えるのですが、実際には「秋田県」のほうが広いのです。この結果から、どんなに正しいことが書かれていても見づらいと選ばれにくいことがわかります。視認性を高めることで、相手に受け入れられやすくなるのです。
認知バイアスとは、直感が持つ法則性のある認知のゆがみです。法則性パターンがあるということは「このタイミングでこの刺激が加わると、我々の直感はこう反応する」と、一定の確率で予測できるということ。予測できると、行動の邪魔をするダメな認知バイアスにブレーキをかけ、促進要因となる良い認知バイアスを味方につけ、望ましい行動へと促す設計が可能になります。この設計が「ナッジ」です。
「EAST」のフレームワーク
多くの人に共通する認知バイアスに沿った汎用性のあるナッジが既に開発されています。その代表的なものが「EASTフレームワーク」です。この4つのうち1つでも反したものがあると、直感的に「嫌だな」と感じ、そこで行動が止まる可能性が高まります。

このうち、今回は「Easy」がどんなものなのか説明します。「Easy」というのは、行動の“阻害要因”を見つけて、その“ボトルネック”を取り除くことを意味します。つまり、人が行動できない原因を取り除くという考え方です。例えば定期健診受診率は高い一方、そこで「要再検査」の結果となった人が二次検査を受ける割合は半分にも満たない状況です。
この状況を打破するため、私たちは「ハガキ一枚で受診率をどこまで高められるか」という研究を進めています。これまでのお知らせは「あなたは血圧で所見ありとなりました。各自で医療機関を探して受診してください」と書かれていました。これに対して「あなたは血圧で所見ありなので循環器内科を受診してください」と、診療科を明示したところ、受診率は2.4倍にまで高まりました。

この結果から、多くの人が受診科を調べるのを面倒くさく感じ、行動が止まっていることが示唆されます。だからこそ、その面倒を取り除くことで行動につながるのです。
[参加者とのQ&A(※一部抜粋)]
Q:ナッジの悪用事例や自治体での法的リスクを教えてください。
A:「今やらないと~できません」といった損失回避ナッジは、ナッジの中でも最上級の難易度をもつ手法です。なので、まずは「Easy」をしっかり実践することが大切です。また、Easyに反した要素があればそれをまず削除しましょう。例えば「多くの人が検診を受けていません」という表現には、実はネガティブな同調バイアスを刺激してしまっています。むしろ「受診率は年々あがっています」などポジティブなメッセージを出すほうが望ましいでしょう。
「ナッジに問題がないか」を考える前に、今まで自治体が行っていたものに倫理的に問題がないのかを考えていくべきです。例えば「本市のがん検診受診率は県内でも下位。あなたも受けてください」という広報を見た人は、「大勢が受けていないので、自分も受けなくても大丈夫」「皆が受けるようになったら申し込んでみよう」といったネガティブな同調バイアスを刺激しまう可能性が高まります。実際にがん検診受診率は毎年少しずつ上昇しています。
受診意欲を下げる表現を取り除くことが望ましいことはイメージしやすいと感じます。限られたスペースの中で、受診率向上か受診率の低さを前面に出すのかは、発信者の裁量に委ねられています。むしろ受診率の低さを強調して住民の受診意欲を萎えさせるほうが倫理的に問題があり、このような広報を続けることで住民や医療関係者に迷惑をかけることに思いをはせたほうがよいのではないでしょうか。
ここでナッジの悪用として問題となるのは、実際には受診率が下がっているのに「受診率が上がっています」と記載したような場合です。このようなナッジの悪用については、学術的にかなり整理ができています。現場の皆様においては、あれこれ悩むよりは、専門家に相談してください。
ナッジを用いたPHRアプリkencomについて
第2部に登壇したのは、DeSCヘルスケア株式会社の伊勢淳氏。PHR(パーソナルヘルスレコード)アプリにおけるナッジの活用と効果について、エビデンスを用いながら解説してもらった。

【講師】伊勢 淳氏
DeSCヘルスケア株式会社
ウェルネスサービス部 自治体営業グループ
kencomの特徴
PHRアプリ「kencom」は全国で70万人以上の方にご利用いただいています。また、著名な先生方に監修いただいていることもあり、「EVIDENCE AWARD」を受賞するなど、学術的にも高い評価をいただいています。

