「公務員の人事評価は恣意的に運用されている」「評価が高いはずなのに希望の部署に配属されないのは上司に嫌われているから」……公務員であれば一度くらいは、そんな”うわさ”を耳にしたことがあるのではないだろうか。民間と比べて公務員は人事評価がブラックボックス化していると言われ、昇進・昇格・異動などに対しネガティブなトーンで語られることが少なくない。
そこで今回は地方自治体の人事・組織について詳しい獨協大学教授の大谷基道さんに、地方公務員の人事評価についての「実際のトコロ」を聞いていく。
時代に適合しつつある公務員の人事評価
以前は主観的に評価する勤務評定
ーー 本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、公務員の人事評価制度について、法律の改正により色々と変わったと思うのですが、どういう変化が生じたのかを教えてください
大谷基道さん(以下、敬称略) はい。以前は勤務評定と呼ばれる評価制度がありました。ただ、この勤務評定は評価項目や評価基準が明確ではなかったのです。一応、各自治体で作成してはいるのですが、評価の客観性が保てるほど精緻なものではなかったため、極端に言えば「一生懸命頑張っているかどうか」のような主観的で曖昧な評価になってしまっていました。
ーー評価者の印象で結果が左右される感じですね
大谷 言い方は良くありませんが、上司の胸三寸で決まってしまうことも少なくありませんでした。この制度は2016年4月に現在の人事評価制度が導入されるまで続いていました。とはいえ、この勤務評定による評価は全く的外れなものではなく、おおむね正しいことが多かったのではないかと思います。
ーーそれはどういうことでしょうか?
大谷 日本の自治体の場合、大部屋で仲間と協力しながら仕事をするケースがほとんどです。欧米の自治体では、職員一人ひとりに個室やパーテーションで区切られたスペースが与えられ、業務分担も個人単位で定められています。その結果、一人ひとりの役割が明確になっているのですが、日本の自治体の場合は、主担当・副担当のように複数人のチームをつくりほかの人と協力しながら仕事を進めていきます。
これだと職場内のみんなの働きぶりがよく見えますので、誰が仕事ができて誰ができないか、誰がやる気があって誰がやる気がないのかなど、皆の評価はおおむね一致します。上司による勤務評定においても、主観性が入る可能性があるとはいえ、その相場観と大きく離れた評価をすれば周囲から違和感を持たれることになりますので、おおむね正しい相場に落ち着くというわけです。
評価基準の変化でより正確な評価が可能に
ーーとはいえ、評価者の主観的な部分が入ると不満を持つ人もいるのでは?
大谷 確かに、かつての勤務評定は主観を排除しきれないことや、客観的なフィードバックがないことなどから、自分の評価に対して疑問を抱く人もいました。
そこで、客観性・透明性を高めるため2016年に新たな人事評価制度がスタートしたのです。具体的な評価方法については後述しますが、能力評価と業績評価の2つの軸で客観的に評価し、その結果を任用、給与、分限その他の人事管理の基礎として反映することとされています。
この評価制度自体はよく考えられたものと言って良いと思います。ただ、具体的な評価項目や評価基準については各自治体が定めることとされていますが、それが曖昧なままの自治体も見られます。また、適正に評価するためには、管理職など評価者の研修も必要ですが、それが十分でなく、適切な評価ができていない自治体も少なくありません。とはいえ、評価の項目や基準をしっかりと理解した上で日々の仕事に取り組むことで、希望通りのキャリアプランを実現できる可能性もあるんですよ。
多くの自治体が参考にする総務省モデル
ーー人事評価についてはこういったシート(画像参照)が総務省から出ていますが、こちらが基準になるのでしょうか?
大谷 これは2つの柱のうちの能力評価の評価シートの例ですね。あくまで参考例です。多くの自治体がこのシートを参考に、必要なアレンジを加えて評価制度を作り上げています。中には「面倒くさいからこのまま使っちゃう」なんて自治体もあるかもしれませんが。
(出所)総務省「地方公共団体における人事評価制度に関する研究会」中間報告より
ーー人事評価の結果は、どの自治体も昇給等に反映しているのでしょうか?
