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【明日からできる!調整力の高め方#1】自ら引き立て役を勝って出た上司から学んだ交渉術とは。

ようやく動き出した企画が、各所との調整が難航した結果、実行できなかった……。こうした経験をもつ人はいるのではないだろうか。こうした場面を乗りこえるためには、効果的な“調整力”が必要だが、具体的にどう身に付けていけばいいか、悩む人も多いだろう。

そこで本企画では、元足立区教育長の定野 司さんに、著書『合意を生み出す!公務員の調整術』(学陽書房)の内容をもとに、庁内・外で円滑な連携やコミュニケーションを図るための“調整のコツ”を教えてもらった。第1回では、定野さんが主任時代に経験したことを物語風に紹介する。

【連載】『合意を生み出す!公務員の調整術』(学陽書房)からご紹介

第1回 上司から学んだ交渉術とは ←今回はココ
第2回 調整の目的はヒトを動かすこと
第3回 合意を生み出すための作法(調整の原則)

解説するのはこの方
文教大学(経営学部)客員教授
定野 司 /(さだの つかさ)さん


1979年、東京都足立区に入区。2002年の財政課長時代に導入した「包括予算制度」が、経済財政諮問会議の視察を受け注目を浴びる。以来、一貫して予算制度改革やコスト分析による行政改革を実践。2008年から自治体の事業仕分けに参加。2012年、多くの自治体と共同して新しい外部化の手法を検討する「日本公共サービス研究会」の発足・運営に携わる。

2015年から2期6年間、足立区教育長を務め、学力向上、特別支援教育、不登校対策に力を注いだ。2021年より現職。2022年、持続可能な自治体運営と、幸せな合意形成の実現をめざす「新しい自治体財政を考える研究会」の代表理事を務める。
著書に『合意を生み出す!公務員の調整術』『マンガでわかる自治体予算のリアル』(学陽書房)などがある。

交渉が決裂する危機を回避した課長の言葉。

私が主任時代のことです。半年に及ぶ極めて困難な交渉の末、A社との契約を締結することに。そこで、それまで一度も交渉の場に出ていなかったK課長をお連れすることにしました。

「上司に花をもたせる、なんていい部下なんだろう」。私は自分の所業に少し酔っていました。そのときでした。交渉相手のS社長がこう切り出したのです。

「おたくは、こんな重要な案件を職員(私のこと)に任せておくのですか、いいですね、お役所は……」。S社長は大手企業から子会社のA社に出向した、バリバリのビジネスマンです。
一方、K課長はA社の案件について、“理解できないから”という理由で、一切、私に任せていました。

理解しようとしないK課長とバリバリのS社長と、話がかみ合うわけがありません。
「このままでは化けの皮が剝がれる、契約もぶち壊しだ」。そう思った瞬間、K課長が、こう話しはじめました。

「もし、課長の私が交渉にあたらなかったことが問題でしたら、幾重にもおわびします。民間企業でしたら、ここで利益を出そうとか、ここで損をしても別のところで利益を取り戻そうとか計算するでしょう。

しかし、私も彼(私のこと)も、税金を預かる立場の人間です。私は納税者のどなたが見ても納得できる条件で合意するよう彼に指示しました。なので、私でも彼でも、お出しできる条件は同じです。
そして、その条件を上手に説明できるのは、私ではなく、この件を担当している彼だけです。半年もの間、交渉を続けてこられたのは、彼がこの契約の当事者であると御社も認めてくださったからではありませんか?」。

S社長:使い走りではないと?
K課長:そのとおりです。
S社長:ローワンですね。
K課長:ガルシアの手紙です。

そのあと、S社長は上機嫌で、契約書に無事サインをいただきました。

帰り道に、私はK課長に尋ねました。「ガルシアの手紙って、いったい何のことですか?」。

ガルシアの手紙とは。

米西戦争(1898年)、アメリカの大統領 マッキンリーは、キューバ反乱軍のリーダーであるガルシア将軍と同盟を結ぶため、手紙(親書)を渡すことにしました。

しかし、ガルシア将軍がどこにいるのか誰も知りません。そこで、米軍将校ローワンが呼び出されます。

ローワンはマッキンリー大統領に、「ガルシアはどこにいるのか?」と尋ねることなく、黙って手紙を受け取ってボートに飛び乗り、海を渡りジャングルを駆け抜け、4週間後にみごと「親書」を届けて無事生還。自国に勝利をもたらしたのです。

この話がアメリカの雑誌に、「ガルシアへの手紙」として掲載されると、たちまち評判となり、増刷に増刷を重ね、全米の軍人、ボーイスカウトがその冊子を手にしました。

さらに、ロシア語に翻訳され、日露戦争の際、ロシア兵の捕虜はみなこの冊子を持っていたことから、のちに日本語に訳され、日本の軍人や役人に配布されたといわれています。

“調整力”を身に付けるヒントは組織の中にある。

S課長:いつでも、ローワンというわけじゃないぞ。交渉の経過は適宜、報告するように。
私:分かりました。

私は、自身を主役に引き立ててくれたK課長に感謝しました。「ガルシアへの手紙」の中で、著者「エルバート・ハバード」は、こう述べています。

「私が強く引きつけられるのは、上司がいようといまいと、自分の仕事をきちんとする人間である。ガルシアへの手紙を頼まれたら、これを黙って受け取り、ムダな質問はせず、近くの下水道に捨ててしまおうなどとせず、
手紙を届けることに全力を尽くす。こういう人間は決して仕事を失わないし、賃金の値上げを求めてストライキを打ったりする必要もない。世界はいつだって、“ガルシアへの手紙を届けられる人間”を探し求めているのだ」。

この出来事から何十年か経ちましたが、多くの交渉・調整・つばぜり合いの中、私が正気を保ち、小さな勝機をつかみ、それを広げて成果につなげることができたのは、このエピソードがあったからです。
私たちの仕事は組織で行っています。様々な場面で「報・連・相」が重要なことはいうまでもありません。しかし、これは部下の論理です。

「報・連・相」がないと嘆く前に、“怒らない”、“否定しない”、“助ける”、“指示する”。この、上司の「お・ひ・た・し」という姿勢がなければ、組織の心理的安全性を保つことはできないでしょう。(しかめっ面を止める、忙しいふりをしない)

複雑な人間関係の中で、“調整力”を身に付けることは重要なことですが、トレーニングする場は、身近な組織の中にあります。議論が煮詰まってしまったら、この「ガルシアへの手紙」を思い出してください。

「煮詰まる」という言葉は、もとは、“煮詰まって、そろそろ料理が完成する、答えが出る”という意味でしたが、今では、“物事が進展しなくなる、行き詰まって解決策が見つからない状態”を指す、正反対の言葉になっています。

私は外国人の話す言葉も宇宙人のそれも分かりませんが、人間同士が、その調整に駆使する言葉は、とても不思議で、大切なものだと思っています。


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