PHRとは健診のデータや日々の活動記録、利用状況などのことを指し、これらをデータとして一元管理することで健康促進につなげるものがPHRアプリ「kencom」です。アプリの利用者に自分の情報が見える化されることはもちろん、利用者や個々人の実態がわかるため、自治体側もアプローチ方法を検討しやすくなる点がポイントです。
以下は「kencom」を活用したことでどんな変化が起きたかがエビデンスとしてまとめられたものです。

左下の図は歩数の変化をあらわしたもので、オレンジ色の部分は「kencom」の登録後、白い部分が登録前を示しています。ご覧の通り、登録後は歩数が増加していることがわかります。それに伴い、右下の図にあるように、体重・HbA1c・LDLコレステロール・HDLコレステロールにも改善が示唆されたことがわかります。この結果から「kencom」が生活習慣病の予防や健康寿命の延伸などにつながることが期待されています。
機能について
「kencom」は、先ほどご登壇された竹林先生の監修のもと、ナッジ理論を活用した様々な機能を有しており、その機能を活用いただくことで、健康無関心層への健康行動へのきっかけ作りや、健康行動の促進にお役立ていただいています。
この後、機能の一部についてご紹介いたします。
健診結果の理解
まずは自分の体の状態を正しく知ることが必要です。健診結果はA~Eの5段階評価で表示され、経年変化や同性・同年代との比較も可能です。これにより「どこが良くてどこに課題があるか」が一目でわかります。

健康意識の変革
健診データをもとに疾患リスクをシミュレーションできる「ひさやま元気予報」という機能があります。九州大学・二宮利治教授の監修によるもので、糖尿病や心血管疾患などの発症リスクを確認できます。さらに、血糖値等を入力して改善シミュレーションも可能で、利用者が自分事として健康を意識できるようになります。

健康や疾病の学習
リスクを意識したあとは、行動変容につながる学びをサポート。「kencom」では専門家監修の健康記事を5000本以上掲載し、毎週新しい記事も追加しています。読まれやすい時間帯に通知したり、短く読みやすい文量にしたりと、ここでも「ナッジ理論」を活用しています。また、利用者の性別や健診結果などに応じて個別最適化された記事を配信しているのもポイントです。

健康行動の実施
行動を後押しするために「やることリスト」や「行動メニュー」機能も用意。利用者は目標を設定し、達成度に応じてポイントが付与されます。

現在「kencom」は多くの自治体の皆様に活用していただいており、自治体の健康施策の推進に貢献しています。また、新規導入だけでなく、他アプリからの切り替え導入事例も多く見られます。
ご関心のある自治体様には、導入事例や効果測定の詳細もご案内できますので、ぜひお声がけください。
保健DX自治体支援モデル~生成AI分析基盤で自治体の健康施策を支援~
第3部に登壇したのは、株式会社日立システムズの小島久美子氏。「生成AI分析基盤」を活用した業務効率化・施策の個別最適化の可能性を解説。神奈川県との実証事例などもあわせて今後の展開についても伺った。

【講師】小島久美子氏
株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ 産業・流通事業推進センタ 担当部長
兼 Go To Market推進本部
兼 健康経営推進プロジェクト員
自治体の課題を解決する生成AI分析基盤
自治体の保健現場には「保健師業務の属人化」「業務効率化の必要性」「地域ごとの健康課題への対応の難しさ」「施策効果の検証が困難」といった課題があります。

こうした課題に対し、私たちは「生成AI分析基盤」をご提案しています。

これは、保健指導業務の効率化と一人ひとりに合った保健指導の実現を目的とし、健康寿命の延伸や医療費抑制に貢献するものです。従来はKDBなどのデータを手作業でクレンジングし、保健師の方々が時間をかけて集計・統計・分析を行い、その結果をもとに施策立案や特定保健指導を行っていました。しかし、これでは非常に手間と時間がかかってしまいます。
そこで「生成AI分析基盤」を導入すると、データを登録するだけでAIが自動的に分析を行い、ダッシュボードやAIエージェントが結果を可視化・レポート化します。さらに、参考資料やナレッジを基盤に登録することで、AIがそれらを参照しながらより精度の高い分析を行えるようになります。これにより、保健師の皆さまはより専門性の高い業務に時間を使えるようになるのです。

