地域のバス事業者と行政が共同で地域交通を維持する
人口減少などにより地域交通の利用者が減少し、多くの自治体で交通インフラが深刻な状況にある。その中で、行政と民間事業者が全国初となる共同経営を行い、地域交通の最適化に取り組むのが熊本県と熊本市だ。
※下記はジチタイワークスVol.35(2024年12月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。
左から
企画振興部 交通政策・統計局
交通政策課 審議員
高松 江三子(たかまつ えみこ)さん
都市建設局 交通政策部
交通企画課 課長
大川 望(おおかわ のぞむ)さん
前例のない路線バスの共同経営はとある1社のピンチが始まりだった。
熊本市では、近郊から市内に乗り入れるバス路線が5社競合していた。路線の重複や、それに伴うバス車両の渋滞、さらに各社の決済手段の違いによる不便さなどが大きな課題だったという。「当時は市もバスを運営しており、各事業者と同じ課題をもっていました。少しでも合理化を進めたいという考えではありましたが、当初は課題を把握し、事業者同士をまとめる旗振り役がいなかったのです。仮にその時点で行政が主導しても、競合という立場であるためコントロールは難しかったと思います」と大川さんは話す。
転換点となったのは、バス事業者のうちの1社が経営難に陥り、競合する市営バスに路線の移譲を要望されたこと。一部路線で進めていたところ、ほかの事業者からも路線移譲の要望が寄せられたという。最終的に民間事業者の共同出資による「熊本都市バス」が生まれたことで、市営バスは廃止となる。この一連の流れにより、くしくも民間主導で各社が同じ方向を向くこととなった。「同社の設立により、中心的に動ける新組織ができたのは転機でした。その後、市長がバス交通の見直しをマニフェストに掲げたことで事業者5社と県、市で協議が開始されることになりました」。
この協議会が発端となり、行政と民間事業者が垣根を越え、バス交通路線の再編などに取り組む「共同経営推進室」が設置されることになった。
▲1つのバス停に、異なる事業者のバスが複数台並ぶ光景が広がる。
民間だけでなく行政が入ることで、資源の奪い合いから利用者視点へ。
令和3年から、共同経営推進室として本格的な取り組みがスタートした。重複路線の最適化や共通定期券の開始、市内中心部の均一運賃導入など、様々な施策を実施し、一定の成果も出ているという。「路線の最適化により、令和4年度は約8,600万円の赤字圧縮を達成しています。また、捻出された車両や運転士の余剰は、需要の高い路線の増便に充当したり、運転士の労働環境を改善したりしています。見込んでいた利用者増については、コロナ禍の影響もあり落ち込みを見せましたが、それでも共同経営による収支改善の効果は十分にあったと考えます」。
民間主導だと、どうしても限られた人材や車両などの資源を取り合う構図に陥りがちだが、行政が連携することで、利用者視点で調整を行えるメリットがあるという。「基本的には事業者が主体となって取り組んでいます。会議では様々な企画や意見が出ますが、行政は利用者の立場を意識して参加し、推進室の方針がぶれないように調整しています。この組織があることで、私たちも取り組みの過程を把握できますし、県や市の施策とも連携しやすくなります。全体を見渡す視点をもつことが、スムーズな連携のポイントなのかもしれません」。
さらに、利用を促す広報活動のバックアップも積極的に行っている。市の定例会見で取り組みを周知するほか、高校進学時にバス通学を勧める広報を実施。事業者だけでは難しい、行政の強みを活かした動きができているという。
持続可能な地域交通を目指し官民共同経営で未来を描く。
同組織の背景には、令和2年に施行された独占禁止法特例法の存在も大きい。これは、地方における交通インフラの維持が難しくなっている中で、関係省庁の認可を受けて行う会社合併や共同経営、それに伴う事業者間での直接協議や運賃協定などを独禁法の適用除外としたもの。共同経営への試みが、この適用の第1号となったのだ。当時を振り返り、高松さんは「各バス事業者が手を取り合ったことが土壌となり、さらにタイミングよく法改正が行われたことが、この取り組みを進める要因になったと思います。行政としては、全国初という前例のない中で運輸局や関係各所、いわば国全体への確認と擦り合わせを一つひとつやっていくという役割で、これはなかなか大変でしたね」と笑う。
令和4年からは、渋滞解消を目的とした通勤バスの実証実験や、学生・高齢者向けの利用促進など、バス利用者を2倍にする取り組みを実施している。「これからの行政は財政的な支援にとどまらず、事業者とともに知恵を絞り、公共交通をデザインしていく必要があります。共同経営という強みを引き続き存分に発揮させながら、持続可能な公共交通の構築を行っていきたいです」と展望を語る大川さん。高松さんも「共同経営による改善実績や、官民による課題共有、コミュニケーションの深化は、とても意義深いものと捉えています。県民の移動を支える事業者の前向きなチャレンジを支援しつづけ、地域に愛される公共交通の未来を描きたいです」と、目指す未来の方向性にはぶれがない。
熊本から始まったこの共同経営推進室が、全国の交通事業者にとってのリーディング組織として歩みつづけるのか。今後の連携にも期待したい。