AIなどの情報技術の急速な進化や社会構造の変化などで生き方や働き方が多様化していることに伴い、子どもたちや若年層が自分の将来像を描きにくい時代になっている。そこで注目されているのが、人生で起きる課題に柔軟に対応する力を養う「キャリア教育」だ。
今回は、キャリア教育の必要性や今後の課題について詳しく解説する。自治体としてキャリア教育をどう進めていくか迷っているのであれば、ぜひ参考にしてほしい。
キャリア教育の意義と必要性
現代社会でキャリア教育が重視されるようになったのには以下の3つの理由がある。
1.子どもたちの健全な発達のため
SNSの普及やAIなどの情報技術の進化で、他人と直接会わなくても生活できるよう社会環境が変化しつつある。このような状況の中、人間関係がうまく築けない子どもや好奇心を持てない子どもの増加も問題化している。
子どもたちの精神面や社会面の成長のためにも、人とかかわりあい、未知のことに興味を持たせ、体験する喜びを与えるキャリア教育が必要とされている。
2.先行きが不透明な時代になったため
デジタル化など社会構造の変化もあり、誰もが将来を見通せない「先行きが不透明な時代」になったといわれている。子どもたちにも「これを学べば大人になっても大丈夫」「将来のために学校の勉強を頑張っておけばよい」と言える時代ではなくなっているのも事実だ。
国語や数学など教科の学習にとどまらないキャリア教育は、子どもたちが変化を恐れず自分で人生を切り開く力を身に付けるためにも必要だと考えられている。
3.働き方や価値観が多様化しているため
以前は、学校を卒業したら就職し、定年まで働くという働き方が主流であった。しかし近年は、雇用の流動化や正社員ではない働き方も多くなっている。
子どもたちが働き方のロールモデルを探すのが難しくなっている中、職業に関する知識を伝える職業教育だけでなく、キャリア教育で自分の価値観をしっかり持ち主体的に自分の進路を選べる人を増やすことが求められている。
現状と課題
キャリア教育の現状と課題について確認しておこう。
◆キャリア教育の現状
日本のキャリア教育が本格化したのは平成16年のことである。キャリア教育推進地域の指定やインターンシップ連絡協議会の設置を行った。その翌年には「キャリア・スタート・ウィーク」事業を開始し、中学校における職場体験キャンペーンも実施している。
また、平成18年の教育基本法改正 では「職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと」が目標の一部として定められた 。さらに、平成19年の学校教育法の改正では「職業についての基礎的な知識と技能,勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと 」が規定されている。
これらの法改正により、現在、小学校の時点から体系的にキャリア教育が行われている。
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◆キャリア教育の課題
キャンペーンや法改正を行い、小学校から大学の各段階でキャリア教育を実施しているが、課題も多く残されている。段階ごとの課題は以下のとおりである。
<小学校>
多くの学校でキャリア教育担当者を設置しているが、担当者が1人であることやほかの担当との兼任になっているという問題点がある。また、学校全体でキャリア教育に取り組んでいるとはいいにくい。学校全体でキャリア教育に関する知識や意識を共有するために、研修の実施拡充や全体計画の作成が求められている。
<中学校>
キャリア教育の一環として「職業体験活動」が行われているが、職業体験=キャリア教育とみなすことが多いという問題がある。職業体験活動に限らず、人間関係形成能力や将来設計能力など、幅広い能力を育成する学習が求められている。
<高校>
キャリア教育の体験活動は「大学主催のオープンキャンパス」「職場見学」など、「近い将来の進路に関わる体験」にとどまっていることが多い。また教員側の指導も、大学進学や就職など近い将来の進路指導に偏る傾向にある。
今後は、卒業後の進学先・就職先だけでなく、「生き方や人生設計について」や「自分の個性や適性について考える」ところまで指導することが求められる。
<大学>
キャリア教育として、「インターンシップ」「企業関係者や大学OB・OGの講演」などが行われているが、教員・職員間で温度差があるため、大学全体で取り組んでいるとはいえない部分がある。さらに、個々の学生のスキルや意識に大きな差があるという問題点もある。
今後は、教職員のキャリア教育に対する協力体制を整えることはもちろん、学生のスキル把握に力を入れることも重要になってくる。
自治体のキャリア教育事例紹介
自治体のキャリア教育事例として、神奈川県の「未来の自分にインタビュー!」と仙台市の「仙台自分づくり教育」について紹介する。
Case.1 神奈川県「未来の自分にインタビュー!」
神奈川県の中学校向けライフキャリア教育では「未来の自分にインタビュー!」を行っている。生徒同士がペアになり「28歳」になったつもりで「今どこに住んでいるか?」「今夢中になっていることは?」などの質問事項に沿ってお互いにインタビューするというものだ。
インタビューを通じ、進学・就職・結婚など、28歳までという近い将来に起こりそうなライフイベントについて想像し、将来の「生活」や「仕事」について考えるきっかけが作れるようになっている。
また、ペアの相手の答えを聞くことで、自分と人との違いを楽しむだけでなく、今は同じ学校にいる人にもそれぞれに違う未来があることにまで想像が及ぶようになっている。
Case.2 仙台市「仙台自分づくり教育」
仙台市のキャリア教育「仙台自分づくり教育」では「たくましく生きる力育成プログラム」と銘打ち、体験型経済教育プログラムや職場体験などを通じて、社会的・職業的自立を目指した指導が行われている。
教科で学べる知識だけでなく、「かかわる力・うごく力・いかす力・みとおす力・みつめる力」といったたくましく生きる力を育成するためのプログラムとなっており、小学生から中学生にかけて学べるようになっている。
なお、学年ごとに段階的に学べるようなモデル授業プランはあるが、それに従う必要はなく、授業の具体的な内容は各学校で決めることもできる。さらに、単発でキャリア教育授業を行うだけでなく、教科の授業や朝の会などの学級活動の中に組み込みながら実施できるという特徴もある。
ますます重要になる「キャリア教育」自治体の理解も必須
子どもたちを取り巻く環境が大きく変化している現在、主体的に生きる力を養うキャリア教育の重要性が高まりつつある。
しかし、現場の教員の負担を考えると学校単体でキャリア教育授業を全て計画し、実施するのは難しいかもしれない。今、自治体に求められるのは、キャリア教育の全体像を理解し、自身の自治体ではどのような教育が必要かを把握すること、そして理念および授業計画作成の手助けをすることではないだろうか。