大谷 総務省の「人事評価結果の活用状況等調査結果」(令和4年4月1日現在)を見ると、都道府県における評価結果の活用率は100%です。政令市になると活用していないところも一部ありますね。市町村レベルになるとまだまだです。抵抗勢力がいるのかもしれませんが、地方公務員法の規定では、「人事評価を任用、給与、分限その他の人事管理の基礎として活用するものとする」とされていますので、適切な対応ではありません。
(出所)総務省 「人事評価結果の活用状況等調査結果のポイント」(令和4年4月1日現在)
ーー人事評価導入後はしっかり運用されているのでしょうか?
大谷 制度の導入自体はそこまで難しくないと思います。決して推奨はしませんが、総務省が示した参考例をアレンジせずそのまま使えばどうにかなりますので。問題は現場における評価のやり方です。評価する人が決められた基準に従って適切に評価できるかどうかが問題ですね。
具体的な公務員の人事評価のやり方とは?
人事評価は大きく能力評価と業績評価の2つ
ーーでは、具体的な人事評価について詳しく教えてください
大谷 職員の評価を能力評価と業績評価の2本立てで行うのが大きな特徴です。職務上の行動を通じて顕在化した能力を測るとともに、実際にどういう結果を出したかを把握して、その両面から評価し、その結果を人事管理に活用するのです。
ーー業績評価はどうやっているのですか?
大谷 業績評価は、どれだけの業績を上げたかを目に見える指標で評価します。
自治体にも民間企業の営業成績のように数値化が容易な業務もあります。例えば、企業誘致を担当している人であれば、「3件の企業を誘致してきました」という具合です。同様に観光客の誘致を担当している人であれば、「観光客が年間300万人を突破しました」とかが分かりやすいですね。難しいのは、役所の仕事は先程お話ししたように一人でやっているわけではないのと、社会経済状況や政治的な状況などの影響もあるので、業績の上下が必ずしも100%本人の責任とは言い切れない点ですね。
自治体の業務は数値化が難しいことが多いと思います。その場合は、目標管理制度を用います。年度の初めに上司と相談し、自身の業務の成果をどう数値化するかを考えながら年間の目標を立て、その達成度を測ることで業績評価とします。
ーー 目標を数値化するっていうのは決まりですか?
大谷 やはり数値化しないと客観性が担保できないので、可能な限り目標を数値化することが必要です。例えば、交通安全の意識啓発事業を担当している職員の場合、事故や交通違反の件数は様々な要因の影響を受けますので、職員個人の業績評価にはなじみません。もし住民の交通安全の意識がどれだけ向上したかを住民アンケートなどで測定しているのであれば、その数値を用いるといった方法が考えられます。
もちろん、中にはどうしても数値化できないものもありますので、その場合は「期末時点でどういった状態になっていることを目指すのか」を示す方法もありますね。
ーー 一方の能力評価についても聞かせてください
大谷 能力評価は簡単にいうと「企画立案能力が高い」とか「仕事を進める上で必要な協調性をもっている」といった、仕事で必要となる能力をその人がもっているかどうかを判断する内容です。
ただし、例えば協調性であれば、何をもって協調性をもっていると判断するのかが重要です。主観的に評価するだけだと以前の勤務評定と同じになってしまいます。そこで、能力評価では、業務遂行上、高いパフォーマンスを発揮している人(ハイパフォーマー)の行動特性を分析し、それに合致するかどうかで判断します。その行動特性を持っていれば、その能力があると見なすという評価システムになっています。
民間でも活用されているコンピテンシー評価
ーー そのハイパフォーマーを基準として評価項目をつくる方法について詳しく教えてください
大谷 これはコンピテンシー評価といって、官民問わず人事評価でよく用いられています。本人の責めに帰さない理由で業績が上がらないこともあるでしょう。それを補うために能力評価があり、「行動特性」に対して評価を行うのです。
能力評価の場合、評価表に「業務知識」「企画実行力」のような項目が設定されており、具体的にどのような行動を指すのかが明記されているはずです。以前の勤務評定では、例えば仕事外での飲み会を断ったら「協調性がない」と恣意的に評価することも可能でした。けれども改正後の能力評価は、あくまでも「職務上の行動を通じて顕在化した能力」を評価基準に従って客観的に評価する必要があるのです。
評価はどんなフローで決まるのか
ーー 先程の業績評価では、目標の数値化の過程で評価者の能力も問われるとありましたが?
