日本では、野生鳥獣による農作物の被害が深刻な課題となっています。
国の働きかけで近年、鹿とイノシシの捕獲頭数は増加しているものの、ジビエとして活用されるのは1割ほどというのが実情です。なかなかなじみのないジビエの魅力やオススメのレシピをはじめ、被害の現状や自治体の取り組みまで、一般社団法人日本ジビエ振興協会事務局長の鮎澤 廉(あゆざわ れん)さんに聞きました。
※掲載情報は公開日時点のものです。
Interviewee
(一社)日本ジビエ振興協会 常務理事・事務局長
鮎澤 廉(あゆざわ れん)さん
東京都出身。1997年に長野県に移住し、野生獣による農業被害の現実やハンターの営み、地元で親しまれているジビエ料理などを知る。地元ハンターから山の知識を教わり、有害鳥獣捕獲に同行するなど勉強を重ねながら、フリーライターとしてジビエについて誌面を通じて伝える一方、有害鳥獣捕獲されたシカやイノシシを活用するための料理講習などを企画。長野県のジビエの衛生ガイドライン策定に関わるのをきっかけに、全国のジビエ利活用の活動に携わる。
ジビエの定義と魅力とは
近年「ジビエ」という言葉を耳にするようになりましたが、実際に食べたことのある人は限られているでしょう。
「日本ジビエ振興協会(以下、ジビエ協会)」 は、ジビエ料理の普及拡大によって増え続ける鳥獣被害を減らし、地域の活性化や社会貢献の実現を目指す団体です。鮎澤さんは「ジビエはフランス語で、食用として捕獲された野生鳥獣、またはそれらを使った料理のことと定義しています」と説明します。
ヨーロッパでは貴族が自分の広大な領地で狩猟を楽しみ、お抱え料理人に調理させていた歴史があります。今でもフランス料理においてジビエは冬の花形食材で、家畜より上位の肉とされ、ジビエとワインを楽しみにしている人がたくさんいます。
しかし、日本ではおすそ分けでもらったジビエに臭みがあっていい印象を持っていない人や、そもそも口にしたことのない人が多いようです。
▲ 鹿肉のポワレ
ジビエにはどんな魅力があるのでしょうか。
「ジビエが臭いと感じた方は、適切に処理されていないものを召し上がったのでしょう。衛生的に処理されたジビエはとてもおいしいですよ。牛や豚、鶏などの家畜は一定の環境でコントロールされていますが、ジビエには一期一会の楽しみがあります」と鮎澤さん。
ジビエは雄雌や捕獲時の年齢、生息地、食べていたものなどによって、肉質や味わいが異なるところが面白いといいます。
また、栄養面や味にも特筆すべきメリットがあります。
抗酸化作用や抗疲労作用のあるカルノシンや脂質燃焼を助けるカルニチンを多く含んでいるのがジビエの特徴です。 鹿やイノシシは野山を駆け巡っているため筋肉質で、牛肉や豚肉に比べ高タンパク、鉄とビタミンB12が豊富です。特に鹿肉は低カロリーで低脂質、人の身体に吸収されやすいヘム鉄という鉄分が多く、貧血や冷え性を予防する働きがあります。
味わいに関しては「イノシシ肉は旨味が濃厚な赤身とさっぱりとした脂身が特徴で、特に冬場のイノシシは脂がのって絶品です。鹿肉は脂質が少なく、赤身の旨味を存分に楽しめるため、アスリートや高齢の方にもおすすめです」 と鮎澤さんは話します。
家庭でジビエを調理してみよう
実際にジビエを家庭で食べてみたいと思ったら、どうしたらいいのでしょうか。
「国産のジビエはまだまだ流通が行きわたっていない状況ですが、冷凍で置いている店はあります。例えば、鳥取や大阪、長野では地元のスーパーに並んでいて、ほかの地域ではイオンで取り扱っているところも。まずは冷凍コーナーで探してみてください。ECサイトでも気軽に買えます」と鮎澤さん。
ジビエを選ぶときは、「国産ジビエ認証」マークがあるものを選ぶと安心です。ジビエにはもともと国のルールがなかったのですが、安全に食べられるように平成30年に農林水産省が国産ジビエ認証制度を制定。ガイドラインにもとづいた適切な衛生管理を行う施設を認証しており、認証施設で処理されたものには国産ジビエ認証マークがついているので目安にしましょう。ジビエ協会のHPでは、国産ジビエ認証施設のECサイトも公開されています。
家庭で食べるときは、生や加熱不十分なジビエを食べないようにご注意を。
「肉の中心温度75℃で1分間、またはそれと同等以上の加熱が必要です。必ずしっかり火を通してください」と鮎澤さんは呼びかけます。
20年以上にわたってジビエに関わってきた鮎澤さんに、オススメのレシピを教えてもらいました。
鹿肉の唐揚げ 【ジビエ協会監修】 材料・分量(4人分)
材料名[分量]
・鹿肉(モモ、カタなど)[400g]
・無糖ヨーグルト[50g]
・醤油[30ml]
・みりん[30ml]
・酒[30ml]
・おろし生姜[1片分]
・おろしにんにく[1片分]
・片栗粉[適量]
・揚げ油[適量]
作り方
(1)鹿モモ肉400gとヨーグルト50gを混ぜ合わせて、 1時間冷蔵庫で漬け込む。
(2)(1)に醤油、みりん、酒各30ml、生姜、 にんにく各1片分を加え、さらに30分漬け込む。
(3)(2)に片栗粉をまぶして、 180度の油で7~8分くらい揚げる。
仕上げに、お好みでレモンを添える。(ビタミンCは鹿肉に豊富に含まれる鉄分の吸収を高める働きがあります。)
▶ レシピ動画もあります(ジビエ協会YouTube)
鹿/猪のスネポン酢 【ジビエ協会監修】 材料・分量(4人分)
材料名[分量]
・鹿or猪スネ肉[300g]カタ肉もおいしい!
