ジチタイワークス

誰ひとり取り残しのない「伝わる」情報の届け方とは

コロナウイルスの感染拡大により、これまでの「当たり前」は通用しなくなった。自治体や公務員も例外ではなく、従来の様式や働き方を変えていかざるを得なくなっている。そんな時代に活躍できる「ニューノーマル公務員」になるために、考え方と行動をどうチェンジしていけばいいのか。元・三芳町の職員で、現在は自治体の広報アドバイザーを始め、新たなチャレンジを続けている佐久間 智之(さくま ともゆき)さんに寄稿いただいた。

前回のコラムでは、伝えるよりも「伝わる」ことの大切さを説明しました。今回は具体的に「伝わる」ために必要な情報の届け方とデザイン思考についてお話します。まず何かを始める際の最重要ポイントは「企画を立てる」「情報に優先順位をつける」こと。これは成果物を作るときのみならず仕事全般に当てはまります。

例えばコロナの影響で給付金支援事業が決まり、情報を住民に届けようとするとき、深く考えずに「広報紙に掲載する」「ホームページに載せる」「SNSで発信する」と安易に決めがちです。しかし、それでは「やることが目的」となってしまいます。前述した広報やホームページ掲載、SNSを使うことは「手段」であって「目的」ではありません。

手段と目的の違いを理解する

目的はその先にある「住民が正しく理解をし、対象者に有効に利活用してもらう」ことです。そのための手段として前述したものがあるわけです。目的を明確化しゴールにどのようにしたら近づくのかを設計、つまりデザインしていきます。

1.ゴールを設定する(給付金支援事業であれば、「正しく理解、申請し受給してもらう」こと)
2.どの媒体が有効であるかを考える
3.伝えたい情報の優先順位を付ける
4.分かりやすいフォント、レイアウト、表現を検討する
5.情報発信のタイミングを検討する

作業を始める前にこれら5つを考える、企画をデザインするわけです。私は企画が9割であると提唱しています。これは今までの経験から企画をせずに見切り発車をした場合、時間がかかること、いつまでたっても終わりが見えなくなる事があったからです。特にゴールを決めておくことが重要で、事業の終着点と「いつまでに終わらすのか」というゴールも明確にしないと残業続きで体も心も疲弊してしまいます。

ゴールを設定したら、伝えたい情報が何かを考えます。ここで有効なのが「デザイン問診票」です。デザイン研修をするときや広報アドバイザーをしている自治体で実践しているもので、行政が伝えたいこと、住民が知りたいことを可視化させる方法です。

住民が知りたい情報は何かを考える

例えばコロナ支援であれば、「住民が一番知りたい情報は何か」を考える視点が必要です。自分が対象かどうか、どんな支援が受けられるのかが住民にとって知りたいことと言えます。このポイントがボケてしまうと、行政情報発信でありがちな「新型コロナウイルス感染症に関する〇〇市の住民支援対策についての新しい制度のお知らせ」のような言葉が大きな文字で一番目に付く場所にレイアウトしてしまうのです。

これは「伝えている」だけに過ぎず、相手に「伝わる」情報発信とは言えません。例えば、神奈川県コロナ対策技術顧問としてコロナ関連のお手伝いをさせていただきたいた際、作成したデザインは次のようにしました。

伝わるためには「あなたに対しての支援で、このような内容です」ということが一目で分からなければなりません。具体的には「〇〇市の住民の皆さんへ」とすれば住民は自分事だとまず思います。住民は制度名を知りたいのではありません。「自分が対象であるか、どんなことを受給できるのか」をまずは知りたいのです。こうした考えを持つことがデザイン思考であると言えます。

クロスメディアとナッジ理論

次に厚生労働省のCOCOA促進のために作成したアプリ導入啓発のチラシです。この狙いはQRコードをとにかく読み取ってもらいアプリをダウンロードしてもらうことにあります。チラシとウェブを行き来させる、アナログとデジタルを共存させる「クロスメディア」のやり方です。そして「あなたのおかげで感染拡大防止に」と一番目に付きやすい上部に配置をしました。これは行動心理学のバンドワゴン効果という人は同調しやすいという心理に基づいて配置しています。

ここでの大きなポイントは、ダウンロードするメリットを2つ、国民の不安を1つと、「伝えるべきこと」を3つに絞っている点です。もっと多くのメリットや、導入のプロセスを事細かく盛り込みたくなりますが、あえて情報を引き算することでまず興味関心を引き、そのあと細かな情報はアプリのダウンロードサイトで説明するというプロセスを企画、つまりデザインしていることが特徴です。

情報配信のタイミングもデザイン

続いて高齢者免許返納制度について考えてみましょう。例えば三芳町では75歳以上の人が免許を自主返納した場合、代わりに交通機関を使った費用を上限1万円まで還付しています。この狙いはいくつかありますが「免許を返納してもらうこと」「高齢者の交通事故を減らす」ことが大きなゴールになります。

一方、ターゲットを高齢者だけに絞れば良いかというとそうではありません。家族が知り本人に説明してもらう、住民自身に語ってもらえるような形がベストと考えます。次に紙面の中に日本の高齢者の交通事故数をエビデンスとして明示します。これによりグッと家族を含めてターゲットが自分ごととして捉えられると言うわけです。