ダッシュボード
ダッシュボードの活用例として、KDBの検診データを使った分析があります。検診の受診数や支援状況を円グラフや棒グラフで可視化できるほか、地域ごとに受診率を地図上で色分けして表示することも可能です。こうした可視化により、地域差や傾向を一目で把握することができ、施策の検討や優先順位づけにも役立ちます。


AIエージェントの特徴
もう一つの大きな特徴が「AIエージェント」です。この機能では、ユーザーの皆さまのリクエストを自然言語で理解し、必要に応じて分析やレポートを自動生成します。分析の専門知識がなくても、入力欄に「Aさん向けの特定保健指導の案内メールを作ってください」と入力するだけで、AIが文章を作成してくれます。分析結果やメール文面を自動で生成できるため、保健師の業務効率化に大きく貢献します。

参考資料
AIエージェントの精度を高める仕組みが「参考資料」機能です。ここに皆さまのナレッジを登録することで、AIはそれを参照しながら分析や回答を行います。登録内容には、個人で蓄積されたノウハウをまとめた個人ファイルと、国のガイドラインや共有ルールなど複数人で参照できる共通ファイルの2種類があります。これらを組み合わせることで、自治体独自の知見を踏まえた分析やレポート生成が可能になります。

導入の効果とメリット
「生成AI分析基盤」を導入することで期待できる効果・導入後の成果については以下の通りです。

実際の取り組みとして、神奈川県では「一人ひとりに寄り添った未病改善の促進」に向けて、生成AIを活用したヘルスケア分析基盤を構築しました。これはAMEDの公募事業(予防・健康づくりの研究開発基盤整備事業)として進められ、当社もサポートしています。
今後はこの基盤を県内の市町村にも順次展開していく計画で、各自治体のご意向を踏まえながら未病施策に活用していく予定だと伺っています。このように、私たちは「生成AI分析基盤」を多くの自治体で健康指導や健診受診率の向上、住民の行動変容の後押しに役立てていきたいと思っています。もし詳しい説明やデモのご希望がありましたら、お気軽にご連絡ください。
15年の積み重ねのゴールがここに!ナッジを使った「がん検診」受診勧奨デザイン術
第4部に登壇したのは、東京都八王子市の信太易之氏。「損失を回避する」という人の特性に着目したアプローチなど、実際のナッジ活用事例を紹介してもらった。

【講師】信太 易之氏
東京都 八王子市 成人保健課 主査
八王子市における「がん検診」
自治体が実施しているがん検診は、自覚症状のない健康な方を対象に、がんを早期に発見し、適切な治療につなげることで死亡率を減らすことを目的としています。

様々なメリットがある一方、デメリットもあります。例えば、がんではないのに要精密検査と判定されてしまう「偽陽性」。逆に「偽陰性」といって、本来はがんがあるにもかかわらず「陰性」と判定されるケースもあります。さらに、進行しないがんを見つけてしまうことで、不要な手術や抗がん剤治療が行われてしまう「過剰診断」という問題もあります。
こうしたことから、自治体が実施するがん検診は、国が科学的根拠にもとづいて「死亡率の減少効果がある」と認め、メリットがデメリットを上回ると判断した検診のみを実施することが求められています。
八王子市では、基礎自治体としては珍しく「がん対策推進計画」を策定しています。基本理念を「がんによる早すぎる死を防ぐ」と定め、国の指針に示された科学的根拠のあるがん検診を定められた方法かつ高い質で実施し、そのうえで受診率を上げる取り組みを行っています。
がん検診事業で注意すべき点は、受診率の向上はあくまで全体のプロセスの一部に過ぎず、そこだけに力を注いではいけないということです。どれだけ受診率が高くても、国の指針に沿っていなかったり、検診の質が伴っていなかったりすれば、最終的な目標である死亡率の減少にはつながらないからです。したがって、八王子市では「国が定めた方法による検診実施」や「質の確保」を最優先に据え、事業体制や精度管理の強化に注力したうえでその先にある受診率の向上に取り組んでいます。

八王子市では、国の指針にもとづき「胃がん」「肺がん」「大腸がん」「乳がん」「子宮頸がん」を実施しています。これ以外の検診は、指針に定めがないため実施していません。

