ジチタイワークス

岩手県釜石市

地域の人々の仕事や暮らしを、魅力的な体験へと変貌させる。

まち全体を“屋根のない博物館”に見立てて体験を提供

目立った観光資源がなく、名所も点在しているという釡石市。まち全体を博物館になぞらえて、漁船クルーズや林業体験などの体験コンテンツを提供。年間約3,000万円の売り上げにつながっているという。

※下記はジチタイワークスVol.34(2024年10月発行)から抜粋し、記事は取材時のものです。

釡石市
産業振興部 商工観光課 課付係長
中田 深雪(なかた みゆき)さん

地域に根付いた“なりわい”を少しの工夫で観光資源に。

近代製鉄発祥の地であり、漁業が盛んな同市。ラグビーの強豪チームもあることから、“鉄と魚とラグビーのまち”といわれている。しかし、目立った観光資源があるわけではなく、海や鉱山などの名所も点在しているため、域内で観光客を回遊させるのは難しい。さらには人口減少や基幹産業の衰退、震災からの復興といった地域課題も抱えていたという。

「復興を進める中で、新しい観光地域づくりを目指そうという声が上がりました。地域の生活や産業といったなりわい、自然、文化などを“地域の宝”として見直し、磨きをかければ、観光資源になります。住民が主体となり体験として提供することで、地域に対する誇りや愛着の醸成にもつながるのではと考えました」と、商工観光課の中田さん。そこで出てきた案が、まち全体を博物館に見立てた「釡石オープン・フィールド・ミュージアム構想」だ。

アイデアを形にするため、平成30年に観光地域づくり法人「かまいしDMC」を設立。同市と二者体制で事務局を運営している。「DMC※1が民間事業者の取りまとめをして、コンテンツの作成や提供を行っています。市では商工観光課が中心となり、各部署の横のつながりを調整するというように役割分担をしています」。令和3年には多くの関係者でつくる「釡石観光連携推進協議会」も設立し、連携強化を図っているそうだ。

※1 DMC=Destination Management Company(地域と協同して地域サービスを提供する法人のこと)
 

体験に学びの要素を取り入れて楽しいだけで終わらせない。

現在用意されている体験コンテンツは、ウニむきやワカメ収穫などの漁業体験をはじめ、ジオツアーや防災ウォークラリーなど20種類以上。観光を通じて地域づくりに参加できる点を重視しているそうだ。「単に“楽しかったね”で終わるのではなく、なりわいを体験することで漁業文化や森林の現状などを知り、地域づくりに参加してほしいと考えています。そこで体験に、学びの要素や今後重要になりそうなテーマを組み込むようにしています」。

その一例が、漁船クルーズ時に参加者が海水をくみ、顕微鏡でマイクロプラスチックを確認するというもの。こうした海洋保全について考える体験を、ワーケーションや研修旅行のプログラムとしても提供しているそうだ。「参加者からは“きれいに見える海水の中も微細なごみが隠れていると分かり、衝撃的だった” “環境について考えるきっかけになった”といった声が寄せられています」。

コンテンツ販売額は当初年間100万円にも満たなかったが、DMCとともに内容を練り上げることで増加。令和5年度は年間3,000万円を超えたという。「実は取り組みを始めたとき、住民から先行きを懸念する声もありました。しかし、地域が潤うなど、実際に成果が見えてきたことで不安が解消され、応援する声が増えています」。令和4年の住民アンケート※2では、約75%が“観光振興は、経済活性化に重要である”と回答。そして約65%が“今後、多くの観光客に釡石を訪れてもらいたい”と答えているという。

※2 「令和4年 観光と住民意識に関する調査」かまいしDMC調べ

“持続可能な観光”を旗印に無理なく続けていく仕組みを。

同市の取り組みを理解する上で、外せないキーワードが“持続可能な観光”だ。「予算も限られており、大きな投資は厳しい状況です。守りたいものを負担のない形で活かし、無理なく続ける仕組みづくりに力を注いでいます」。例えば漁船クルーズには、津波で廃船になった観光船の代わりに漁船を使用。売り上げの一部をガイド役の漁師に渡すことで本人の収入増につながり、地域の魅力を伝えることが活力にもなっているそうだ。

一連の取り組みが評価された同市は、国際認証機関グリーン・デスティネーションズにより、6年連続で「世界持続可能な観光地100選」に選出されている。「こうした認証を受けることで、自分たちがやってきたことが正しいのだと実感できます。認証が一つの指針となり、関係者の足並みを揃えることに寄与していると思います」。

なお、持続可能な観光を目指すために、無理のない受け入れ体制にも心を配っているという。「人口が減っているまちですから、過度に観光客が増えても対応することができません。まちの魅力をきちんと伝えるにはどれぐらいが限界なのか、線引きすることも大事だと考えています」。“観光資源がない” “予算も十分にない”。そんな中でも、人のなりわいと学びをかけ合わせれば独自の価値が生まれることを、同市の事例は教えてくれる。同様の悩みを抱える自治体にとって、“当たり前”になっているなりわいを見直すことが、突破口になるかもしれない。

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