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【おしえて!元公務員 #04】気になる退職後のはなし~行政保健師からフリーランスへ!親子に寄り添う働き方を選んだ理由~

キャリア・働き方
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【おしえて!元公務員 #04】気になる退職後のはなし~行政保健師からフリーランスへ!親子に寄り添う働き方を選んだ理由~


「このままでいいのかな……」。公務員として働き、やりがいや安定を感じる一方で、これからのキャリアに迷う瞬間があるかもしれません。そんなとき気になるのが、役所を離れた人たちの“その後”。この連載では、自治体を退職した人に、そのきっかけや現在の働き方、今だから思う公務員の価値を聞いていきます。

すぐに答えを出すためではなく、これからの自分を考えるために。キャリアに悩むあなたへのヒントを届けます。

※記事の掲載情報は公開日時点のものです。

1|今回の「元公務員」は?

プロフィール画像

お名前 簗瀬 真未(やなせ まみ)さん
公務員歴 約20年
公務員時代の仕事 愛知県某町 保健師
現在の仕事 フリーランス保健師
持っている資格 保健師、看護師
家族構成 娘2人
性格を一言でいうと? コツコツ努力型

今回登場してくれたのは、行政保健師として約20年間勤務し、母子保健や成人保健、障害福祉などに携わってきた簗瀬さん。

現在は、地域活動支援センターで働きながら、フリーランス保健師として子育て支援にも取り組んでいます。子育てをしながら働く公務員にも届けたい、簗瀬さんの“その後”を聞きました。

2|おしごと年表

――行政保健師を目指したきっかけは?

“病気にならないために何ができるのか”という観点から、予防や公衆衛生に興味があり、ずっと保健師になりたいと思っていました。
赤ちゃんから高齢の方まで、人生のさまざまな段階に関わりたいという思いもあったんです。いわゆる“ゆりかごから墓場まで”の健康づくりを担う行政保健師の仕事に魅力を感じました。

ただ、当時は就職氷河期。公務員試験の倍率がとても高く、受けた自治体は全て不合格でした。まずは自治体で、産休代替のパート保健師として働くことに。いくつかの自治体で経験を積み、数年後、試験に合格して正規職員になり、産休・育休も含めて20年ほど行政で働きました。

――実際に働いてみて、どんなやりがいがありましたか?

あるとき、乳幼児健診でお子さんの発達について助言し、療育につなげたお母さんがいました。でも精いっぱい頑張っているお母さんにとって、私の言葉をすぐに受け止めることは難しかったのだと思います。あまり好意的には受け止めてもらえませんでした。

それから10年ほど経って再会したとき、「あのとき、療育につないでもらってよかった。子どもとちゃんと向き合えています」と言ってくれたんです。

当時はうまく伝わらないと感じた関わりが、時を経て、その親子の支えになっていた。それを知れたのは、とてもうれしかったですね。人生の一部に関わらせてもらえることは、行政保健師として働く大きなやりがいでした。

福祉課での経験も、大きな財産です。障害や複数の困難を抱えながら暮らす方々と関わる中で、自分の生き方を見つめ直す機会になりました。支援する側でありながら、住民の皆さんから教わることが多かったように思います。

――現在は、どのような仕事を?

オンライン面談の様子。家でくつろぎながら相談できるのがよいですね。
オンライン面談の様子。家でくつろぎながら相談できるのがよいですね。

月曜はフリーランス保健師として活動。自分の子育てを見つめ直したいお母さんを対象に、主にオンラインで伴走プログラムを提供しています。火〜金曜は、障害のある方が通う地域活動支援センターでパート勤務です。

そのほか、1カ月に1回程度は間借りで、3カ月に1回程度はレンタルスペースで“カフェ”(※)を開催。お母さんたちが少し日常を離れ、自分を整えたり人とつながったりできる場として始めました。フリーランスの活動だけで生活できるのが理想ですが、今はパートと組み合わせながら続けています。
※カフェのインスタグラムはこちら

3|公務員時代とその後(現在)の比較

4|気になる深掘りインタビュー

――退職を考えるようになった背景を教えてください。

保健師という仕事そのものが好きで、住民との関わりを理由に辞めたいと思ったことはありません。さまざまな思いや背景を持つ人に対しても、“どうしたら信頼関係を築けるだろう”と前向きに考えていました。

