長引くコロナ禍の影響によって、国内では外国人観光客が途絶えた状態が続いている。これに伴いインバウンド事業への取り組みを縮小している自治体も多いが、山梨県観光振興課では、この時期にあえて中国向けの観光促進プロジェクトを立ち上げたという。現在も先行きが見えない状況の中で、同県がどのような思いでプロジェクトに臨み、成果を得ているのかを紹介する。
※下記はジチタイワークスVol.16(2021年10月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
コロナ禍でもためらうことなく海外誘客活動へ取り組む決断。
海外からの観光客に人気の観光地・富士山を擁する山梨県。平成13年、全国に先駆けて多言語サイトを開設、平成24年にはフリーWi-Fiの整備を行うなど、インバウンド先進県としても知られている。一方で、県内での観光滞在時間が短い、富士五湖エリア以外への訪問が少ないなどの課題もあったという。そんな折、令和元年に同県で開催された「第1回日中観光代表者フォーラム」をきっかけに、中国最大級のオンライン旅行会社であるTrip.com(以下、トリップドットコム)グループとの連携を開始。海外客のうち多くを占める中国人の中で、近年増加している個人旅行客に向け誘客活動を強化した。
しかし、ここで世界は新型コロナウイルス感染症の猛威にさらされる。海外でのプロモーションが困難になる中、「中国の個人旅行客と、オンラインで双方向の交流ができないか?」と企画したのが“ライブコマース”という手法だったという。「コロナ禍での海外誘客活動が批判されないか懸念もありました。しかし、今後海外旅行が解禁されたときに備え、“種まき”をするべき時期との判断で、インバウンドへの取り組みを継続しました」と、竹井さんは振り返る。
中国で人気のライブコマースを活用し、ニーズに応える番組へ。
ライブコマースとは、SNSなどのライブ動画配信で商品を販売する、テレビショッピングのオンライン版。ライブ中にコメントを送ることで、リアルタイム交流できるのが特徴だ。日本でも注目され始めているが、中国ではこのライブコマース市場がかなり成熟している。トリップドットコムでも、日本旅行に興味を持つ個人旅行客へ直接アプローチでき、双方向交流が可能だった。そこで同県では、中国に向けたライブコマースでの観光PRを決断したという。
国内や中国の感染状況を見ながら、配信日を令和2年10月に設定。海外旅行解禁後に利用できる“宿泊施設予約券”を販売することになった。番組では、中国で美食家として知名度があるキーオピニオンリーダーを司会に起用。現地観光客からニーズが高い“自然・美食・3密回避・ファミリー層”などをキーワードに、コンテンツを絞り込んだ。番組途中で飽きられない工夫として、“いいね”の送信やSNSでのシェアを促すくじ引きなど参加型企画を実施。また、番組内で流す県内観光地の体験動画を職員で手分けして撮影するなど、約3カ月をかけて準備したという。
ライブコマースの配信は、県内のテレビや新聞などで報道された。
今は誘客方法の変革期と捉え新しい手法を積極的に採用。
ライブコマースの放送当日、撮影・配信は中国で行われ、県では担当職員が画面を見守りながら質問への回答などの対応を行った。
配信1時間で約112万人が視聴し、約888万円(宿泊施設の客室数352)の売上、“いいね”の数は約17万、コメント数約4,800と、いずれも予想をはるかに上まわる結果だったという。「果物や美景へのコメントの多さが印象的でした。視聴者へ情報がしっかり届いていると実感できましたね」と、竹井さん。「観光振興とITが融合しつつある今の時代、誘客方法の変革期に来ているのを感じました。過去の誘客活動の経験だけではなく、私たちも進化が必要です」。
今年度も放送を行う予定で、インバウンドへの取り組みは継続していく。「県がこのような新しい方法を取り入れ実践することで、インバウンドに多くの予算を割けない各市町村のPRにもつながる。海外旅行解禁後には、まず山梨県を選んでもらい、県内を周遊していただくため、種をまいていきたいですね」と意欲を示す。
■山梨県の中国向けライブコマース配信の構成
山梨PR動画
県作成の観光紹介動画を放送。中国の個人観光客が県内各地を観光するイメージ動画で、SNS用に縦向きで編集された。
MCによるトーク
中国で美食家として圧倒的な知名度を誇るタレント、戴軍さんを司会者として迎え、ライブ配信スタート。戴軍さんは同県へ訪問したことがあり、とても詳しい紹介をしてくれたという。
観光コンテンツ動画
様々な観光地を撮影した動画を、番組の随所で流す。いずれも県職員が出向き、躍動感を大事に、実際に体験しながら撮影した。
山梨県
観光振興課
竹井 杏奈(たけい あんな)さん
自治体の観光振興企画では、“パンフレットを作成すること”が目標になりがちです。しかし、紙の形にこだわらず、WEB、SNSなど、ターゲットとなる人の情報収集方法を分析し、それぞれに直接訴求できる効果的な広報展開を追求するべきだと実感しました。
課題解決のヒント&アイデア
1.視聴者のコメント(フィードバック)を次の施策へ
ライブコマースで寄せられた視聴者のコメントを分析することで、今後のマーケティングにも活用できる。豊富なコメントは、今後、中国人個人旅行客に特化した施策を行う上での大きな財産になった。
2.ターゲットのニーズの把握や取り込みが大事
PRをする際、公平性を重視するあまり、各市町村の観光情報を平等に紹介する傾向がある。しかし、より効果を高めるためには、現地担当者と密に連携を取り、ターゲットの趣味嗜好に寄せてセレクトすべき。
3.時代への感度が高い若い職員の意見を徹底活用
過去の成功体験だけではなく、最新技術にもアンテナを常に張っておく。また、ITリテラシーの高い20~30代の職員から意見を吸い上げる場も必要。今回の放送後も市町村の若手職員と意見交換会を実施した。