「伝えたいことが住民に伝わらない」「仕事を前に進めたいのに上司を説得できない」...伝え方の技術を十分に知らないが故、「住民対応がうまくできない」「上司が話を理解してくれない」といった悩みを抱えている人もいるのではないだろうか。
しかし、住民への説明や上司の説得など、自治体職員が仕事を進める上では「伝える力」が必要不可欠と言える。
そこで本企画では、『コミュ障だった僕を激変させた公務員の「伝え方」の技術』の著者、岡山県倉敷市職員の牧野浩樹さんに、自治体職員に求められる「伝え方」の公式を伝授していただく。
第2回のテーマは「最強のコミュニケーション術」。"スーパー公務員"も実践している方法とは、一体どんなものなのだろうか?早速見ていこう。
【連載|自治体職員の「伝え方」の公式】
(1)自治体職員がお笑い芸人から学んだ「分かりやすい伝え方」とは?
(2)自治体職員の世界で重要なのは 「何」を伝えるかより「誰」が伝えるか! ←今回はココ
(3)住民の「怒り」を「笑顔」に変えるクレーム対応術
上手くいかない日々から得た仮説とは
倉敷市観光課の牧野と申します。
『自治体職員の「伝え方」の公式』をテーマにスタートした連載の2回目となります。お手柔らかによろしくお願いします。
「はあ〜」
あ、回想シーンに入っていますので。読者の皆さん、ついてきてくださいね。
「はあ〜」
市役所の納税課で税金徴収を担当していた僕はため息をつきました。
ため息をついた理由、それは僕の提案が課内で通らないからでした。
僕は入庁3年目のときに1年間、岡山県庁の税務課(岡山県滞納整理推進機構)に出向し、悪質な滞納者に対して家の中に入って差し押さえを行う「捜索」を行い、成果を挙げてきました。
「市役所に戻ったら、この職場で学んだ『捜索』を実践したいと思います」
最終日、お世話になった県の職員の皆さんを前に決意表明をしました。
出向から戻るやいなや、僕はまわりの先輩や上司に提案しました。
「県で学んできた捜索を市役所でも実践させてください」
「市役所は住民との距離が近いからなあ...様子見をしよう」
なかなか前向きな返答は得られませんでした。
一方で、まわりの同僚の意見はすんなり上司に通っていきます。
「はあ〜。これじゃあ僕が1年間出向した意味がねーがん!クソが!」
悪いのは僕ではなくて、保守的な組織。そう決めつけて悶々とした日々を過ごしていました。
しかし、僕の話が伝わらない理由を自分なりに考え続ける中で、僕はある仮説を立てます。
その仮説とは、「何を伝えるかより誰が伝えるかの方が重要である」というものです。
スーパー公務員から学んだ人を動かす方程式
悶々とした日々を過ごしていたある日。岡山県に出向していた自治体職員の仲間と一緒に香川県に旅行に行く機会がありました。香川県を案内してくれたのは、徳島県美馬市のスーパー公務員・山口さん。
【関連記事】「徴収業務は天職です」プロ雀士公務員・山口 明大さんの仕事観
山口さんは、2006年に徳島県滞納整理機構の第1期生として2年間勤務され、総務省自治税務局特別表彰を受賞。出向から戻られた後も美馬市で収納強化プロジェクトチームのリーダーとして活躍し、美馬市の徴収率アップに貢献されたスーパー公務員です。
一緒に働いてきた仲間と「一鶴」というお店で骨付鳥を食べて、国立公園で自然を満喫し、つらい仕事の時間も忘れる楽しい一時でした。すると、国立公園で山口さんから話しかけられました。
山口さん「マッキー、久しぶり。岡山県での研修会以来だね。頑張ってる?」
牧野「はい。県にいたときのようにはうまく行きませんが...。山口さんは市に戻ってからもうまくやれてますか?」
山口さん「そうだね。徳島県滞納整理機構の伝説の1期生やで。俺、前田敦子やで。」
その後、絶景ポイントに到着したとき、山口さんが「皆で写真を撮ろう」と言って、撮影してくれる人を探し始めました。そして、夫婦らしき観光客の方に近づき、ひと言。
「すいません、写真を...撮りましょうか?」
その光景を見ていた僕はずっこけました。
「山口さん、写真を撮る側になってどうするんですか?」
写真を撮り終わった後、山口さんは観光客の方にこう言いました。
「僕たちも撮ってもらってもいいですか?」
「もちろん!何枚でも撮りますよ!」
山口さんと徳島県滞納整理機構で働いていた仲間の1人が呟きました。
「あれ、山口さんの戦略よ。わざと最初に写真を撮ってからお願いしたら100%断られんやろ」
僕は唖然としました。まずは相手の写真を撮る。つまり相手が喜ぶことを実践する。その後にお願いをすることで、断られないようにする。たった数秒でしたが、高度なコミュニケーションを見せつけられました。
僕は、自分の行動を振り返り、反省しました。正論を一方的に相手にぶつけ、伝わらなければその人のせいにする。これでは状況が良くなるはずもありませんでした。
何を伝えるかより誰が伝えるかの方が重要
僕はこの経験から「何を伝えるかより誰が伝えるかの方が重要である」という仮説が正しいことを発見します。
「何を伝えるかより誰が伝えるかの方が重要」と言われてもピンと来ないかもしれません。 それでは、いつもお世話になっている上司から仕事をお願いされ、断りたいけど断りきれないという経験はありませんか?