また、八王子市では医師会との連携体制も整えています。市は八王子市医師会と委託契約を結び、医師会に加盟している個別医療機関で受診が可能な体制を構築しています。つまり、市としての「集団検診」は行わず、地域の医療機関で個別に受診する方式を採っています。受診者にご負担いただく自己負担額は、検診費用のおおむね15%程度に設定しています。残りは市が公費で負担し、受診しやすい環境を整えています。
国では「プロセス指標」という仕組みを設け、自治体が達成すべき目標値を定めています。これらを通して、日本全体で死亡率の減少を目指すという考え方です。中でも自治体にとって特に重要なのが「精密検査受診率」で、がん検診で「要精密検査」と判定された方のうち、実際に医療機関で精密検査を受けた割合を示すものです。国の目標値は90%以上と定められていて、八王子市では大腸がんを除く4つのがん検診で10年以上連続して90%以上を達成しています。

さらに、検診の精度を維持・向上させるための仕組みについてご紹介します。八王子市では、全症例を医師会に持ち寄って、一次医療機関とは利害関係のないエキスパート医師が二回目の読影を行う方式を採っています。この仕組みは一部のメディアから「八王子方式」と呼ばれています。また、この読影会は一次医療機関の先生方にもオープンな場となっています。エキスパートの読影を実際に見ながら意見交換を行うことで、それぞれの医師の技術向上、つまり市全体の読影レベルの底上げにつながっています。

受診率を上げた施策
以下は、当市におけるがん検診の受診者数の推移です。現在、5つのがん検診で年間およそ12万人の方に受診していただいております。令和2年度はコロナの影響もあり一時的に1割ほど受診者が減少しましたが、今ではおおむね元の水準に回復している状況です。

また、平成25年度から平成26年度にかけて、2万人以上、受診者数が増加しました。これは平成26年度に大腸がん検査キットの事前配布などを行ったことによるものであり、スライドP15にて、改めてご説明いたします。
次に、この1年間でどのように周知や勧奨を行っているかというスケジュールをご説明します。がん検診の実施期間は、6月1日から翌年1月末までの8カ月間です。そこで、まずは検診が始まる1カ月前に「広報はちおうじ」に、検診ガイドというリーフレットを折り込み、全世帯に配布します。市の広報と一緒に届けることで、認知度を高めつつコストも抑えることができます。その後、5月中旬頃からは、無料クーポン券や個別勧奨通知の発送を行います。勧奨通知は送付してからおよそ3カ月効果が持続すると言われており、その時期が過ぎるころにもう一度同じ対象者に再通知を送ります。これを「コール・リコール」と呼びますが、八王子市では毎年8月末から9月上旬頃に再勧奨を行うようにしています。

続いて、令和7年度に配布した検診ガイドの工夫です。以前、市民インタビューで、健康に関心が高い人が自己負担額だけを見ると「こんなに安いなんて大丈夫?」と不安に感じるという話が出たことがありました。そこで、こちらのガイドでは自己負担額の下に検診の原価を明記しています。元値と比較することでお得に見えるというのもポイントです。

次に、個別勧奨通知について。八王子市では平成20年頃から個別勧奨を行っており、当初は「ソーシャルマーケティング」の考え方を取り入れていました。例えば、女性特有のがん検診(乳がん・子宮頸がん)は受けているけれど、大腸がん検診は受けないという方が結構いらっしゃいました。そこで「女性のがん死亡数1位は大腸がんです」というメッセージを入れた気づきを与えるデザインにしました。
また、前年に受診したのに今年は受けていないという方には、「去年は隠れていたがんが、今年は顔を出すかもしれません」というメッセージを、もぐらのイラスト付きで伝えています。

そして、平成20年代後半からはナッジ理論を本格的に取り入れ、より多くの方に届くようデザインを一本化しました。現在は、大腸がん検診についてZ型の三つ折り圧着はがきを採用しています。

表面には医師会長の写真を掲載しており、専門家からの呼びかけとして信頼性を高めています。中面では、「検診内容の正確な情報」や「市の助成によるお得感」、そして「受診期限の限定感」をしっかり伝えています。

裏面では、「がんは自分にも関係がある」というデータを示しながら、「早期発見なら90%以上が治る」というポジティブなメッセージを掲載しています。また、誤った思い込みを防ぐための正しい知識、そして「受診までの手順」をわかりやすく示し、そのまま行動に移せる構成になっています。
ナッジ理論はどう落とし込めるのか
このスライドは、環境省が開催した第15回「日本版ナッジ・ユニット連絡会議」の資料から抜粋したものです。住民の目線に立ちながら、事業の目的から政策の立案・実践までを整理したフレームワークで、その名も「おもてなしフレーム」といいます。

