まちづくりを広げるために自治体から外へ、“邑南町A級グルメ”仕掛け人の決意。
自治体職員の中には「公務員として今後のキャリアが見えない…」「新しいことに挑戦したいけれど最初の一歩が踏み出せない…」といった悩みをかかえている職員も少なくないかもしれない。
そこで今回は、自治体職員から新しい道へ挑戦する寺本英仁さんのキャリアに着目。
島根県邑南町の「A級グルメ」の仕掛け人で、2022年3月に28年間務めた役場を退職し、株式会社ローカルガバナンスを立ち上げ、地方創生にまい進する寺本さんに、食による地域おこしの観点から「今だからこそ語れる“現役公務員”に伝えたいこと」を伺った。
(1) まちづくりを広げるために自治体から外へ、“邑南町A級グルメ”仕掛け人の決意。 ←今回はココ
(2) 地方創生を目指し、自治体の中から実現できなかったことを民間で実現したい。
(3) 地方公務員の活性化と「にっぽんの田舎が元気になる」ために必要なこと。
突然飛び込んできた“邑南町A級グルメ”見直しのニュース
2023年1月、新聞報道で衝撃的ニュースが飛び込みました。島根県邑南町が「A級グルメ構想」を見直し、令和5年度から「A級グルメ」の文言を使うことをやめるというニュースです。
この「A級グルメ構想」は、平成23年度に邑南町が農林商工等連携ビジョンを打ち出し、12年間、まちの産業振興の柱として取り組んできた政策です。その当時の担当者が僕であり、役場を退職するまでの11年間、この事業に関わってきました。
ここで少し「A級グルメ構想」の説明をしておきます。
「A級グルメ構想」は、当時「B級グルメ」がまちおこしの全盛期だったときの真逆の発想で、「おいしいものは地方にあって、本当にそれを知っているのは地方の人間である」をコンセプトに、地方の良い食材を都会に売り込むのではなく、地元に食べに来てもらうことを念頭においた施策です。地方の優れた食材を、足を運んで食べにきてもらうには、一流の料理人に地方でレストランを開業してもらうことが、最も効果があると考え、まちが主体となり高級イタリアンレストランをつくりました。そして、そこで、多くの観光客にまちの食材を食べに来てもらうことに加え、このレストランで都会から料理人を目指す移住者を受け入れ、実践研修を3年間おこない(総務省地域おこし協力隊事業の活用)起業させる「耕すシェフの研修制度」のスキームを構築しました。
その後も、町内外の食を真剣に勉強した人材を育成する「食の学校」を設立し、町内の主要の特産品であるミルクジャムやハーブティーなどを開発したり、高校生のスィーツの全国大会である「スィーツ甲子園」に地元の県立矢上高校を2度も全国大会に出場させたり、小・中学生に邑南町の食の魅力体験できる食育事業を進めるなど、食の人材育成を担ってきました。この取り組みは、地方創生の課題である人口減少対策の解決施策として大きく注目を浴び、全国の地自治体から視察が訪れるようになり、邑南町は「A級グルメのまち」として一躍有名になりました。
これを、数字で成果を上げると、10年間で耕すシェフの7人が町内で飲食店を開業し、2013年から2015年に転入者が転出者を上まわる「社会増」を記録しました。この取り組みを全国に広げていこうと全国の自治体に呼びかけ、2018年に「にっぽんA級(永久)グルメのまち連合」を設立しました。
自治体から民間へ立場を変え、まちづくりをさらに推進させる
その間、主担当をしてきた僕は、「A級グルメがにっぽんの田舎を元気にする」という信念から、この取り組みを全国のまちに広げていくためには、一つの自治体に収まるのではなく、一度外に出て、自由な立場から全国の自治体に普及していきたと思い、退職を決意しました。
現在の日本は、少子高齢化による人口減少問題が最大の課題であることは言うまでもないですが、この問題に3年間のコロナ感染が拍車をかけ、日本経済の低迷を急速に招く結果となっています。
そんなときだからこそ、日本は変わらないといけません。僕は時代が変わる瞬間は、明治維新のときも地方からおきたものだと思っています。それも、土佐藩を脱藩して、全国の藩をつないでいった司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の本の中での坂本竜馬の存在は、すごく大きいと思いました。