大谷 評価をする際に客観性や公平性を担保するため、評価のやり方を学ぶ評価者研修があります。人事評価の肝は「運用」にあります。いくら精緻な制度を構築しても、評価が適当では意味がありません。人事担当課が主導して、まず管理職=評価者の意識を変えなくてはいけません。管理職が部下としっかり面談をして期首には目標を定め、期末には結果をフィードバックする必要がありますので、評価者研修をみっちり行うのが基本です。
ただ、小さな自治体だと、人事担当が総務課人事係の2~3人しかおらず、1人で給与も採用も育成も担当しているようなところもあります。そうすると、「新しい人事評価制度が始まるから、わが自治体に合うような制度を設計しましょう」なんてことは、実際にはとても無理でしょう。
したがって、評価項目は総務省の参考資料を少し変えるだけにし、評価者研修も形だけやって終わり、ということになってしまいます。管理職も「マニュアル見ながら適当に評価すればいいんでしょう」ということになります。適切な運用とは言い難い状況がこうして生まれるわけです。
ーー 確かに、適切な評価のためにはある程度のキャパシティーが必要ですね。そもそも「目標数値が妥当なのか」という議論も出てきそうです
大谷 高すぎる目標はもちろん問題ですが、目標が低すぎても問題です。目標に掲げた数値を達成できないと業績評価が低くなるので、ずる賢い人は最初から低めの水準を目標にしようとするんです。でも上司はそれを認めちゃいけません。
到底達成できないほど高い目標ではやる気を失ってしまうし、簡単すぎる目標では逆に手を抜いてしまいます。頑張ればどうにか届くレベル、これをストレッチゴールといいますが、このような目標を設定するのが一番大事なんです。
ストレッチゴールの設定は、本人の能力を知らないとできませんよね。そのほかにも外部環境の変化やほかの職員の影響などもできるだけ考慮しなければなりません。
これらを全部考えながら適切な目標を期首面談で設定し、中間面談で進捗状況を管理して逐次アドバイスをしたり目標を見直してみたりして、期末に目標をどの程度達成できたかを評価して本人にフィードバックすることになります。
ーー 一部かもしれませんが、結果のフィードバックがないという公務員の声もきいたことがあります
大谷 大前提として、フィードバックは一人ひとり時間をかけて行うべきです。本人と十分な面談をして、評価に対する納得度を高くする必要もあります。そもそも、人事評価は昇給や昇任・昇格などに反映される点がクローズアップされがちですが、一番大事なのは「人材育成」に反映することなんです。
つまり、「この能力が足りないからこの研修を受けてもらおう」とか、「こういう経験が不足しているから次はこの部署で経験してもらおう」といった具合に、人事評価は人材育成の材料として利用できるのです。
ただ、自治体によってはフィードバックがうまくできていないところも少なくないですね。
原因としては、やはり管理職は忙しいということ。課員が30人近くいるとすると、ひとり30分の面談を行ったとしても累計15時間はかかります。そのため、表層的な会話+アルファ程度での内容で、ひとり15分程度で終わらせようとしてしまう。これだと評価される側の納得度は低いですよね。
ーー 評価される側はどうすればいいのでしょうか?
大谷 後編でお話ししますが、目標設定を工夫することですね。自分の成長にもつながるようなストレッチゴールを、上司任せにしないで自分で立てることが重要です。
※【後編】地方公務員の「人事と評価」 昇給・異動と「評価」の関連は?
人事異動に関する記事一覧
【総集編】ブラックボックス?公務員の人事、評価、異動の実態は。
大谷 基道(おおたに もとみち)さん
1970年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程研究指導終了退学、同大学院で博士(政治学)を取得。茨城県職員、(公財)日本都市センター主任研究員、名古屋商科大学教授などを経て、現在、獨協大学法学部教授。専門は行政学、地方自治論。主な著書に『職員減少時代の自治体人事戦略』(ぎょうせい、共著、2021年)、『現代日本の公務員人事――政治・行政改革は人事システムをどう変えたか』(第一法規、共編著、2019年)、『東京事務所の政治学――都道府県からみた中央地方関係』(勁草書房、単著、2019年)など。
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