このフレームのポイントは大きく5つのステップです。
まず、「おもい」の段階では、住民のニーズと事業の目的を明確にし、どんな思いで政策を実現したいのかを整理します。次に「もんだい」では、その思いを達成できていない背景、つまり住民が行動しない理由を探ります。そして「ていあん」の段階で、その原因に対してどんなアプローチが有効かを検討します。最後に「ナッジ」として実践し、実際の効果を検証しながら、結果をもとに「しこうさくご」していくという流れです。
では、先ほど少し触れた平成26年度の大腸がん検査キット事前配布事業を、この「おもてなしフレーム」に沿って整理してみたいと思います。

まず行政の「思い」としては、科学的根拠にもとづいた質の高いがん検診を、より多くの方に受けてもらいたいということでした。一方で、「なぜ住民が大腸がん検診を受けないのか?」という「もんだい」を掘り下げてみると、検査の仕組みに「手間(ハードル)」があることがわかりました。そこで、「この手間を省けないか?」と考え、「ていあん」に至ったのが、受診券や無料クーポン券を送るタイミングにあわせて、大腸がん検査キットも同封するというものでした。すると、住民の方からは「せっかく届いたからやってみようかな」という心理が働き、自然と受診につながるようになったのです。
また、実際には検診を実施している医療機関の多くが大腸がん検診も実施しているのですが、そのことを知らない方が多いという問題もありました。そこで、健康診査の案内の中に大腸がん検診に関する情報を入れ、さらに「健康診査と同時受診の場合は自己負担を700円から500円に減額」するという仕組みをつくりました。この“ちょっとした後押し”=「ナッジ」によって、行動のハードルを下げたのです。その結果、受診者数は約2万人増加、受診率は10ポイント上昇という非常に大きな成果が得られました。
続いて、平成28年度の取り組みを紹介します。このときの課題は事前送付を行ったキットの「利用率を高める」ことでした。そこで、行動経済学の「プロスペクト理論」を活用。人は「得する」よりも「損をしたくない」という気持ちに強く反応するという心理です。

「本年度、大腸がん検診を受診しないと、来年度はキットを送付しない」と「本年度、大腸がん検診を受診すると、来年度もキットを送付する」という文言は、言っていることは同じ。でも、前者は「損をするおそれ」を強調しています。結果、損失を強調した「介入群」のほうが、受診率が高くなりました。
最後に、令和4年度に行った、乳がん検診を長期間受けていない無関心層へのアプローチです。この取り組みでも「損失を避けたい」という人間の心理を活かしました。当時、乳がん検診の費用は12,000円でしたが、市の助成により自己負担は2,000円。そこで、市が負担している10,000円分を「10,000円の割引チケット」として表現し、受診勧奨通知に同封したのです。

もちろん、実際の負担額は変わりません。しかし「チケットを使わないと1万円損をする」と感じることで、受診しようという行動につながる可能性が高まります。結果、受診率は4.08%から11.97%に上昇しました。
継続効果がある健康アプリ~自治体事例のご紹介~
第5部に登壇したのは、習慣化アプリ「みんチャレ」の開発・運営を行うエーテンラボ株式会社の渋谷恵氏。全国46以上の自治体で導入実績がある「みんチャレ」の概要から、最新自治体事例を紹介してもらった。

【講師】渋谷 恵氏
エーテンラボ株式会社 自治体ソリューション部 部長
自治体の課題を解決する「みんチャレ」
私たちが多くの自治体様とお話をする中で見えてきた課題は4つあります。

これらの課題を解決すべく自治体様にご提供している習慣化アプリが「みんチャレ」です。

運動やフレイル予防など、同じ目標をもった匿名の5人でチームを作り、チャットで励まし合うことで楽しく習慣化に取り組めるアプリです。加えて、チームに参加せず個人で歩数や体重などの健康データを記録することもできます。
「みんチャレ」の特徴
「みんチャレ」は、他のヘルスケアアプリと比較して約2倍の継続率の高さを誇ります。
もう一つの特徴は、臨床研究を積極的に行っていることです。