そして情報を出すタイミングですが、私は三芳町広報誌の2019年6月号の見開きにこの記事を載せました。同年4月に大きな事故が池袋で起こり、社会的関心が高かったからです。

制度自体は数年前からありましたが、認知度はそれほど高くありませんでした。しかしこのタイミングで発信すれば関心を持ってもらえると考え、急遽掲載することにしました。すると良くも悪くも大反響となったのです。「免許を返せと行政はいうのか」というご意見や「初めて制度を知ったのでどのようにすれば良いのか具体的に知りたい」という問い合わせが寄せられました。

【課題】

・高齢者の交通事故が増えている
・制度の認知度が低い

【改善方法】

・広報紙を活用し高齢者、家族に見てもらい読んでもらう

【どうやって】

・紙面を簡潔にまとめ、まずは制度があることを知ってもらう
・交通事故の状況を伝えて自分ごとに感じてもらう

【いつ届ける】

・社会的関心の高まっているとき

【どうなったらゴール】

・制度の認知を上げる
・免許を返納してもらう
・交通事故数を減らす

このように「企画」を立てることは非常に大事なことであるのです。目的を決めずに仕事や作業をすると「何のためにやっているのか」「どこに終わりがあるのか」がモヤモヤしてしまいます。

しっかりと企画を立てて道筋を決め、やること自体を目的化せずに「なぜやるのか」「どうしたら理解してもらえるのか」を考えます。そのときに一番大事なのは「住民目線で物事を考える」ことです。ついつい「この文言が入っていないと苦情が来たときの言い訳ができない」というようなアリバイづくりの仕事を公務員はしがちです。しかしそれは、自分へ向けられた目線であり、自己保身でしかありません。しっかりとした事実を伝えて理解をしてもらう。そのためには伝わる思考とデザインが必要なのです。

分かりやすく簡素に情報を絞る

もう一つ事例をご紹介します。三芳町広報誌の2015年3月号に「財政健全化へのお願い」という見開きの紙面を掲載しました。端的に言うと町の財政が厳しいため、ハチの巣駆除などの補助を一部見直しを行うという、行政にとっては非常に伝えたくない内容。ここでのポイントは「しっかりと分かりやすくデザインをすることで住民の理解を得て、納得していただくこと」を重視したことです。

そこで、包み隠さず見直す事業を列挙し、その理由も明示しました。本来ならば事細かくその理由を書き込んで行きやすいところですが、「住民目線」になり「自分が住民だとしたら」「自分の祖父に見せてわかるだろうか」と住民になり切って考えてデザインしているのが特徴です。当初は「ひっそりと載せて」と言われましたが、あえて見開きで役所の外観を全面に載せることで関心と自分事化してもらうことが最重要ポイントであり、その思いを何度も何度も担当課に伝わるように説明を繰り返して紙面を完成させました。

町の現状と課題

財政が厳しく今のままでは破綻してしまうかもしれない

それを改善するには事業の見直しが必要

それをしないと皆さんにご迷惑がかかる

だから協力をして欲しい

・・・という組み立てがなされています。そしてこの号が発行されたあと、一枚のお手紙が届きました。

「ああ、きっとなんで補助をやめるんだというお叱りの内容だろうな」と思いながら後輩とその手紙を読んでみると意外な言葉がまず目に飛び込んできました。

「ありがとうございます」

えっ!と後輩と思わず目を合わせました。読んでいくと「今まで町は潤っているものだと思っていましたが、そうではなく非常に厳しい状況だということを広報を読んで始めて知りました。だから大きな見直しを行わなければいけないと納得しました。今回の記事のおかげで町のことを改めて知ることができました。ありがとうございます」と書かれていたのです。

鳥肌が立つくらい感激したのを今でも覚えています。

属人化せずに職場内でも「伝わる」デザインを

最後に。今回例に挙げた高齢者免許返納制度と財政健全化の紙面は私が作ったものではありません。各紙面、後輩がデザインしたものです。よく「佐久間さんだからできる」「異動した後の人はどうするんだ」という事を研修や講師をすると言われてきました。しかししっかりと「伝わる」マニュアルや想いを継承していくことで解消できるのです。属人化せずに仕事も「伝わる」工夫をデザインすることも組織として必要なことであり、そのマインドを引き継いでくれた後輩たちがいることを誇りに思います。

しっかりと目的を持ち企画を立て、住民目線で情報を届けることが伝えるではなく「伝わる」ことに繋がるものではないでしょうか。


佐久間 智之(さくま ともゆき)

1976年生まれ。東京都板橋区出身。埼玉県三芳町で公務員を18年務め税務・介護保険・広報担当を歴任。在職中に独学で広報やデザイン・写真・映像などを学び全国広報コンクールで内閣総理大臣賞受賞、自治体広報日本一に導く。2020年に退職し独立。現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員のほか中野区、四万十町、北本市の広報アドバイザー、特別区協議会のSNSアドバイザー、神奈川県コロナ対策技術顧問(元)などを務める。著書に「Officeで簡単!公務員の一枚デザイン術」「公務員1年目の仕事術」など多数。写真家としてJuice=Juice 金澤朋子セカンド写真集「いいね三芳町」。PRDESIGN JAPAN株式会社代表取締役。

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