「仕事にやりがいを感じられない」「これからのキャリアが思い描けない」......。
自治体で働く中で、誰もが一度は“キャリアデザイン”で悩んだことがあるだろう。
本企画では、静岡県庁職員や藤枝市副市長などのキャリアを積み、現在は藤枝市理事兼人財育成センター長を務める山梨秀樹さんに、「公務員のキャリアデザイン」について執筆していただく。
これまでジチタイワークスWEBでも、様々な自治体職員の方に仕事観や経験について語っていただいたが、本企画ではキャリアデザインについての全体像を俯瞰して考えていく。
最終回のテーマは「キャリアアップが進む公務員・自治体組織」。近年、盛んに議論されているジョブ型とメンバーシップ型という雇用形態を軸に、早速考えていこう。
職員のキャリアアップに向けて、組織がやるべきことは?
今や、まちづくりの最大のけん引力となるのは、役所の職員です。
自治体経営は総力戦。職員の誰もが高いモチベーションと改革意欲を持って活動できる。これが自治体組織の真にあるべき姿ではないでしょうか。
優れた公務員づくりは行政の社会的責務であり、士気が高く気概に満ちた職員を的確に育むには、組織を挙げたシステムづくりと、その実行プロセスが欠かせません。
コロナ禍で一気に加速した社会、経済の変動に伴い、企業も自治体も今、様々な角度から組織経営の改革を迫られています。人々の日常が変わり、暮らしの態様も働き方も変化する中、自治体の組織経営はこれからどうしていくべきでしょうか?
今、盛んに議論されているジョブ型、メンバーシップ型の任用を例に、考えてみましょう。
ジョブ型任用、メンバーシップ型任用とは?
伝統的な日本型雇用のシステムは「メンバーシップ型」と呼ばれ、勤務地や人事配置の変更もある前提で人財を一括して採用し、長期にわたり雇用と教育を続けます。一般に組織への従属性や依存性を高めるシステムと言われています。
一方、「ジョブ型雇用」とは、企業等が就職希望者にあらかじめ職務内容を詳細かつ明確に示して採用し、部署間の異動や遠方への転勤、昇任がほとんどなく、特定職務の具体的実績への評価をベースに給与が支払われます(Pay for Job)。
粗い言い方をすれば、メンバーシップ型雇用は「組織にマッチする人材」を採用し、長く雇用して育成するシステム、ジョブ型雇用は「仕事にマッチする人材」を必要に応じて採用し、特定の能力を徹底して活用するシステムと言えます。
近年、特にジョブ型雇用が注目されるようになった理由や事情は、次のように整理できます。
・専門職の人手不足を解消し、優れた人材を確保したい
・専門職の技術レベルを上げ、競争力をアップさせたい
・テレワーク社会で多様な働き方に対応できる経営を目指したい
・企業でメンバーシップ型雇用を続けることが難しくなってきた
・転職自由の時代が到来する可能性がある
ジョブ型雇用への関心は今後も高まり、政府による関係法の整備も進むと見込まれます。国際的に活躍する大企業などでは、本社や国内外の支社等で人事制度を統一するためジョブ型を一斉に導入する場合もあるでしょうが、人事や組織体制の激変で社内が混乱するリスクもあります。
また、戦前からわが国に根づいている「会社は家族」「従業員はみんな仲間」という高い結束力と同族意識が、組織の優れたチームワークやぬくもりのある職場を保持し、わが国をかつて経済大国にまで押し上げた功績も大きいと言えます。
「労働は契約だ」という欧米の労使関係とはひと味違う、組織と従業員のなごやかな関係を重視する経営志向や、長期雇用で将来の経営陣を丁寧に育てたいという経営者の思想がある限り、長く培われた組織文化を一気に壊しても、経営改革はうまく進まないでしょう。
ジョブ型、メンバーシップ型の二元論で優劣を議論するのではなく、それぞれのメリット・デメリットを正確に捉え、各々の組織に合った雇用形態を丁寧に検討し、経営戦略を立てる必要がありそうです。
地方公務員法による任用はジョブ型?メンバーシップ型?
わが国の地方公務員の任用方式は、ジョブ型かメンバーシップ型か?将来的にその傾向に変化があるかどうかについて、考えてみましょう。
日本の自治体の組織経営は、典型的なメンバーシップ型と言えます。
地方公務員法に規定する定年制、給料表や昇給基準の条例主義などを見る限り、同法は基本的には長期雇用を前提とし、例外的に必要に応じて会計年度任用職員、臨時的任用などの短期的、随時的任用を認める制度体系を採っています。
また、競争試験による採用、試験に関する事項の公開、採用試験の目的と方法および試験ごとの採用候補者名簿作成義務なども法定され、定期・一括採用を一応の建前としているように見受けられます。
現に一部の専門職(医療、保健、心理判定、学芸、研究等)を除けば、ほぼ全員が年度ごとに一括して採用され、その後は定期的な異動で様々な職務を経験し、年功序列(これは法定されていません)を基本として昇格、昇任、昇給を重ねます。
長期的視野のもと、あくまで総合職の職員を育てるというのが、現在も自治体組織経営の前提となっています。
それではどうして、こうした法体系と任用慣行が長く続いているのでしょうか?改善の余地はあるのでしょうか?
