九州最西の県庁所在地で、異国情緒あふれる観光都市でもある長崎市。同市では、“100年に一度”といわれるほど大きな変化の時を迎えており、この数年で様々なプロジェクトが形になろうとしている。しかし同市は、プロジェクトの情報や計画などが、いまひとつ市民へ伝わっていない現状を感じていたという。
そこで、全庁を挙げて取り組んだのが、これまでの広報を見直し、全職員の広報マインドを育成することだった。
※下記はジチタイワークスVol.17(2021年12月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
長崎のまちの大きな変化が広報を見直すきっかけに。
令和3年11月、様々なイベントが開催される大型施設「出島メッセ長崎」のオープンや、令和4年開業予定の西九州新幹線、それに伴う新駅舎誕生など、まちが大きく進化している同市。大きなプロジェクトが一度に動き出したため、市民から賛否様々な意見が寄せられた。しかし、インターネットの普及で情報ソースの多様化・多量化が進んだこともあり、「市民にプロジェクトの目的など正しい情報が伝わっておらず、施設の使い道が分からない、税金の無駄遣いなど、誤解にもとづく意見も多くありました」と原田さんは振り返る。これを機に同市は“広報の在り方”に課題感を抱き、見直すことになった。
旗を振ったのは、市長の田上 富久(たうえ とみひさ)さん。大きな変化が起きようとしている今こそ、広報を通じたコミュニケーションが必要だと、令和元年8月に「秘書広報部広報戦略室」を新設。それまでプロジェクトについては、各事業の担当部局で広報をしていた。しかし、それぞれの動きのつながりや、まちづくりの視点から大きく“面”として捉えて伝えるような、組織的・戦略的な広報が足りていないという現状が見えてきたという。そういった課題を解決すべく、広報戦略室において、市独自の広報戦略を策定することとした。
職員の広報マインドの醸成をツールと研修で多面的に支援。
広報戦略室の設置と同時に配置したのが、広報戦略アドバイザー。以前から市民主体のまちづくり活動などに関わっていたという同市出身のコピーライターを起用し、専門的な見地からアドバイスを受けた。核に据えたのは、市長が常々訴えていた“広報=コミュニケーション”という考え方だ。
広報紙やSNSだけが広報手段ではなく、窓口でのやりとりはもちろん、業務で職員が現場に出向くこと、政策の目的を住民へ正確に伝えることも含め、全てのコミュニケーションが広報であること。つまり、職員全員が広報担当者(全員広報)であるという意味が含まれている。同市ではこれを職員の基本姿勢とし、行動指針を記した「長崎市広報戦略ブック」を令和2年3月に制作。戦略を職員に浸透させるための課長職研修を行い、新任の課長や新規採用職員が受ける階級別研修にも盛り込み、周知に努めている。
同時に取り組んだのが、市の内外に向けて、まちづくりの正しい情報を発信することだった。バラバラに点で発信していた情報を、面にするための情報発信ツールとして、特設ホームページ「長崎ミライズム」を制作。この先のまちの変化をイラストとともに時系列であらわし、市民にワクワクしてもらえるよう、分かりやすく表現した。これは職員にとって、市民への説明時にも使いやすいツールとなる。長崎ミライズムの情報は、市の公式LINEアカウントからも簡単にアクセスできるようにし、活用を促した。
■長崎市の“全員広報”マインド育成の流れ
1.行動指針や情報伝達のツールを制作し、共有。
特設ホームページや動画などのツール、パンフレットは、職員が市内外で長崎のまちの様子を伝える際に活用することも想定して制作。
2.研修は課長級をはじめ希望者にも随時開催。
各課の責任者や希望者を対象に、アイデア発想の思考法など、広報スキルを高める研修を実施。管理職から一般職まで裾野を広げる。
3.部局の壁を超えたチームがLINEを活用し情報発信。
子育てや福祉など、市民に役立つ情報を「マル得長崎」として発信。文面や発信回数などは各部局の裁量にある程度任せ、実践を促している。
“正確で分かりやすい広報”でまちづくりを市民の自分事に。
研修や、広報戦略室からも日々の地道な働きかけを続ける中で、「特に係長以下の若い職員が積極的に動き、全員広報のムードを底上げするなど変化が出ています」と原田さん。公式LINEアカウントによる情報発信は、各部署の担当者約30人が中心となっているが、「より良い情報発信を学べる研修をしてほしい」など、職員側からの要望も活発だ。広報戦略に関するワークショップを開けば、若手職員から新しいアイデアが次々に出てくるという。市民からも「LINEで情報が届くことで、市のサービスをより身近に感じられるようになった」など、反応も上々だ。さらには、上下水道局やこども部などでは独自の広報戦略チームが自発的に立ち上がり、他部局も興味を示すなど、庁内で互いに刺激し合う風土も出てきているという。
「広報=コミュニケーションとは、一方的に伝えるのではなく、相手の立場に立って話を聴いたり、相手のことを考えて、分かりやすく伝えたりすること。職員一人ひとりが広報パーソンになれば、市民とより深い信頼関係を築くことができる市役所になれるはずです。長崎への愛着が深まり、“自分たちのまちは自分たちでつくる”という当事者意識を持った人々の増加につなげていければ」。同市の広報戦略がもたらす、市民生活向上への可能性は計り知れない。
長崎市
秘書広報部 部長
原田 宏子(はらだ ひろこ)さん
正しく分かりやすい広報は、長崎を訪れてくれる交流人口拡大や、ふるさと納税などで当市を応援してくれる関係人口の創出・拡大に貢献できると考えています。結果、まちの活性化や、定住・Uターンなどにつながることも期待しています。
課題解決のヒント&アイデア
1.職員が進むべき方向を示す行動指針をダイレクトにはっきりと言い切る
明確で強いキャッチコピー“全員広報”。言葉の力は大きく、意識改善につなげるためにも、合言葉のように繰り返し使うことが大事。
2.主体を市民に置き換えた情報発信が信頼関係を高めることにつながる
例えば“募集します”ではなく“応募できます”と市民主体の表現にするだけで、受信した側の印象は違う。細かな点だが、市民目線の意識を持つのは大切。
3.変化する時代の広報は脱ステレオタイプで若手の新たなアイデアを積極的に実行する
情報ツールが多様化・複雑化する現代において、情報発信のカギを握るのは若手職員。古い価値観を押しつけず、行動指針だけ示して、あとは若手に任せる。