例えば糖尿病や高齢者のフレイル予防など、先生方にご協力をいただきながら、アプリの効果検証を行っています。
「みんチャレ」導入事例
ここからは「みんチャレ」を活用した自治体事例を紹介します。自治体版「みんチャレ」には以下の3つのポイントがあります。

以下は管理画面です。定量データおよび定性データが確認可能で、自治体から住民にお知らせ配信や、チャットを通して住民と相互コミュニケーションをとれるため、オンラインでサポートすることができます。

現在は全国46の自治体様にて事業を実施中で、現在も拡大中です。

では、具体的な事例を紹介します。
令和6年度熊本県国保ヘルスアップ支援事業
「ICTを活用した糖尿病の発症予防事業」として、糖尿病予備群にあたる方々を対象にしたものです。まず「みんチャレ」を利用し、同じ課題の仲間同士で3カ月間食生活改善や運動習慣に取り組みます。同時に開始時と終了時の2週間「フリースタイル リブレ2」という持続グルコース測定システムを使い、血糖値の変動を見える化することで持続的な生活習慣改善に繋げるプログラムです。対象者の方には参加を促すためにお得感を出したチラシを郵送しました。

プログラム開始時には対面で説明会を実施。また、参加者同士のモチベーションを高めるためにグループトーク形式で目標宣言をしてもらいます。その後の3カ月間は毎日の頑張りを報告したりお互いに応援メッセージを送りあったりします。また、アプリ内では健康に関する豆知識も配信し、継続的な意識づけを図りました。そして、3~4カ月後に再び集まり、振り返り会を実施。ここでは体組成測定などを行い、行動変容の効果を見える化しました。プログラム終了後もアプリは継続利用できる仕組みです。
すると、プログラムの継続率は93%と非常に高い結果が得られました。アプリ内で参加者の投稿に刺激を受けるなど、ポジティブな相互作用が生まれていたのも印象的です。

最新プログラムとして、「糖尿病・高血圧の方の生活習慣改善プログラム」も新たに用意しています。働き世代の方が参加しやすい完全オンラインのプログラムですので、気になる方はぜひお問い合わせください。
高齢者のフレイル予防・介護予防
ポピュレーションアプローチとしてのみんチャレ活用の事例も紹介します。「みんチャレ」は、実は後期高齢者の方々にも多くご活用いただいています。弊社にてアプリの使い方教室を開催し、スマートフォン操作に不安がある方にも安心してご参加いただける仕組みをご提供しています。

仲間と一緒にチャレンジする形式なので、単なるフレイル予防にとどまらず、相互の見守り効果や孤立・孤独の防止にもつながっています。また、スマートフォンの活用を通じてデジタルリテラシーが高まるため、デジタルデバイド解消事業として実施されている自治体様もあります。このほか「みんチャレ」にはコールセンターもあるため、高齢の方でも安心して継続できる仕組みが整っているのもポイントです。
また、継続支援のためのイベントも実施しています。今の季節ですとアプリ内イベント写真展にて「秋の俳句」をテーマに開催し、参加者の皆さんに写真に合わせた俳句を投稿していただきました。全国の仲間の作品を楽しめる人気の企画です。

もう一つは、年に一度のリアルイベント「みんチャレ大交流会」です。参加者全員に継続をたたえる表彰状をお渡ししています。
こちらは成果のグラフです。フレイル予防事業の参加者のうち、男性の参加割合が34%と、従来の通いの場などに比べると男性の参加が多いのも「みんチャレ」の特徴です。

また、アプリを利用し始めると平均歩数が1,600歩増加したほか、平均投稿回数は3回と、スマートフォンをしっかり使いこなせるようになっている様子がわかります。

健康面にも明確な変化が出ています。アプリ利用前後で見ると、フレイル該当割合が18%減少しているのです。さらに孤独を感じる割合も8%減という結果に。特に独居高齢者の方におすすめできる取り組みといえます。

さらに、「みんチャレ」を活用した結果として、社会保障費の抑制効果も試算されています。一人当たり年間およそ5万円程度の医療費削減効果が見込まれています。また、アプリの利用で健康ポイントが付与される機能を開発予定で、全世代型の健康づくり事業として導入を検討する自治体様が増えています。

みんチャレについて他自治体様の事例のご紹介も可能ですので、お気軽にお問い合わせください。