また、同じ内容でも、上司ではなく同期に言われたらどうでしょう。断れる気はしませんか?役職が上位でお世話になっている上司の言葉は内容によらず通るものなのです。
一方、僕は当時入庁4年目の新人職員。さらに、岡山県に出向して捜索や差し押さえなど強引な徴収をしてきた「危険人物」として捉えられていました。そんな輩の意見が、たとえ内容が良かったとしても通るはずがありませんでした。
それでは、どうすればいいのでしょうか?「返報性の法則」を活用するのです。
相手に与えることで信頼関係をつくること
返報性の法則とは「他人から何かを与えられたときに、相手にお返ししないと申し訳ない」という気持ちになる心理効果です。例えば、友達から誕生日プレゼントをもらったら、相手の誕生日にお返ししようと思いませんか?
山口さんは、写真撮影をお願いする前に相手の写真を撮ることで、観光客に「お返ししないと申し訳ない」という心理を持たせた上で写真撮影をお願いしたのです。相手が断れるわけがありません。
つまり、「まずは相手に与えて、信頼関係が出来てから初めて意見を伝える」ことが重要なのです。
それから僕は、上司や同僚にとにかく与えることだけを心掛けて行動しました。朝は、職場の人に全力で挨拶をするようになりました。電話も職場の誰よりも率先して取り、上司からの指示は「はい喜んで」と受け、期待を超えて早くこなしました。信頼関係を意識的につくることを心掛けたのです。組織のために黙々と働きました。そして、3カ月が経過した頃、上司に再度提案してみました。
「そろそろ、捜索を試してみたいのですが... 」
「うん、牧野君が言うならやってみるかな」
いかがでしょうか?「返報性の法則」の活用法がイメージできましたか?
第2回はここまでです。
早いもので次回が最終回となります。最後までぜひお付き合いください!
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「伝えたいことが住民に伝わらない」「仕事を前に進めたいのに上司を説得できない」...伝え方の技術を十分に知らないが故、「住民対応がうまくできない」「上司が話を理解してくれない」といった悩みを抱えている人もいるのではないだろうか。
しかし、住民への説明や上司の説得など、自治体職員が仕事を進める上では「伝える力」が必要不可欠と言える。
そこで本企画では、『コミュ障だった僕を激変させた公務員の「伝え方」の技術』の著者、岡山県倉敷市職員の牧野浩樹さんに、自治体職員に求められる「伝え方」の公式を伝授していただく。
プロフィール
牧野 浩樹(まきの こうじ)さん
リクルートグループの事業会社に契約社員として入社後、契約が1件も取れずわずか3カ月で退社。2011年に倉敷市に入庁し、納税課に配属され税金徴収を担当するも、成果は上げられず。2013年には岡山県滞納整理推進機構に出向。倉敷市の処理困難案件の滞納整理に従事し、伝え方について研究と実践を続けた結果、1億7000万円の徴収に貢献する。出向から戻った後は、総務部人事課を経て2020年4月より観光課。2016年に、広島県で活動する落語家のジャンボ衣笠に弟子入りし、「ジャンボ亭小なん」として活動を始めた。2018年西日本豪雨の時は避難所で落語を披露し住民を喜ばせた。2020年地方公務員アワード受賞。同年『コミュ障だった僕を激変させた公務員の「伝え方」の技術』(学陽書房)を出版。
著書
『コミュ障だった僕を激変させた公務員の「伝え方」の技術』(学陽書房)