そこには、自治体ならではの特別な事情があるものと私は理解しています。
まず、職員の行政に関する広範な知識、知見が、住民に強く求められているという点です。
特に住民に身近な存在である市町村職員は、担当職務と無関係に、町内の会合や日常会話などで、地域課題についての問い合わせや苦情、相談等を頻繁に受けます。
住民には「職員なら行政について一通りの知識や情報があるはずだ」という基本的認識があるため、「分からない」「担当者でないから知らない」では済まないのです。
「まちの公僕」としての信頼を得るため、役所は幅広い行政知識や施策情報を持つ職員を育む必要があります。
また、職員が特定の部署に専属的に長期間勤務することによる、関係住民との癒着の回避も重要です。
特に許認可や課税・納税、補助金の交付などに従事する職員はこのリスクが高く、こうした職員を長期間、同じ部署に勤務させない組織的な配慮が必要となります。
そして、最も重要な理由ですが、行政にはバランスの取れた総合的な判断と意思決定が不可欠です。
自治体経営上、地域課題の解決に向けた偏りのない政策判断、的確な施策の決定と迅速な実施には、様々な行政分野における実務経験、地域情報にもとづく広範で豊かな識見と技量、そして長きにわたり培った人脈が欠かせません。総合力こそが重要なのです。
こうした事情から、自治体における主な任用方式は、メンバーシップ型によらざるを得ないと言えます。ただし、例えば文化・教育行政、ICT、防災技術や医療、メンタルケアなど、高度な専門性が求められる特定の分野ではジョブ型任用が必要とされ、その専門的知見が行政の意志決定の重要な材料または要素となります。
自治体は「ハイブリッド」方式で
そこで自治体の組織経営では、メンバーシップ型、ジョブ型の双方を併用してバランスよく活用する「ハイブリッド」型の任用、育成が有効と解されます。その上で、次の事柄に配慮する必要があると思います。
(1)専門職、総合職の両軸を併存させ、クロスさせる
メンバーシップ型職員とジョブ型職員を組織内で併存させて活用する場合、その体制を硬直化させてはいけません。
例えば、ジョブ型職員も、本人の希望と能力によっては選考採用で長期雇用に転じて昇任させ、バランスよく施策を展開できる職員には総合職や経営陣への道も開く。また、総合力を有していても専門分野を極めたいという職員にはその道も保障する。
こうしたクロス・マネジメントを適宜行い、貴重な人財を的確に、適所でうまく活かして伸ばすべきです。
1つの理想としては、自治体行政の全体を俯瞰して政策の展開ができ、自身の専門分野も併せ持つ「総合力のある専門家」を組織的に育む経営戦略が妥当と考えられます。
(2)職員を活かして伸ばす人事評価を行う
いずれの任用型でも、不公平感のない人事評価がなされることが重要です。
ジョブ型とメンバーシップ型では任用後の評価方法は異なりますが、共通して特に留意すべきことがあります。それは、どちらも自己申告・自己評価方式にすることです。
各年度の職員の実績と行政効果を、まず職員から上司に申告させ、職員の自己評価内容を管理者や人事担当者が熟読し、職員と面談の上、客観的に俯瞰し、励ましや助言等を行います。
もちろん、好成績を収めた職員については昇給や昇任の手続きを進めます。評価制度はヒトを励まし、活かして伸ばすための手法ですから、評価によって職員の士気と活力がアップしないなら、制度の意味はありません。
ヒトを活かす手法は様々…バランスよく併用する
また、ジョブ型以外でも、藤枝市が行っているように、ICT企業、金融機関や諸団体との積極的な人事交流により、外部の専門的な知見・技能を各分野で活用することは有益です。
こうした様々な手法を併用し、職務経験、能力や年齢等に合わせた勤務条件を整備することで、どの職員も士気を落とさず、気概を持って仕事に専念できるようにします。
それは組織としての丁寧な取組により十分に可能であり、組織経営上の本来的責務でもあります。
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「仕事にやりがいを感じられない」「これからのキャリアが思い描けない」......。自治体で働く中で、誰もが一度は“キャリアデザイン”で悩んだことがあるだろう。本企画では、静岡県庁職員や藤枝市副市長などのキャリアを積み、現在は藤枝市理事兼人財育成センター長を務める山梨秀樹さんに、「公務員のキャリアデザイン」について執筆していただく。
プロフィール
山梨 秀樹(やまなし ひでき)さん
昭和33年11月生まれ。昭和58年3月京都大学経済学部を卒業し、同年4月、静岡県庁に入庁。総務部市町村課、旧総理府(現内閣府)地方分権推進委員会事務局、静岡県総務部合併支援室などを経て、平成20年10月藤枝市行財政改革担当理事、平成24年8月同市副市長、平成28年4月静岡県知事公室長、平成29年1月静岡県理事。平成31年3月に同県を定年退職し、同年4月から藤枝市理事。令和2年4月から同市人財育成センター長を兼ね、現在に至る。
著書に「伝えたいことが相手に届く!公務員の言葉力」(ぎょうせい)。ほかに寄稿、論文、大学ほかでの講義、講演など。
著書
『伝えたいことが相手に届く!公務員の言葉力』(ぎょうせい)