僕も小さい力かもしれないけれど、そんな存在に少しでも近づけたらと言う気持ちで、今活動しています。だから、自分の育った自治体が「A級グルメ構想」を見直すと言うニュースを知ったときは、大きくショックを受けました。しかし、「A級グルメ構想」は、地方創生の切り札であることは間違いないし、今もなお、この理念をまちに取り入れていきたいという自治体は存在します。だからこそ、僕は民間の立場で「A級グルメ構想」を今まで以上に進めていくつもりです。
若手職員の人材育成を通じて、チームとしての政策能力を高める
しかし、今回の邑南町の流れに触れないのは、不自然なので、僕の正直な気持ちをこの場を借りて述べておきます。
正直な気持ち「A級グルメ見直し」は僕自身も賛成です。政策自体が10年も継続しているものなのでアップグレードは必要です。現に、人口1万人のまちでこの10年間で耕すシェフの研修生の開業も含め、まちに約20店舗の飲食店が新たにできたことは大きな成果である反面、これ以上、飲食店をつくってどうするのかということにもなりえます。
ただ今回、新聞紙面を見て少し疑問に思ったことが2点あります。
1点は「A級グルメ」の文言を使用しないと言うものです。まちが10年以上推進してきた施策で、町内にはA級グルメを推進する法人が4社でき、耕すシェフ研修生を卒業して、飲食店を開業した方もいます。少なからずとも、まちの施策をこのように賛同してきた町民は、3カ月後にまちはA級グルメの文言を使用しないと宣言され、困惑するのではないでしょうか。
2点目は、2018年に邑南町が呼びかけ、「にっぽんA級(永久)グルメのまち連合」を結成し、それに加盟し、現在も継続している3つの自治体に脱退に関する事前協議なく、邑南町脱退の意向が新聞報道され、加盟自治体は困惑するのではないでしょうか。
この2点の共通事項は課題に対する議論の結果を早急に出したため、大きなハレーションを生んでしまっています。これは組織のガバナンスが機能していれば、防げた問題ではないかと考えます。強いガバナンスとは何か。それは、課題を自由に議論でき、問題に対する多様な客観性を持つ人材集団を結成することではないかと考えます。
今、北海道鹿部町と広島県北広島町の2つのまちのアドバイザーとして活動しています。アドバイザー業務として、主眼に置いているのが、まちの職員の若手人材育成です。ここでの人材育成では、一人の突出した政策能力のある人材を育成するのでなく、チームとしてまちの課題を議論し、風通しのよい環境づくりを目指す研修をおこなっています。これは、自分自身の役場時代の反省も含めて、現在活動しています。
寺本 英仁(てらもと えいじ)
株式会社Local Governance 代表取締役
1971年 島根県生まれ。
1994年 東京農業大学 農学部卒業。
1994年4月、島根県石見町役場(現在:邑南町役場)入庁。
邑南町が目指す【A級グルメ】の仕掛け人として、町主導の特産品のネットショップ、イタリアンレストラン、食の学校、耕すシェフの研修制度を手掛ける。
2009年に小泉内閣時に発足した『地域産業おこしに燃える人』第3期メンバーに選出。2012年に総務省地域力創造アドバイザーに就任。
2016年にNHK『プロフェショナル仕事の流儀』で、スーパー公務員として紹介される。
2018年に咢堂ブックオブザイヤー2018地方部門大賞、第3回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門大賞のW受賞をする。
2020年に『地方公務員が本当にすごいと思う地方公務員アワード2020』、『電通CP塾賞』をW受賞する。
2022年3月 邑南町役場を退職。
2022年4月 プラットフォームサービス株式会社(東京都) 取締役 地方連携特命官、東亜大学客員准教授に就任。
現在は今までの経験を活かし、地方創生アドバイザーとして活動中。
著書
「ビレッジプライド 『0円起業』の町をつくった公務員の物語」ブックマン社(2018年11月9日)
「東京脱出論」ブックマン社(2020年11月23日)
「A級グルメが日本の田舎を元気にする~スーパー公務員が役場をやめた理由~」時事通信社(2022年9月25日)