続けることに難しさを感じたのは、自分が大切にしたい支援と、組織の中で仕事を進める感覚にギャップがあったことです。

例えば、国民健康保険の事業において、保健師としては10〜20年先の健康や医療費を考え、今からできる予防を重視したい。一方で、同じ事業を進める職員にも、それぞれの担当業務や優先すべき仕事があります。先を見据えた予防の必要性を共有することは簡単ではありません。

職種によって役割が異なり、物事を見る時間軸(視点の長さ)も違います。それは、行政で仕事を進めるうえで必要なこと。ただ、自分が大切にしたい支援を考えたとき、少しずつ違和感を覚えるようになったんです。

――最終的に退職を決めたきっかけは?

コロナ禍の対応で、心身ともに限界を感じたこと。ワクチン接種などの対応にあたり、土日も出勤するようになりました。代休が取れても、身体を休ませ、たまった家事をして一日が終わる。自分の子どもに向き合う余裕もなく、気づくと涙が出ていることもありました。

全国的な対応方針を現場で進める一方で、私は地域の状況や一人ひとりに合わせた支援を大切にしたいと考えていました。行政職員として担う役割と、保健師として大切にしたい支援の間で、次第に葛藤が大きくなっていきました。

こうした負担と、保健師として目指す支援とのギャップが重なり、退職を決めました。退職後の生活への不安もありましたが、それ以上に、自分が納得できる働き方を選び直したいという思いが強かったです。

――退職後、不安や厳しさを感じることはありますか?

時間のゆとりは増え、子どもと向き合う時間も取れるようになりました。ただ、収入は大きく減ったので、不安になることも。正直、心の余裕は“プラマイゼロ”かもしれません。

それでも必要であれば、今のような短時間勤務でなく、フルタイムの保健師として働く選択肢がある。看護師の資格を活かして働くこともできる。それが今の挑戦を支える安心材料になっています。

公務員時代を振り返ると、組織に守られていたありがたさを感じます。私は上司に恵まれていたんです。困ったときは、必ず上司が後ろ盾になってくれました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。仕事の責任を自分で負うようになった今、組織のありがたみを懐かしく思うこともありますね。

カフェのチラシ。参加者それぞれが役割や居場所を見つけられるよう工夫しているそう。
カフェのチラシ。参加者それぞれが役割や居場所を見つけられるよう工夫しているそう。

――公務員経験は、今の仕事にどう活きていますか?

行政での対人支援の経験は、今の仕事の土台です。

さまざまな背景を持つ人と向き合ってきたからこそ、初めて会う方にも落ち着いて関われます。「大変でしたね。つらかったですね」と、受け止められるのは、公務員経験があったからだと思います。

先を見通して計画を立てる力も活きています。行政では、事業や支援を進めるために、目標から逆算して段取りを考える場面が多くありました。その経験があるので、今の活動でも“いつ人を集めるか”“どんな発信で仲間を募るか”と、順序立てて考えられます。

  ――個人で支援を届ける難しさや、これから挑戦したいことを教えてください。

お子さんを連れて参加する方も。今にも笑い声が聞こえてきそうです。
お子さんを連れて参加する方も。今にも笑い声が聞こえてきそうです。

フリーランスである以上、相談支援に費用をいただくことになります。ただ、中には費用面で利用が難しい方もいる。子育てに関する情報にアクセスしづらかったり、自分から助けを求めることが難しかったりする方と、どう接点をつくるかを模索しています。

また、個人で活動するようになったからこそ、健診などを通じて支援が必要な親子に関われる“行政の力”を改めて感じています。

私の目標は、常設の“カフェ”を開くことです。“相談に行こう”と身構えなくても、コーヒーを飲みに来たついでに“ちょっと聞いて”と話せる。必要なときには行政の窓口にもつなげられる。お父さん・お母さん、高齢者の方や障害者の方も、気軽にひと息つける場所をつくりたいと思っています。

カフェを手伝ってくれたお母さんが、お客さんから「ありがとう、おいしかったよ」と言われて笑顔になる。そんな姿を見る度、人は支えられるだけでなく、誰かを支える側にもなれるのだと感じます。そうした役割や感謝が生まれる場を、保健師としての経験も活かしながら育てていくこと。それが私の挑戦です。