・塩[12g]
・砂糖[5g]
・水[1500ml]
・ポン酢[適量]
・青ねぎ[適量トッピング用]
・糸唐辛子[適量トッピング用]
作り方
(1)鹿スネ肉を圧力鍋に入るサイズへカットし、塩をふる。
(2)(1)と砂糖、水を圧力鍋にかけ、圧力がかかったら弱火にして30分ほど加熱する。
(3)冷めたら一口大に切り、器に盛りつける。
(4)ポン酢をかけ、小口切りにした青ネギちらす。お好みで糸唐辛子を添える。
★大根おろしやミョウガなど、色々な薬味と合わせるのもおすすめ!
▶ レシピ動画もあります(ジビエ協会YouTube)
野生鳥獣の被害と最新の取り組み
昔から野生鳥獣は、狩猟者が楽しむ貴重な山の恵みでした。しかし、平成12年以降、全国で野生鳥獣による農林業への被害が拡大して156億円にのぼり(令和4年度・農林水産省発表)、離農で耕作放棄地が増え、農山村地域が衰退するなど深刻な影響を及ぼしています。そこで有害鳥獣として積極的に捕獲する対象となり、鹿とイノシシの捕獲頭数は年々増加。そのほとんどが埋設か焼却処分されており、その負担も自治体の課題となっています。
▲ 「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和4年度)全国の被害金額の推移」(農林水産省) (https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hogai_zyoukyou/)を加工して作成
そのため国は、捕獲した鳥獣をジビエとして利活用することを推奨しています 。厚生労働省は平成26年に「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」を制定し、平成28年には鳥獣被害防止特措法を一部改正。さらに国産ジビエ認証制度によりジビエを安心・安全に流通する環境を整備したことで、捕獲した鳥獣をジビエとして利用する動きが年々加速しています。現在はジビエとしての利活用に向けた各種支援や交付金も用意されています。
「鳥獣被害対策やジビエの利活用は、日本全国の自治体の課題となっています」と鮎澤さん。
ジビエ協会では全国の連携する自治体と情報交換を行っており、「北海道は毎月第4火曜日を『鹿の日』としてエゾ鹿の食肉利用を推進したり、鳥取県では学校給食にジビエを導入したり、ふるさと納税でジビエを提供する自治体も増えています」と一例を挙げます。さらに、令和2年に「ジビエ振興自治体連絡協議会」を立ち上げました。現在38自治体(令和6年7月時点)が会員となり、情報交換や事例研究、国への要望活動などを行っています。
近年、ジビエ協会では、ジビエの洗浄から剥皮・内臓摘出・枝肉洗浄までの1次処理が可能なジビエカーを開発しました。
「ジビエカーの魅力は捕獲現場の近くで1次処理ができることです。処理施設から捕獲現場が遠いと、食肉利活用できずに処分せざるを得ない場合があります。ジビエカーは野生動物の命を無駄なく活かすことにつながります。また、ジビエカーであれば、どこへでも移動できて、いくつかの自治体で連携して活用いただくことも可能です。気になる方はチェックしてみてください」。
一般社団法人日本ジビエ振興協会(https://www.gibier.or.jp/)
捕獲されたジビエをおいしく安全な食肉として利用するために必要な技術や情報を広く周知し、鳥獣被害に悩む地域がジビエの利用により活性化することを目指しています。会員の活動サポートをはじめ、衛生管理方法の助言や講習、衛生管理手引書の作成、ジビエ料理のセミナーや料理コンテストの実施等のほか、国産ジビエ認証制度の認証機関としても活動。